【私の履歴書】JR東海・葛西敬之名誉会長(28) リニア、自社負担を決断…健全経営と安定配当も堅持

1987年7月、“リニア対策本部”を立ち上げたことが最初の一歩であった。『中央新幹線』は『全国新幹線鉄道整備法(全幹法)』に基本計画路線と位置付けられており、名古屋を経由して東京と大阪を結ぶという経路からして、まさに“第2東海道新幹線”である。一方、超電導磁気浮上方式(超電導リニア)は、東京-大阪を1時間で結ぶ第2東海道新幹線での実用化を期して、1962年に開発が始まったもので、他に活用する路線は無い。その土木構造物(インフラ)は新幹線と大差ないが、走行システムは全く異質で未知未踏の世界である。国鉄の開発成果を結集した宮崎リニア実験線7kmを『鉄道総合技術研究所』が引き継いだが、それは模型実験レベルで、実用化への視界はゼロだった。「東海道新幹線の輸送力が限界に近づく中で、第2東海道新幹線のインフラ建設は政府に委ねるにしても、リニアシステムの開発は将来運行に携わる我々で」と考えた。そこで、当社が自己負担1000億円で実用線の一部20kmを先行建設し、技術開発を主導することを発想、運輸省に提起した。1000億円の政府予算化は、バブル期でも不可能だ。この呼び水が閉塞を破り、山梨リニア実験線の建設計画は1990年6月、運輸大臣の承認を受けた。リニアシステム実用化へのエポックだった。当社の技術者が高速鉄道の運行経験に基づき設計を主導した結果、リニアの実験線は山梨県においてそのまま実用モデルとなり得るものに一新された。その結果、宮崎実験線では頻発した超電導状態喪失現象は、1997年4月の運行開始以降一度も発生せず、2009年7月に国土交通省の実用技術評価委員会から実用技術完成のお墨付きを得た。

この間に当社の財務状況は大幅に改善し、1987年に僅か700億円だった年間可処分資金は、今や5000億円にまで達している。最大の経営リスクだった5兆5000億円の債務は2兆円まで縮減され、それにゼロ金利政策の効果も加わって、支払利息は3500億円から700億円まで減少した。列車間隔4分・毎時15本(回送含む)が上限とされた東海道新幹線の運行列車本数も、車両の加減速性能向上等に依って、其々3分15秒・18本となっている。1日の営業列車本数は当社発足当初の231本から350本に増え、収入も1.6倍である。今や、東海道新幹線はその限界を究めたと言える。2006年4月には完全民営化が達成され、経営の自由度も高まった。東海道新幹線の旅客から得た収入は、リニア中央新幹線を通じて将来の旅客に還元されるべきだ。これが、2007年に中央新幹線の東京-名古屋間を自己負担で建設する決断をした大義である。全幹法の手続きや環境影響評価を経て、2014年10月、東海道新幹線が50年を迎えたその時に、国土交通大臣から工事実施計画の認可を受け、次なる50年の飛躍へ発進した。国鉄改革で背負った過去債務は制御不能の経営リスクであり、その克服は“捨て身の積極的経営”と“デフレ・ゼロ金利の天祐”が織りなした奇跡だった。一方、リニア中央新幹線建設のリスクは未然のものであり、回避可能である。経済状況の変化・工事の進捗等に柔軟に対応し、健全経営と安定配当を堅持しつつ建設を進める方針である。


≡日本経済新聞 2015年10月29日付掲載≡


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『聖教新聞』だけで年間100億円? 墓地販売で収入3000億円超?――資産10兆円とも言われる創価学会の資産は如何に形成されているか?

“10兆円”(『宗教法人に関する特別委員会』における自民党衆議院議員の質問に依る=1995年11月7日)という資産が推定される巨大教団『創価学会』の財務状況は一体、どうなっているのだろうか? 尤も、“原則非課税”という宗教法人は収支報告の義務が無く、その為に“不透明な会計”という好ましくない評価を持つ。例外として、一部の新宗教やキリスト教団体等は毎月・毎年、収支を自ら公開しているような宗教法人もあるが、こと創価学会の財務は永年、深い闇に包まれたままであった。ところが、今から25年前の1990~1992年、創価学会本部(東京都新宿区信濃町)や『聖教新聞』本社に、国税庁に依る大規模な税務調査が入った。詳細については公明党元委員長・矢野絢也氏の著書『乱脈経理』(講談社)に譲るが、同著に依って学会は、あまり知られたくない経理の一端が明らかにされてしまう。更に、造反を起こした元最高幹部たちや元顧問弁護士、相次いで学会を退会していった幹部、会員の告発や手記、実体験の証言等に依って、財務の大まかな実態も見え隠れしてきた。こうした告発や証言を下敷きにして、創価学会の財務状況を見ることにしよう。創価学会規則にある“財務”の項に、“資産の区分”として次のように明記されている。

第17条 この法人の資産は、特別財産・基本財産及び普通財産とする。
【中略】
3 基本財産は、次の財産について設定する。
 ①土地・建物その他の不動産。
 ②公債・社債その他の有価証券。
 ③永久保存の目的をもって積み立てられた財産。
 ④普通財産として推定せられた寄付金品。
4 普通財産は、特別財産および基本財産以外の財産、財産から生ずる果実、会員の中から専任された広布部員の拠金ならびにその他の収入とする。

第19条 基本財産である現金は、確実な銀行へ預け入れ、その他適切な方法により管理しなければならない。

ここに登場する“基本財産”の中で、「…会員の中から専任された広布部員の拠金ならびにその他の収入とする」という“広布部員の拠金”が、創価学会という宗教団体を運営する最大の収入源になっている。

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元々、創価学会は“1銭も金のかからない宗教”を誇りにしてきた。実際、関連施設の入り口に“賽銭箱”を置くようなことはなかった。それがまた戦後、強烈な布教を展開し、教勢を伸ばす武器にもなっていたのである。“カネに身綺麗な宗教”という印象を世間に強く与える為に、他教団を“カネに固執する宗教”として徹底的に批判してきた。一例を挙げてみよう。1982年4月24日付の聖教新聞は、奈良県天理市に本部を置く『天理教』をこう誹謗中傷しているのだ。「教祖の中山みきが天理王命から受けた啓示によれば、どじょうが人間になった、また、親神(天理王命)は退屈まぎれに人間を造って“陽気あそび”をさせて楽しんだそうだ。何とも気楽な神サマもいたもので、極貧にあえぐ当時の信者を踊らせて喜んだらしい。それだけならまだいい。みきは『貧におちきれ』と強要して回った。要するに、『一切の富を神サマに捧げよ』というわけだ。おつくし(献金)は、だから悪らつ高利貸しも顔負けの取り立てだった。田畑・屋敷を売るのは茶飯事、なかには娘を吉原に売って献金する信者もいた(芹沢光治良氏)。天理教40余年の歴史は、搾取の歴史であった。信者は、生かさず殺さず、搾るだ け搾り取られて、精も根も尽き果て“陽気な暮らし”これが“搾取の宗教”の正体だ」。まるで天理教に喧嘩を売っているような、壮絶な批判である。『霊友会』や『立正佼成会』も同様に批判された。だが、そうした他教団の金銭問題に言及する批判の矢がまさに、今日の創価学会に跳ね返ってきているのではないか? お笑いタレントで一時期、「間違いない!」と言った台詞で人気を博していた長井秀和氏は、創価大学卒という熱心な創価学会員である。その長井氏が最近、自身のFacebookでこう呟いていた。「現在の創価学会は、財務という名の集金が信者を苦しめているし、役職という多くの金銭的負担も強いられるノルマが首を絞め、選挙は手弁当という名の無償労働を強いられているのが実状で。高齢者が老体に鞭打って、功徳がある、という教義を信じて活動していくんでしょうね。ご苦労様です、ですね」

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【日日是薩婆訶】(03) 始まってしまえばやめることのできないこの国だから

7月ともなれば、月遅れの8月盆のプレッシャーが高い壁のように迫って来る。高い壁と言うより寧ろ、鵯越から攻められるのを察知した平家のような気分である。今は、庭木の剪定等も殆ど庭師に頼む。墓地周辺の草刈りは、シルバーセンターの方々に頼んでいる。しかも、その手配や頼まれた檀家さんの墓地掃除・ガラス拭き等の手配も、女房がしてくれる。それなら「何が鵯越か」と言われそうだが、兎に角、人の出入りが圧倒的に多くなり、纏まった時間が取れなくなるのである。お墓掃除に訪れる人々も増え、お盆供養の塔婆の申し込みにもやって来る。先祖供養・水子供養・三界万霊の3種類の塔婆で、合計300本を超す。無論、その申し込み用紙を7月初旬に配布するところから準備は始まるのだが、7月後半はそれを申し込む方が殆ど“引っ切り無し”にやって来るのだ。加えて、今は本堂の改修工事中でもある。大工さんたちばかりでなく、洗い屋・建具屋・電器屋・表具屋、そして塗師や植木屋まで出入りしている。私がこうして机に向かう間も、女房はお茶用の氷を貰いに街まで出ている。特に、今年のお盆前は自転車操業、いや、まるで一輪車で綱渡りをするような危うい日々なのである。

そんな時、国会では安全保障法案の強行採決。全く異質な時空に触れる思いがした。幾ら忙しくとも、これは考えないではいられない。政府の言う「安全保障環境の変化」というのは、わからないではない。西や北のほうに脅威を感じ、自国のみで防衛できる国でない以上、同盟国と集団的に抑止力を発揮するしかないのも確かである。その同盟国であるアメリカと防衛関係が相互的でないことを恥じる感覚も、理解はできる。しかし、道連れになる相手が今のアメリカだということに、私は強い危惧を感じるのである。例えば、アフガニスタンにしてもイラクにしても、アメリカの判断が間違っていたことは今や明らかだが、その総括さえあの国はしていない。殆ど“チョッカイを出す”感じで始めた戦争が泥沼化するというのは、ベトナム戦争以来の伝統ではないか。そんなアメリカに追従しようとする政府は、どれだけ国民を危険に曝すことになるか、きちんと想像できているのだろうか? “傀儡政権の宿命”と言えばそれまでだが、それでは国民を売るようなものだ。現総理の祖父に当たる岸信介氏が、サンフランシスコ講和条約の受諾演説で次のように述べた。「世界のどこにも、『将来の世代の人々を戦争の惨害から救う為、全力を尽くそう』という決意が、日本以上に強いものはないのであります」。また、「我が国も先の大戦に依って、最も大きな破壊と破滅を受けたものの1つであります。この苦難に依って、全ての野望、あらゆる征服の欲から洗い清められて、我が国民は極東並びに全世界における隣邦諸国と平和のうちに住み、その社会組織を作り直して、全ての者の為によりよい生活を作らんとする希望に燃えております」。また岸総理は、「自国の防衛の為の戦闘は認められるべきではないか?」との議論には、「どんな戦争も最初はそういう防衛の理屈で始まるが、始まるや否や別な理屈が登場するのだ」と見抜いていた。この経験に依る叡智は、孫までは継承されなかったのだろうか? 確かに戦争は、開戦までは懐疑的だった人も、始まってしまった以上、変化させずにはおかない。多くの知識人も、宗教関係者でさえ、先の戦争では寧ろ戦意を鼓舞し、この国が勝つよう為政者に協力した。あの頃の戦勝旗行列・提灯行列は、決して強制されたのではなく、喜んで参加したことを忘れてはいけない。

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【私の履歴書】JR東海・葛西敬之名誉会長(27) 名古屋再開発、世界最大の駅ビル完成…在来線強化と相乗、商圏拡大

国鉄時代の名古屋駅ビルは、建設された1937年当時、東洋一の威容を誇ったという。しかし、JR東海発足の時点では既に陳腐化が著しく、その建て替えが最初の大規模開発案件となった。新たな駅ビル『JRセントラルタワーズ』は、JR東海の本社と名古屋駅舎に加えて、オフィス・百貨店・ホテル等が一体化した駅上の複合立体都市というコンセプトで、国鉄時代には思いも及ばぬ挑戦であった。東京・大阪地区に開発用地の無い当社にとって、名古屋駅は唯一の大都市型の開発案件であり、「極力大規模なものを」という方針で案が練られた。1992年に高さ270m・床面積45万㎡という規模が定まり、百貨店は「是非に」と言う『松坂屋』との共同出資、ホテルは『全日空』の杉浦喬也会長(元国鉄総裁)の要請もあり、『全日空ホテルズ』と提携ということになった。そして、残るは建築確認申請のみという段階でバブルが弾けた。バブル崩壊に伴い、高さ245m・床面積42万㎡に縮小する決断をした。「床面積を10%削減すれば建設費が15%減少する」という施工会社の提案を容れたのだ。好意的に応援してくれていた地元に多少の失望感を与えたが、それでもギネスブックには「世界最大の駅ビル」と記載された。また、百貨店については、松坂屋からの提携解消の申し入れを受け、新たに名古屋初進出となる『髙島屋』と提携した。ホテルも、最終局面で『マリオットホテル』とのフランチャイズ契約に変更となった。振り返ってみれば、何れも幸運であった。

着工が1994年に延びたことも、思わぬ幸運を齎した。上昇の一途だった建築費がバブル崩壊で下落し、加えて、2000年の全面開業までの6年間に金利が大幅に低下したのだ。この結果、総事業費は3300億円の予定が40%近くも少ない2000億円で済み、当初計画では、オフィス・百貨店・ホテルが単年度黒字となるのに5~10年かかると想定していたが、全て開業初年度から黒字となった。JRセントラルタワーズ成功の秘密は、規模の大きさと複合機能性である。加えて、民営化後の在来線のサービス増強も駅ビルの賑わいに貢献した。国鉄時代には専ら経費節減の対象でしかなかった在来線を、当社では“東海道新幹線のアクセスネットワーク”と位置付け、新車投入の上に列車頻度を約2倍に増やしたのである。その結果、名古屋駅ビルの商圏は三重・岐阜・長野・静岡県にまで拡大した。また、『のぞみ』の導入は東京・大阪と名古屋の繋がりを強め、名古屋駅地区のオフィス立地は優位性を増した。駅前には『トヨタ自動車』のビルが建設された他、『三菱地所』や『日本郵政』のビルが完成間近である。当社の第2の駅ビルである『JRゲートタワー』も、リニア中央新幹線の名古屋駅空間を地下に抱いて、建設が終盤を迎えている。鉄道には旅客の利便だけでなく、地域の潜在力を高める効果もある。東海道新幹線と在来線のサービスアップが名古屋駅の賑わいを呼び、その賑わいが更なる駅周辺の賑わいを呼ぶという相乗効果を齎した。名古屋駅周辺の様相はJR東海発足時とは一変し、今や広域名古屋市圏の中心であり、東京・大阪等への名古屋の表玄関となっている。


≡日本経済新聞 2015年10月28日付掲載≡


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【公明党・創価学会よどこへ行く】(06) 結党51年、問われる立党の原点

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国会議員55人・地方議員2933人(今年7月末現在)、総勢41万人の公明党員を率いるのが、端正なマスクと“なっちゃん”の愛称で知られる代表の山口那津男だ。1952年生まれの63歳。主要政党のトップは、『自由民主党』総裁で首相の安倍晋三(1954年生まれ)・『民主党』代表の岡田克也(1953年生まれ)・『日本共産党』委員長の志位和夫(1954年生まれ)と、皆同世代だ。山口は東京大学法学部を卒業後、弁護士を経て国会議員に転じた。その経歴は、過去2代の代表(神崎武法=東京大学法学部卒・検察官、太田昭宏=京都大学大学院卒・『公明新聞』記者)と似通っており、最近の公明党幹部の“高学歴化”を象徴している。その山口の脇を固めるのが、副代表の北側一雄(当選8回)と幹事長の井上義久(当選8回)のベテランコンビ。62歳の北側は国土交通大臣等を歴任し、安全保障関連法案の取り纏めに当たって、武力行使の歯止めとして“新3要件”を示し、存在感を示した。一方、井上は太田と同じ公明新聞記者出身の68歳。党税制調査会長や副代表を歴任し、テレビの討論会でもお馴染みだ。公明党の政党としてのルーツは、1950年代に支持母体である『創価学会』の会員が、統一地方選挙や参議院選挙に出馬したことに遡る。その後、1961年に公明党の前身である『公明政治連盟』を結成。1964年に『公明党』を結党した。政党の離合集散が続く中では、日本共産党・自民党に次ぐ古参政党と言える。万年野党の公明党にとって、政党として最初の転機となったのは、1993年の細川・非自民連立政権の誕生だ。ここで初めて与党入りし、4人の閣僚が輩出。その後、『新進党』の発足に伴い、国会議員と地方議員の政党に分党したが、1998年に合流。公明党を再結成している。次の転換点が、1999年に自民党・『自由党』と共に自自公連立内閣を発足させた時。以来16年間、民主党政権時代を除き、一貫して自民党と二人三脚で歩み続けている。連立政権が発足した当初、自民党議員の側にも公明党アレルギーが存在した。しかし、選挙において次第に公明党の組織力に依存するようになっていった。自民党議員の大半は最早、公明党の選挙協力無しには選挙を戦えない状態だろう。与党入りと自民党との連立政権という2度の転身を果たした公明党にとって、現在、国会で大詰めの審議を迎えている安保法案は、戦後3度目の転機と言える。“平和”という立党の原点を揺るがす政策の大転換だからだ。結党から51年、その存在意義が今、問われようとしている。 《敬称略》


キャプチャ  2015年9月26日号掲載


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『ワイドナショー』で凋落から復権? “老害芸人”松本人志の災厄

松本人志と『ワイドナショー』(フジテレビ系)が最近、注目を集めています。番組での発言がインターネット上で毎回、話題になる人気ぶりです。しかし、昔は兎も角、現在の松本人志って一体何が面白いんでしょうか? 老害ぶりを検証してみました。

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情報バラエティー番組に出演したタレントの発言が、即座にYahoo!ニュース等にアップロードされて拡散する昨今――。中でも今、世間で一番注目されているのが、毎週日曜日の午前中に放送される『ワイドナショー』だろう。『ダウンタウン』の松本人志がコメンテーターを務めるこの番組は、芸能ニュースから政治・社会問題まで幅広い話題を取り上げ、ゲストが自由に発言するというのが売りである。毎回変わる数名のゲストも、準レギュラーの中居正広を始め、ビートたけしや長渕剛等の大物タレントばかり。特に、長渕の出演時は「感覚論として戦争に近づいている気がする。もう、紛れもなくそこに近づいている気がしますよ」と、戦争法案だとして批判される安保法制の危険性に踏み込んだ発言をして、話題になった。しかし、この番組が注目されるのは、何と言っても松本人志の存在が大きい。情報番組と言えば、コメンテーターの学者や文化人が深刻そうな表情で事態を憂いてみせたり、したり顔で専門知識を披露するのがパターンだが、松本は事件や社会問題に対して笑いを交えた独自の切り口でコメント。ゲストたちは、こうした松本の発言に連られて、本音を交えた討論を展開していく。様々な社会問題について芸能人がガチトークを行うスタイルは、従来の情報番組には無かったものだ。その為、番組で飛び出す発言が毎回、ネットニュースになるのである。その注目度・影響力は日に日に高まり、スポーツ紙や週刊誌の芸能記者も必ず番組を見て、松本の発言をチェックしているという。勿論、視聴率も好調で、今や『爆笑問題』が司会を務める同時間帯の裏番組『サンデージャポン』(TBSテレビ系)に迫る勢いを見せている。だが、注目を集める一方、最近の松本のコメントはどんどんつまらなくなってきている。いや、面白い・面白くないという以前に、「これがあの“天才芸人”松本人志か?」と首を捻りたくなるような、トンチンカンで頭の悪い発言が非常に目立つのだ。

例えば、松本は東京オリンピックのエンブレム問題について9月6日の放送で、「僕は1周回って、(白紙撤回された)これでいったほうがいいと思う。今一番インパクトあるのはこれ。これだけ有名になった」と主張したが、こんなコメントはただの“逆張り”に過ぎない。何か問題が起きると、よく多数派の意見とは逆のことを言って注目を集めようとする馬鹿がいるが、これはそういう類いの陳腐な発言だ。また、堀北真希と結婚した山本耕史についても8月30日の放送で、「気性が狩猟民族みたいなところがあるんじゃないですか? 次の獲物…みたいな」と普通のおっさんのようにコメント。逆に、長渕剛の『10万人オールナイトライブ』の話題では、「これに対して、ネガティブなニュースが流れるじゃないですか? 『赤字や』とか『10万人入っていない』とか。いやいや、トライすることが凄いから!」と興奮して語り、「何で足を引っ張るようなニュースをね、人のやる気を削ぐような。結局、10万人は集まらなかったけど、相当な人が集まった訳でしょ?」と必死になって長渕を擁護するのである。しかし、ライブに来た客がイベント名の10万人に全然届かず、トラブルが多発したのは事実。抑々、何故話題にする側が長渕のやる気を高めてあげなければいけないのか。これ等も、番組にゲストで出てくれたタレント仲間を庇っているだけの身贔屓な発言でしかない。そして、8月9日の放送で、安保法案に反対する高校生5000人が渋谷でデモを行った話題を取り上げた時は、「今、安倍さんがやろうとしていることに『反対だ!』って言う意見って、これ意見ではないじゃないですか。単純に人が言ったことに反対しているだけであって、対案が出てこないんで。じゃあ、どうすると。このままでいい訳がないんですよ」とデモを批判。更に、「若し、このままでいいと思っているのであれば、完全に平和ボケ」と保守オヤジのように声を荒らげるのだ。「反対するなら対案を出せ」というのは安倍首相がよく使う常套句だが、それよりもっと問題なのは、松本の発言が全く面白くない点である。法案に賛成か反対に関わらず、世間一般の価値から距離を置いて笑いを追求していた昔の松本なら、こうしたデリケートな政治問題のときこそ違う角度のコメントをして、空気を一変させたはず。或いは、不謹慎なことを言って顰蹙を買ったり、出鱈目な発言をして呆れられたかもしれない。だが、安保法案に対する今回のコメントは、新聞等で聞き齧った賛成派の意見をそのまま話しただけの、まるで捻りが無い陳腐なもの。これなら、同じ政治スタンスでも百田尚樹や竹田恒泰のほうが数段面白いのではないだろうか。

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【私の履歴書】JR東海・葛西敬之名誉会長(26) 品川駅新設、増発へ態勢…全工費1000億円、2年で回収

『新幹線鉄道保有機構(保有機構)』の解体・時速270km運転と並ぶ、新幹線強化の為のもう1つの離れ業が、『品川駅』の開設である。それは、国鉄時代からの懸案でもあった。東海道新幹線の列車本数は、東京駅のプラットホームと本線を結ぶ分岐路を列車が何分で通過できるかに制約される。当時、それは4分――即ち、1時間に片道15本が上限であった。田町駅付近から大井車両基地に分岐する回送列車の為に毎時4本を確保すると、営業列車は11本まで。既に『ひかり』6本・『こだま』4本が運行されており、増発余力はあと1本だった。品川駅を開設し、そこで4本を発着させれば、品川以西では毎時片道15本の営業列車を確保できると共に、積雪等の自然災害時の列車遅延も早期に収束する。また、品川で乗降可能になれば、多くの旅客にとって新幹線へのアクセス時間が20~30分は短縮される。輸送力増強と利便向上の切り札であった。しかし、実現の最大の困難は用地の取得であった。JR各社への用地分割を担当した国鉄経営計画室は、保有機構に奪取された東海道新幹線には寸土の余裕も持たせず、その上、JR東日本の“薄皮一枚”の用地で包囲するよう密かに処理していた。東海道新幹線の品川車両基地は国鉄清算事業団の債務返済用に差し出し、23haに及ぶ在来線品川ヤード用地は、簿価7億5000万円でJR東日本に引き継がれた。当社は開業早々に『東京参与会』を発足させ、経団連の平岩外四副会長・瀬島龍三行革審委員・日経連の亀井正夫副会長・国鉄の杉浦喬也元総裁・鉄道建設公団の岡田宏総裁らを含む10人の有識者に基本問題を説明し、理解と助言を頂いてきた。国鉄改革に深く関わったこれらの人々は、「品川駅設置には大賛成。是非、実現すべきだ」という意見だった。

「用地問題については、株式上場までのJRは“国有民営”であり、その資産は全て国家・国民の財産である。故に、品川ヤード用地の活用方法は、政府が国家・公共の為にどう使うべきかを大所高所に立って判断し、“民有民営化”される前に処理すべきだ」という見解であった。「JR東海は、品川駅構想を天下に周知した上で、全てを政府に委ねて静観すればよい」と助言された。まさに正論だった。東海道新幹線品川駅計画は、公表と同時に世論の強い期待と要望を喚起し、実現は必須の流れとなったが、JR東日本首脳の強硬な反対で用地の協議は難航した。しかし、日本経済の大動脈機能を維持・増強するという大義は動かし難く、結局は株式上場を前にして、国鉄清算事業団及びJR貨物用地と例の“薄皮一枚”の買収で、何とか品川駅の開設は決着した。2003年10月1日、品川駅完成と全列車270km運転化を踏まえた白紙ダイヤ改正が行われ、1時間に『のぞみ』7本・『ひかり』2本・『こだま』3本体制がスタートした。東京・品川両駅合わせての利用増は1日2万人、年間収入増は500億円に上る。品川駅の建設費は、用地も含めて1000億円弱、全工事費を2年で回収した勘定だった。荒涼たる空閑地であった品川駅港南口には、完工までの5年間に巨大なオフィス街が出現した。その延べ床面積は、東京ドームのグラウンド約100個分に当たるという。新幹線品川駅は、極めて大きな外部経済効果を齎したのである。


≡日本経済新聞 2015年10月27日付掲載≡


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自動運転の主役に急浮上したドイツの自動車部品メーカー『コンチネンタル』とは?――部品企業で初の公道実験、Googleとも密接な関係

『トヨタ』対『Google』――自動運転の実用化が迫り、異業種間の対決が注目を集める。その裏で、自動運転時代の新たな主役として急浮上した自動車部品メーカーがある。ドイツの『コンチネンタル』だ。自動車関連事業の売上高で、10年前には2倍以上だった『デンソー』を抜き去った。創業140年以上の老舗タイヤメーカーは、どのようにしてハイテク企業に変身したのか? 日本では知られていない同社の経営の実態に迫った。 (島津翔・広岡延隆)

フランクフルト中心部から南東にアウトバーンで約40分。森が豊かな街・バーベンハウゼンに、コンチネンタルのインテリア部門の工場群がある。ここで主に作っているのはメーター類。自動運転とは無縁にも思える拠点で、最先端技術の実験が進んでいた。“ErgoLab(エルゴラボ)”――そう名付けられた真っ暗な部屋の中に置かれていたのは、『BMW』のセダンを改造したドライビングシミュレーターだ。運転席に乗り込むと、通常のクルマとの違いに気付く。ドライバーに向けて、複数のカメラが配置されているのだ。

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エルゴラボに置かれたドライビングシミュレーター。被験者を使った実験が行われている。

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「雪景色の草原にしますか? それとも市街地ですか?」。エンジニアはこう尋ねる。市街地を選んでアクセルを踏み込むと、スクリーン上の光景が流れ始める。自動運転モードのボタンを押すと操作が自動制御に切り替わり、標識を読み取って速度を変え、レーンも自動で変更する。暫く進むと、道路工事で前方が塞がっているのが見え、「ピーピー」という警告音が流れ、シートがぶるっと震えた。自動運転モードから手動運転への切り替えを示唆する警告だ。この実験は、何らかの理由で自動運転を続けられなくなった場合に、ドライバーにどう伝えればいいかを試すもの。音や振動だけでなく、映像や光等と様々なパターンがある。車内カメラでドライバーの頭の動き・視線の方向・目の開き具合・警告への反応スピード等を分析して、計器やディスプレーの表示方法や位置等を最適化する。「自動運転に、何故こうした工夫が必要なのか?」と不思議に思うかもしれない。インテリア部門を統括するヘルムート・マッチ取締役は、「自動運転時こそ、ドライバーが走行状態を直感的に理解できるようにしなければならない」と言う。自動運転が高度になれば、人間に依る速度や道路状況等への注意が散漫になりかねない。そうなると、緊急時に手動に切り替えても反応が遅れて事故に繋がったり、被害の深刻度が増したりするリスクが高まるからだ。その為に必要なのが『ヒューマンマシンインターフェース(HMI)』。センサー類が検知した外のクルマや道路状況等の膨大な情報を、映像・音声・振動等でわかり易くドライバーに伝える技術だ。右の写真は、フロントガラスに投影した情報を実際の光景に重ね合わせる、同社の最新のHMI技術。居眠り防止等を目的に車内カメラの開発を進める企業はあるが、コンチネンタルは自動運転との連携を前提に、人間工学を取り入れたHMIの研究を10年前から始めている。こうした先見性が、コンチネンタルの最大の武器だ。

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【中国人の攻略法】(08) 揺らぐAIIB対TPPの構図…広がる中国経済圏、活路は西にあり

20151026 01
「“環太平洋経済連携協定(TPP)”交渉の挫折が、アメリカのアジア戦略を直撃した」――国営新華社通信は、聊か喜びが感じられる調子の第一報を流した。ハワイで行われていたTPP参加12ヵ国の閣僚会合が、7月31日に大筋合意ができないまま閉幕したというニュースは、中国でも高い関心を集めた。中国には、「TPPはアメリカに依る中国包囲網だ」という見方が根強くある。一方で、「水準の高い“自由貿易協定(FTA)”に参加することは、中国の産業の高度化に有利だ」との意見もあり、その決着はまだついていない。「我々がルールを作らなければ、中国がアジアでルールを確立してしまう」。オバマ大統領がアメリカのメディアにこう語り、TPP早期妥結の必要性を訴えたのは4月下旬のこと。その背中を押したのは、中国が提唱して今年末までの業務開始を見込む国際開発金融機関、『アジアインフラ投資銀行(AIIB)』の創立メンバーが57ヵ国にも及んだという事実だ。日本とアメリカが主導する『アジア開発銀行(ADB)』の67ヵ国に匹敵する。アメリカは「G7(先進7ヵ国)からの参加はない」と踏んでいたが、蓋を開けてみれば、ヨーロッパからイギリス・フランス・ドイツ・イタリアの4ヵ国が参加を表明。アメリカの面子は丸潰れとなった。ワシントンには、対中警戒派であっても「AIIBに参加しなかったことは失策だった」という論者が少なくない。況してや、世界の成長センターであるアジア太平洋で中国にルールメーカーの座を明け渡す訳にはいかず、TPP妥結の必要性も漸く共有さ れた。TPP交渉の本格化に必須である『貿易促進権限(TPA)法』がアメリカで成立したのは6月29日。まさに、AIIB設立協定の署名式が北京で開かれた日だった。中国は知的財産保護・国有企業問題等でTPPのハードルの高さを認識しつつ、将来の加盟を模索していた。日本との間で日中韓FTAの交渉を継続しているのも、その一環だ。TPPに後から参加するには、先に入っている国の同意がいる。日本とも通商ルールをある程度揃えておく必要があるのだ。また、中国は『東南アジア諸国連合(ASEAN)』、インド等を含めた『東アジア地域包括的経済連携(RCEP)』の交渉も継続中だ。様々な可能性を模索しつつ、TPP交渉の動向を注視していただけに、協議が止まってくれるのは好都合なのだろう。中国には、「AIIBでアメリカを挑発したのは得策でない。TPP交渉が一気に進みそうだし、必ずアメリカは竹箆返しをしてくるだろう」(政府系シンクタンク研究員)と懸念する声もあった。それだけに、ハワイからの一報に胸を撫で下ろした関係者は多かったのではないか。

中国の財政部(日本の財務省に相当)がAIIBの構想を日本に初めて伝達したのは、2010年後半のことだった。中国側がイメージしていたのは『ヨーロッパ投資銀行(EIB)』。『ヨーロッパ連合(EU)』加盟28ヵ国が出資する政策投資金融機関だ。この時期の中国は、『国際通貨基金(IMF)』での出資比率向上が難航していることに不満を高め、突破口を探していた。この段階では、中国は日本をパートナーとして想定していた。様々なチャネルで何度か提案したものの、日本側からは殆ど反応が無かった。中国側の提案はペーパーにもなっておらず、アイデアが口頭で伝えられただけ。日本側も、中国側の真意を測りかねたのだろう。尖閣諸島沖での漁船衝突事件を受け、既に日中関係は緊張を孕み始めていた。また、アジアでの国際金融機関構想を巡っては、日本には苦い思い出がある。1997年のアジア通貨危機に際し、日本が提案したアジア通貨基金構想を、中国はアメリカと組んで潰した。「既にADBがあるのに、日本主導の機関がアジアにもう1つできるのは許容できなかった」。別の中国政府系シンクタンクの関係者は、そう語る。2010年に国内総生産(GDP)の規模で日本を抜いた中国にとっては、もう日本は主導権争いの相手ではなくなっていた。戦後にアメリカが築いてきた国際金融秩序に中国の居場所を見つける上で、日本を巻き込めないか試してみたのではないか。2012年秋に、共産党総書記が胡錦濤氏から習近平氏に交代。この移行期に中国は、東シナ海では日本、南シナ海ではフィリピンやベトナムと緊張関係を深めた。2008年頃から、中国は海で大きな問題を抱えるようになったが、陸で国境を接する14ヵ国との関係は安定している。そこで、“大陸国家”という原点に戻ったのだ。2012年10月には、国際政治専門家として著名な北京大学の王緝思教授が、中国の“西進”を提言する論文を発表。「太平洋側からユーラシアに目を転じて、“新しいシルクロード”を開く」というアイデアをブチ上げた。2013年9月には、習国家主席が訪問先のカザフスタンで『新シルクロード経済ベルト構想』を発表し、大歓迎を受けた。「これに習主席はご満悦で、自分の看板政策にする気になった」(中国の国際経済研究者)。

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【私の履歴書】JR東海・葛西敬之名誉会長(25) 初の全面刷新、時速270km…車両を軽量化、命名は一苦労

1987年の12月上旬、リヨン-パリ間でフランスの誇る高速鉄道『TGV』に乗車する機会があった。時速270kmは、当時の世界最速である。しかし、その印象は重そうな客車の先頭と末尾に強力な機関車を配して、田園の中を大きな音を立てながら走行する長閑な高速列車という感じだった。同行のエンジニアが言う。「人口稠密地帯を走る東海道新幹線の場合は、騒音・振動対策や耐震性強化が必要な上に、カーブもTGVよりきつい。それでも、時速220kmから270kmには上げられると思いますよ」。帰国早々の1988年1月、『新幹線速度向上プロジェクト委員会』を立ち上げた。新幹線運行本部長の副島廣海さんをリーダーに、各分野の技術者が寝食を忘れて検討した結果、半年後の9月には成案を得た。その骨幹は、

(1)時速270km運転の為に新型車両(300系)を開発する。
(2)アルミ車体・交流モーター・軽量台車を採用して車両を25~30%軽量化し、沿線の振動を現状以下に抑える。
(3)車体の流線型化・表面の平滑化・パンタグラフ数の削減等に依り、沿線の騒音を現状以下に抑える。
(4)電力回生ブレーキの採用等も併用して、消費電力を節約する。
(5)空調機器を床下に置く等して車体の重心を下げ、半径2500mの曲線を時速255kmで通過する。
(6)地震の早期警戒装置を導入する。

等々、東海道新幹線開業以来初のフルモデルチェンジであり、あらゆる技術的挑戦を盛り込んだ画期的な計画であった。直ちに経営会議で決定し、12月に300系1編成を発注。2年間の実証運転を経て、1992年3月に『のぞみ』がデビュー。東京-大阪2.5時間時代の幕が開き、高頻度輸送の利便性と相俟って、対航空サービス優位が強化された。

『のぞみ』の命名には一苦労した。1000を超える候補を20に絞り、最終決定の場が設けられた。外部の有識者として齋藤茂太・牧野昇・阿川佐和子の3氏を招聘し、部内からは須田寬社長と私を含めて5人が出席した。『ひかり』『こだま』より速い列車を何と呼ぶか、悩ましいところである。阿川佐和子さんが、「日本を代表する列車だから、“やまと言葉”でなければいけない。父は、『“つばめ”が良い』と言っていました」と発言、これが基調となった。他に『すばる』『あすか』等もあったが、リストにあった『希望』を『のぞみ』に読み替えることで意見の一致を見た。馴染んでみると、良い命名だったと思う。300系車両の軽量化は土木構造物への負担を軽減し、高架橋や鉄橋等の寿命を延ばすという波及効果を齎した。発足当初は、「20年後には取り換えが発生する可能性あり」と言われていた土木構造物は、今日では適切な保全さえすれば幾らでも持つことが解明されている。300系システムの導入を契機に、国鉄時代には抑えられていた新技術導入への衝動が解放され、恰も堰を切ったかのように700系・N700系、そしてN700Aが粗7年置きに開発投入された。N700系・N700Aのエネルギー消費は、時速220kmの0系と比較すると半分程度である。構造物の耐震化・長寿命化・地震時の車両脱線逸脱防止・架線の軽量高性能化等、全ての面目をも一新しつつある。


≡日本経済新聞 2015年10月26日付掲載≡


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