【カオスを飲み干せ!挑発的ニッポン革命計画】(06) 人種差別で大炎上した曽野綾子コラムに潜む“もう1つの差別”

産経新間が掲載した作家・曽野綾子さんのコラムに対して、南アフリカ共和国の駐日大使が「アパルトヘイトを容認し、賛美している」と抗議し波紋を呼びました。僕があのコラムでもう1つ気になったのは、彼女のアンチ・フェミニズム的側面。「高齢者介護の為に、“語学の訓練等全く受けていない外国人の娘さん”“日本に出稼ぎに来たいという近隣国の若い女性”を積極的に迎え入れるべき」――だそうですが、あれを堂々と書ける感覚はスゴイとしか言いようがない。彼女は昔から「フェミニズム反対」「弱者は自分で頑張れ」という路線のようなので、今回も平常運転でしょう。

コラムを読んでいて、ある人物を思い出しました。主に1970年代に活躍した、アメリカの女性歌手であるアニタ・ブライアントです。1960年代後半から、アメリカ社会には「女性やゲイ・黒人等あらゆる差別を撤廃しよう」「ドラッグとセックスで皆ハッピーになろう」みたいな雰囲気が蔓延した。一方、1970年代後半にはカウンターとして、「こんな退廃的な空気じゃソ連に勝てない!」と、世論を扇動する右寄りの主張が息を吹き返した。その中心の1人が、歌手でありながら政治的活動に身を投じたアニタです。彼女は強硬なキリスト教右派で、主張はアンチフェミニスト(どんな理由でも中絶は許されない)・アンチゲイライツ(ゲイは病気だから治療が必要)。陰謀論紛いのストーリー(アメリカが弱くなったのは、この社会に潜む共産党工作員のせいだ)を垂れ流す識者や共和党の右派政治家が彼女を使い、メディアキャンペーンが展開された。勿論、知識層の多くはアニタをせせら笑っていたけれど、ある一定の層にはキャンペーンがそれなりに功を奏した。当時はベトナム戦争の敗北・オイルショック・ウォーターゲート事件等が重なり、“アメリカの弱体化”に漢然と不安を抱える人も少なくなかったから、その心理を巧妙に突いた訳です。

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テーマ : ネトウヨ・ネット右翼
ジャンル : 政治・経済

【カオスを飲み干せ!挑発的ニッポン革命計画】(05) “8ビットメディア”に要注意! 日本にも『24 -TWENTY FOUR-』が必要だ!

1月のフランスに続き、デンマークでも連続テロが起きた。日本やアメリカも人質事件に巻き込まれた。残念ながら、これからも世界各地でテロが起きる可能性は高い。それが避けられないとすれば、社会はどうしたらテロに揺さ振られずに踏み留まれるでしょうか? 僕は半分冗談で“8ビットメディア”と呼んでいるけど、物事を四捨五入して単純に報じるメディアは少なくない。更に4ビット落ちして、すっごく雑な陰謀論を言うメディアもある。それに飛びつく人が一定数いて、ビジネスが成り立っているんだけど、それってテロリストの思う壷ですよ。抑々テロはと言うが(実は政治も同じなんだけど)、プロパガンダのメインターゲットは揺さぶりに弱い層。何かを信じ込ませたい時、彼らは凄く短絡的なピクチャーを掴ませようとする。色んな歴史的経緯をすっ飛ばして、「アメリカが全て悪い」とか「兎に角、イスラム教は怖い」という単純な結論に辿り着いてしまう人々が、その最たるものです。

14年前の9.11テロの後、多くの人種・民族・宗教を抱え込むアメリカ社会は大播れに揺れた。多くの人が、玉石混交のあらゆる報道・情報に右往左往した。「ムスリム=テロリストという訳じゃない」という当たり前の事実を、非ムスリムが何とか呑み込もうとしたその矢先、イスラムコミュニティから新たなテロリストが出現し、またスタート地点に戻される。その繰り返し。私見ですが、アメリカ社会が立ち直る契機になったのは、大ヒットしたドラマ『24』シリーズだと思う。あのドラマには、多くのアメリカ人が見落としがちだった“テロリスト側の言い分”や、彼らが屈折していく背景まで描かれていた。テロは悪。でも、彼らには彼らなりの理屈がある。ドラマをきっかけに、多くのアメリカ人は世界中の報道をネットで見比べたり、テロの複雑な背景を考えるようになったんです。『イスラム国』のテロも対処法は同じ。「安倍首相の中東訪問は挑発的だった。あれが人質殺害を招いた」という批判も多いですが、そこに原因を求めても全然意味が無い。これを機会に、日本人は『イスラム国』の出現に至るまでの歴史をきちんと知ったほうがいい。勉強のスタートは、1970年代に始まったレバノン内戦とアフガニスタン紛争。1990年代のユーゴスラビア紛争で、国際社会が多くのムスリムを見殺しにしたことも、21世紀型のテロに繋がっている。そういった歴史に一切言及しない専門家や学者は、この問題に関しては信頼できないと思ったほうがいいです。

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テーマ : 報道・マスコミ
ジャンル : 政治・経済

【中外時評】 フランスは罠に嵌ったか――変質する“脱宗教”の理念

風刺新聞『シャルリーエブド』の編集室等が襲われた今年1月のテロの直後、フランスでは多くの知識人が実に色々な発言をした。「テロリストは私たちに罠を仕掛けた」というロベール・バダンテール元法相の発言が特に気になった。87歳の同氏は1981年、当時のミッテラン大統領の懐刀としてフランスを死刑廃止に導いた。現在政権を握る社会党のご意見番のような存在である。彼の言う罠とは、イスラム教徒・イスラム社会全体をイスラム過激派と敢えて同一視することで、憎しみを掻き立てる過ち――といった意味だ。

事件から100日余りが過ぎた今、フランスは罠とどう向き合っているのか。「フランス国民は性別や宗教・信条を問わず同じ権利を持っている。テロはそうした“国としての統一”に脅威を与えた。テロの第1の犠牲者はフランスのイスラム社会だった」とバダンテール氏は振り返る。罠に嵌ったかのような出来事が、テロの後に起きている。一言で言えば、『ライシテ』に関わる出来事である。『ライシテ』というフランス語は“脱宗教性”等と訳される。フランスが宗教とは無関係の世俗国家であることを説明するキーワードだ。1905年、ライシテを保障する政教分離法が出来た。それまでカトリック教会と国家権力は不可分で、教会は政治にも個人の生活にも強い影響力を持っていた。「教会との長い戦いの末に生まれた法律の理念は、国家と教会を分けることで個人の信仰や信条の自由を認め、多様な考えの人々を共存させることだった」。フランス国立高等研究院でライシテ研究部門の長を務めるフィリップ・ポルチエ氏は言う。ライシテとは「市民の自由を保障する理念」だったのである。その理念が“排除のための武器”に変質しているという。排除されているのは、端的に言うならイスラム教の信仰である。ライシテには、国は宗教に対して中立を保つという考え方が含まれている。だから公共の場に宗教は介入できない。しかし、どこまでが“公共の場”か、“宗教”とは何を指すのかを決めるのは簡単でない。

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テーマ : 国際政治
ジャンル : 政治・経済

【日曜に想う】 ヒトラーを清算した熟慮と自省

案内板1つで、70年前のベルリンに飛ぶのは難しい。ブランデンブルク門の南にある総統防空壕(フューラーブンカー)跡。アドルフ・ヒトラーが最後の100日を過ごした地は、有り触れた駐車場に姿を変えていた。ネオナチの聖地になるとの懸念を説き伏せ、詳しい位置が公表されたのは9年前。「過去と向き合い、伝える責任がある」と。年表に見入る男性(41)は、「特段の思いは無い。これはもう歴史ですから」。辺りでは小鳥が囀り、春の光が揺れるだけだ。東からソ連軍、西から連合軍が迫る1945年春、ヒトラーは56回目の、そして最後の誕生日を迎える。野戦用ジャケットを着たまま側近と夕食を共にした総統は、独り読書に耽ったという。砲撃の音が近かった。4月30日午後、ヒトラーは前日に妻とした33歳のエバ・ブラウンと自決、後継に指名された腹心のゲッベルスも妻子を道連れに後を追った。独裁者らの遺体は、ベルリンを占領したソ連軍の手で葬られた。ところが1970年、ソ連と東独の秘密警察が掘り出し、焼却のうえエルベ川に散骨する。これまた将来、心酔者が墓前に集まらないようにという用心である。

痕跡までが危険視される男を権力の座に押し上げたのは、他ならぬ自由選挙だった。1928年、国会に初挑戦したナチスへの支持は限られたが、翌年にアメリカから大恐慌という神風が吹く。第1次世界大戦の償いを背負うドイツ経済は、アメリカ資本の撤収で沈んだ。工業生産は3年で4割減、労働者の3割、600万人が失業する。苦しむ大衆を捉えたのが、反ベルサイユ(戦後)体制・反ユダヤの宣伝だった。ナチスは1930年の選挙で躍進、1932年には4割近い得票で第1党となり、翌年政権を奪う。ここまでの物語は国民との合作、後は独り舞台である。ヒトラーの流儀は排除弾圧だけではない。娯楽と宣伝目的のラジオ普及・アウトバーン(高速道)建設や軍需による雇用拡大・ベルリン五輪・フォルクスワーゲン(国民車)構想……。硬軟両様の施策で民心を取り込み、盤石の翼賛体制を築き上げた。ここに教訓が横たわる。独裁志向の人物や集団に一度託せば、彼らは言論を封じる一方で甘言を弄し、国を意のままに操るだろう。選び間違えたツケは何れ国民に回る。少なくとも暮らしで、ともすれば命で。

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テーマ : 国際政治
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賠償金はこうして支払われない――少年犯罪によって我が子を失った親は、その後再び心に傷を負う

ある者は“自己破産”を理由に賠償金の支払いを逃れ、ある者は行方を晦ませ深く傷ついた遺族の気持ちを踏み躙る――。許し難い行為だが、今の日本では凶悪な少年犯罪の加害者が“逃げ得”となる状況が、当たり前のように罷り通っている。憤る遺族の気持ちを救済する手段はあるのか? (監修/ジャーナリスト 須賀康)

「賠償金なんて意味が無い。仮令裁判所が認めても、払わずに逃げる加害者は多い。その為、被害者の遺族は更に二重三重の苦しみを受けているのです」。そう厳しい口調で慣るのは、1992年に我が子を集団リンチ事件で亡くした田本義光さんだ。「損害賠償を請求した7人中4人が分割などで支払いましたが、残りの3人は行方不明です。弁護士を通してしかやり取りはできないから、どこにいるのかもわかりません。加害者の親からも連絡は無い。人を殺しておいて月に5万円ずつ払って済むなんて、本当に馬鹿げています」(田本さん)。当時14歳だった田本任さんを殺めたのは、同級生を含む9人の不良グループ。任さんが不良グループによる恐喝を止めようとしたことに腹を立てての凶行だった。数時間にも及ぶ暴行を加えられた任さんは、翌日に意識不明のまま打撲による脳内出血で亡くなった。「少年院に入った加害者は、全員短期間で出てきました。退院後は、何事も無かったように風を切って歩いています。加害者が心から反省して更生することなんて絶対に無い」(田本さん)

多くの少年殺人事件の加害者を取材してきたジャーナリストの須賀康氏は、驚くような“その後”を見てきた。「加害者が少年の事件は、退院後に被害者家族の近所にある実家に戻っているケースが少なくない。すると遺族は、加害者が普通に日常を過ごす姿に出くわしてしまうのです。出所後に結婚し、子供を儲けた加害者少年に話を聞いた際には、『妻子には過去のことは話していない』と言っていました。中には心から反省しているケースもありますが、加害者の親が取材に対し『自分たちも被害者なのだ』と主張するケースがとても多いのです」。殺人罪を犯した少年は、刑期満了を待たずに早ければ3年ほどで少年院を後にする。再犯率の高さを見ても、少年院が更生の場として機能しているとは言い難い。実際に少年院で出会い、退院後に振り込め詐欺や恐喝事件を起こすケースも多い。1997年に、少年たちによる集団暴行事件で最愛の息子・聡至さんを亡くした高松由美子さんはこう話す。「聡至が殺された事件では、加害者10人中3人が再犯しています。その内の1人が起こしたのは恐喝事件だったのですが、事もあろうに『高松さんに賠償金を支払う為に恐喝をした』と言ったんです。勿論それは口実で、本当は遊ぶ金が欲しかっただけ。抑々その時、彼からは1銭も賠償金を貰っていませんでした」。贖罪の気持ちを表すどころか、賠償金を犯罪の動機に摩り替える愚かさには、開いた口が塞がらない。

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【トマ・ピケティの罠】(08) 早分かり『21世紀の資本』――日本の格差はアメリカ型というよりヨーロッパ型、論争の焦点は「富裕層に重税をかけよ」

今や世界的なスター経済学者となったトマ・ピケティ。その人物像と著書『21世紀の資本』のエッセンスを、7つのポイントで読み解いた。 (読売新聞ニューヨーク支局長 広瀬英治)

トマ・ピケティは、母国フランスでは早くから新進気鋭の経済学者として頭角を現し、『21世紀の資本』を世に問う前から注目を集めていた。1971年5月7日、パリ郊外のクリシーに生まれ、難関の高等師範学校を卒業。1993年に22歳で、国立社会科学高等研究院(EHESS)とロンドン経済学校(LSE)から、経済学の博士号を取得した。博士論文は富の再分配がテーマで、この当時から格差問題に取り組む姿勢は一貫している。この論文が学界で高く評価され、博士号の取得後直ぐにアメリカのマサチューセッツ工科大学(MIT)に准教授として採用された。しかしピケティから見ると、アメリカの経済学者は数学という“科学っぽく見せるにはお手軽な方法”に頼るばかりで、数式に馴染まない“複雑な現実から目を背けている”ように感じられたという。この為、世界に名を馳せるMITの教職を2年で擲ちフランスに戻る。学者としての輝かしい将来を棒に振ったかのような決断だったが、これが今日のスター学者が生まれる大きな分岐点となった。フランスに戻ってからは、それまでの数学を駆使して理論を組み立てる最先端の手法に代えて、過去の経済データを地道に集め、積み上げた統計に事実を以て語らせるという、どちらかと言えば20世紀型とも言えるスタイルに磨きをかけていった。2000年からEHESS教授、2007年からはパリ経済学校教授も務めている。政治的には、2012年のフランス大統領選で、保守派のサルコジ大統領(当時)を破ったオランド現大統領を支持した。左派の現与党・社会党に近いことで知られ、格差是正の為にピケティが提唱する富裕層への重税等は、フランス社会党の政策と重なる部分が少なくない。

ピケティが『21世紀の資本』で証明しようとしたことは、「資本主義の下では、放っておけば富の格差は広がるばかりだ」ということに他ならない。本の中で、「資本主義は自動的に、盗意的で持続不可能な格差を生み出す」と表現している。世の中には格差拡大の法則と呼べるような力が働いており、富める者は益々富み、そうでない者は働けど働けど追いつくどころか益々引き離されてしまう――。多くの人が胸に秘めているそんな蟠りを、この本は「それが現実だ」と正面から突きつけてみせた。その衝撃こそ、同書が“ピケティ現象”と呼ばれるほど大きな波紋を世界に広げた最大の理由と言っていい。ピケティの仮説に説得力を与えているのは、最長200年を超える世界各国の税務データに基づいて、富の格差の移り変わりを描き出したグラフだ。データの収集には多くの同僚と協力しながら、15年の歳月をかけた。その結果、産業革命で資本主義が発達してからというもの、特に欧米先進国では2度の大戦や大恐慌の時期を除いて(つまり、そうした特別な事情が無ければ)、一貫して富の格差が広がってきたことが一目瞭然となった。このように、事実を積み重ねて理論に導くやり方を、ピケティは「本書は経済学の本であるのと同じくらい歴史研究でもある」と自負している。データ収集や分析の方法が適切かどうかについては異論も出ている。ただ少なくとも、複雑な数式で仮想の経済モデルを組み立てるような当世主流の経済学と比べ、素人をも「なるほど」と頷かせる分かり易さで優れていることは間違い無い。

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スクープ証言! 渦中の記者に決定的な証拠…『中高年と覚醒剤』密売証言者は知人のジャーナリストだった――NHK『クローズアップ現代』、新たなヤラセを内部告発!

既に看板報道番組でも何でも無い。9日に発表された『クローズアップ現代』のヤラセ問題の中間報告書に言及されていない、新たな“ヤラセ”が内部関係者の告発と本誌の取材により発覚した。担当は渦中の野本勝記者。問題の番組に登場する“密売人風”の人物は、その野本記者の知人であるジャーナリストだった――。視聴者を欺く取材で、ヤラセ報道を垂れ流すNHKの膿を絞り出す!

「先ずわかって頂きたいのは、うちの人間の大半は誠実に番組制作を行っているということです。1人が犯した過ちの為に全員が悪者に見られるのは心外だし、今後の取材等が非常にやりにくくなる。そこは是非書いてください」。A氏はこう前置きした上で、苦渋に満ちた表情で語り始めた。「“ヤラセ”はこの前の問題だけではない。他にもあります」。ここでその所属や年齢を明かすことはできないが、A氏はNHKに身を置く人間の1人だ。その証言は、新たな“ヤラセ”を示唆するものだった。本誌は独自取材でその真相を探った。

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ヤラセの舞台となった番組テーマは、昨年6月5日に放送された『中高年と覚醒剤~薬物汚染・拡大の真相~』。先ずは、番組内容を簡単に説明しておこう。 この回は、『週刊文春』による同番組の“出家詐欺”ヤラセ報道を受けて、先日の同番組内で謝罪をした看板キャスターの国谷裕子氏ではなく、近田雄一アナウンサーが司会を担当。取材担当の記者として番組にも登場する野本記者は、週刊文春で“主犯”と報じられた記者と同一人物だ。因みに、現在野本記者は大阪放送局に勤務している。先ず冒頭、テーマ音楽と共に、昨年5月に覚醒剤の所持・使用等の容疑で逮捕された歌手のASKAの映像が流れ、番組は幕を開ける。前半の約7分間は、中高年の間に覚醒剤が墓延している現状をリポート。昨年逮捕された高校の校長等の事例を紹介しつつ、覚醒剤の密売に詳しい人物や麻薬取締官らに取材した映像を流し、その合間に取材担当者として野本記者が登場、スタジオで解説を加えるというスタイルである。問題のシーンは開始から7分後、テーマが『脱法ドラッグ』(現在の『危険ドラッグ』)に移行してからだ。覚醒剤と同等の成分が入ったドラッグの蔓延をリポートする中にあった。20分過ぎ、ネオン煌めく繁華街の映像が流れ、更に“ハーブ”の看板を掲げた店や商品の映像がアップで映し出される。その直後、場面は繁華街の路上に停まっているバンに乗り込もうとする1人の男の映像に切り替わる。男の横には、取材担当者である野本記者の姿も映っている――。

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“ありのまま”という言い訳――合唱する子供たちに「メイクすれば」とツイートしたら炎上…でも“見た目”や“容姿”はどうしたって評価の対象になるんじゃない?

また炎上した。NHKの全国学校音楽コンクールをテレビで観ていた時のことだ。何の気無しにツイッターで、「テレビで中学生くらいの子たちが合唱してるんだけど、顔の造形がありありとわかって辛いから、子供たちももっとみんなメイクしたり髪型や髪の色をばらばらにしたほうがよいと思う」と呟いた途端、各方面から批判の声が殺到したのだ。「合唱している中学生がブスだというのか」「子供たちにメイクを勧めるのか」といった反応が寄せられた。フォローのつもりで、「属人性から解放された筈の近代社会で、見た目に関しては生まれたままの姿を変えるべきでないという規範がなぜ強いのかは、昔から疑問に思ってること。韓国等一部の地域を除き、なぜ整形が一般的にならないのか」と書き足したのがまずかった。ネットニュースやまとめサイトでは、「ブスは整形しろ」と短絡して纏められる始末。誰をも「ブス」とは呼んでいないし、「整形しろ」なんて勧めもしていないのに。それにしても、容姿に関することはこの件に限らず、人の心を矢鱈逆撫でしてしまうようだ。例えば、「バカ」よりも「ブス」という言葉のほうが明らかに社会的許容度が低い。なぜ容姿のことを語るのはタブーなのだろうか。本稿では、最近流行したある恐怖の言葉を糸口にして考えてみたい。

2014年の流行語大賞トップテンに、『ありのままで』が選ばれた。ディズニー映画『アナと雪の女王』の主題歌に登場するフレーズである。この“ありのまま”ブームには、様々な理由が考えられる。1つに、“ありのまま”という言葉はとても聞き心地がいい。終わらない仕事に疲れた時、朝活に出るような意識の高い同僚に嫌気が差した時、ダイエットに挫けそうになった時、「ありのままでいい」というのは免罪符としては最高のフレーズだ。抑々日本では、『アナと雪の女王』のヒット以前から「ありのままでいい」「自然体」「そのままの君でいて」といった現状肯定的な言葉が犯濫していた。もう誰も覚えていないと思うが、香山リカの『しがみつかない生き方』に端を発した勝間和代・香山リカの『努力で幸せになれますか』論争なんてものまであった。このような背伸びをしなくてもいいという風潮を象徴するのが、『嵐』だ。嵐といえば文句無しの日本一の人気アイドルだが、彼らは同じく国民スターであるSMAPと比べてどこかB級っぽい。嘗て、SMAPが文句無しのA級アイドルだった頃、『SMAP×SMAP』は「A級アイドルのSMAPがこんなことを!」という驚きと共に人気を博していた。しかし、嵐の場合は初めから何でもやっていた。彼らはSMAPよりも多くの日本人にとって身近であり、日常と地続きの存在である。日本一のトップスターが親しみやすさをウリにして、『ふなっしー』を始めとする“ゆるキャラ”たちがブームになる。このように、「“ありのまま”で“自然体”であってもいい」「努力なんてしなくてもいい」という雰囲気が世の中を席巻している。しかし、“ありのまま”でいいとは響きとは裏腹に、本来は非常に恐ろしい言葉である。若しも誰もが「“ありのまま”でいい」「努力なんてしなくてもいい」となってしまったら、日本は格差が今以上に拡大した階級社会になってしまうだろう。どういうことか。

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【トマ・ピケティの罠】(07) 皆さんの疑問に答えましょう――トマ・ピケティ(経済学者・『21世紀の資本』著者)

――日本での講演では、日本でも所得上位10%の収入が国民所得に占める割合が増えており、20世紀初頭に戻りつつあると指摘されました。しかし、所得の中身を見れば、財閥があって資産(富)を投資して得た資本所得の割合が多かった20世紀初頭と、給与等労働所得の割合が多い現在とでは大きな違いがあります。それを『世襲資本主義』の再来と言えるのですか?
「私の本では、格差は様々な方法で生まれてくるということを強調しています。労働所得において大きな格差が生じ得るし、資産においても大きな格差が生じ得る。1世紀前は、格差は資産に因るところが大きかったのですが、今日は労働所得に因る格差のほうが重要となっています。そして将来は、この2つが同時に問題となり得ます。つまり、労働所得において大きな格差が生じ得るし、同時並行して、再び資産でも大きな格差が生じ得るのです。特にヨーロッパと日本は、長期的に見て資本所得比率が上がってきています。日本はバブルの時期に資本所得比率が急激に上がって、その後は急落しましたが、それを別にすれば資本所得比率は1970年から2010年にかけて上昇しており、将来も高いままで推移すると見ています。ヨーロッパや日本のように、人口の伸びが小さくなり成長率が低くなると、過去に蓄積された資産が重要になるからです。相続財産を考えると、例えば子供が10人いたら10人で分けなければいけませんが、1人だったらそのまま相続できます。『世襲社会』が再来し、相続財産の重要性が高まっているのです。一方、相続財産が無く、低成長の中で労働所得のみに頼る若い世代にとっては、不動産を所有することは大変難しくなっており、将来は更に難しくなるでしょう。つまり、労働所得に起因する新たな格差が生まれ、過去に起因する資産の格差が再来することで、相乗作用が起き得るのです」

――労働所得に起因する新たな格差を指摘されましたが、それは何によって生まれるのでしょうか?

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マクドナルド、“賞味期限切れ”の経営――なぜ多くの客が離れていったのか? そこにはマネジメントの失策があった

日本マクドナルドの2014年12月期の業績が、今年2月5日に発表になった。最終利益は2003年以来の赤字で、赤字額は約218億円。中国上海の食肉加工場に端を発した期限切れ鶏肉問題等で、全店売上高が約11%減となった。その後も、国内の複数店舗で異物混入が発覚。アメリカ西海岸の港湾ストでフライドポテトの原材料が入荷できなくなる等、考えられないミスが重なり、日本マクドナルドは今期の業績見通しを発表できない状況にある。マクドナルドの業績不振は、日本国内に限定される訳ではない。アメリカではサブウェイや新興メキシコ料理チューンのチポトレの後塵を拝して、売り上げが大幅に減少している。ヨーロッパやアジア諸国でも業績は伸び悩み、グローバルにも同社のビジネスは危機に瀕している。本稿では、マクドナルドの世界的なビジネスの不調を、マネジメントの失策に限定することなく説明してみたい。

初めに、政治文化的な文脈からマクドナルドの凋落を説明してみる。マクドナルドは、良くも悪くも『アメリカ合衆国』という国家の威光を背負ったブランドである。経営学の専門用語では、これを『原産国効果』と言う。コークと同様に、第2次世界大戦後に進駐軍と共に世界制覇を果たしたマクドナルドは、典型的なアメリカ発のブランドである。マクドナルドのグローバルな事業展開は、アメリカの政治経済的な影響力に因って完遂されたと言ってよいだろう。だから、アメリカという国の影響力が弱まる時、マクドナルドのハンバーガービジネスを支えていた基礎も失われていく。今、アメリカ的な価値が世界を席巻していた“アメリカ一極集中”の時代は終わりかけている。アメリカの威信が揺らぐ時、マクドナルドも低迷するのである。もう少し詳しく、歴史的な事実関係を追ってみることにしよう。変化の伏線は、1985年のプラザ合意にある。第2次大戦後暫くの間、日本の消費者はアメリカ文化に対して大いなる憧れの気持ちを抱いていた。例えば、今シニアとなった団塊世代にとって、ジャズやロック等の音楽やハリウッド映画等はアメリカ文化の象徴だった。当時、1ドル=240~360円。ところが、プラザ合意後にドルの価値は約3分の1に切り下がり、円高が進行した。100円を切った1994年には、アメリカ文化のブランド価値も3分の1に減価したのかもしれない。マクドナルド(1971年に銀座三越に1号店)とは対照的に、1985年以降に日本に進出してきたアノリカブランドを想起してみよう。スターバックス(1996年に銀座に1号店を出店)やアップル(1992年にアップルコンピュータ設立)は、アメリカの国力や文化とは関係無く世界中に広まったブランドである。良い意味でコスモポリタンであり、“スマート”なブランドである。

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