【偽善の逆襲】(08) 東京オリンピックはきっと“無難”なだけの祭典になる

ザハ案・新国立競技場はデザインと予算を理由に“炎上”したけれど、半世紀前の日本ならどうだっただろう。何故今、こんなに“守り”に入ってしまったのか? (社会学者 古市憲寿)

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先日、上海に行ってきた。浦東新区のビル街は、まるで未来都市そのものだ。高さ632mの高層ビル『上海中心大厦』が完成し、隣にある高さ492mの『上海環球金融中心(上海ヒルズ)』が小さく見えてしまう。ビルの足元にある巨大ショッピングモールは夜遅くまで光り輝き、『ルイ・ヴィトン』を始めとした世界中のハイブランドが存在感を示している。浦東新区に限らない。中国の都市には奇抜な建築物が兎に角多い。北京オリンピックの際に作られた『国家体育場(鳥の巣)』を始め、“パンツ”と揶揄されることもある『中国中央電視台』本部、“天に聳え立つ便座”こと『シェラトン湖州温泉リゾート』等、世界中の著名な建築家による芸術的な建物が次々に作られてきた。翻って日本では今、奇抜な建築物を作り難くなっている。象徴的なのは、ザハ・ハディド設計の『新国立競技場』の案が白紙撤回になった事件だろう。ザハ案には様々な反対意見があったが、特に声が大きかったのが「デザインが奇抜過ぎる」「予算がかかり過ぎる」という2点だ。確かに、ザハ建築が景観にマッチするかは微妙だし、当初の目測の倍となる2500億円という予算に批判の声が集まったのもわかる。しかし、これが中国だったらどうだろうか。ザハの奇抜なデザインはランドマークとして歓迎されたかもしれないし、予算も何とか帳尻を合わせただろう。若しくは、これが半世紀前の日本だったらどうだろうか。1958年に『アジア競技大会』と『東京国体』のメインスタジアムとして完成した旧国立競技場は、着工時には工事費や土地買収費等を入れても予算約13億円と発表されていた。しかし、いざ完成してみると、総工費は約30億円。当初の計画の倍以上の予算がかかった訳だ。しかし、当時の報道では、このことを糾弾するようなものは見つからない。それもその筈、その頃の日本は高度成長期で“岩戸景気”の前夜だった。1960年には経済成長率は13%を記録している。景気の良さの前に、予算が倍になることなど、大して世間の関心事にならなかったらしい。

中国や半世紀前の日本にできていたことが、今はできない。別に、「ザハの国立競技場を作るべきだった」と言うのではない。最近、日本全体が何だか“守り”に入っている気がしないだろうか? 僕はその最大の理由が、「日本がどんどん貧乏になっている」ことにあると思う。日本は嘗て、世界第2位の経済大国だった。しかし、2010年にGDPは中国に抜かれてしまう。ここまではご存知の方も多いと思う。だが、今の中国と日本のGDPにどれくらいの差があるか知っているだろうか? 2014年の段階で、中国のGDPは10兆3800億ドルだった。それに対して、日本は4兆6160億ドル。経済規模で見れば、中国は日本の倍以上の国になってしまっているのだ。日本は僅差でのGDP3位ではなく、堂々の3位。ドイツに追い抜かれるのも時間の問題と言われている。尤も、中国は人口が多い。GDPが大きな数字になるのは当然だ。しかし最近、「日本はやっぱり貧乏」ということを裏付けるニュースが発表された。日本の1人当たりGDPがOECDに加盟する34ヵ国中、20位だったことがわかったのだ。ランキングでは、アメリカやオーストラリアは勿論、イスラエルにも抜かれている。また、OECDには加盟していないが、シンガポールや香港にも日本の1人当たりGDPは抜かれている。勿論、円安の影響もあるが、それだけではこの順位は説明できない。日本は、1996年にはランキング3位だった。それから20年間で徐々に順位を下げてきたのだ。どうやら統計的に言っても、「日本がどんどん貧乏になっている」のは間違いなさそうである。だけど、日本が“貧乏”になってしまったことを直視したくない人も多い。例えば、森喜朗元首相は新国立競技場の白紙撤回に際して、「国がたった2500億円も出せなかったのかね?」と発言したとされる。確かに1937年生まれで、日本の経済成長と共に年を重ねてきた森元総理には、「日本が貧乏になった」という状態を信じることができないのかもしれない。また、「オリンピックを開催しさえすれば、日本がこの“貧乏”状態から抜け出せる」と信じる人々がいる。例えば、今年の年頭記者会見で、安倍首相は2016年を、60年前の1956年に擬えていた。『経済白書』で「もはや“戦後”ではない」と宣言された年辺りから、日本は非常に豊かになった。それは、「“挑戦”を決して諦めなかった先人たちが豊かな日本を築き、私たちへと引き継いでくれ」たということらしい。あの頃と同じように、「日本がオリンピックをきっかけに復活してほしい」という期待が滲んでいる。更に、大阪では2025年の大阪万博、北海道では2026年の札幌オリンピックの開催を目指した誘致をしている。若し実現されれば、1964年の東京オリンピック、1970年の大阪万博、1972年の札幌オリンピックの再現ということになる。

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テーマ : 東京五輪
ジャンル : 政治・経済

日本のマラソン代表選考は数値化して透明にすべきだ――大会毎の条件差を数値で表すスキーのやり方を真似すればできる

オリンピックや世界選手権のマラソン代表の選考基準が、毎回のように話題になっている。リオデジャネイロオリンピックを巡っては、『大阪国際女子マラソン』を文句無しのタイムで優勝した福士加代子選手が、“確実に選ばれる”為に『名古屋ウィメンズマラソン』へ出場を表明したことが波紋を呼んだ。結局、名古屋に出場せずに無事に代表に選ばれたが、過去の陸連の対応を見れば、福士選手の心配も無理からぬものだった。抑々、陸連の設定記録(国内レースで男子2時間6分30秒・女子2時間22分30秒)は極めてハイレベルだ。男子は誰も届いたことがない。女子は延べ6人がこれまで国内4レースで達成したが、2007年11月の『東京女子国際マラソン』(野口みずき選手)以来、途絶えていた。この過酷な設定記録を福士選手は達成し、且つ優勝もしたのに選ばれない可能性があった。そんな選考基準はおかしいと誰もが感じるだろう。では、どのようにすればいいのだろうか? 一番わかり易い“一発勝負式”は何度も取り沙汰されているが、それで誰もが納得できる代表選びができるかはわからない。1988年のソウルオリンピックの代表選考の時、本来は福岡一発勝負だったところを、足に怪我をした瀬古利彦選手にチャンスを与えるべく、特例として『びわ湖毎日マラソン』での結果で判断することになったのが、複数大会方式の始まりだった。となると、複数大会で出来るだけ客観的に選べる規定を作るしかないが、ここでネックになるのが「異なる条件の大会を比較するのは無理」という考え方だ。全ての議論はそこで止まっている。しかし、である。異なる条件を比較するのは、科学の世界では日常茶飯事だ。その際の基本が数値化である。マラソンだって、評価項目をリストアップしさえすれば、其々数値化して、客観的な比較ができる筈だ。ここでは男子マラソンを例に、その方法を提案してみたい。

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過去のオリンピック選考を見ると、評価項目は“タイム”と、世界のトップにどこまで付いていけるかという“タイム差”や“総合順位”、勝負強さという意味の“日本人順位”、他に“積極性(記録や優勝に挑戦したか)”“暑さへの強さ”等だ。タイム以外をどのように数値化するにせよ、立ちはだかるのは異なるレースの差をどう評価するかという問題だ。そこで参考になるのが、スキーのワールドカップで既に行われている方法だ。新人の力を判断する為に、エリート参加者が少ない小さな大会での成績を数値化しているのである。スキーは天気や雪質で毎回条件が大きく異なる。だからこそ数値化が始まった。原理は、「世界トップが全員参加していたら、彼らの平均タイムがどうなるかを大会毎に算出する」である。先ず、本大会に参加しているエリートたちを、過去12ヵ月の成績における“トップとの時間差”という数値で格付けする。一方、エリートたちが複数参加した予選大会での彼らの成績を、彼ら自身の格付けも考慮に入れつつ平均すると、その大会にトップが参加したと仮定した場合の平均タイムを出せる。これを基に、新人選手の世界トップとの差を推定できる。“トップグループ平均”という指標となる数字を使うところがミソだ。トップグループ平均を使っての大会の標準化という考え方をマラソンにも当て嵌めると、エリートに当たるのが外国人招待選手だろう。その際、どんな大会でも発生する“不調な選手”の成績を取り除くことが肝要だ。従って、エリート参加者の内の成績上位者の記録だけを参考にする(スキーでは上位3人となっている)。一般参加の外国人の成績を使わないのも同じ理由だ。男子マラソンの例を左表に纏めた。福岡・東京・びわ湖の3つの大会で、外国人招待選手のうち、過去2年以内にマラソン歴のある人をリストアップした。大会毎に「平均してどのくらい記録が出にくかったか」が、各表の最下段右端に算出されている。差が大き過ぎるものは黒字にした。算出した平均値(秒)は、各大会がどれだけ「実力を出し難いか」を示し、青字を使うと福岡が「80秒遅い」、びわ湖が「114秒遅い」、東京が「63秒遅い」となる。福岡とびわ湖の差は、青字では34秒、黒字を使うと-11秒だが、この両方走った川内優輝選手の時間差が55秒なので、青字のほうが妥当と思われる。

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テーマ : マラソン
ジャンル : スポーツ

「俺はこうして有名人を野球賭博にハメる」――胴元だった人物が舞台裏の全てを語った!

プロ野球界を震撼させた野球賭博問題。渦中の人物が読売ジャイアンツの現役選手だったことが騒動を大きくしたが、実は野球賭博そのものの内情は殆ど知られていない。その実態を、嘗て胴元だった男に直撃した。 (取材・文/ノンフィクション作家 影野臣直)

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――巨人選手の野球賭博事件ですが、一部では山口組の分裂と関係があると言われています。
「個人的には全く関係ないと思います。抑々、表に出た理由がはっきりし過ぎている」

――報道では、春のキャンプの時に関係者が“集金”に来たとされています。
「何でそこまでやったのか。そういう意味では、何らかの理由で世間を騒がせる意図があったかもしれない。絶対バレる状況でやるというのは…ハメられている可能性も感じますよね」

――抑々、こういった有名人を客にするケースは多いんでしょうか?
「そりゃ、有名人は身分がはっきりしていて集金し易いから、良いお客さんではある。博打っていうのは抑々、信頼関係がある人限定で客にするけど、有名人は別。そりゃそうでしょ」

スポーツ・芸能といった有名人の野球賭博での逮捕は、最近ではメジャーリーガーであるダルビッシュ有の弟が話題となったが、過去には落語家の月亭可朝やお笑い芸人の間寛平が逮捕されている。野球賭博以外でも賭博で捕まった有名人は数多くいる。

――有名人は賭博が好きなんでしょうか? Aさんがやっていた当時の客でもいましたか?
「いませんね…。若し仮にいたとしても、死ぬまで絶対誰にも言いません。有名人から足がつく可能性は高いんでね」

――でも、実際にやっているのは多いですよね? 噂でも聞きます。こういう太い客をどうやって引っ張ってくるんですか? 強引に張らせるんですか?
「普通はそんなことはしませんよ。だって、客は私を応援してくれる訳です…。ヤクザは野球賭博だけじゃなくて、他の博打もやっている。そんなことしたら客がいなくなるじゃないですか」

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ジャンル : ニュース

【東京五輪は救えるか】(下) 五輪はもはやお荷物なのか――ロサンゼルス“商業”五輪の成功で招致熱は上がったが、その後は又も赤字続きで先進国からソッポを向かれる

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1964年の東京大会の時と同様、2020年に向けた準備は順調に進んでいるとは言い難い。だが、開催費用が当初予算を上回るのはよくある話だ。オックスフォード大学経営大学院の研究で、1960~2012年に開催されたオリンピックのうち、信頼に足るデータが入手できる大会を分析したところ、全て予算を超過していたという(平均179%)。1976年のモントリオール大会で当時のジャン・ドラポー市長は、「オリンピックが赤字になるなんて、男が妊娠するのと同じくらいあり得ない」と言い放っていた。ところが、開催費用は予算の8倍近くに達し、超過割合は調査対象となった大会で最大だった。1964年の東京大会も含む3分の1以上の大会では、信頼できるデータが得られなかった。これらのケースでは超過幅がどれほど大きかったかは、想像するしかない。2024年大会の開催地選びでは、ドイツのハンブルクが住民投票で賛同を得られず招致を断念。立候補は4都市になった。同じような状況は、1984年大会の際にも起きていた。それまでの数大会はトラブル総きだったからだ。1968年のメキシコ大会では流血の大規模デモ、1972年のミュンヘン大会ではテロ事件が起きた。1976年のモントリオール大会は大赤字に終わった。1980年のモスクワ大会は、ソビエト連邦のアフガニスタン侵攻を巡って西側諸国にボイコットされた。

1984年大会の開催地選考で手を挙げたのはロサンゼルスだけだった。しかも、ロサンゼルス市そのものは立候補を拒んだ為、『国際オリンピック委員会(IOC)』は、市当局でなく民間でも立候補できるよう憲章を改正した。このIOCの特別措置と高額なテレビ放映権料、それに民間企業の関与に依り、ロサンゼルス大会は2億1500万ドルという大幅な黒字を計上することができた。開催に必要なインフラが既に整っていたことも、黒字になった要因だった。東側諸国のボイコットにも拘らず、ロサンゼルス大会は成功と見做された。そして、これを転換点に開催を望む都市が急に増えた。だが、その後に開催されたオリンピックはどれも大幅に予算を超過している。ロンドン大会の開催費用は当初予算の5倍、アテネに至っては16倍だった。当然のことながら、名乗りを上げる都市は減っている。2004年大会の開催地を選んだ際には11都市が立候補し、最終選考には5都市が残った。だが、2020年大会の選考では立候補都市は6つで、最終選考まで進んだのは3都市だった。冬季大会の開催を望む都市は更に少ない。2014年のソチ大会で巨額の費用が掛かったことが、その傾向に更に拍車を掛けている。2022年大会の開催地選考では巨額の費用がネックとなり、一度は名乗りを上げた都市の殆どが立候補を断念。残ったのは北京とアルマトイ(カザフスタン)という、会計の透明性よりも人権侵害で知られる国の首都だけだった。オリンピック開催が“負け戦”になるのは最初から見えている。なのに、IOCは今後、どうやって開催地を募っていくつもりなのか。お手並み拝見といこう。 (ノンフィクション作家 ロバート・ホワイティング/ハーバード大学ケネディスクールシニアアドバイザー デイヴィッド・ロバーツ)

               ◇

2020年の東京オリンピックは国を挙げての一大イベントとなる筈が、新国立競技場の建設費高騰に公式エンブレムのデザイン盗用問題と、昨夏に相次いだトラブルで負のイメージが付いて回るようになりました。しかも、新国立競技場に関しては未だに火種が燻っています。開催まで課題が山積したのは1964年の東京オリンピックも同様でしたが、果たして4年半後の祭典は成功させられるのか。問題の根源を猪瀬直樹氏に伺いました。 (本誌 安藤智彦)


キャプチャ  2016年2月2日号掲載


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【東京五輪は救えるか】(中) ドタバタ茶番劇と化す五輪騒動の本質――新国立競技場の問題は責任者不在の象徴だ、病んだ体制を一新して出直すしか道はない

メインスタジアムの建設費や公式エンブレム用のデザイン等、昨年は2020年東京オリンピック・パラリンピックを巡り様々な問題が噴出した。その余波は今も続いている。約2年半前にオリンピック招致を率いた前東京都知事で作家の猪瀬直樹氏が、騒動の背景や課題、そして今後目指すべき方向性を語った。 (取材・構成/安藤智彦)

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一連の騒動の原因ははっきりしている。明確な責任体系や意思決定プロセスの欠如が招いた事態と言っていいだろう。国の総力を見誤り、無謀過ぎる太平洋戦争へ突入した戦前から、この国の根幹は変わっていない。縦割り社会や責任者不在社会といった日本の弊害を見事に露呈した。責任者不在の象徴は新国立競技場もんだいであり、この先も爆弾を抱えたまま進行する。新国立競技場のこれまでの経過を振り返ると、決めるべきことを決めずにズルズル時間だけが過ぎていった。2012年の国際コンペで「ザハ・ハディドのプランを採用する」と決めたのだから、そこはブレずに現実的な落としどころを探るべきだった。ところが、『日建設計』『大成建設』『竹中工務店』というゼネコンが加わってザハ案を具体化していく過程で、当初の見積もりの1300億円を大きく超える2000億・3000億といった金額が試算されるようになった。ザハ案を修正したつもりでも、大してその額は減らなかった。論理的な説明の無いまま高止まりする建設費。昨年7月に安倍晋三首相が「計画を白紙に戻す」と宣言するまで、事態は動かなかった。ただ、この段になってザハを切るというのは、決して最善策ではなかった。建設に向けて積み上げてきた2年間の準備が無になるし、何より日本の国際的信用が損なわれてしまう。『国際オリンピック委員会(IOC)』は不快感を隠さなかった。ザハ側は、予算に応じた設計の見直しには柔軟に応じる姿勢だった。問題は発注側の姿勢だ。予算が足りないなら、修正の余地はいくらでもあった。そのイニシアティブを『日本スポーツ振興センター(JSC)』が積極的に取るべきだった。しかし、“トップへビー”と指摘されたようにJSCに決断能力が無く、オリンピック組織委員会の森喜朗会長に気兼ねして身動きが取れなかった。白紙撤回騒動の後、JSCの河野一郎理事長と、主管官庁のトップだった文部科学省の下村博文大臣が現場を去ったが、責任を取ったとは言い難い。河野氏に至っては、オリンピック組織委員会副会長の職に残ったままだ。本気で出直すなら、森会長も含めて体制を一新すべきだった。

安倍首相が先頭に立ってもよかった。官主導の無責任体制を露呈してしまった以上、継続的に首相が自ら指導力を発揮すべきだったのではないか。だが、現実には白紙撤回以来、首相も官邸もオリンピック問題で存在感が無い。新国立競技場の総工費を1000億円削って満足してしまったのだろうか。その後の出直しコンペでは、日本のゼネコンと組む必要があるなど要項に縛りがある為、プランは2案しか出なかった。その後、建築家名を伏せた状態でA案・B案として一般公開されたが、公開直前に森会長がB案を推す趣旨の発言をして物議を醸した。僅差でA案が選出されたものの、「コンペがA案ありきだったのではないか?」と訝る声まで出た。A案に名を連ねる大成建設は、ザハ案でスタンド部分を担当していた。見た目のデザインが多少変わっても、スタンド部分は資材の手当てができている等といった工期短縮が可能だから、物理的にもA案は外せないのではないかという訳だ。A案には隈研吾、B案には伊東豊雄と、世界的にも著名な建築家を立てておきながら、流石にそれは無いと思いたい。だが、不透明さが残るばかりに外部からはそう見えてしまう。更にここにきて、ザハ側から訴訟を臭わせる声明が飛び出した。「(隈研吾案が)私たちの当初案と酷似しており、著作権の侵害に当たる」という内容だ。JSCはザハ側に、報酬を全額支払う代わりに、デザイン案の著作権譲渡を求めていたという。ザハ側が特に類似を指摘しているのは、座席の配置等といった競技場のレイアウト部分だ。これは、大成建設が担当するスタンド部分の主要部。A案ありきで計画が進められた可能性を示唆する状況証拠が、また出てきたことになる。この期に及んでザハ側との交渉が決着していないとは、JSC以外の関係者は寝耳に水だったのではないか。上辺だけ取り繕って話を進めるとは…。体制を一新していれば、こうした問題の炙り出しや検証もできた筈だ。2019年末に完成というスケジュールを守りつつ、本当に1487億円という予算に収められるのか。これまでのゴタゴタを見る限り、達成に大きな疑問を抱いてしまう。ザハ側との交渉も時間的猶予の無い中では、これまで支払った報酬の10倍以上である数百億円単位の“示談金”を払うしかないのではないか。そうであれば、何の為に建設予算を削ったのかわからない。こうした事態を招いた背景としては、東京オリンピックをどう表現するか、そこに対する思想が無いのも大きい。基本思想を元に広げていくのではなく、オリンピックという器に何をどう盛り付けるかばかり考えているからおかしなことになる。東京都が五輪招致に乗り出したのは、2016年大会が最初だった。結局は落選したが、1回目で選ばれるケースは殆ど無い。ここで東京をIOCに印象付け、「次こそが本命だ」と思っていた。だが、2020年大会には東西文化の融合地であるイスタンブール等、手強いライバルが名乗りを上げていた。

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【東京五輪は救えるか】(上) 1964年大会の教訓を今こそ――茶番のような騒動続きの2020年大会、忘れられた1964年大会の“負の遺産”に学ぶこととは?

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ザハ・ハディドのデザインした未来的な新国立競技場の完成予想図を背に、安倍晋三首相が『国際オリンピック委員会(IOC)』総会で2020年東京オリンピックの成功を“確約”したのは3年前の9月。その後の投票で東京は、2度目の夏季オリンピックの開催権を勝ち取った。しかし今、開催準備はお世辞にも順調とは言えない。ザハ・ハディドのデザインは、予算超過を理由に白紙撤回された。先頃、やっと新たな設計案が決まったものの、限られた予算と工期を守れるかどうかはわからない。大会の公式エンブレムも、盗作疑惑で白紙撤回となった。事業担当者は能力不足で、責任を盥回しにする官僚主義の弊害が噴出しており、このままだと予算超過は必至で“負の遺産”が残るのみとの批判もある。実際、2004年のアテネ大会も2008年の北京大会も2012年のロンドン大会も、結果的には当初予算を遥かに上回った。2016年のリオデジャネイロも同じ運命を辿るだろう。そして、恐らく2020年の東京も…と思うかもしれない。しかし、悲観することはない。東京には、半世紀前に巨額の税金を投じてオリンピックを“大成功”させた経験があり、その時の教訓から学べることがある。期待を上回る成功だったにも拘らず、1964年10月に開催された東京大会もまた、準備段階で数々のドタバタ劇が起こり、数々の負の遺産を残した。それは、忘れることも繰り返すことも許されない。

1964年東京大会は、太平洋戦争末期の度重なる空襲で焼け野原となった日本の首都を、近代都市に生まれ変わらせる絶好の機会だった。終戦から19年、当時の東京都民は騒音と埃に包まれ、息が詰まるほど汚れた大気の下で暮らしていたが、都市の景観は史上稀に見る急ピッチで変貌を遂げつつあった。終戦からの10年で東京の人口は2倍に増え、900万人を超えていた。1960年代前半には無数の木造住宅が取り壊され、コンクリートの無味乾燥な団地が次々と建てられた。地方からの大規模な人口流入に対応する為だ。川も海も、生活排水と工業排水に依るヘドロで汚れていた。未だ水洗式トイレは贅沢品で、その恩恵に与っていたのは東京都民の僅か4分の1。残りの家庭では汲み取り式トイレを使用しており、バキュームカーがあらゆる場所を走り回っていた。蛇口を捻っても湯は出ない。道路は狭く、近代的なホテルは数えるほどしかなく、英語を話す人は殆どいなかったので、外国人の子弟が英会話教室の講師に駆り出されることもあった。1964年大会にはデトロイト、ブリュッセル、ウィーンも立候補していた。何れも東京よりずっと近代的な都市だった。それでも東京が選ばれたのは何故か。偏に、「アメリカの同盟国である日本の首都を“アジアの顔”に相応しい大都会にしたい」という熱意と決意の賜物だ(オリンピックの歴史に詳しいアンドルー・ジェニングスに依れば、高級コールガールに依る接待攻勢も効いたとか)。因みに、2020年大会の開催地選びにおいて東京のライバルはトルコのイスタンブールとスペインのマドリードだった。前者は治安に、後者は財政に不安があった。誰が見ても、東京のほうが無難な選択肢だった。しかも、東京が提示した予算規模は約60億ドル。500億ドルを超えたとされる2014年のソチ冬季大会に比べれば細やかなものだ。メインスタジアムの建て替えを除けば、残りの費用は専ら老朽化したインフラの更新に充てればいい。都市そのものを造り直した1964年の時とは違う。当時の計画には、オフィスビルや集合住宅等1万棟の建設、自動車道路と高架式高速道路22本の整備、羽田空港と都心部を結ぶモノレールの新設に加え、延長40kmの新しい地下鉄路線と、東京-大阪間を3時間10分で結ぶ新幹線の建設が含まれていた。東京だけではない。日本政府は“所得倍増”を掲げ、「製造業と輸出の振興で、1961年からの10年間で国民総生産(GNP)を2倍にしよう」と躍起になっていた。結果、東京は昼夜を問わず工事が続く巨大な建設現場と化した。海外から来る観光客の為に、5ツ星ホテルが次々と建てられた。選手ら6000人が滞在する選手村、水泳やバスケットボール等の会場となる国立代々木競技場(設計は著名建築家の丹下健三)、主会場となる国立霞ヶ丘陸上競技場、オリンピック初の柔道競技が行われる日本武道館等も続々と完成した。汲み取り式に代わる水洗トイレを普及させる為、新しい下水道の敷設も進められた。

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【言論の不自由】(03) パラリンピックとオリンピックが何故同格?

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「言って良いことと悪いことがあります。少しは考えなさい」。子供の頃、親はよく小生をそう叱った。「君の言うこともわかるが、そんなことをこんな酒場で公言してはならぬ」。長じてからは、そう窘められることが屡々で、老いては配偶者から「馬鹿みたい」と嘲りの表情で言われ、周囲はただただ苦笑いするばかりである。「構うものか」と勝手に高を括っているが、世の中が公序良俗を旨とする“正論”ばかりでは如何にも詰まらないし、息苦しい。例えば、である。パラリンピックなるものが、ここ最近、オリンピックと前後して開催され、横並びで語られるようになったのが、小生には摩訶不思議である。偏見を承知で言うが、オリンピックは本来、最高レベルの鍛え抜かれた肉体が覇を競うところに妙味が存する。だから、小生は「パラリンピックを観たい」とは努々思わない。

「何で、身障者の競技会をこんなに大々的に喧伝して開催する必要があるのだ? 両足義足と片足義足が一緒に競走して(事実は、トラック競技の種目は障害の程度に依って細分化されているので、一緒に走ることはないのだが)速さを競うなんてナンセンスだろ? 片足といっても、どこから切断したかに依っても運動機能に差は歴然と現れる。しかも、義肢の性能に依ってタイムが左右されるのは自明だから、カネを使える裕福な国の選手が有利に決まっている」。そう疑問を呈すると、旧知のスポーツ評論家が即座に反論する。「君の言い方には偏見がある。君は視力が悪くて眼鏡をかける。それを外すと運動はできなくなるだろ? つまり、君だって一種の障害者なんだぜ。眼鏡がよくて義足が駄目って法はないだろう」。それは如何にも正論である。だが、オスカー・ピストリウスのように、“ブレイドランナー(Blade Runner)”と渾名されるような、まるで刃(Blade)の如く鋭利な炭素繊維製の競技用義足を専門メーカーから無償供給される者と、保険適用で購入できる日常生活用の義肢しか手に入らぬ者が、同じトラックで走ることに如何ほどの意味と価値があるというのだ? 盲目の人間でもサッカーをしたいならすれば宜しいが、“試合”に仕立て上げて観客を募る必要がどこにあるか? 同じことは、例えば車椅子に依る競技にも当てはまる。アーチェリー、ラグビー、テニス、バスケットボール…。このところ、テレビ等でも大きく取り上げられ、我々が存在を知るところとなった代表的な障害者スポーツである。脇道に逸れるが本来、パラリンピックの前身は、車椅子に乗る障害者の為のスポーツ大会であった。1948年7月29日、ロンドンオリンピック開会式と同日に行われたイギリスのストーク・マンデビル病院競技大会がその嚆矢に当たる。これは、第2次世界大戦で負傷した兵士たちのリハビリの一環として開催されたものである。この病院は、脊髄を損傷した軍人のリハビリの為の専門科を設け、ドイツからの亡命医師であるルートヴィッヒ・グットマンの提唱で、車椅子の入院患者(男子14人・女子2人)に依りアーチェリー競技会が行われた。この競技会は当初、入院患者だけで毎年行われたが、1952年に国際大会となり、第1回国際ストーク・マンデビル競技会開催となった。1960年、グットマンを会長とする大会委員会が組織され、この年のローマオリンピックと所を同じくして国際大会が実施された。この大会を現在、第1回パラリンピックと呼んでいる。

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「“日の丸”を背負ってメジャーで勝つ」「僕はメジャーで優勝することだけを目指している」――プロゴルファー・松山英樹インタビュー

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『PGAツアー』に挑戦して、2シーズン目が終わろうとしています。“4大メジャー”(マスターズ・全米オープン・全英オープン・全米プロ)で勝つことは、僕にとって唯一の目標ですが、今年もそれは叶いませんでした。全英オープンでは最終日に一瞬だけ、首位と1打差に迫りました。「若しかしたら」とその瞬間は思いましたが、終わってみれば首位と7打差の18位。メジャーで勝つ選手と僕との間には、まだまだ歴然とした差があります。よく、「メジャーで勝つ為に足りないものは何ですか?」と聞かれます。別に、現在の実力でも勝てないことはない。そう自分では思っています。要は、勝てるパーセンテージが現状かなり低いというだけの話で。メジャーは1年に4大会しかありません。今後、10シーズンを戦ったとしても、チャンスは最大でも40回しか訪れないのです。今、僕は23歳。この年代の内に可能性を高めておかないと、いつまで経っても勝つ日は訪れないでしょう。少しでもメジャー制覇に近付く為に辛いトレーニングがあり、試合での経験があるのだと思っています。日本人が日本を飛び出して海外で戦うのは大変なことです。競技は異なりますが、プロテニスの錦織圭選手のような、国民から近い将来のグランドスラム制覇を夢見られている存在に僕はなりきれていない。まだまだ海外で1勝しただけのゴルファーで、錦織さんほどトーナメントで勝ててはいないし、世界ランクも僕の17位に対し、錦織さんは4位(何れも2015年8月28日現在)。トップテン入りを僕も早く果たしたいけど、この壁がとてつもなく大きい。ここまで来ると簡単には上がらなくなるし、安定した成績を残さないと直ぐに落ちていく。厳しい世界です。だからこそ、やりがいがあります。

2013年4月に、松山英樹は当時在学中だった東北福祉大学(宮城県)で“プロ転向”を宣言し、「メジャーは全て勝ちたい」との目標を掲げた。しかし、海外メジャーに勝利した日本人ゴルファーは過去に1人もいない。直後に彼をインタビューした際、「何故、日本人は海外メジャーで勝つことができないのか?」と率直な疑問をぶつけた。その時の回答が忘れられない。「『日本人だから勝てない』と思い過ぎるから勝てないんじゃないですか」

今も、その気持ちには変わりはありません。アメリカツアーを戦っていれば、外国人選手との体格の差や飛距離の差を痛感するのは当然です。僕自身、もっと体を大きくして体力を付けたいし、飛距離も更に伸ばそうと努力しています。だけど、「全て外国人の真似をしたところで勝てない」とも心のどこかで思っている。ゴルフは、体力や圧倒的な飛距離があれば勝てるという訳ではない。確かに、飛距離はゴルフを助けます。だからといって飛距離が全てかというと、絶対に違う。ゴルフは14本のクラブを使って戦うスポーツ。ドライバーの飛距離で引けを取ったとしても、他の道具でそのビハインドを補うことができる。工夫次第で体格のハンデをいくらでも克服できるのがゴルフだと思います。例えば、ジョーダン・スピース(アメリカ)も僕と同じぐらいの飛距離なのに、今年のマスターズと全米オープンを2連勝しました。全英オープンで優勝したザック・ジョンソン(アメリカ)も、そこまで飛距離が出る選手ではありません。彼らより飛ぶ選手はいくらでもいますが、ショートゲーム(アプローチやパター)で飛距離の穴を埋めているからこそ、彼らはメジャーで勝つことができた訳です。ですから、「体格で劣る日本人だから勝てる訳がない」と卑屈になる必要なんて全くない。抑々、僕は自分が日本人であることを意識してはいません。アメリカツアーの一員として戦っている以上、国籍は関係ないとさえ思っている。スピース、ローリー・マキロイ(イギリス)、アダム・スコット(オーストラリア)という世界のトップとプレーしていて、彼らの国籍を気にして戦うようなことはないですよね。同様に海外の選手も、僕という日本人を倒そうとする訳ではなく、“HIDEKI MATSUYAMA”というプロゴルファーを倒そうと向かってくる。ただ、矛盾しているかもしれませんが、日本の“日の丸”を背負っているという気持ちはあります。日本の皆さんの期待には応えなければならない立場だと自覚しています。

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ジャンル : スポーツ

既に400億円超が懐に…東京オリンピックはブラックの祭典! 『電通』だけボロ儲けのカラクリ

馬鹿高い新国立競技場問題にエンブレムパクリ問題…。次々に明らかになる2020年東京オリンピックの暗部。これらの裏では、売上高2兆4192億円(2015年3月期・連結)を誇る、日本を代表する広告代理店『電通』が暗躍している。オリンピックでは無料でボランティアを夏の炎天下で酷使し、電通だけは楽してガッポリ。その巧妙な手口とは――。 (取材・文/フリージャーナリスト 小石川シンイチ)

20160206 01
「オリンピックそのものに対してボランティアで対応できるエンジニアが必要で、今後5年間で4万人のエンジニアを育てなくてはいけない」――一般社団法人『コンピュータソフトウェア協会(CSAJ)』会長・萩原紀男氏(新業界団体『日本IT団体連盟』呼びかけ役・『豆蔵ホールディングス』代表取締役社長)に依る「サイバーテロ対策をボランティアに任せよう」という魂胆が見え見えの発言が、ブラックではないかと物議を醸している。「オリンピック委員会やオフィシャルスポンサーだけでなく、日本の社会インフラが狙われる可能性がある。国の重要インフラを破壊されるのは、戦争と言わずに何と言うのか。これは最悪のシナリオであることには違いないが、日本の政府・業界・企業は、それに対する危機意識が低過ぎる。そして、これを守る為のエンジニアが不足しているのは明らかだ。その為には、人材を育成しなければならない。それが4万人。今から教育をしなくては間に合わない。だが、国はそれに対して費用を出す計画が無い。新たに設立する日本IT団体連盟では、『業界が1つになり、大きな力で国に提言する』という狙いがある。先ずは、サイバーディフェンスを担うエンジニアを育成する為の予算を獲得する。そこで育成されたエンジニアが、2020年に開催される東京オリンピックの開催期間中の1ヵ月間でもいいから、ボランティアで働くという仕組みを提案した」(『五輪にはボランティアで働けるエンジニアが必要』発言の真意を聞く)と語っているのだ。「メリットが無いものに国は予算を付けない」「1ヵ月間、国のサイバーディフェンスの為にボランティアで働いてもらうことで恩返しをするというのが、1つの提案だ」といった趣旨の中での発言なのだが、インターネット上では「慢性的な人材不足のブラック業界ならではのブラック発言ではないか」と指摘する声も相次いだ。例えば、元『博報堂』社員で作家の本間龍氏は、
とツイートする。

2020年開催の東京オリンピック・パラリンピックの大会運営に必要なスタッフは約8万人。それを「交通費等の実費程度のボランティアで集めよう」と計画され、着々とボランティア募集キャンペーンが展開されつつある。ボランティアの善意を利用するオリンピックビジネスについて、本間氏に話を聞いた。「抑々、オリンピックはアマチュアスポーツの祭典として、利益度外視で開催されるものでした。その当時は、ボランティアの協力無くしてはできないものだった。しかし、1980年代以降にオリンピックのビジネス化が進み、今では巨額のマネーが動く巨大なショービジネスになった。ならばボランティアではなく、労働の対価となる報酬のあるスタッフとして雇うべきです」。2020年大会の運営は、約400人(2000人に増員予定)の組織委員会の下、通訳や誘導等8万人のボランティアが実働部隊として働く予定だ。東京オリンピックの会期は17日、パラリンピックは13日、合計30日間だ。この間の報酬は出ず、弁当と会場までの交通費の実費が支給される程度だという。2020年の開催時期は真夏の8月だ。炎天下の案内となれば、体力的にはかなりブラックなボランティアになりそうだ。「1998年の長野冬季オリンピックの際のボランティアは約3万人で、そのうちの3800人は県外からでした。宿泊費のみ補助したようですが、それ以外は無給。極寒の中で深夜までの外での労働や、悪天候に依る競技中止で混乱が起き、観客と“長野冬季オリンピック組織委員会(NAOC)”の板挟みとなって蹴られたりトラブルになったボランティアもいたそうです。また、この時点で既にスポンサー最優先の意識が強まり、交通渋滞や規制のせいで、雪や雨の中に歩かされる観客の横をスポンサーやIOC役員を乗せた車がスイスイ通り抜け、顰蹙を買ったようです」(本間氏)。更に、長野オリンピックではボランティアでは充分に人が集まらず、企業からの派遣も多かった。こちらは企業から給料が出る。「県内の約110社が、大会機関等にボランティア3000人以上を派遣しま した。殆どが、大会関係者を選手村から競技会場等へ輸送する役割。仕事は早朝から深夜に及ぶことから、長野労働基準局は『企業が従業員をボランティアとして派遣するのは“業務命令に基づく出張”に当たる』として、“ボランティア”が業務であることや、労働時間等を明確にするよう指導し、『万一の場合、労災保険だけを頼りにできない』と任意保険にも入るように求めました」(新聞記者)

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ジャンル : 政治・経済

「デザイナーで食っていくしかない」…オリンピックエンブレム騒動の佐野研二郎が宣言

2015年12月18日、東京オリンピック組織委は、佐野研二郎氏(43)がデザインした旧エンブレムの選考に関する調査報告書を公表した。調査チームは「1次選考で佐野氏を含む8人のデザイナーの作品が“優遇”されていた」と指摘し、「誠に嘆かわしい事態」と批判した。だが、肝心の佐野氏は未だ雲隠れしたままだ。

20160123 01
パクリ疑惑で世論の凄まじい集中砲火を浴びた佐野氏が、遂に自らエンブレムを取り下げたのは9月1日のこと。一方でこの日、佐野氏は事務所のホームページで自らの置かれた状況をこう表現した。「これ以上は、人間として耐えられない限界状況」。実際に騒動直後は疑心暗鬼に囚われ、仕事もままならなかったという。「自宅に引きこもり状態で、外で僅かな物音でもすると『マスコミが来た』とノイローゼのようになっていた。連絡が取れるのは代理人弁護士だけだったそうです」(佐野氏の知人)。こうした状況に「もう廃業するのでは?」という声も聞かれたが、本人は知人にこう語っていたという。「廃業なんてしない。デザイナーで食っていくしかない」。実際、徐々に仕事も再開していったようだ。「1ヵ月ほど前に代理店関係者と食事した際には、『あれ以来、仕事が減って厳しい』と漏らしていたそうです。ただ、デザインについては『僕はパクっていませんよ』と相変わらず否定していたそうです」(博報堂関係者)。こんな目撃談もあった。「騒動後に知人の結婚式の2次会に出席して、『話題の佐野研二郎です』と挨拶する等、意外にも元気だったようです(笑)」(同前)。ただ、デザイナー仲間が集まる場は気まずいようだ。12月14日に開かれた『東京アートディレクターズクラブ(ADC)』の授賞式は欠席。佐野氏は同クラブの会員で、過去に東京ADC賞も受賞している。「基本的には会員は出席しますし、去年は佐野さんも来ていましたが、渦中の人ですから出席できる状況じゃなかったんでしょう」(旧エンブレムの選考委員を務めたADCの細谷巌会長)。佐野氏に現在の心境を聞くべく事務所を訪ねたが、「不在です」との答え。事務所には来ているというが、遂にその姿を見ることはできなかった。自宅を訪れるも応答は無し。そこで佐野氏宛てに手紙を送ったところ、人を介して本誌編集部に断りの連絡があった。「手紙は読んだが、取材に応じる気は無い」と言う。せめて近況でも聞くべく、東京都内の実家を訪ねると、母親が応対に出てくれた。「何も思うことはありません。連絡もありませんから」。今後はどうなるのか。「一連の騒動で、佐野さんの名前には商品価値が無くなってしまいました。今後はデザイナーの本分に帰って、作品そのものの魅力で活躍してくれることを期待します」(大阪芸術大学の純丘曜彰教授)。7月のデザイン決定直後に佐野氏は、こう喜びを爆発させていた。「一肌脱ぐどころか、全裸で頑張るつもりです」。本誌は裸一貫で出直すサノケンを応援します!


キャプチャ  2015年12月31日・2016年1月7日号掲載


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