【大世界史2015】(13) ナポレオンが皇帝に即位(1804年)――ナポレオンは何故強かったのか?

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ナポレオン率いるフランス大陸軍(グラン・ダルメ)は何故、あんなに強かったのか? 或いは、ナポレオン帝国はなぜあれほどに広大なものとなり得たのか?――その謎は、多くの歴史家の興味を刺激したらしく、これまでに様々な仮説が披露されてきた。それらを纏めると、大きく2つの説に分かれる。1つは、ナポレオンの軍事的天才を強調する“帝政史観的”なタイプで、ナポレオンが編み出した砲兵中心の中央突破戦術、戦力集中に依る各個撃破戦術が戦場の勝利を決定したとするもの。軍事オタクには、これを支持する者が多い。もう1つは、フランス大陸軍を構成した兵士の質に注目する“共和国史観”タイプで、志願兵と徴集兵は国民国家(ネイションステイツ)の申し子で愛国心に燃えていた為、ナショナリズムの点で他国を圧倒していたとするもの。勿論、折衷タイプも存在し、ナポレオン戦役直近の分析者であるクラウゼヴィッツは、「ナポレオンの軍事的天才が、大陸軍に漲るナショナリズムを巧く利用した」と考えている。ただ、其々立場の違いはあるものの、何れも大革命に依る断絶を強調している点では一致している。 これに対し近年、優勢になりつつあるのが、アンシャンレジームとの“連続性”を重視する見方である。例えば、ウイリアム・H・マクニールは『戦争の世界史』(翻訳は高橋均・刀水書房)で、「ナポレオン軍の勝利は、フランスが7年戦争(1756-1763)でプロイセンに敗れたことに遠因がある」とし、「プロイセンに大敗した原因を分析したフランス陸軍は、フランス革命勃発までの26年の間に、ピエール・ブルーセ将軍の指導の下、構造的な改革を成し遂げており、全く別の軍隊になっていた」として、その分析と対策を大きく4つに分けている。

①指揮・命令・軍政系統
従来、戦場を見下ろす高地から、将軍が望遠鏡で敵味方の配置を観察しながら、副官たちを使って命令を伝達したり、戦況報告を受けていた。しかし、会戦が兵員5万人を超える規模となると、全体の把握が困難になり、戦況が掴めなくなってしまった。また、伝令との口頭コミュニケーションも戦場の轟音に妨げられて不可能となった。この反省から生まれたのが参謀本部システムで、特殊な訓練を受けた参謀たちが精確な地図を見ながら作戦を立て、命令を文書に依って下達させる方法が取られるようになる。その為、フランス陸軍では1750年から、参謀本部での使用に耐え得るような精確な地図が作成されたが、この時に大きな貢献をしたのが、1777年にフランス軍工兵中尉のムニエが提案した“等高線”である。これに依り、戦場での高低差が精確に把握できるようになり、参謀本部の作戦もより緻密なものになったからである。同時に、伝令将校に対しても、口頭ではなく必ず書面を用いて命令を伝えることが義務付けられ、地図読解と命令伝達システムを訓練する為の参謀教育学校も設けられた。ナポレオンの伝令書が古文書として大量に残っているのは、この為である。しかし、指揮・命令・軍政系統の改革の中で最大のものは、“師団”の発明であった。師団とは、歩兵・騎兵・砲兵の主力“3兵”に工兵・衛生兵・通信兵等の支援要員等を加えた総合的な戦闘ユニットで、上限は1万2000人とされ、全体を師団長の将軍が指揮した。この師団の発明が画期的だったのは、単一師団でも連合師団でも、敵軍と遭遇次第直ちに戦闘が開始できるように工夫されていることで、予定の戦場に向かって各師団が別のルートで進撃する場合にも、途中で戦端を開くことが可能になったのである。「地図の作製、特殊技能を身につけた参謀将校、事前に用意された書面による命令、師団単位の編成原理、これら4つの要素を備えたフランス陸軍は、すでに革命前夜の1788年時点で、野戦軍の実効的規模についてのそれまでの上限をとびこえるための十分な準備ができていたのである。そうでなかったならば、1793年の国民総動員(ルヴェ・アン・マス)は空振りにおわったであろう。すなわち、ただ数でまさるばかりで戦場での実効的な統制を欠いていたならば、革命軍は実際にかちとったような勝利をおさめることは不可能だったであろう」(ウィリアム・H・マクニール、前掲書:以下、引用は同書)

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テーマ : 歴史
ジャンル : 政治・経済

ラップ調のシュプレヒコールで「戦争したくなくてふるえる~♪」…“意識高い”と勘違い! 大学生政治集団『SEALDs』キモ過ぎデモ見物記

若い男女が体を寄せ合い、大声上げて体を揺する――そんな楽しそうなことをやっている場所が国会の真ん前で、叫んでいる内容が反戦だっていうんだからヘン過ぎる。という訳で、噂の大学生集団『SEALDs』のデモを見に行ってみましたよ。 (取材・文 ダテクニヒコ)

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テレビで一度は見たことがあるんじゃないでしょうか? 何やら、ラップのようなコールをしているデモの様子を。イケメンやら美人な若者ばかりの反戦デモ風景を…。面倒臭そうな老人が、拡声器で眠たくなる話を永遠と繰り返しているといったデモとは違ったその感じに、違和感を覚えた人も少なからずいるでしょう。彼らの名前は『SEALDs』。一体、何者なのか? 実際には、どのようなデモをしているのか? 気になったので、見学しに行くことにしました。8月14日の金曜日。安倍首相が談話を行ったその日の19時半から、国会議事堂正門前で行われるというデモ。地下鉄で国会議事堂へ向かっている最中、先着していた編集者から「豪雨が降ってきました」との連絡を受ける。「若しかして中止になりそう?」と返すと、「いや、土砂降りの中、皆立ってます。異様な雰囲気です」と。本気じゃねーかよ。ゲリラ豪雨だったらしく、駅に着くと止んでいた。正門のほうへ歩いて行くと、あちらこちらで警察が交通整理のようなことをしている。小規模デモを幾つか見過ごし、人混みに辿り着いた。掲げたプラカードには“反原発”の文字。「反戦だけじゃないのか?」と思っていると、「SEALDsはあちらでーす!」と促される。何か、野外フェスで会場を案内されている感じなのは気のせい? 取り敢えず前の人に付いていくと、正門前の交差点に出た。向こう側の角には大量のカメラ。その規模からして、大手マスコミ各社が揃い踏みで取材しようと構えているのだろう。渡って見ると、そのマスコミエリアの目の前に小さな壇があり、眼鏡にハットのメンバーらしき人が立って、何やら仕切っている。その周辺には人の群れ…とはいえ、歩道の3分の1を仕切ったところに押し込まれている感じ。逆側の3分の1がマスコミエリアになっていて、中央3分の1を人が通れるようにしている。警備する警察、多数。交通整理する警察、多数。これから行進するのかどうかを警察に聞いてみたところ、「この場でデモをするだけで、動かないですね」とのこと。それなのに、交差点角を中心として左右に人の列が作られている。この人たちは何がしたいんだ?

向かって右のほうは照明も沢山あってスピーカーもあるからいいけど、向かって左のほうは照明が無くて暗いし、スピーカーも無い。暗闇に人混みがうっすら見えるだけ。人が沢山集まっている感を国会に向けて伝えられてないだろうし、スピーカーが無いのでコールもできないとなると、何の為にいるのかさっぱり。そんな惨状を観察している最中、先程のメンバーが壇上でシュプレヒコールを始めた。「戦争反対!」「戦争反対!」「安倍は辞めろ!」「安倍は辞めろ!」――例のラップ調だと言われているシュプレヒコール。ただ、これをラップと呼ぶのはラップをやっている人たちに失礼ってくらい、リズムに合わせて叫んでいるだけ。「戦争したくなくてふるえる!」「戦争したく、なくてふ、ふ」。周りでリズムに乗り切れていない人がいるし! 「民主主義って何だ!」「何だ!」「あ、いや、そこは『これだ!』と言って下さい。いいですか? 民主主義って何だ!」「これだ!」。これなの? 完全に言わされている感じになっているけど、これが民主主義なの? へぇ~。ここまで、中心部からちょっと外れた場所でスピーカー越しに聞いていたが、「声からして、叫んでいる当人はかなり自己陶酔しているだろう」と様子を見に行ったところ、案の定、壇上では気持ちよくなっている感じのメンバー。そして、その周りにもメンバーらしい女性が取り囲んでいるのだが、これがどれもこれも美人過ぎる! その美人たちが体でリズムを刻みながら、「戦争したくなくてふるえる!」と陶酔し切った顔で叫んでいたら…ずーっと見たくなってしまうのは仕方なし! 「暫く見ていよう」…と、その時、警察官に肩を叩かれて言われた。「立ち止まらないで下さい」。そう、彼らの叫びは国会へ向けたもの、マスコミに向けたものであり、その辺に歩いている民衆には聞かせるつもりはないのである。そんな状況で「民主主義って何だ!」「これだ!」とか言われてもねぇ…。

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【友だちのいない男たちへの処方箋】(02) 孤独な人ほど長生きできない? 寿命は友だちの数で決まる!

先日のことですが、「コーヒーは健康にいい!」という研究がメディアを賑わせていました。すると、ある番組の司会者の方が次のようなコメントをされていたのです。「この前まで、『コーヒーは胃が荒れるから健康に良くない』と言っていた気がするけど、今度は逆の研究結果が出てきましたね。恐らく、もう少しするとまた別の研究が出てくるのでしょう(笑)」。きっと、この司会者の発言に共感される方はとても多いのではないでしょうか。実際、昨日まで「健康に悪い」と思われていた食品が、今日になったら「実は健康にいいことがわかりました!」と発表されるのを見聞きした方は多いと思います。何故、このような問題が起こるのでしょう? その最大の理由は、健康に関する情報は必ずしも“最新”の情報が正しいとは限らないからです。というのも、「最新である」ということはつまり、「知見が少ない」ということの裏返しでもあるからです。その為、こと健康に関しては、「最新だから」といって信用を置いていい訳ではないのです。その為、私たち予防医学の専門家は、最新のかわりに“最善”という言葉を使います。最善とは即ち、数多くの研究に基づき、根拠が確立しているものを指します。最新を追いかけると振り回されますが、最善を押さえておけば地に足を付けた健康作りができます。そこで本稿では、最善の健康作りとして近年注目を浴びている“繋がり”について、これからご紹介していきたいと思います。

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「結局、私たちの寿命を最も伸ばす要因は何なのか?」――そのような壮大な研究テーマに挑んだのが、ブリガムヤング大学に所属する新進気鋭の心理学者であるジュリアン・ホルトランスタッド(右写真)です。元々、彼女は繋がりが健康に与える複雑な影響に興味を持っていました。例えば、彼女が行った有名な研究の1つに、『不幸な結婚生活を送るのと独身で過ごすのとでは、どちらが健康にいいのか?』というものがあります。彼女は、既婚者204名を対象に“結婚生活への満足度”等を調査し、独身者99名との比較を行いました。その結果、不幸な結婚生活を送る者は、独身者に比べて健康度が低いことがわかったのです(出典:Annals of Behavioral Medicine, 2008; 35: 239-244)。このような“繋がりと健康の複雑な関係”について、彼女は彼此10年以上研究を行ってきました。大学でのポジションも得て、それなりに充実した毎日を送っていましたが、彼女には1つ大きな不満があったのです。それは、「繋がり研究が注目を浴びていない」ということです。抑々、“繋がりと健康”の因果関係が科学的に認められ始めたのは、1988年に権威ある科学雑誌『サイエンス』に掲載された論文がきっかけでした(出典:Science, 1988; 241: 540-545)。その記念碑的な論文には、大胆にも以下のような文言が書かれてあったのです。「人との繋がりを欠くことは、健康を脅かす重大な要因である。その効果の大きさは、煙草・血圧・コレステロール、そして肥満や身体活動にも匹敵する」。しかし、その論文が発表されてから20年以上が経とうとするのに、繋がりの重要性に対する社会的認知度は圧倒的に低いままです。苛立った彼女は、あるとんでもない研究を思いつきます。それは、「繋がりの影響度の大きさを煙草やお酒等と比較してみてはどうか?」というものでした。別の見方をすれば、「何が最も寿命に影響する要因なのか?」を追求する壮大なる研究だったのです。目指す地点が高いほど、その道のりは当然苦しいものになります。彼女が最初に行ったのは、“繋がりが健康に及ぼす影響”について、これまでに行われた研究を全て調べ上げることでした。1900年から2007年にかけて行われた“繋がりと健康に関する研究”を集めてみると、何と1万1224もの論文がリストアップされたのです。勿論、その中には質の低い論文、或いはあまり関係のない論文も含まれていたので、1つひとつ精査していった結果、最終的に148の論文が手元に残りました。次に、それらの論文で集められたデータを結合し、“繋がりが死亡率に与える影響”について統合的な分析を行いました。最後に、得られた結果を煙草・お酒・身体活動や肥満について行われた同様の研究と比べた結果、驚くべきことがわかったのです。それまでの予防医学の常識では、「煙草こそ最も寿命に影響する要因だ」と考えられていました。しかし、「繋がりがあることは、煙草と同じかそれ以上に影響する」ことがわかったのです。更に言えば、繋がりを持たず孤独に生きることは、運動不足や肥満であることよりも健康に悪いことがわかってきたのです(図1)。このような大変手間暇かかる研究を終えて、彼女は次のように述べています。「医者やメディアは、煙草・食生活・運動といった問題をいつも取り上げます。しかし、私たちの研究が示しているのは、人と人との繋がりも同様に取り上げるべき要因の1つであるということです」(出典:PLoS Medicine, 2010; 7: 7: e1000316)。

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【絶望の非正規】(03) あなたの子供は大丈夫? 初就職は4割が非正規、狭くなる正社員への道

若者を取り巻く雇用環境は、厳しい状況が続いている。新卒の労働市場にもそれは反映されており、総務省の統計に依ると、今や初就職の約4割が非正規労働者だ。男性で約3割、女性は約5割に上る。厚生労働省の2014年のデータ に依ると、25~29歳の平均月収は正社員で23.6万円、非正規で18.7万円と開きがある。また、25~34歳の非正規のうち約65%が同じ世代の年収の中央値の半分を下回っており、25%近くの非正規は中央値の半分以下(一般的に“貧困”と定義付けられる基準)の収入しかないのだ。最近は、正社員になりたくて焦っている若者の足元を見て、過酷な労働を強いる企業が出てきている。事例を見てみよう。

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Aさんは、2013年3月に東京都内の私立大学を卒業後、正社員の職に就けずにいた。同年9月、百貨店等に装飾されている草花・観葉植物を管理する企業『グリーンディスプレイ』がハローワークに出していた「新卒正社員募集・試用期間無し」という求人を見つけた。正社員での就職に拘っていたAさんは、すぐさまこれに応募した。しかし、実際は求人と異なり、試用期間としてアルバイトでの勤務を求められた。しかも、週6日フルタイム勤務を要求され、1週間連続勤務や過労死ラインを超える月100時間以上の時間外労働、深夜・早朝に及ぶ不規則長時間労働に従事させられた。Aさんは、そのような過重労働に必死に食らいついた。半年後の2014年3月、漸く正社員に採用された。が、1ヵ月後に22時間連続勤務を終え会社の指示で使っていた原付バイクで帰宅途中、長時間労働に依る疲労と睡眠不足に依って、電柱に衝突し事故死した。キャリア教育の現場等ではこれまで、「一度非正規になると正社員になり難く、一生非正規になる傾向が強い」と言われてきた。しかし、「最近は景気回復に依る人手不足から、非正規から正社員への転換が進んでいる」との声も聞かれるようになった。論文『大卒者の早期離職とその後の転職先』(小林徹ほか、法政大学大原社会問題研究所)に依ると、2014年に大卒者に対して行ったアンケートで、サービス業が転職者全体の25%を受け入れており、産業別で見て断トツの数字だ。つまり、卒業後に早期離職した人の4人に1人がサービス業へ転職している。次に多いのが小売・飲食業で、転職者の13.7%を受け入れている。問題は、サービス業や小売・飲食業が“ブラック企業”の多い業界ということだ。非正規から正社員として転職した先がブラック企業だった事例がある。非正規の配達員として働いていた20代前半(当時)のBさん。その仕事を辞め、正社員を目指して就職活動を始めた。ところが、失業保険期間が残り1ヵ月となって焦った。そこで、知り合いに紹介してもらった日本料理店の面接を受け、採用された。この会社の給料通知書には、基本給14万3000円・固定残業代6万2600円とだけ記載されていた。実際に働き始めると、労働時間は最低でも1日に14時間、残業時間は月174時間の時もあった。だが、残業代は固定の6万円強だけ。パワハラも酷く、日常的に副支配人から胸座を掴まれたり、「バカ」と恫喝されたりしていた。1年ほど働いたが、結局、過重労働から椎間板ヘルニアになり、鬱と急性の難聴も発症。働き続けることが難しくなり、退職した。

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テーマ : 派遣労働
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【公明党・創価学会よどこへ行く】(09) 門外不出の極秘史料をスクープ入手! 特高警察との知られざる蜜月時代…“戦時”創価学会の真実

「軍国ファッショとの対決/反戦・平和貫き通す/牧口会長は獄死/特高、監視下でも座談会」――これは、創価学会の機関紙『聖教新聞』が1970年11月18日の創立40周年を機に始めた長期連載企画『創価学会40年の歩み』第2回の見出しだ。太平洋戦争末期の1943年7月、学会の前身である『創価教育学会』は治安維持法通反・不敬罪に問われ、初代会長の牧口常三郎や戦後に第2代会長となった戸田甚一(通名・城外、後に城聖)ら幹部が大量検挙されるという弾圧を受けた。翌年の11月18日に牧口は獄死。この壮絶な歴史こそが、学会が自ら強調してきた平和運動の原点だ。しかし、そこに至る歴史的事実を丹念に調べると、実はかなり違った様相が浮かび上がる。獄死した牧口が飽く迄も貫いたのは、「天皇も凡夫」とまで言い切った日蓮正宗への強烈な帰依であり、少なくとも反戦平和を声高に唱えてはおらず、寧ろ黎明期には思想を弾圧する側と緊密な関係を築いていたのである。

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ここに、戦時中の学会機関誌『新教』(後に『教育改造』)の写しがある。同誌の存在そのものは長く知られ、一部論文は『牧口常三郎全集』等に収録・引用されてきたが、全文は一般には非公開だ。学会のみが所蔵する、謂わば“門外不出”の史料である。その内、今回入手できたのは1935年12月別冊号から1936年7月号までの計7冊。そこには、当時の学会の知られざる一面が赤裸々に綴られている。先ず何より驚かされるのは、牧口ら学会関係者と思想犯を取り締まる特高警察や思想検事とのあまりに近過ぎる関係だ。それらは、活動日誌風に毎号掲載された『創価教育学会の消息』等で、日を追って確認することができる。例えば、1936年5月4日、牧口は学会幹事の矢島周平(戦後、創価学会理事長)、それに『創価教育学研究所』所員の石澤泰治と高地虎雄を連れて、警視庁労働課と内務省警保局を相次ぎ訪れ、思想犯の考えを変えさせる転向指導について懇談している。更に、牧口を除く3人は、その足で平田勲検事の元も訪れたとある。内務省警保局は特高警察の元締めであり、警視庁労働課はその特高と共に、社会労働運動を苛烈に取り締まっていた。注目すべきは、平田との関係だ。平田は、1923年6月に出された佐野学と鍋山貞親に依る転向声明の仕掛け人とされる思想検事の大物である。佐野・鍋山は治安維持法の下、非合法活動を余儀なくされた共産党中央委員会のメンバーで、1929年の『4.16事件』の嵐の中で検挙され、1932年には一審で無期懲役判決を受けていた。その大物2人が「共産主義思想を捨てる」と獄中から発表したのだから、左翼運動に与えた衝撃は大きかった。以後、雪崩を打ったように転向者が続出。戦前の共産党は壊滅へと至る。転向政策は当局の思想統制上、有力手段となったが、牧口ら学会関係者はそれと手を携えていたことになる。学会が組織としての胎動を始めたのは1935年のことだ。実は、当時そこに集っていたのはまさに若き転向者たちだった。その伏線は、2年前に起きた『長野県小学校教員赤化事件(2.4事件)』にあった。4.16事件で大打撃を受けた共産党は1931年1月に再建され、労働組合を分派とする大衆化路線を取った。その際、組織化が進んだ先の1つが長野県の教育界だった。母体となったのは『金曜会』という哲学研究会で、それが全国教員の研究組織『新教』の長野支部になり、1932年2月には、全国労働者組織『日本労働組合全国協議会(全協)』の働きかけで『教労長野支部』が結成された。だが、その活動は短命に終わる。1933年2月4日に始まる一斉検挙で、新教・教労の関係教員は片っ端から当局に拘引された。当時、矢島27歳・石澤25歳・高地は23歳だった。「全原赤化の陰謀」(東京朝日新聞)――9月16日になり、当局から記事が解禁されると、新聞各紙は事件をセンセーショナルに報じた。検挙者は実に378人、うち起訴は77人。翌1934年10月、石澤と高地には懲役2年の2審判決が下っている。

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<画像4枚> 花園神社『酉の市』でチャプチェやチョコバナナを買い込んで…前田敦子、夜の新宿路上に座り込み爆食い

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道の上で堂々と食事するあっちゃん(左)。AKB48卒業後は女優業に精を出しており、先月は岩松了の手掛ける舞台に出演していた。

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ペタリと座り込んで食事をするあっちゃん。道行くサラリーマンは、彼女に全く気付かない。

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【私のルールブック】(28) 「本気で考える」を真剣に考える

小欄で映画批評などするつもりはなかったのだが、どうしても紹介したい作品と出会っちゃったんだから、仕方がない。それは…『セッション』。ご存知の方も多いとは思いますが、本年度のアカデミー賞で3部門を獲得した注目作である。いや~痺れましたね。完璧主義の鬼教師と天才学生ドラマーとのセッション(=バトル)は、どんなアクション映画よりも息詰まる緊迫感に満ち溢れておりました。ただ、今回何故この作品を取り上げさせて頂いたかと言いますと、何も褒め称えたかった訳じゃないんです。私が本作品を観て強く感じたことは…教え方・伝え方の難しさ。鬼教師の教え方がエグいのなんの。言葉の暴力は当たり前、必要ならビンタも辞さず、シンバルまで投げつけちゃう始末。今の御時世なら、大問題になって即クビですよ。でも、一方で男の子のドラムの腕は確実に上がっていく訳です。

男の子だって上手くなりたくて門を叩いた訳ですから、お互いの利害関係は一致している。ただ、まさかここまで追い込まれるとは思っていなかった。逆に、教師のほうもそこまで男の子に執着するつもりはなかったのかもしれない。結果、どちらも引くに引けず、最後は壮絶な結末を迎えてしまうのですが…。私も子役を育てる立場にあり、かなりリアルに考えさせられました。結果主義に徹するやり方もアリだと思うんです。本人並びに親御さんとの了解が得られていれば。とはいえ、本人といってもまだ子供。親御さんが「ビシバシ鍛えて下さい」と言ったとしても、鵜呑みにすることはできません。何より、教える作業において体罰は必要ありませんから。言葉で充分な訳です。当然、言葉だけでは中々伝わらない子もいます。必然的に時間が必要となる。けど、それがその子の時間の流れであり、「力尽くで私の時間軸に引っ張り込むのは、教える側の手抜きではないのか?」と私は考えます。百歩譲って、条件付きでスポーツ系ならアリかな~。条件というのは、「うちの学校は、かなりの確率で甲子園に行くことができます。但し、甲子園に行くぐらいですから、場合に依っては体罰もあるかもね。それでもいいなら、うちにおいでよ」ってね。

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【嘗て天皇は仏教に帰依していた】(02) 廃仏毀釈の中で天皇も仏教を捨てたのか

20151126 01
皇室の仏教信仰について、歴史的検証を試みている。前回は、仏教公伝から江戸時代までを振り返った。今回は引き続き、明治・大正期、所謂“国家神道時代”を考える。今年5月12日、秋篠宮文仁親王殿下は妃殿下を伴われ、中世以来、皇室唯一の香華院(菩提所)として知られる真言宗泉涌寺派総本山『東山泉涌寺』を訪れられ、霊明殿に参拝された。霊明殿の内陣中央御扉内には、第87代四条天皇(在位1332-1342)の御尊像(木像)と御尊牌を始め、第122代明治天皇(在位1867-1912)・昭憲皇太后・第123代大正天皇(在位1912-1926)・貞明皇后・第124代昭和天皇(在位1926-1989)・香淳皇后の御真影・御尊牌が奉安され、それ以前の歴代天皇・皇妃・親王方の御尊牌は左右の御扉内に奉安されている。内部の荘厳具は、明治以後の皇族方から寄進されたものと言われる。この日は、秋篠宮文仁親王殿下が総裁をお務めになる『御寺泉涌寺を護る会』の定期総会であった。関係者に依れば、殿下は平成8年の総裁ご就任以来、毎年欠かさず参拝されている。泉涌寺は“御寺”と呼ばれるほど、歴史的に皇室との関わりが深い。それは、第86代後堀河天皇(在位1221-1232)が綸旨に依って御願寺とされたことに始まると言われる。第82代後鳥羽天皇(在位1183-1193)、順徳上皇(第84代天皇・在位1210-1221)・後高倉院(守貞親王)は、開山と仰がれる月輪大師俊芿に依って受戒される等、深く帰依されたが、四条天皇の御葬地となったことが更なる縁を刻んだ。承久の乱から約20年後の仁治3(1242)年のことだった。天皇は、御年12歳で俄かに崩御された。時の執権・北条泰時は皇位継承者に、順徳上皇の第5皇子・忠成王ではなく、土御門上皇(第83代天皇・在位1198-1210)の第2皇子・邦仁王(第88代後嵯峨天皇・在位1442-1446)を選んだ。「(上皇が)乱に反対のお立場だった」というのが理由らしい。乱の失敗で、公武関係は完全に逆転していた。御尊骸はその間、放置され、御葬送は崩御から16日後、混乱の中で執り行われた。何故、泉涌寺が御葬地となり、御陵月輪陵が境内に造営されたのか、直接的な史料は残されていないが、他寺他山が政争に巻き込まれるのを恐れた中で唯一、仏教者本来の姿を保った。「四条天皇は俊芿律師の再誕だ」とする説も生まれたという(『泉通寺史』等)。こうして皇室との縁が結ばれて、その後、北朝第4代後光巌天皇(在位1352-1371)から第100代(北朝第6代)後小松天皇(在位1382-1412)までの葬場となった。後小松天皇は、俊芿に“大興正法国師”の諡号を贈られた。中世末の戦乱で荒廃した伽藍を現在地に再興されたのは、第108代後水尾天皇(在位1611-1629)で、その御葬礼は泉山で執行され、山内に御廟所が設けられた。以後、第121代孝明天皇(在位1846-1867)まで御陵が寺内に築かれた。また、後光厳天皇が創建された別院雲龍院や、第51代平城天皇(在位806-809)の勅願寺とされ、第105代後奈良天皇(在位1526-1557)の叡慮に依って山内に移築された善能寺等、皇室所縁の山内寺院が少なくない。

幕末・明治維新期に到り、泉涌寺のみならず、仏教界は大きな混乱の増端に陥れられた。廃仏毀釈である。幕府廃絶・新政府樹立を宣言する慶応3年12月9日(1868年1月3日)の『王政復古の大号令』には、「諸事、神武創業の始めに原き」とあった。翌年には祭政一致・神祇官再興が表明され、諸神社・神官らは神祇官に付属されるべきことが布告された。明治天皇は紫宸殿に神座を設え、天神地祇を祀り、『五事の誓約(五箇条御誓文)』を行われた。僧形の別当・社僧の復飾が通達され、更に“権現”“牛頭天王”等、仏教語を神号とする神社の改称を始め、仏像の御神体・鰐口・梵鐘・仏具の撤去が布告された(『明治天皇紀』等)。年来の神仏習合の清算は神仏分離に留まらず、激しい廃仏毀釈へと転化した。逸早く嵐に曝されたのが、比叡山延暦寺・日吉社(山王権現社)だった。『新修大津市史』等に依ると、青蓮院・妙法院・梶井(三千院)の宮門跡は還俗を命じられていた。宮門跡は多くの場合、天台座主を兼ねていたから、延暦寺は皇室との関係を断ち切られることになった。戊辰戦争の最中で、輪王寺宮の処遇も微妙になった。他方、従来は延暦寺の支配下にあった日吉社の社司・樹下茂国は、神祇事務局の事務掛に任命された。樹下は分離令後、「年来の宿憤を晴らすべき時が来た」と勇み立った。多年、社僧の下役に甘んじていたのを悲憤慷慨していたのだ。生源寺希徳ら日吉社司は、樹下に実力行使の加勢を迫り、樹下は京都吉田社に集合していた神官たちを動員した。慶応4(1868)年4月、武装した神威隊と村人らが社殿に乱入し、本地仏・仏器・仏具・経巻等を散々に破壊し、焼き捨てた上に、鰐口等の金具類を持ち去る等、狼籍の限りを尽くし、快哉を叫んだ。過激な廃仏毀釈の原因は何だったのだろうか? 東京帝国大学(現在の東京大学)の辻善之助名誉教授(日本仏教史)は、復古的・革命的な気運と明治政府の方針とを挙げ、更に遠因として、国学の勃興・排仏論の影響・僧侶の堕落を指摘している。本来、神仏判然は仏教排撃を意味しない。明治元年の本願寺・興正寺等への達には、「朝廷の本意は廃仏毀釈ではない」と明示され、行政官布告にも「神仏混淆禁止は破仏の意味ではない」と弁明され、妄りに復飾を願い出ることが牽制された。他方で特にトラブルも無く、神仏分離がスムーズに実施されたケースもあるという(『明治維新神仏分離史料』等)。だが、改革は神仏分離に留まらず、引き続いて社寺領の上知が布告された。神社は国家の宗旨とされ、神宮・神社の神官・社家の世襲が廃された。宗門人別帳が廃止され、氏子取調に代わった。新生児は産土社で守札を受け、死亡後は返納された。天社神道(陰陽道)の布教が禁じられ、虚無僧の一派や修験宗が廃止された。托鉢も禁止され、女人結界が廃され、僧侶の蓄髪・妻帯は自由とされた(『明治維新神道百年史』等)。

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【本当の日韓大問題】(03) 大衆迎合・PV至上主義でメディアが反日・嫌韓を増幅

日韓関係が冷え込んでいる。その元凶の1つに、両国メディアに依る国民感情の“扇動”がある。反日・嫌韓報道が生まれる裏事情を探った。

9月26日の昼時、日比谷公園を見下ろす『ペニンシュラ東京』の宴会場には、日韓両国のメディア関係者が集まっていた。会場では、韓国紙の東京特派員や日本の全国紙の韓国特派員経験者らが、冷え切った日韓関係の改善策について議論を交わしていた。会の主催者は『駐日韓国企業連合会』。両国メディアに依って量産されている反日・嫌韓報道に歯止めをかけ、日韓関係の改善を促す狙いで催された。連合会の会長は、韓国の焼酎メーカー『眞露(ジンロ)』の楊仁集社長。売り上げが日韓関係に大きく左右されるとあって、冷え切った現状を看過できなかったのだろう。「皆様、これからは双方のポジティブな記事を書いていきましょう」。楊社長は、挨拶の場でこう述べたという。確かに近年、反日・嫌韓報道は増殖し続けている。本誌が行ったアンケートでも、両国のビジネスマンの7割以上が「メディアが日韓関係に悪影響を与えている」と回答した。何故、このような報道が急増したのか? その背景には、両国メディアが抱えている2つの問題が横たわっていた。

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1つ目は、自国の世論に追従する大衆迎合主義だ。例えば、韓国メディアは対日報道において反日が“定番化”しているのが現状である。慰安婦や竹島等の歴史・領土問題のみならず、日韓関係以外においても「親日的な報道は難しい」(韓国大手紙幹部)という。国民感情に反して日本に好意的な報道をすれば、「国民から“親日派”のレッテルを貼られ、不買運動が起こりかねない。誰も損をしたくない」(同)為、世論に迎合した反日記事を掲載するのである。特に、2011年の在韓日本大使館前への慰安婦像設置以降、両国政府に依ってそれまで棚上げされていた歴史・領土問題が蒸し返されるケースが増えた。その結果、「韓国国内で安倍政権への批判が強まり、日本叩きの報道が増えた」(韓国大手紙日本特派員経験者)という。反日報道の増加は、負の連鎖となって増幅されていく。複数の韓国大手紙日本特派員経験者に依ると、韓国メディアの間では「慰安婦像の設置以降、反日モノで他社に遅れると、自社だけニュースを落とした“特オチ”と見做される空気が醸成された」という。つまり、反日報道が“スクープ化”したのだ。こうして、反日ネタを探す傾向が強まり、紙面で日本批判の見出しが目立つようになったのである。一方、日系メディアも嫌韓という一部の国民の世論に迎合する形で、嫌韓報道を繰り広げている。これまで、嫌韓報道は日本のマスコミ界でタブー視されてきた。ところが、「李明博前大統領の竹島上陸や天皇謝罪要求を境にして、韓国政府の強硬な外交姿勢に国民が痺れを切らし、嫌韓モノが受けるようになった」(日系大手紙記者)ことで、日本側の嫌韓報道もエスカレートしていった。軈て、こうした嫌韓記事はオンラインでも支持を集めるようになり、日本のメディアにとって止められない“麻薬”となった。「嫌韓モノが金を稼げるコンテンツになり、ビジネス化した」(同)のである。

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ジャンル : 政治・経済

4ヵ月間休み無しの勤務、高額な自腹購入…『しゃぶしゃぶ温野菜』ブラック経営の実態

「高級そう」「敷居が高い」といったイメージを覆し、女性からも人気の『しゃぶしゃぶ温野菜』だが、その内実はアルバイトを酷使するブラック飲食チェーンだった。デフレの勝ち組だった優良企業の知られざる実態とは――。 (取材・文 小石川シンイチ)

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「今向かってるからよ、殺すよ。本当に殺してやる」――退職を申し出た男性アルバイトのAさん(大学2年生)を脅迫するのは、大手飲食チェーン『しゃぶしゃぶ温野菜』の店長だ。しゃぶしゃぶ温野菜の千葉県内の店舗に勤務していたAさんが告発するブラックな労働環境は驚愕だ。「今年4~8月までは、休みなく毎日12時間前後働いていた。賃金は十数万円で、労働時間の半分しか払われていない」「仕事でミス等をした際には、『損失を与えた』『注文ミスの責任を取れ』『宴会の延長分はお前が自腹で払え』等として、食べてもいない商品を購入したことにされ、計10万円以上の支払いを強いられた」。学生アルバイトへの自腹購入強制は、全国的に問題視されているブラック企業の典型的な手口だ。経営コンサルタントも、しゃぶしゃぶ温野菜の厳しいオペレーションを指摘する。「食べ放題2780円~、アルコール飲み放題1500円といったコースメニューが中心。食べ放題のコースに依って注文できる品目が異なり、全メニューは100品目を超えている。一般的には、外食チェーンは50品目程度に絞るのが理想とされているだけに、メニュー品目が多過ぎて新人は覚えられないだろう。また、食べ放題の必須になっているタッチパネル式ではなく、接客係を一々呼び出すスタイルなので、客1グループ当たりの接客時間がかかりすぎる。『しゃぶしゃぶをお得に食べられる』とあって、金曜日を中心にサラリーマンにも人気ですが、こういったお得さのツケを全て従業員が被っているのではないか」(経営コンサルタント)。あまりのブラックな環境に耐え兼ねたAさんが退職を申し出た。すると、「店長から『ミスが多いから懲戒免職』『どうやって責任を取るんだ』と言われ、胸座を掴まれることもあった。『殺してやる』と強い口調で言われたり、4000万円の損害賠償請求を示唆されたりした」。Aさんは、アルバイトの為に大学にも通えなくなり、今年度の前期の全ての授業の単位を落とし、現在、長時間労働やハラスメントで鬱状態となり、休学しているという。

Aさんをサポートする『ブラックバイトユニオン』は、しゃぶしゃぶ温野菜のフランチャイズ本部『レインズインターナショナル』(神奈川県横浜市、以下・レインズ)等に未払い賃金の支払い等を求め、団体交渉を申し入れたという。しかし、レインズはフランチャイズ本部に過ぎず、「団体交渉に応じる法的義務は無い為、話し合いには応じられない」と主張。また、実際にこの男性アルバイトを雇用していたフランチャイズ運営会社『DWE JAPAN株式会社』(千葉県成田市、以下・DWE)もブラックバイトユニオンに対し、「貴殿らが所謂“労働組合”であるとの点は存じません。寧ろ、重大な法的疑義を抱いております」と主張し、交渉さえも否定したのだ。尚、DWEは千葉県内で、レインズとの間で『牛角』『しゃぶしゃぶ温野菜』のフランチャイズ契約を結んでいる。あまりに労働法無視のブラックな企業姿勢に批判が殺到し、フランチャイズ運営会社のDWEも交渉の場に出てきたが、「(毎日のようにAさんがお店にいたことは認めるものの)働いてはいなかった」「寧ろ、Aさんは店長の制止を振り切って働いていた」「(働いていない)Aさんはミスが多く、ミスを直そうともしなかった」等と意味不明の反論をしている。Aさんは、「今後はちゃんとした事実を基に、団体交渉に応じてほしいです。『僕が働いていなかった』なんていう嘘を吐くのは止めてほしいです。今の対応だと、事実を隠蔽しているだけで何の解決にもならないし、会社はただ単に世間体を気にして先延ばしにしているだけに思えてしまいます。本部(レインズ)からも月に1~2回スーパーバイザーが店舗に来ていて、店の状況を見ていた筈です。なのに、人手不足に気付かずに無理な働かせ方になっていたのだから、ちゃんと今回の件について話し合って、改善の為に努力してほしい」とのコメントを出している。今後の交渉に注目が集まる。ヤクザ紛いの脅迫を行う店長も問題だが、更に問題なのはレインズの態度だろう。

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テーマ : ブラック企業
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