エド・マーローが遺したテレビジャーナリズムと権力の攻防――テレビの側から政治家にすり寄る異常事態、バランスや公平ではなく事実と多様性の追求を

20160510 09
今、放送メディアで報道番組に携わる人たちにとって、ハリウッド映画『グッドナイト&グッドラック』(監督はジョージ・クルーニー/2005年公開)のような状況が目の前に現れているのかもしれない。1950年代のアメリカで吹き荒れた反共産主義運動。それを扇動したジョセフ・マッカーシー上院議員に対して、マスコミは自分たちが標的とされることを恐れた。しかし、当時のCBSテレビの人気番組『シー・イット・ナウ』で立ち向かったニュースキャスターのエドワード・ロスコー・マーロー(左写真)は、政府の圧力や罠、そして会社からの孤立とも闘った。後に“放送ジャーナリズムの父”“放送の良心”と称される彼は、マッカーシーを取り上げる放送をするかどうかを巡って躊躇するスタッフに向かって、こう語ったという。「我々の仕事は、放送したものによって評価される。しかし、放送しなかったものによっても評価されるのだ」。同映画中のシーン。番組スタッフが集まった部屋で、「君たちの中で共産党と関わりのある者はいるか?」と尋ねるプロデューサーに対して、「別れた女房が共産党の大会に出ていた」と打ち明けた1人は、世間から追及されることを恐れて、取材チームから降りることを申し出た。そして、マーローは呟く。「この部屋すら恐怖に支配されている」。現在の日本の放送メディアは、反共産主義運動ではなく、以下のような批判や声に囲まれる中、放送局の建物の部屋で、静かに淡々とやり過ごすのだろうか。「放送法を守れ」「公平・中立に放送しろ」「偏向報道を止めろ」――。元共同通信編集主幹の原寿雄は、1987年に出版した著書『新聞記者の処世術』(晩聲社)の中で、「ジャーナリズムは、権力と民衆の挟み撃ちにあっている」と指摘したが、まるで30年後の今の放送メディアの状況を予言しているかのようだ。総務省・高市早苗大臣による“電波停止”発言に代表されるような政府や自民党からの圧力と、それを背後から支える“世論”の声の両方が、ジリジリと放送現場を追い込んでいっている。更に、世論のほうは2つあって、政府・自民党を支持する層だけではなく、その逆の側からも、福島原発事故や安保法制報道等を巡って、「伝えるべきことを伝えていない」とメディアへの不信感が募ってきている現状もある。“政府・与党”と“市民・視聴者”の間の挟み撃ちの中で、この4月から、特に夜のニュース・報道番組の体制が大きく変わろうとしている。

筆者自身は放送局や番組制作プロダクションに所属している人間ではないが、民放のニュース番組やNHKのドキュメンタリー番組等を通じて、様々な映像リポート・報告に1990年代後半から携わってきた。テレビというメディアは、最も面白く、最も緊張感や充実感もあり、且つ様々な制約の下で影響力を発揮するメディアであったと思う。放送の内側からも外側からも、良い反響も悪い反応も、何かとゴチャゴチャ言われ続けてきたテレビジャーナリズムは、これからどんな方向に進んでいくのだろうか。放送メディアに時に携わる者として、一方でテレビが何を伝えるか常に注目している一視聴者としても、過去最高レベルで憂慮している。昨年12月に筆者は、立教大学の砂川浩慶准教授やジャーナリストの坂本衛氏と共に『日本外国特派員協会』で記者会見を開き、“放送法の誤った解釈を正し、言論・表現の自由を守る”ことを呼びかけるアピールを公表した。それ以前にも何度か同じような会見に参加したことはあるが、これは政府に向かってのアピールなのか、放送局への呼びかけなのか、或いは市民に向かって訴えているのか、その照準がわからなくなる。当時、会見で日本語・英語通訳を務める方に、筆者は控室で相談した。「“忖度”や“空気を読む”って、英語でどう訳すのですか?」。辞書的には、“忖度”=“guess、surmise、conjecture”といった単語が当てられているが、それでニュアンスが外国人に伝わるのかどうか、よくわからない。“空気を読む”も同じである。大きな権力や組織の支配から“圧力”や“弾圧”を受けて、強制的に黙り込まされるのではなく、自らの回避心や“事無かれ”反応から黙り込んでいくことこそ、メディアにとって最も危険な兆候だと思う。それは必ず周囲に連鎖し、習慣化・無自覚化し、そして“触れる”ことさえしなくなる。政治権力からすれば、これほど簡単な“報道規制”“言論統制”はない。協会での会見に先立って、テレビの特にニュース番組に携わる記者・ディレクター・デスク・プロデューサーらに会って、話を聞いて回った。『放送法』を巡っての法律的見解や専門家の意見はメディアで多数出ているが、実際の放送現場では今、何が伝えられて、何が伝えられないのか? 放送局の社員が、放送に関わることを公の場で自由に発言する“社内的言論の自由”は中々無い。番組制作の現状の“話し難いこと”を、自分自身も直面しているような気持ちで聞いた。ある民放の報道番組制作に携わるディレクターは、毎回の放送終了後から1時間以上、視聴者からの多数の抗議電話対応に追われるのだという。それは抗議電話というよりも、説教電話に近い。「クレーム対応でよく聞くキーワードとしては、『偏った報道であり、放送法に違反している』『反日的な報道はいい加減止めろ』『国益を損なっている』ですね。1回の電話が10分で終わったら良い方で、長い時は30分ぐらい同じ事を繰り返してくる」。その番組では、“18歳選挙権”をテーマにした特集で、『T-ns SOWL』という反安保法制の高校生グループを取材し放送したところ、「何故、賛成しているグループを取材しないのか?」という抗議が来たという。「圧倒的な力を持つ国家権力とのパワーバランスを考えても、報道機関がどちらに目を向けるべきかは自ずと決まってくるんですが…。『国益の為に放送はしていません』と言い返しますが、こういう身も蓋も無い批判は正直疲れます」と嘆く。事実関係の間違いに対する抗議や指摘よりも、扱う対象や伝え方が気にくわないという理由で執拗に攻撃してくるのが、今時の抗議の特徴だ。安倍政権に対して批判的なメディアは今、政治家からの圧力の前に、こうした“視聴者・市民”を名乗る人たちからの攻撃に日々晒されている。

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テーマ : 報道・マスコミ
ジャンル : 政治・経済

「大人が観るドラマが少なくなった」――女優・鈴木京香インタビュー

20160313 12

漸く、ドラマ『荒地の恋』(WOWOW)が放映開始を迎えます。“漸く”というのは、信頼する渡邉孝好監督から「ねじめ正一さんの小説“荒地の恋”を映像化したい」というお話を伺ってから、もう5年近くになるからなんです。当初は映画化というお話だったんですが、中々具体化せず、最終的にWOWOWで連続ドラマとして制作されることになりました。ドラマの主人公となる北沢太郎を演じているのは豊川悦司さんです。最初に渡邉監督からお話を伺った時点で、お名前を聞き、楽しみにしていました。ですが、ある時期に映像化の話がぱったりと止まってしまって。その頃、偶々豊川さんと別な映画でご一緒して、2人で「“荒地の恋”、やれたらいいですよね」という話をしたんですね。そうしたら、それを豊川さんの事務所の社長さんが聞いていて、「2人がそんなこと言っているんだけど、どうなったの?」とプロデューサーにプッシュして下さって。それがきっかけで話が良い方向に進み、今回のドラマに繋がりました。何だか、不思議な巡り合わせを感じる作品です。

詩人とサラリーマンという2足の草鞋を履く53歳の北沢太郎の許に、ある日、古くからの友人である詩人・三田村貴一の妻である明子が訪ねてくる。2人は許されざる恋に堕ち、そこから其々の“荒地”の人生が始まる。

私が演じた“明子”は、著名な詩人である夫を持ちながら、同じ詩人で夫の友人でもある北沢と恋に落ちるという、激しい役どころです。北沢にも家庭があり、一方で夫の三田村も浮気を繰り返し…と、かなり激しい愛憎劇でもあるんです。私、どちらかというと、これまで は正妻タイプで(笑)、女優になってから20年ぐらい正妻の役が続き、愛人役も演じるようになったのは、この7~8年でしょうか。渡邉監督が以前、『緋色の記憶』というNHKのドラマでファムファタールというか、周囲の人々の人生を狂わせる女の役をやらせて下さって、それが私自身にとって、とても大きな転機になったんですね。今回の明子を彷彿させるような女性だったので、役を頂いてとても嬉しかったし、やりがいを感じました。でも、渡邉監督でなかったら、それこそ「北沢の正妻の治子をやらないですか?」と言われたんじゃないかな(笑)。映画化の話を最初にお聞きした時点で、実は自分がどの役になるのかわかっていなかったんですよ。だから、渡邉監督が持ってきて下さった原作を読みながら、「私はどの役かしら?」とあれこれ想像して。登場する女性がどれも魅力的だから、誰でもよかったんです(笑)。治子の役も面白そうだし、北沢さんのお嬢さんの役も素晴らしいキャラクターだし、「何だったら、後から登場する北沢のずっと年の離れた恋人の阿子でもいいな」というぐらい(笑)。冗談ですよ、できっこないです。明子という女性は、最初に原作を読んだ時には、気性の激しい、自由奔放な女性という印象だったのですが、原作を読み込み、関連する書籍を色々と読んでいく内に、「父親の愛情を求め続けた少女の心のまま大人になった女の人なんだ」と思うようになりました。それに、家のことを一生懸命綺麗に整えたり、“経済料理”と言いながら、普通のおばんざいのようなものだけれども、手の込んだ料理を細々と拵えたりする。普通の女性以上に可愛らしい、女性らしい女の人なんですよ。そういうところを見ていると、どんどん明子のことが好きになってしまって、「彼女の可愛らしい面をしっかり出してあげたい」と思うようになりました。「精神を病んでいる」という設定なので、ドラマの中でも必然的にそういうシーンが出てきますけれども、エキセントリックで脆いだけの女性という風には演じたくなかった。

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テーマ : 俳優・女優
ジャンル : 映画

【こころの玉手箱】フリーキャスター・小倉智昭(05) 糖尿病の記録ノート…マイク人生、東京五輪までは

『世界まるごとHOWマッチ』(毎日放送/TBSテレビ系)の声とアドリブが気に入られ、1984年に文化放送で『とことん気になる11時』が始まった。“とことん気になる便秘”等1つのテーマを決め、「3日では便秘とはいえない」「私は10日出ない」なんていう町の声を交えて1時間喋りまくるラジオ番組だ。運転中の人が一斉に笑うと言われたほど聴取率は高く、優秀作品としてギャラクシー賞を受賞した。ナレーションやラジオの話術が買われて、次々と仕事が来た。『どうーなってるの!?』(フジテレビほか)始め、当初の目標だったワイドショーの司会者にもなれた。数年間、テレビとラジオの帯番組を掛け持ちした。収入は増えたが、忙しさは限界に達していた。30代半ばで糖尿病が発覚。医学番組の収録中に血糖値を測った医師が一瞬黙り込み、「あなた死ぬよ」。暴飲暴食と不摂生で体重は95kgとなり、体が悲鳴を上げていた。食事療法で3ヵ月で30kg減量し、毎日の食事や血糖値の記録を習慣づけた。30年を超す記録ノートを見れば、日々のコンディションが一目瞭然だ。「これほど詳細に書く患者は珍しい」と、主治医から“糖尿病の優等生”と太鼓判を押された。何でも徹底しなければ気が済まない。オーディオ機器・カメラ・機械時計の収集。ライブに年100回以上足を運び、週に40時間を映画や音楽の試聴に費やす。2週間分のテレビ番組を録画し、話題物には必ず目を通す。睡眠を削ってでも何かを吸収したい。アナウンサーを始めた頃、「アナは黒子。表に出るな。引き出しは浅く広く」と言われた。でも、僕は思う。「引き出しは深いほうが強い」。『とくダネ!』(フジテレビ系)は、4月に丸17年を迎える。放送回数は4300回を超えた。僕のマイク人生もそろそろ終盤だが、東京オリンピックまでは頑張りたい。子供の頃からオリンピックに憧れ、これまで6回取材に行った。実は、1964年の東京オリンピックで高校2年生だった僕は、府中の聖火ランナーを務めた。2020年、72歳でキャスターを続けていたら聖火を持って走りたいと本気で思う。それが夢、いや目標だ。 =おわり


小倉智昭(おぐら・ともあき) フリーアナウンサー。1947年、秋田県生まれ。独協大学フランス語学科卒業後、1971年に『日本科学技術振興財団テレビ事業本部』(現在の『テレビ東京』)に入社。1977年にフリーとなり、『世界まるごとHOWマッチ』(毎日放送/TBSテレビ系)のナレーションが話題に。1秒で18文字話す早口。現在は『とくダネ!』(フジテレビ系)キャスター。


≡日本経済新聞 2016年3月4日付夕刊掲載≡
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テーマ : アナウンサー・キャスター
ジャンル : テレビ・ラジオ

【こころの玉手箱】フリーキャスター・小倉智昭(04) 『世界まるごとHOWマッチ』のナレーター…ふざけて出した高い声、一躍有名に

大人気だった『独占!男の時間』も、世間ではワースト番組と言われた。競馬コーナーでは秋田弁の有馬記念の実況を思いつき、やってみたら大ウケ。裸の女性を抱いての実況に挑戦したら、アナウンス部長から注意されて衝突した。時間外勤務は月100時間以上。局で一番忙しいアナウンサーになったが、「東京で有名になっても高が知れているな」と思い始めた。29歳の時、大橋巨泉さんから「ニッポン放送で始まる競馬中継をやってくれないか?」と誘われた。「小倉君は日本一のアナウンサーだ」と口説かれてフリーになることを決意し、巨泉さんの事務所に所属した。けれど、仕事は競馬中継だけ。離婚して子供の養育費もあり、借金は膨らむ一方で、“バンス(前借り)の小倉”と言われた。電気・ガス・水道全てを止められる経験もした。苦しい時期は7~8年続いた。事務所は気の毒がって5年間マージンを取らなかった。その間、ワイドショーのリポーターや400組にも上る結婚披露宴の司会等で食い繋いだ。転機が訪れたのは1983年。クイズ番組『世界まるごとHOWマッチ』(毎日放送/TBSテレビ系)のナレーターに起用されたのだ。司会は巨泉さんで、解答者は石坂浩二さん、ビートたけしさん、チャック・ウィルソンさん等。スタジオに沢山笑いがあるから、「ナレーションはオーソドックスに」と言われた。ある回で、「リオのカーニバルの紙で作ったビキニ、HOWマッチ」というナレーションがあった。台本はたった3行で、「小倉、以下アドリブ」とある。胸と腰をくねくね振りながら踊るダンサーの映像に、甲高い声で思いっ切りふざけたナレーションを付けてみた。本番でそれを見た巨泉さんが、「小倉のバカヤロー、あいつ面白いな」と言い出し、番組終了後直ぐ、「小倉はこれから全部、あれでやれ」。以後、放送作家は台本に「石坂浩二“シルクロード”風に」とか「フーテンの寅さんのタッチで」とか書いてくる。僕は色んな声を使い分けるようになり、“七色の声”と有名になった。始めた頃は1本3万円だったギャラは、7年経って辞める時には30万円にまで跳ね上がっていた。


小倉智昭(おぐら・ともあき) フリーアナウンサー。1947年、秋田県生まれ。独協大学フランス語学科卒業後、1971年に『日本科学技術振興財団テレビ事業本部』(現在の『テレビ東京』)に入社。1977年にフリーとなり、『世界まるごとHOWマッチ』(毎日放送/TBSテレビ系)のナレーションが話題に。1秒で18文字話す早口。現在は『とくダネ!』(フジテレビ系)キャスター。


≡日本経済新聞 2016年3月3日付夕刊掲載≡
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テーマ : アナウンサー・キャスター
ジャンル : テレビ・ラジオ

【こころの玉手箱】フリーキャスター・小倉智昭(03) 競馬中継…入社と活躍のきっかけに

僕はテレビ局志望の他の学生と違い、放送研究会にも所属せず専門学校にも通っていない。「これでは駄目だ」と『フジテレビ』不合格後2ヵ月間、1冊の本で発声等を特訓していた。「どうしてアナウンサーになりたいの?」。面接官に聞かれた。「僕は吃音です。小さい時に皆に馬鹿にされたので、喋る仕事に就きたいと勉強しました」。大きい声が出て、独学で身につけた読みも上手くいった。合格の決定打が3分間のフリートークだった。マイクの前で与えられたお題は“競馬”。「よし」と思った。高校時代から府中住まい。トラック代わりに競馬場で走っていた。馬が可愛くてどんどん好きになり、ジョッキーと馬名を完璧に覚えていた。試験のフリートークの出だしは今でも覚えている。「競馬の上がり3ハロン(ゴール前)は600mですが、僕はその半分の300mを上がり時計と同じスピードで走れます」――。知識をフル動員して喋り切った。入社2ヵ月目に競馬の研修があった。競馬はスポーツアナの花形。だけど、視聴者はお金をかけているから間違いは許されない。当時は「デビューまで2年はかかる」と言われた。実況アナは、馬名を馬主毎の色で塗り分けた資料を手作りし、暗記して臨むものだった。研修中に先輩が面白がって「次のレース、やってみて」と言ってきた。十数頭の未勝利戦。僕が平然と熟したら、「どこで馬の名前を勉強したの?」と驚かれた。「好きだから全部わかります」と言うと、「じゃあ来週からやって」。その頃、僕は“ア”“カ”で始まる言葉が苦手だった。馬名の頭文字は、その2つが多い。そこで、「右鞭飛んだカネミノブ」「郷原の手が動いたカネイコマ」なんて修飾語を付けることを考えた。実況では、「この馬はここがいい」と強調してウケた。競馬場に出入りしていた大橋巨泉さんが、そんな僕を目に留めたらしい。実況は評価されたけれど、“競馬の小倉”で終わりたくはなかった。入社5年目、土曜夜に『独占!男の時間』が始まった。山城新伍さん司会のお色気番組。この人気番組に出演したことが、僕の運命を決定付けた。


小倉智昭(おぐら・ともあき) フリーアナウンサー。1947年、秋田県生まれ。独協大学フランス語学科卒業後、1971年に『日本科学技術振興財団テレビ事業本部』(現在の『テレビ東京』)に入社。1977年にフリーとなり、『世界まるごとHOWマッチ』(毎日放送/TBSテレビ系)のナレーションが話題に。1秒で18文字話す早口。現在は『とくダネ!』(フジテレビ系)キャスター。


≡日本経済新聞 2016年3月2日付夕刊掲載≡


テーマ : アナウンサー・キャスター
ジャンル : テレビ・ラジオ

【こころの玉手箱】フリーキャスター・小倉智昭(02) ヤマハのベースギター…バンドに熱中、生演奏で稼ぐ

入試や就職試験では“一発合格”と縁が無い。中学校では陸上競技を目一杯やって、塾に行ったことも無い。1つ上の先輩が通っていた陸上の名門、中央大学付属高校をスポーツ推薦で受けるが、問題が矢鱈難しくて不合格。補欠で滑り込んだ。中大付属はバレーボール・バスケットボール・卓球とスポーツは何でも強い。陸上部でも、周りは僕より足が速い人ばかりだった。練習はきつく、上下関係が厳しい。3ヵ月で「辛い」と父に言うと、「じゃあ、高校を辞めるか」。辞めさせない為の脅し文句だと後で知ったが、歯を食い縛って続け、400m走では東京大会優勝。1600mリレーでは全国制覇を目指すようになった。ただ、男臭い寮生活も五厘刈りも嫌で、中大進学の道は選ばなかった。当時、陸上界で目立っていた格好いい先輩が通う上智大学に憧れ、受験して不合格に。1浪して再挑戦して又もや失敗。運良く、受験雑誌『蛍雪時代』で独協大学の2次募集広告を見つけ、やっと合格したが、これも補欠だ。入学して何より熱中したのが音楽だった。2年生でロックバンド『ザ・メモリー・オブ・フューチャー』を結成。結構人気があって、銀座のビアガーデンやキャバレーからお呼びがかかり、大卒初任給が3万4000円くらいの当時、4人で月30万~50万円を稼いだ。バイト代で買ったのが『ヤマハ』のベース。5万円ほどと学生には贅沢だったけれど、月賦で買った。社会人になり、金に困った時には何度も質に入れ、2万円は貸してくれたかなぁ。ビアガーデンは生演奏が全盛で、和田アキ子さんや松崎しげるさんも歌っていた。プロから誘いもあった。僕は『クレージーキャッツ』が大好きで、歌って司会もできるコミックバンドをやりたかったけれど、メンバーは賛同してくれない。そのうち1人、2人と就職し、自分だけが取り残された。「喋る職業に就きたい」とアナウンサーを志願して、『文化放送』『フジテレビ』を受けたけど駄目。諦めかけていた9月、朝日新聞の小さな広告が目に留まった。「日本科学技術振興財団テレビ事業本部(現在のテレビ東京)アナウンサー募集」。


小倉智昭(おぐら・ともあき) フリーアナウンサー。1947年、秋田県生まれ。独協大学フランス語学科卒業後、1971年に『日本科学技術振興財団テレビ事業本部』(現在の『テレビ東京』)に入社。1977年にフリーとなり、『世界まるごとHOWマッチ』(毎日放送/TBSテレビ系)のナレーションが話題に。1秒で18文字話す早口。現在は『とくダネ!』(フジテレビ系)キャスター。


≡日本経済新聞 2016年3月1日付夕刊掲載≡
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【こころの玉手箱】フリーキャスター・小倉智昭(01) 父の教えは「夢は持つな。目標を持て」、吃音は自分で治すと誓う

小学2年生の時から毎年、七夕の短冊にこう書いた。「どもりがなおりますように」。父は『帝国石油』(現在の『国際石油開発帝石』)の技術者だった。戦後、母や姉と共に台湾から引き揚げて、秋田の鉱業所に着任し、翌年に僕が生まれた。社宅が足りず、割り当てられた住まいは旅館や改築した動物園の管理棟。何しろ寒くて朝、家の中に雪が吹き込んでいることもある。物心ついた頃から、栄養失調のせいで脚気、そして吃音があった。親や先生は心配したけれど、僕はお喋りで駆けっこが速く、秋田ではお山の大将でいられた。「吃音を克服したい」と意識するようになったのは、小学2年生で東京に転校した時だ。初登校の日、秋田弁のたどたどしい自己紹介に皆がどっと笑った。放送劇で『マッチ売りの少女』をやる時、「このマッチ、いくらですか?」という短いセリフを貰ったが、口をついて出てこない。悔しかったね。その僕を後に有名にしてくれたナレーションが“HOWマッチ”だなんて、何か因縁めいている。5年生の時、秋田に戻った。未だ吃音は治らない。「七夕で願い事が叶うなんて嘘だ」と父に訴えた。すると、こんな風に諭された。「智昭、夢は持つな。目標を持て」と。「夢は夢で終わる。目標は到達できなきゃ下げ、達成できたら更に上を目指せるんだ」。その時、「吃音は自分で治す」と心に決めた。この父の教えは、今も自分の心の奥底にある。毎日、河原で犬の散歩をしながら発声を研究した。そして発見した。独り言ではどもらない。歌も大丈夫。リズムに乗るとすっと言葉が出る。高い声の出し方もわかった。それからは、教科書・新聞と朗読をしまくって声を出す練習をし、給食時間には落語を披露した。担任が「小倉は芝居っ気があるなあ」とNHKの児童劇団に連れて行ってくれて、演劇好きにもなった。「喋るのが上手かもしれない」と自信が持てるようになったのは、再び転校、入学した世田谷の梅丘中学校のおかげ。修学旅行先も体育祭の種目も生徒が決めるという自主性重視の教育方針に依って、生まれて初めて積極的になれた。陸上競技に没頭して記録を塗り替え、学校を代表する選手になった。演劇部を立ち上げ、生徒会の役員を務めた。僕は、人前で話すことが好きになっていた。


小倉智昭(おぐら・ともあき) フリーアナウンサー。1947年、秋田県生まれ。独協大学フランス語学科卒業後、1971年に『日本科学技術振興財団テレビ事業本部』(現在の『テレビ東京』)に入社。1977年にフリーとなり、『世界まるごとHOWマッチ』(毎日放送/TBSテレビ系)のナレーションが話題に。1秒で18文字話す早口。現在は『とくダネ!』(フジテレビ系)キャスター。


≡日本経済新聞 2016年2月29日付夕刊掲載≡
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【言論の不自由】(08) 野球選手に“お涙頂戴ドラマ”を何故求める?

20160228 01
「魔が差した」としか言いようがない。2015年10月22日木曜日、プロ野球ドラフト会議の日。平日の夜に家で飯を食うことなど滅多に無いのに、この日は約束がキャンセルになり、偶々早く帰っていた。ドラフトを中継していたTBSで何やら特番をやるというので見始めたのだが、これが大間違い。ビールも不味くなる、まさに噴飯ものの番組だったのだ。スタジオに用意された特大ボードには、『ドラフト緊急生特番! お母さんありがとう 夢を追う親子の壮絶人生ドキュメント』と大書され、“亡き母と交わした2つの約束”“行方不明の父に会いたい”“病と闘い続ける父”といった文字が躍る。指名が予定される選手の中から、“壮絶秘話”“感動物語”がありそうな選手に密着し、指名決定の瞬間までを追うという趣向である。選手本人や家族のインタビューで回想するだけでなく、再現ドラマ付きという念の入りようだ。指名決定の後は、学校で結果を待っていた本人や家族と中継で繋ぎ、司会の堀尾正明アナウンサーや『SMAP』の中居正広が質問をぶつけていく。最後は、選手から親への手紙朗読まである。例えば、“亡き母と交わした2つの約束”というのは、専大松戸高校から『千葉ロッテマリーンズ』に5位指名された原嵩選手のケース。母親が癌で1年前に他界。しかし、「甲子園に出場してプロ野球選手になる」という約束も果たせそう。お母さんが天から力を貸してくれたんだね、有難う…というような話である。これは未だマシなほうだが、“行方不明の父に会いたい”の日隈ジュリアス選手(高知中央高校→『東京ヤクルトスワローズ』4位)の場合は、ちょっと痛々しくて見ていられなかった。ジュリアス君の父親はアメリカ海兵隊員で、9.11の時に帰国して以来行方不明となり、日本人の母親が女手ひとつで育ててきたのだが、番組スタッフがこの父親を発見し、彼のメッセージまで収録して番組内で母子に届けたのだ。「ジュリアス君、よかったね」と堀尾アナが振るが、当人は明らかに当惑気味。母親に至っては「複雑な気持ちです」。そりゃそうでしょう。父親の側にどんな事情があったにせよ、連絡も寄越さず、自分たちから逃げていたのは間違いないのだから。そんな事情がわかっていながら“感動”を強要する無神経さ――。全編、こんな具合である。

抑々、“ドラフト特番”と銘打ちながら、野球選手としての実力を全く見せないのが凄い。野球とは関係ない“お涙頂戴ドラマ”ばかりで、選手たちの戦績も秀でた能力も、肝心のことが何も紹介されないのだ。勿論、1人ひとりの選手の事情にケチをつけたい訳ではない。其々の苦労はわかるし、「よく頑張ったな」と声をかけたくもなる。だが、“人に歴史あり”で、どんな選手にも其々に物語がある筈なのだ。それを“壮絶人生ドキュメント”という、番組にとっての“おいしさ”の基準で選び、野球と関係のないところでワイドショーのように消費してしまうところが堪らなく嫌なのだ。“壮絶人生”であろうがなかろうが、野球選手としての価値や魅力とは何の関係もない。それとも、「特別な事情を抱えていなければ野球選手にはなれない」とでも言うのか? こういう番組は、野球やスポーツに対する冒涜だとさえ思う。だがこの番組、視聴率は取れているようで、今回でもう6回目らしい。過去には『埼玉西武ライオンズ』の秋山翔吾・『読売ジャイアンツ』の菅野智之・『横浜DeNAベイスターズ』の山崎康晃等、現在活躍中の選手も登場しているが、中には鳴かず飛ばずどころか“転落”のケースもある。「養護施設育ちの少年 孤独を乗り越えプロへ 少年を支え続けた仲間 僕はひとりじゃない」とテレビ欄に書かれた2012年ドラフト組の相内誠選手(千葉国際高校→西武2位、2014年より登録名は誠)は、高校卒業前に無免許運転等で摘発され、プロ入りした後も未成年で飲酒・喫煙し、球団から処分されている。2015年の1軍出場は無い。これなどは、番組が勘違いさせてしまった“罪作り”な事例だろう。ただでさえ注目を集める彼らを、野球以外のことで更に注目させて何の意味があるのか? 抑々、ドラフトは人生のゴールではない。野球選手としてのスタートに過ぎないのだ。このような歪な持て囃され方の風潮が、今回の野球賭博問題ともどこか繋がっているような気がしてならない。野球選手は、野球選手だというだけで特別な存在なのだ。野球選手は野球をやりたまえ。


大口卓造(おおくち・たくぞう) フリーライター。1963年生まれ。論壇系メディアで雑用を熟しながら禄を食む。趣味は年表を眺めること。朝日新聞にツッコミを入れるのを日課とする。


キャプチャ  2015年12月号掲載
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【誰がテレビを殺すのか】(11) 地上波の功罪に揺れるテレビの未来

20160213 10
「打ち出の小槌だった」――。フジテレビの幹部は、地上波を利用したこれまでの放送事業について、そう表現する。1953年に、テレビの本放送が始まってから60年余り。この間、民間の放送局は公共の電波を使いながら、番組という映像を流すことで“娯楽の王者”という地位を手に入れ、広告に依る強固な収益モデルを築き上げてきた。フジテレビを始めとした民放キー局が国に支払う電波利用料は、年間4億円前後。対して、そこから生まれる広告収入は2000億円前後にも上る。投資に対して500倍以上の“リターン”がある計算だ。毎年1000億円近い番組制作費を投資に加えたとしても、それでもリターンは2倍。ここまで“コスパ”が良く、安定したビジネスモデルは、産業界を見渡してもそうそうない。テレビ局の“電波利権”と度々揶揄される要因は、まさにそこにある。では何故、冒頭の幹部は「だった」と過去形で話したのか? それは、国と二人三脚で半世紀以上に亘って築き上げ、守り抜いてきた地上波という牙城が、テレビ離れ・スポンサー離れに依って、今まさに音を立てて軋み始めているからだ。破られる筈のない牙城が脆くも崩れ去り、町は忽ち殲滅される――。旧約聖書のヨシュア記第6章には、そうした記述がある。『ジェリコの戦い』と呼ばれ、ゴスペルやジャズのスタンダードナンバーとして歌詞にもなっている逸話だ。ジャズの愛好家として知られるフジテレビの日枝久会長も、一度は耳にしたことがあるだろう。話の粗筋はこうだ。古代イスラエルの預言者・モーゼの後継者だったヨシュアは、モーゼの遺志を受けて世界最古の町・ジェリコの攻略に向かう。町を覆うのは、打ち破られることはないとされる分厚く強固な城壁だ。そこでヨシュア軍は、神のお告げに従い、6日間かけて毎日ゆっくりと城壁の周りを一周し、7日目には街を7周した。その後、司祭が羊の角笛を吹き、軍勢が鬨の声を上げると、城壁は忽ち崩壊したという。“地上波”という城壁の中に居を構える民放各局にとって、ヨシュア事は『NETFLIX』を始めとした動画配信事業者に、角笛は宛らスマートフォン等の携帯端末に見えているかもしれない。

主な受像機が液晶テレビから、一部ではスマートフォンに移り変わり、更に自主制作を柱にした良質なコンテンツを武器に、定額配信に依って安定的な収入を得るインターネット配信事業者は、民放にとって自らの存在を霞ませる脅威になっているからだ。民放各局は番組の見逃し配信等、民放自前のインターネット配信を強化し、配信事業者とも一部で手を組む等といった対応を急ぐが、飽く迄も場当たり的な対応に過ぎない。それは、地上波が齎してきた収益があまりにも大きく、民放のインターネット配信がその減収分を補うような存在には、到底なり得ないからだ。今、民放が置かれている状況はヨシュア軍侵攻の6日目なのか、将又7日目なのか。強烈な“外圧”に抗えず、止む無く屈するのであれば未だ言い訳が立つが、現状はもっと深刻かもしれない。先述したように、今まで自分たちが信頼を置いてきた“下僕”である制作会社が面従腹背の様相を呈し、大金をちらつかせるインターネット配信事業者に急速に擦り寄り始めているからだ。つまり、城壁は外圧に依ってではなく、内部の土台が揺れ動くことで軋み始めている。それが、要となる制作力・コンテンツ力の低下を招き、質の悪化で視聴率の低下に繋がっても、民放を長年支えてきた広告主の企業たちが、優しく救いの手を差し伸べてくれる訳では決してない。実は、大手メーカー等といった広告主の間でも制作費の基金を創設し、インターネット配信事業者向けにドラマ等を作る動きが水面下で出てきているからだ。落ち目の地上波に億単位の費用を投じるより、コンテンツ自体の販売収入と、ドラマのワンシーンに商品を出すような形で広告をするほうが「今の時代には合っているのかもしれない」と、大手メーカーの役員は話す。「この業界は、あと数年も経たない内に必ず大きな変革の波に呑み込まれる。その時、(民放)キー局はまさか潰れはしないだろうけど、今の規模のままでは到底生きられないだろうね」。遠い目をしながらフジテレビの幹部はそう話すが、『ジェリコの戦い』の一説では、ヨシュア軍が町に到着した時、絶対に崩れない筈の壁は既に崩れ落ち、町は誰一人いない廃虚になっていた。 =おわり

               ◇

本誌副編集長 田島靖久・中村正毅・宮原啓彰・森川潤/データ解析は小島健志が担当しました。

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メールの返信は3日後。電話の折り返し依頼は基本無視。一事が万事――。そんな対応だったフジテレビの企業広報部が“光の速さ”で反応したのが、亀山千広社長の自宅を訪ねた時でした。チャイムを鳴らしてから私のところにメールが来るまで、実に30分余り。しかも、“夜回り禁止”とでも言いたげな内容だったので、正直、笑ってしまいました。我々と同じように、血の滲む思いで夜回りをしているフジテレビの記者たちがいることに考えが及ばず、自分たちの保身だけで動いているようです。これが同じ報道機関の広報というのだから、大丈夫かと心配になりました。神は細部に宿る。フジテレビ凋落の一端は、こんなところにも現れている気がします。 (本誌 中村正毅)

今号の特集とは見解が稍異なりますが、テレビは最早“娯楽の王者”ではありません。では、インターネットの有料配信がその座を奪うのかというと、答えは否でしょう。思えば、テレビは常にお茶の間の中心に座し、付けっ放しで流れていました。これこそが家族団欒の象徴であり、王者と言われた所以です。家族の繋がりが希薄になる中で、娯楽は既にスマートフォン・ゲーム・漫画等に取って代わられています。とりわけ、スマホでSNSをしたり、動画アプリを触ったりといった“プロ”の関与しないものが幅を利かせ始めた今、敢えて有料配信にお金を払うのか疑問です。そして、勝者は誰もいなくなった…。それが、ポストテレビ時代の姿ではないでしょうか。 (本誌編集長 田中博)


キャプチャ  2015年11月14日号掲載
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テーマ : フジテレビ
ジャンル : テレビ・ラジオ

【誰がテレビを殺すのか】(10) 新ライバルは『Yahoo!ニュース』…存在意義さえ揺らぐ地方テレビ局

20160213 03
「あのキー局は、系列局に最もドライ。再編は不可避と見て動いている」――民放キー局の幹部は、そう耳打ちする。系列局に“最もドライ”と名指しされた“あのキー局”とは、意外にも視聴率三冠王の日本テレビだ。日本テレビは目下、同社が昨年に日本事業を買収した動画配信サービス『Hulu』の強化の為、系列局に対して「自主制作番組を兎に角多く拠出せよ」と半ば強制的にせっついているのだという。無論のこと、「こちらにどれほどの実入りがあるのか」と系列局は猛反発しているが、日本テレビは馬耳東風。系列局の懐事情を見透かし、「『あなた方に中央の方針に反発できる余裕があるのですか?』と踏み絵を踏ませている」(同幹部)という。「実際、“ジリ貧”としかいいようがない」。当事者である地方放送局関係者は、現在の苦境をそう明かす。「番組は、ヘルスケア中心の通販や無名歌手の演歌。流れるCMも健康食品。全て高齢者向けです」(別の地方局関係者)。人口減少時代に突入し、地方では高齢化と過疎化が過去に例を見ない勢いで進む。この不可逆的な流れの中、「10年も経てば、高齢者向け番組を見る視聴者さえいなくなる」と前出の関係者は嘆く。加えて、地方放送局の存在意義であるローカルニュースの発信力も、「強力なライバルの出現で揺らぎ始めている」(別の業界関係者)。そのライバルとは『Yahoo!ニュース』だ。ヤフーは近年、元来アクセス数の多いニュースコンテンツの中で“地域”物の充実を図っているとされる。当然、その“ネタ元”の主役は、取材力に長け、多くの記事を配信できる地元の新聞社だ。対して、地方放送局の取材力は落ちるばかり。ある地方局では経費節減の為、3台所有していた中継車を1台にまで減らしたという。1台購入で億単位、1回の出動に50万円以上の費用が掛かる“金食い虫”だからだ。結果、視聴者が地元ニュースを“無料”で知りたければ、質と量に勝り、更に時間を気にせずアクセスできるインターネットを選ぶ流れが加速しているというのだ。苦境に喘ぐ地方放送局の再編・淘汰ドミノは、どの局から始まるのか? 「例えば、テレビ局の自己資本比率の平均は約70%。これが30%を割ってくると苦しくなる」と地方放送局の内情に詳しい『東京商工リサーチ』情報本部の原田三寛部長。地方放送局122局のうち、その自己資本比率最下位はTBS系列の長崎放送で23.4%だ。以下、地方放送局122局の“経営苦境度ランキング”を掲載するが、同局は“営業利益の増減度”等も足を引っ張り、総得点でもワースト。だが、同局に限らず、安穏としていられる地方放送局は一握りと言ったほうがよさそうだ。

20160213 04

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