【私のルールブック】(03) 妥協はするが、正論は言い続ける

子供の頃、よく母親に「お前は本当に扱い辛いね」と言われた。思い当たるところは幾つかあった。頑固・理屈っぽい・正論に固執する……等々。そんな私も今年で48歳。正直、根っこの部分は何も変わっていない。しかし、流石に加減はわかってきたつもりである。特に、正論の押し通し方ですかね。仕事場において意見を言う際、私は8割方の共感を得る自信が無ければ口に出さないようにしている。じゃないと、ただの我が儘になっちゃうから。が、仮令自信があったとしても、あっちもこっちも口を挟んでいたんでは、それはそれで疎まれかねない。なので我慢することもある。一応のバランスは取っているつもりなのである。しかし、それでも“扱い辛い”というイメージは今も尚残っているようで……。「何だかな~」と思う時も屡々。

が、周りを見渡してみると、私以上に扱い辛そうな人は存在しているのだ。でも、よくよく観察してみると、確かに扱い辛い雰囲気を全体から臭わせてはいるものの、話を聞いてみれば筋は筋は通っている人も多いし、筋が通っているということは間違ったことを言っている訳ではないので、私は至極納得するのである。とはいえ、昨今は特にそういった風潮にあるが、「正論ばかりで仕事にならないじゃん」ってね。「確かに、貴方の言っていることは正しいのかもしれませんけど、筋を通してばかりじゃ進むモノも前に進まないんですよ」。はい、仰る通りです。恐らく、そこでの加減なんでしょうね。パーセンテージとでも言いましょうか。正論5に対し、妥協と我慢が5…なら、まだいいほうか? 私はどうだろう。8対2で正論のような気がするが……。

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【私のルールブック】(02) 死んでも二度と仕事をしたくない人

前号では「土下座をしてでも一緒に仕事をしたい人」をテーマに書き殴らせて頂きましたが、今号は逆に「死んでも二度と仕事をしたくない人」をお題に……。結構、過激なお題ですよね。でも、そういう人って実際にいますしね。私の場合は単純明快。「土下座をしてでも仕事をしたい人」が仕事振りに惚れた相手であるように、その真逆の方であります。「なんちゅう仕事のやり方をしてるんだ?」「いつまでバブルの頃の仕事のやり方を引き摺っているんだ?」「お前が偉ぶりたいが為に仕事をしているのか?」だけです。我々の仕事は、答えがあるようで無い。ノウハウはあったとしても、正解を出すのはお客様な訳であって、「どこまでお客様目線を意識してビビりながら物作りができるか?」な訳です。だってね、今日日人気者をキャスティングしただけで視聴率が取れるほど甘い時代ではない。お客様の目線は肥えまくっている訳ですから。そんな中で、ありとあらゆる可能性を組み合わせながら、どうやったら興味を持って頂けるのか? まさに闘いですよ。

で、闘うということは、強気だけでは儘ならない訳です。弱気の虫が走るからこそ、少しでもマイナス要素を軽減させようと頭を捻る訳で。これでもかというぐらい絞り出した末に、初めて闘える姿勢を取れる訳で。私は、そんなビビりな闘う人が好き。ということは、「私が二度と仕事をしたくない人」は、ビビりなのに虚勢を張ることで逃げている人な訳です。でもね、人って色々ありますから。私も漏れ無くアラフィフ。第1印象だけで決め付けることは、極力止めるようにしました。で、どうしているかというと、苦手な人とお仕事をした際は正直に疑問をぶつける。そうしています。どんな仕事でも、基本的に時間とお金に追われるものです。要するに限りがある。しかし、だからと言って妥協をするのは簡単ですし、しかも「ここで妥協しちゃったら終わりだろ」という場面は必ず存在する。そんな時に、「気持ちはわかるんだけど、ここは慣れ合いで済ませちゃいけないんじゃないの?」と思ったら、私は言うようにしています。仮令「面倒な男」と思われても。だって、それこそアラフィフですからね。これまで散々仕事をしてきた訳ですから。好々爺になるにはまだ早い。面倒な男でいるのが最も許される年齢だと思っているので。

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テーマ : 俳優・男優
ジャンル : 映画

【私のルールブック】(01) 土下座をしてでも一緒に仕事をしたい人

今週号から連載をさせて頂きます、坂上です。宜しくお願いします。記念すべき第1回のお題は、「土下座をしてでも一緒に仕事をしたい人」。土下座か、何か古いな。今時する人いるのかな? それは扨措き、私、物凄く好き嫌いが激しいんです。基本、一度仕事をして「嫌だな~」と思った人とは、二度と仕事を共にしたくない。皆、想いは同じですよね。それを有言実行するかしないかの差だけであって。で、逆に何としてでももう一度仕事をしたいと思える“人”。私の場合の人とは、監督であったりプロデューサーであったり共演者であったりする訳で。基準は簡単です。その人の仕事振りに共感できるかできないか。極論に近くなりますが、性格はどうでもいい。飽く迄も仕事における顔にしか興味が無いので。それは身内のスタッフにも言っております。「無駄に僕の機嫌を取る必要は無い。兎に角、自分の仕事を妥協無くやってくれればそれでいい」。要は、妥協のラインですかね。

例えば、監督。ドラマの撮影は待ち時間が長い。誰だって待つのは苦痛ですよね。でも、「より良いカットを撮ろう」とスタッフの皆さんがライティングだ何だに拘っている姿は、見ていればわかる。それが感じられれば幾らでも待てる。ですが、単純に段取りが悪くて待たされる場合もある。すると、私のイライラは募る。簡単なことなんです。私も映画の監督や舞台の演出をしますが、監督の仕事の多くは、「如何に人(スタッフ)を気持ち良く動かすか?」に尽きる。「こういう作品にしたい」「このシーンのここのカットはどうしても拘りたい」。慈善に監督の狙いや想いがスタッフに伝わっていれば、自ずと現場は活気づく。それでも緩みを感じた際は、私が直接叱るのではなく、撮影部であれば撮影部の長に耳打ちをし、修正してもらう。そんな様子を、役者は事細かに観察しているものなんです。

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<画像1枚> 恋人・片岡愛之助が藤原紀香と連泊――熊切あさ美が“涙の真相告白”

Asami Kumakiri 01
本誌の直撃に、うっすら涙を浮かべて答える熊切。薬指には、愛之助から贈られたというゴールドの指輪が…。

「私は彼を信じています……」。折れそうな心を懸命に奮い立たせる様子で本誌に語ったのは、タレントの熊切あさ美(34)。事の発端は女性セブンで、彼女が交際中の人気歌舞伎役者・片岡愛之助(43)の“浮気”疑惑が報じられたこと。しかも、相手は女優の藤原紀香(43)だった。抑々、熊切と愛之助の交際が明らかとなったのは2013年2月。スポーツ紙で関係が報じられるや、その後テレビや会見で2人は事あるごとに互いの話をしてはノロけてきた。「2013年夏にドラマ“半沢直樹”(TBSテレビ系)のオネエ検査官役でブレイクして以降、バラエティから映画まで引っ張りだこの愛之助さんに対し、アラサーになっても今一売れない熊切は“崖っぷちアイドル”等と呼ばれてきました」(芸能プロ関係者)。しかし、そんな“格差”も2人にはどこ吹く風。この2年半、都内で仲睦まじく同棲生活を送り、愛を育んできた。2人を知る友人が明かす。「バラエティではぶっちゃけキャラのあさ美ちゃんですが、愛之助さんとデートする時は、騒がれないよう極力目立たない格好で会ったり、凄く気を遣っていました。家にいる時は、頑張って手料理を振る舞ったり。そんな健気な彼女を愛之助さんも愛おしく思っていて、忙しい時でも彼女と過ごす時間はきちんと作っていたようです。ブルガリの指輪までプレゼントしていたから、てっきりこのままゴールインするとはかり……」

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<画像2枚> ジュノンボーイ・中村蒼、年上美女と遠距離通い愛熱撮!

Soh Nakamura 01
相合い傘で近所のスーパーに買い物に行く中村と彼女。菓子やピザ・ティッシュ・キッチンペーパー等を購入。

都内屈指のオシャレタウンに聳え立つデザイナーズマンションから、大きなゴミ袋を抱えた小さな女性が出てきた。その直ぐ後ろを、段ボールとビニール傘を持ったイケメンがついていく。ゴミ捨てが終わると、2人は大通りへ。程なくして、パラついていた雨がドシャ降りに変わった。イケメンは即座に彼女との距離を話め、ビニール傘の下へグイッと引き寄せる。雨は容赦なく彼の肩に叩きつけるが、イケメンの目元は飽く迄も涼やか。この男気に応えるように、彼女は絡めた腕にギュッと力を入れるのだった。降りしきる雨の中、2人は近くのスーパーヘ……! 流石は今、最も注目を集めている若手イケメン俳優。彼女とゴミ捨て&買い物に行くだけで、中村蒼(24)はこんなにも絵になるのである。中村は、柏原崇・小池徹平・溝端淳平等を輩出した国内屈指の美少年コンテスト『ジュノンスーパーボーイコンテスト』の2005年度覇者。しかも、「史上最年少の14歳でグランプリを獲得している逸材です」と芸能プロ幹部が言う。「イケメン俳優の登竜門ドラマ“花ざかりの君たちへ~イケメン☆パラダイス2011~”(フジテレビ系)では、AKB48の前田敦子・柏木由紀と三角関係になっていました。中村が凄いのはイケメンなだけではなく、演技力で評価されていること。既に、舞台や映画等十数作品で主演を張っている。ドラマ“ウロボロス”(TBSテレビ系)や“永遠の0”(テレビ東京系)等も好評で、現在は時代劇“かぶき者慶次”(NHK総合テレビ)に出演しています」

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【働きかたNext】第5部・報酬を問う(05) 善意だけでは食えない――やりがいと二兎追う

「では講義を始めます」。『NPO/NGO(非政府組織)の社会学』と題した立教大学の講義は毎春、学生が殺到する。今期は2年生以上の約350人が選んだ。授業を始めた10年前の10倍だ。暮らし易い社会の実現に何が必要か? NPOの活動を学ぶ為だけではない。卒業後の進路にNPOを選ぶ学生も増えた。授業に臨んだ岡本潤(21・仮名)は、「国際貢献できる仕事に就きたい」と目を輝かせる。リストラを見てきた若者たち。“企業のブランドよりやりがい”を追う働き手が増える。そんな彼らに立ちはだかるのが、NPOの報酬の低さだ。内閣府に因ると、NPO法人数は5万を超えたが、職員の年収は200万円以下が44%、300万円以下が79%と少ない。結婚や育児を機に企業に再就職する人も多い。人材派遣会社で働く壁谷俊則(39)もその1人。若者の起業支援のNPOに務めていたが、月給は手取りで15万円ほど。仕事は満足だったが、結婚を機に断念した。今の年収は約600万円。会社で働く一方、週末に無償でNPOを支援する。NPOが根付くアメリカでの報酬は企業等と遜色無い。寄付の文化が定着している上、社会福祉等の分野で役割が認められているからだ。幹部層は年収10万ドルを超す人も多い。アメリカのNPOで日本人にボランティア活動を紹介する日野紀子(47)は、「日本で同じ仕事をNPOでやったかわからない」と指摘する。NPOの多くは補助金や寄付が支える。それ故、資金の使い方はチェックが必要だ。だが、社会を支える働き手が広がる時代に、日本でも持続可能な報酬の形があってもよい。変化の兆しはある。

高校生にキャリア学習を行うNPO法人の『カタリバ』。5年目の横山和毅(27)は、新卒で入った1期生だ。「高校生の心に直接火を灯す仕事がしたかった」とNPOの道を選んだ。初任給は民間より少ないが、昨年マネジャーに昇格。月給は3割弱増え、メーカーの同期に近づいた。カタリバは昨年、成果に応じて昇給する制度を導入した。NPOでも意欲のある職員に報いる為だ。そんな同法人には、出版大手やIT企業等からの転職組も多い。NPOだけではない。「本当ですか?」。『ボーダレスジャパン』(東京都新宿区)。入社2年目の呉原郁香(24)は、上司に7割増の年俸400万円を提示されて驚いた。同社は社会的問題の解決を目指す“ソーシャルビジネス”を行う事業会社。バングラデシュ産の皮革製品を製造販売し、現地の雇用を生む事業を手掛ける呉原は、部下30人を率いる事業部長になった。副会長の鈴木雅剛(35)は、「どんな事業でも能力に応じた報酬を与えるのは当然」と話す。高齢化や貧困・災害に病気。社会的課題の解決は本来、行政の役割だ。だが、財政の制約や効率性を考えれば、「NPOや社会起業家も重要な担い手になり得る」(立教大学教授の萩原なつ子・58)。“善意の対価”を認め、持続可能な水準に引き上げる。社会を支える新たな働き手を呼び込めば、靭やかな社会の実現にも道が開く。 《敬称略》

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【働きかたNext】第5部・報酬を問う(04) スマイルは0円か――職場の笑顔、競争が守る

介護・保育等、気配りがいる職場で働き手が足りない。心身に負担がかかる割に、報酬は安いからだ。良質なサービスの手本とされた“スマイル0円”は正しいのか? 午前8時。長野の高級旅館『星のや軽井沢』のレストランに宿泊客が集まり始めた。「ゴマは豆腐の薬味にお使いください」。社員の小林礼奈(25)は笑顔で説明する。あるテーブルで、母親が子供に食べさせ終えた。小林はさりげなく母親のご飯や味噌汁を温かいものに取り換え、子供と遊び始める。宿泊料は1泊6万円程度で、食事代は別。細やかな気配りが人気だ。ところ変わって、川崎市の介護施設『アミーユレジデンス新川崎』。小原朋子(55)は昼の約1時間、両脇に座る2人のお年寄りの口に交互にスプーンを運び続けた。「目を開けてくださーい」。右に座る認知症の女性(79)は直ぐに眠ってしまう。頬に手を触れて起こし、食事を口に入れる。喉仏の動きで飲み込んだのを確認すると、次は左の女性(96)に声をかける。「ごはんですよー。口を開けてー」。気配りは高級旅館に勝るとも劣らない。だが、運営会社メッセージの収入は入居者1人あたり1日1万~1万6000円程度。職員の平均年収は350万円で、自動車の平均480万円・大手銀行の510万円を大きく下回る。自分の感情を抑えて相手の気持ちに働きかける仕事を『感情労働』と呼ぶ。介護や保育・飲食等の接客業が典型だ。「嫌な思いをしても持ちこたえなければいけない重労働」(元日本赤十字看護大教授の武井麻子)だが、報酬は総じて安い。

「命を預かる専門性の高い仕事なのに理解されていない」。保育所や幼稚園に勤めてきた吉永かおり(仮名・29)は溜め息をつく。今、週3日働く保育所の時給は900円。「自分の子供の保育料で、給料は殆ど消えてしまう」。高齢者が増えると同時に、子育て世帯の支援が求められる時代。介護や保育の必要性は今後高まる一方だ。仕事の対価を上げて『感情労働』の担い手を確保しないと、社会は回らなくなる。平均年齢58歳と働き手の高齢化が著しいタクシー業界。長野市の中央タクシーは給与水準が業界平均より1割高く、年齢も5歳若い。車椅子も乗れるバンで迎えに行って桜を巡るツアー等、他社に無い新サービスで客単価を上げた。新卒社員は毎年入社してくる。「感情労働の対価を上げるには、競争を通じた経営の高度化が必要」と大阪大学教授の大竹文雄は指摘する。介護や保育も、企業参入や経営再編等の競争促進策が事業の革新に繋がる筈だ。“スマイル0円”は、嘗て『日本マクドナルド』が高らかに掲げたフレーズだ。それは、同社が躍進していた時期の象徴でもあった。事業を革新して高くても選ばれるサービスを創り、担い手に報いる。それこそが『感情労働』の職場と働き手の笑顔を守る。 《敬称略》

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室伏広治の弟が悲痛激白、「生活苦の母を見捨てた兄へ」――ルーマニア人の母は生活保護を受け家賃1万6000円の部屋で困窮

Koji Murofushi 01
「ルーマニア人の母は生活保護を受け、日当たりの悪い部屋に1人で暮らしています。日本には親しい友人もおらず、頼る人もいない。そんな状況でも、兄は母を見捨てたままです。国窮した生活を強いられている母親を放ったらかしにするなんて、あまりに非情だと思います」。悲痛な表情で語るのは、2004年アテネ五輪ハンマー投げ金メダリスト・室伏広治(40)の異父弟である秀矩氏(25)だ。5月12日に、室伏は一般女性との結婚を発表。だが、生母・セラフィナさん(64)に一切報告は無く、秀矩氏も報道で初めて事実を知ったという。「母は『特に挨拶は無い――』と寂しそうに話していました。兄と母に以前何があったのか、詳しいことは知りません。でも、6月1日に65歳になる母に『結婚したよ』と、電話1本ぐらいしてもいいのではないでしょうか?」(以下、秀矩氏)

Koji Murofushi 03
自身もルーマ二アの陸上選手だったセラフィナさんは、室伏の父でハンマー投げの元日本記録保持者・重信氏(69)と1972年9月、22歳のときに結婚した。広治と由佳(38・元円盤投げ選手)を儲けたが、1988年2月に離婚。別の日本人男性と再婚し、1989年9月に秀矩氏を産んだ。「重信さんに『オレ以外に男を作ったな』と言われ、着の身着のままで家を追い出されたそうです。でも、母が再婚相手と親しくなったのは離婚後で、不倫を否定しています。『文化や習慣のわからない日本で言葉を覚え、栄養バランスを考えた食事を作り、育ち盛りの子供たちの世話をするのに精一杯で、そんな余裕など無かった』と。家事の合間には、網に入れたサッカーボールをハンマーに見立て、近所の公園で兄の指導をしていたそうです」。秀矩氏が子供の頃は、室伏もセラフィナさんを気遣っていた。「母の再婚相手は事業に失敗し失踪。私も陸上競技をやっていて高校の推薦を取れたんですが、母子家庭で入学金も準備できない状態でした。そんな時に、家の近くの中京大学グラウンド(愛知県豊田市)で練習していた兄に連絡したら、封筒に入った20万円を『頑張れよ』と言って渡してくれたんです。投擲用のスローイングシューズまで貰いました。あの時は、本当に嬉しかったな」。だが、貧しい生活からは抜け出せない。セラフィナさんは体調を崩しがちになり、秀矩氏も高校を中退。陸上を断念して、働かざるを得なかった。それに合わせ、室伏とも疎遠になっていく。

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テーマ : 陸上競技
ジャンル : スポーツ

【働きかたNext】第5部・報酬を問う(03) 海外で寿司握って1000万円――職人復権、変わる常識

「よーいスタート」。講師の合図で生徒が黙々と寿司を握り始める。『東京すしアカデミー』(東京都新宿区)は寿司職人の養成校。運送業で働く豊平祐啓(44)は、「手に職をつけて海外で活躍したい」と転身を目指す。魚の捌き方や目利き・握り方といった基本技術と英会話を2ヵ月~1年かけて学び、年間約200人の卒業生の半数が1年以内に海外に渡る。生徒は20~40代の転職希望者が中心。高収入への期待が人気の秘密だ。海外の和食店は約5万5000店に膨らみ、食品衛生に通じた日本の寿司職人は引く手数多だ。例えば、タイのバンコクでは月給50万円以上の求人が珍しくない。高級店の料理長なら年収1000万円に届く。ベトナムのハノイで『スシトーキョー』を経営する三木淳(48)は元商社マン。同国駐在時に和食を好む人が増えているのを目の当たりにし、アカデミーの門を叩いた。「海外に和食で成功するチャンスが幾らでもある」。収入は商社時代を上回った。終身雇用・年功序列という日本企業の特徴が揺らぎ、腕一本で稼ぐ職人が再評価され始めた。“10年修業して一人前”といった伝統的な徒弟制とは無縁。時代の流れで突如現れて直ぐに活躍する。こうした“ネオ職人”が仕事と報酬の関係を揺さぶっている。「これ本当なの?」。理容師の三浦あかね(仮名・27)は昨年夏、預金通帳の入金記録をみて絶句した。1回で470万円。その後も毎月数百万円が入り、半年で総額2000万円を超えた。お金は、無料対話アプリ『LINE』で売った絵文字スタンプの対価だ。無表情でシュールな人物画を1セット120円で50万セット販売。パソコンで絵を描く中学時代からの趣味が、巨大ネットワークの力で高額報酬に化けた。

企業も技能がある人の争奪を繰り広げる。転職支援の『インテリジェンス』に因ると、情報技術系職種の3月の求人は転職希望者の3.26倍。人材難は従来型の企業の給与体系を超える報酬を齎す。『ヤフー』は、スマートフォン(スマホ)向けアプリ開発などで優れた技術を持つエンジニアを“黒帯”に任命する。この25人は通常の業務と別に、最新の技術動向の情報を集めて社内外に発信する。活動実績は人事考課で評価され、新卒入社でも数年で管理職に近い報酬になることもある。“ネオ職人”は“就職=会社に入ること”という常識を覆す可能性を秘める。だが、日本の人材育成は大卒を増やすことに傾き、時代に合った職人を育てる視点は乏しい。実践的な技能を学ぶ高等専門学校(高専)は、今春卒の2月時点の就職内定率が98.7%と大卒(86.7%)を上回っているのに、志願者は減っている。教育と仕事のずれを直し、多様な職人を育てることが働き方の革新にもつながる。 《敬称略》

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【安倍晋三・沈黙の仮面】(02) “お爺ちゃんを奪った弟”への嫉妬、アルファロメオと雀荘を選んだ大学生活

幼少時に刻まれた「お爺ちゃんは正しい」という思いと、滅多に家にいない父に対する複雑な感情の狭間で成長していった安倍晋三には、兄と弟がいた。しかし、「家督を継がせる」という名門政治家血族の宿命に因って、弟は生まれた直後に安倍が敬愛して止まない祖父・岸信介の内孫となった。そうした特殊な兄弟関係は、軈て政治家を目指していく安倍に少なからぬ影響を与えた。安倍家・岸家の取材を40年以上に亘って続けてきた政治ジャーナリスト・野上忠興氏のレポート第2回は、“兄弟”“学歴”のキーワードから安倍の実像を掘り下げる。

前回は“両親不在”が続いた安倍晋三の幼年時代の孤独と、厳しかった父・晋太郎への反発から優しく甘えさせてもくれた祖父・信介に傾倒していった少年時代を辿った。安倍の青年時代に筆を進める前に今一度、時計の針を巻き戻したい。“岸家”と“安倍家”という名門政治家の血脈を継ぐ安倍の人格形成に繋がる家庭環境を語る上で欠かせないのが、2歳上の兄・寛信(現在は三菱商事パッケージング社長)と、もう1人、前回登場しなかった5歳下の弟・信夫(衆議院議員)との関係だ。特に安倍は、生後直ぐ養子に出され岸家を継いだ弟の信夫に対し、複雑な感情を抱いていたのでは――関係者の取材を通じ、そんな思いを禁じ得なかった。「信夫はお爺ちゃんの所に行ったから、美味いものはあるし、何でも贅沢した。だからあんなに太ったんだ」。安倍・岸両家を長く支えた関係者は、晋三少年がそう漏らしていたことをよく覚えている。そして、その胸中をこう推し量った。「長男の寛ちゃんは安倍家の跡取りと見られていたし、岸家は弟の信夫君が継ぐことになった。子供心にも、やっかみがあったのでは」

信夫の誕生直後、養子に出すのに抵抗したのが、まだ5歳にならない安倍だったという。信夫は、岸が首相時代の1959年4月に晋太郎・洋子夫妻の三男として生まれた。が、「3人目が男なら養子に出す」と岸家との間で交わされていた“約束”に従い、信夫は岸の長男(洋子の兄)・信和の養子となり、岸家を継ぐことになった。その時の親族会議を知る1人の証言に因ると、岸の実弟で当時大蔵大臣だった佐藤栄作(後に首相)が「晋太郎、本当にいいんだな?」と念を押し、晋太郎は「女の子だったら絶対に渡さないんですけど……」と承諾 している。信夫は、生まれた病院からそのまま岸家に引き取られ、2人の兄とは離れて育てられることになる。だが、「やっとボクにも弟ができた」と喜んでいた安倍は、不満を隠そうとしなかった。「何でなの?」――そう食い下がって洋子を困らせ、「信夫が大きくなったら、絶対『ボクはお前のお兄ちゃんだ』と話して聞かせる」と抵抗してみせたこともある。「晋太郎さんも、『そんなことを言われたら大変なことになる』と思ったんでしょう。晋ちゃんは随分叱られたみたいだ」(安倍家関係者)。安倍は弟に“出生の秘密”を漏らすことはなかったが、岸の愛情が“内孫”である信夫により多く注がれるようになった“身辺の変化”を感じ取っていたのかもしれない。付記すれば、信夫が“養子”という衝撃の事実を知るのは、慶応義塾大学進学時に必要上取り寄せた戸籍謄本を見た時のことだった。

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テーマ : 安倍晋三
ジャンル : 政治・経済

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