【本当の日韓大問題】(07) 朝鮮半島を破綻に追い込むゾンビ企業と巨額借金の恐怖

最大の貿易相手国である中国景気の急減速に直撃された韓国経済。しかも、国内では更なる時限爆弾が燻っている。内憂外患の韓国経済のリスクシナリオを徹底解明する。

20151228 03
『韓国金融研究院』シニア研究員の金東煥氏は、韓国がアジア通貨危機に見舞われた1997年、支援を仰ぐ為に邦銀を行脚して回った苦い経験を持つ。金氏は今、「その危機が再燃するリスクが高まっている」と感じていた。左図の通り、輸出依存度が極端に高い韓国経済は、「輸出が駄目なら経済も駄目になるという単純な構造」と『日本貿易振興機構(JETRO)』の百本和弘主査が指摘するように、中国の景気変調に加え、アメリカの利上げ観測に伴う世界経済の低迷の煽りを受け、極度の不振に喘いでいる。産業通商資源部に依ると、今年8月の輸出は前年同月期で14.7%減と、2009年以降、最悪の低水準に沈んだ。韓国銀行が1月に3.4%と展望していたGDP成長率も、4月には3.1%、7月の2.8%、そして足元では2.7%と、修正の度に数字は下落し続けている。それでも、アジア通貨危機の時と異なり、外貨準備高は大幅に積み上がり、短期債務も減少している為、市場関係者の多くは「危機には陥らない」と楽観視している。だが、金氏の見立ては違う。「何よりも先ず、企業債務が危機的な水準に達している」。今、韓国政府や金融当局の間では、“ゾンビ企業”の処理が喫緊の課題となっている。ゾンビ企業とは、借り入れの利払いを営業利益で賄うことができず、債務の繰り延べや利払いの減免措置で生き永らえている企業を指すという。韓国経済新聞に依れば、3年連続で利払いを営業利益で賄えなかった企業数は、2009年に2698社だったが、去年末には3295社にまで膨れ上がり、中には財閥企業も含まれている。

こうした企業への融資で主役となったのが、韓国産業銀行や韓国輸出入銀行等の政府系金融機関だった。政府系金融機関は、造船・海運・建設・鉄鋼等、ゾンビ企業を多数抱える不況業種に巨額の融資を行ってきた。不良債権になりかねないハイリスクな融資の裏にあるのは、解けない権力の“呪縛”だ。「政府系銀行には、悪しき慣行が残っている。財閥が懇意にしている政治家等を通じて、政府系銀行から資金を融通してもらうケースがある」と金氏が明かす。悪しき慣行――。断ち切るには痛みが伴う。それは、嘗ての日本も通った道であるが、その過程で不良債権は雪達磨式に膨らんでいった。韓国の場合はどうか。韓国企業への融資に携わるメガバンクの韓国駐在員は、「実務をやっている人間からすると、韓国企業が銀行側に出してくる財務情報は少ない。韓国の政府系銀行も、細かい点は精査できていないだろう」と指摘する。経営危機に陥った日本の電機大手『シャープ』も、ギリギリまで銀行に情報を開示しなかったことで傷口が広がった。韓国では、これからゾンビ企業の選別が本格化するが、企業債務問題がどこまで深刻化するか、現時点では誰にもわからない。「日本はどうやって危機を克服したのか?」――アメリカの格付け会社『スタンダードアンドプアーズ』マネジングディレクターの根本直子氏は6月に訪韓した際、金融関係者からそう尋ねられた。「韓国の金融業界は、危機が近いと考えているようだった」と振り返る。彼らが考えるもう1つの危機シナリオがある。膨張した家計債務の不良債権化だ。「家計の負債問題は、日本の財政問題と同じ構図。ずっと借金が増え続けている。そして、いつかは弾けるとわかっている」(前出の韓国駐在員)。

続きを読む

テーマ : 日本と韓国
ジャンル : 政治・経済

【絶望の非正規】(07) パートより待遇はいいが…“週休3日制”“転勤無し”限定正社員の内実

これまで正社員と言えば、総合職と一般職程度の違いしかなかったが、最近では転勤が無い等、働き方に条件を付けた“限定正社員”という雇用形態を設ける企業が出てきている。“非正規以上・正社員未満”と位置付けられる限定正社員が何故増えているのか。その背景を探った。

20151228 02
カジュアル衣料店『ユニクロ』を展開する『ファーストリテイリング』は、正社員の一部を対象に今年10月から“週休3日制”を導入した。対象は、国内約840店で働く、転居を伴う転勤が無い“地域正社員”だ。昨年6月に本格導入した地域正社員は、全従業員の25%に当たる1万人まで増えたが、目標とする1万6000人には届いていない。地方の店舗では人手不足感もあり、地域正社員の魅力を高めることで、優秀な人材を確保していきたい考えだ。「異動はありません。子育てと両立できる働き方です」。同社は昨年から、全国各地で地域正社員の説明会を開いている。地域正社員は、同一地域で働き続けられることが特長だ。週20時間以上働けばよく、応募する人の多くが20~40代の主婦だ。子供を保育園に預けて朝9時に出勤し、午後3時頃に子供を迎えに行くこともできる。社内では“R社員”と呼ばれ、海外転勤もある一般のN社員とは区別しているが、子育てが終わる等、個人のライフスタイルに合わせてR社員からN社員への異動することもできるという。また、両社員の待遇面での差は社宅補助があるかないかぐらいだという。R社員は地域限定の為、自宅通勤が基本になるからだ。また、R社員になると、パート・アルバイトでは原則出なかった賞与が出る他、年金等の社会保障・有給休暇・育児や介護の休業制度も全てN社員と同じになる。40時間フルタイムで働いた場合、パート・アルバイトよりも年収は2割ほど多くなる見込みだ。来年春には過去最多の1200人の新規採用を目指しており、ユニクロで採用する新卒者の一定程度以上がR社員になる可能性もあるという。ユニクロの平均的な店舗人員は約50人で、1店舗当たりの正社員比率は制度導入前の2割から3割以上に増えると見られる。ユニクロは、濃密な労働と残業の多さが社会から批判を浴びた過去がある。実際、2009年に入社した新卒社員は3年以内に5割が退職。その後も、2012年入社で既に3割が退職する等、依然として離職率は高い。会社にとって、毎年大量に辞めていく人を補う為の採用コストや教育コストの負担は大きい。パート・アルバイトが減り、R社員の比率が増えることで、人件費は2割以上膨らむ可能性もあるが、中長期的には社員の定着率が高まり、コスト増を相殺できると判断しているようだ。

続きを読む

テーマ : 派遣労働
ジャンル : 政治・経済

【思想としての朝鮮籍】第3部・李実根(上) 在日朝鮮人被曝者の解けぬ怒り

20151227 08
“朝鮮籍”の朝鮮とは、実在する国家を指すものではない。とは言え、朝鮮籍者が皆、無国籍者という訳でもない。朝鮮籍は、日本政府が外国人登録の際に記した“地域の総称”であって、在日個々人の選択に依る『朝鮮民主主義人民共和国(DPRK)』への帰属とは位相が違う。抑々、国籍とは個人と帰属国との関係である。原則として、本人がDPRK国籍を選び、同国がそれを認めれば、その個人は同国の国籍保有者となる。今回、登場する人物は朝鮮籍者であり、DPRKの旅券を有し、DPRK国籍者であることを公言した上で、アメリカや韓国に出入国してきた。広島市西部の公営住宅。呼び鈴を鳴らして暫くすると、サッシ扉の向こうに人影が見えた。朝鮮人被曝者、李実根。“日本人の悲劇”から排除されてきた在日朝鮮人被曝者の思いを束ね、過去清算としての対応を日本政府に求めると共に、援護の埒外に置かれた在朝被曝者への救済実現を求めて奔走してきた。それは、“唯一の被曝国”“唯一の被曝者”との言説が罷り通っていた時代に、“ヒロシマの平和”の内実を問うことでもあった。そして彼はまた、非転向の象徴として朝鮮籍を保持し続けてきた人物である。

握手を交わし、座卓を挟んで向き合う。彼に会うのは4年ぶりだった。以前は黒く染めていた頭髪は真っ白になっていた。白いシャツの上にクリーム色のジャケットを羽織った姿もあって、どこか透明感が漂う。まるで、淡い線だけで描いた素描のようだった。昨年は、胃潰瘍で病院に救急搬送されている。共産党の非合法活動や獄中体験等を経て身に着けた“胆力”や、開かぬ扉を数々抉じ開けてきた“突破力”等から、畏敬を込めて“ヤクザ活動家”と呼ばれた嘗ての面影は、そこには無かった。訪問前日には、在外被曝者とその遺族が大阪府を相手取り、医療費の全額支給を求めた訴訟で、最高裁が「全額を支給すべき」とする初の判断を示した。最大の争点は、被曝者援護法の全額支給規定が海外在住被曝者にも適用されるか否か。地元の中国新聞の1面トップには、判決を受けた厚生労働省が「在外被曝者全員を全額支給の対象にする方針を決めた」とある。大前進だったが、この話題を振っても李は乗ってこなかった。当事者の闘争で、在外被曝者への差別処遇は改善されてきたが、“国交が無い”DPRKの被曝者は常に取り残されたままだった。「この判決も在朝被曝者には届かない」との“見立て”が先に立っていたのだ。「在朝被曝者を可視化させよう」と、これまで25回にも亘って日本とDPRKを往来してきたという。毎年、原爆忌に来広する計40人近い総理大臣・担当大臣にも、恩恵ではない救済を直接要請してきた。だが、何十年経っても答えは「検討」である。政治家や高官だけではない。講習会や学習会等、小さな機会も蔑ろにせず、李は日本の主権者に“国民としての責任ある行動”を呼びかけてきた。だが、状況は変わらない。好々爺然とした佇まいは、蓄積した“疲れ”をも感じさせた。だが、ハンディカムを回すと、問わず語りで思いを吐露し始めた。「私に今一度言わせてもらいたいのは、植民地支配があったから朝鮮人は被曝したということ。自ら望んで来日した訳じゃない。では何故、過去清算として取り組まないのか」――素描に色が塗られていくように、最初の浮遊感が消えていく。5年前の4月、平和記念資料館の喫茶店で初めて李に長時間インタビューをした時の姿が重なっていった。

続きを読む

テーマ : 中朝韓ニュース
ジャンル : ニュース

【本当の教育を取り戻す!】(05) “目を輝かせる子供たちの学校”は、こうして生まれた

20151227 04
「『子供たちの表情・目の輝きを見て下さい』と私は言うんです。そこに現れる集中して取り組もうとする姿勢…そうしたものを見てもらえば、納得できる筈です」と語るのは、長野県北相木村立北相木小学校校長の日向忠久だ。同校では、佐賀県武雄市が勧める“官民一体型学校”の民側として参加している学習塾『花まる学習会』と提携したカリキュラムを実施している。「その成果について、保護者からも近隣の学校の先生方からも訊かれるんです。テストの点数が上がったといった話を期待されているんでしょうが、花まる学習会とやっている本来の目的は、ただテストの点数を上げることではありません。漢字とか地図等も盛り込んだ内容になっているので、結果的にテストの点数にも繋がっているかもしれません。しかし、それより重要なことは、子供たちの学習に対する姿勢・生きる姿勢を前向きにできることです。そうしたものは、テストでの数値で測れるものではありません。だから私は、『子供たちの表情を見てくれ』と言うんです。子供たちの目の輝き方を見れば、成果が出ていることをわかってもらえます。実際、見学された先生方は皆さん、『なるほど』と言って帰っていかれます。北相木小が花まる学習会と共にやっていることは、農業で言えば“土壌作り”です。人生で花を咲かせ、実を実らせる為の、子供たちの“土壌”を造っています」。とは言え、そうした土壌作りは、花まる学習会と組めば簡単に実現できる訳ではない。日向が赴任してきて4年目になるが、その前から提携は始まっていた。しかし、北相木小に来たばかりの日向の目には“土壌作り”には見えなかった。「赴任してきたばかりの時は、こんな風に展開していくとは思ってもみませんでした」と言って、赴任してきたばかりの様子を日向は次のように語った。「今でも同じですが、花まる学習会からは月に一度だけ講師がやって来て、各クラスを指導して帰っていきます。それを教員たちは、『外部講師がやって来て、何か面白いことをやっている』くらいにしか受け止めていないようでした。子供たちも、普段の授業とは違ったことをやってもらえば楽しい訳です。けれど、それもマンネリ化してきて興味を失っている状態のように見えました」。だから日向は、「これで、どんな力が子供たちに付くのか?」と疑問にさえ思っていたという。しかし、花まる学習会との提携は村の教育委員会の方針として取り組んでいることであり、「校長だからといって、どうのこうのと言える話ではない」と前任の校長にも釘を刺されていた。

花まる学習会との提携カリキュラムに対して同じような疑問を、日向と同じ時期に北相木小に赴任してきて、研究主任を務めるようになった太田潤も抱いていた。「ここに来たのは2012年4月で、花まる学習会との提携が始まって半年ちょっとくらい経った頃でした。赴任前に挨拶に来た時、当時の校長から『こういうことをやっている』と聞かされていたので、少しは勉強してきていましたが、私が事前に理解していた花まる学習会の授業と、講師が来てやる授業は別としても、北相木小の教員がやっている花まるカリキュラムは、どうも違っている気がしました。『花まるっぽいことをやっている』…言い過ぎかもしれませんが、ただ形だけを真似ているといった印象でした」。例えば、“サボテン”という花まる学習会が開発した計算練習がある。同じ問題を、一定の時間内にスピード感を持って解く練習を繰り返すというものだ。「計算力は反復に依って身に付く」との考えに基づいている。他人と競うことが目的ではない。同じ問題を繰り返し解いていくことで、答えが暗記できるのではなく、計算そのものが正確に早くなっていく。自身の成長を実感することができ、そこから自信が生まれ、学ぶことそのものに楽しさを見つけることができる。学ぶことの下地作り――校長の日向の言葉を借りれば、土壌作りをしていく為のカリキュラムだ。それも、クラス全員が一緒に取り組むことでスピード感を重視する環境が生まれ、それに依って集中力も高まり、それでこそ効果も上がる。ところが、太田が赴任してきたばかりの北相木小の教員たちは、そのサボテンの問題を普通に宿題にしていた。それでは、いくら計算ができても、サボテン本来の目的を達成することはできない。花まる学習会の狙いは実現できず、まさに形だけを真似ているだけに過ぎない。かといって、太田も花まる学習会の学習法を完全に理解していた訳ではない。それでも、校長でさえ口を挟めない村の教育委員会の方針なのだから、教員でしかない太田が無視する訳にもいかなかった。「『それなら、本来のサボテンのやり方でやってみよう』と思いました。『私がやってみて良いと感じられたら、他の先生方にも広めてみよう』と思ったんです」。その時、太田が担任したのは2年生のクラスだった。そこで、本来のサボテンのやり方で半年間やってみた。「そのうち、『算数が苦手だ』って言っていたが、苦手意識も薄らいでいくし、計算も早くなっていく。『俺ってできるんじゃないの?』という自信というか、上向きのパワーが湧いてくるんでしょうね」。それに依って、花まる学習会のプログラムに取り組む太田自身の姿勢が大きく変わっていく。「それからは、来てもらっている花まる学習会の講師に色々質問したりするようになりました」。但し、「花まる学習会のやり方をそのまま導入すればいい」と考えた訳ではない。北相木小は公立の学校である以上、文部科学省の定めた学習指導要領を無視する訳にはいかず、飽く迄もそれを主流にしながら花まる学習会的なものを導入するということになる。

続きを読む

テーマ : 教育問題について考える
ジャンル : 学校・教育

【政治の現場・日露の行方】(下) 挫折の70年、決断望む声

20151227 03
北方領土に近い根室市市長の長谷川俊輔ら関係5市町の首長が今月3日、首相官邸に安倍晋三を訪ねた。「日露両国で安定且つ長期的な政権が維持されている今こそ、千載一遇のチャンスだと考えます」。領土交渉の加速を訴える長谷川の言葉に、安倍は何度も頷いた。ロシアが北方4島を占領してから、今年で丁度70年。元島民や関係市町村は、「(ロシア大統領の)プーチンと安倍との良好な関係が、島の返還に繋がるのではないか」と淡い期待を抱いている。北方領土交渉は挫折の歴史でもある。「『択捉島の先で線を引こう』と提案したら、エリツィンも『いい話だな』と言ったんだ。もう一押しだったんだよ」。色丹島出身で『千島歯舞諸島居住者連盟』前理事長の小泉敏夫(92)は、1998年に官邸で面会した首相(当時)の橋本龍太郎がそう悔しがったことを覚えている。橋本は同年4月、ロシア大統領(当時)のエリツィンと静岡県伊東市川奈で会談し、「北方4島の北側に国境線を引く一方、4島の施政は当面ロシアに委ねる」ことを提案した。所謂“川奈提案”だ。しかし、正式合意には至らなかった。2001年3月には、プーチンが首相(当時)の森喜朗との会談で、歯舞・色丹の両島返還を明記した日ソ共同宣言(1956年)の有効性を認めた。森はプーチンに、歯舞・色丹の返還と国後・択捉の帰属を分離して話し合う“並行協議”を提案したが、歯舞・色丹の面積は4島全体の7%に過ぎず、「ロシアに有利な2島返還に終わる」との懸念に押されて頓挫した。

この間、ロシアに依る北方領土の実効支配は強まるばかりだ。「極東地域の国境における軍の準備態勢を強化する」。ロシア国防大臣のショイグは今月1日、択捉島と国後島で、軍駐屯地と関連の約400施設の建設を進めていることを明らかにした。日本の漁師が4島周辺でスケトウダラ漁等を続けるには、地元漁協が合わせて2000万円超の“漁業協力費”を毎年、ロシアに支払わねばならない。「根室市は、漁業関連で年間723億円の損失を被っている」との試算もある。国後島を望む羅臼町の近海では、ロシアの巨大トロール船に依る乱獲が漁民を苦しめている。「小さな魚も根こそぎ取っていく。歯痒いよ」。歯舞出身で、今は同町でサケの定置網漁を営む高岡唯一(80)は溜め息をついた。ロシアは乱獲の一方、“漁業資源の確保”を名目に、日本の漁船を締め出そうとしている。年明けから、ロシアの排他的経済水域(EEZ)でのサケ・マス流し網漁が禁止されるのだ。安倍は見直しを求めたが、プーチンが今年6月に法律に署名した。ウクライナ情勢を巡る日米欧の経済制裁に対抗したと見られている。終戦時に約1万7000人いた島民の内、1万人以上は他界した。残る6444人の平均年齢(3月末現在)は80.4歳に達している。2006年に歯舞・色丹の2島先行返還を容認し、全国から激しい抗議を受けた前根室市長の藤原弘は、祈るような思いで領土交渉を見守っている。「安倍さんには大統領と腹を割ってもらい、批判を浴びてでも政治決断してほしい」 《敬称略》

■東京宣言 “交渉の基盤”
日本政府は北方領土交渉に際し、細川首相とロシアのエリツィン大統領が発表した1993年の東京宣言を、“交渉の基盤”と位置付けている。東京宣言は、4島の帰属問題を「法と正義の原則を基礎として解決する」としており、「ロシアが『4島の帰属は不確定だ』と認めたとも言える」(外務省幹部)為だ。返還時期や方法等については、「4島の帰属が確認されれば柔軟に対応する」との立場だ。安倍首相とプーチン大統領は2013年4月、「双方が受け入れ可能な解決策を模索する」ことで合意した。ただロシアは、その後の外務次官級協議で「4島は我が国の領土だ」と主張する等、硬直的な態度も示している。 =おわり

               ◇

寺口亮一・森藤千恵・モスクワ支局 田村雄が担当しました。


≡読売新聞 2015年12月24日付掲載≡


テーマ : 国際政治
ジャンル : 政治・経済

【政治の現場・日露の行方】(中) “極東開発”交渉のカギ

20151227 02
今年9月4日、ウラジオストクで開かれた『東方経済フォーラム』の開幕式。ロシア大統領のプーチンは、こう声を張り上げた。「ロシア極東の優先課題は、現代的な交通・教育インフラの整備だ」。会場には、中国副首相の汪洋と日中韓の企業関係者ら数百人が招かれていた。演説を終えたプーチンは聴衆の1人に歩み寄り、握手を求めた。『三井物産』代表取締役会長の飯島彰己だった。「汪氏ではなく、飯島さんだったのには驚いた」。列席者は、そう振り返る。プーチンの計算された行動は、「積極的な経済進出を図る中国政府より、信頼性と技術力に長けた日本企業の力を借りたい」とのメッセージと受け止められた。プーチンが演説で強調した“極東開発”は、歴代政権の鬼門だった。極東は天然ガス等資源の宝庫だが、モスクワ等のヨーロッパ寄りの大都市に比べ、発展が遅れた。2012年にはプーチンの肝煎りで、『アジア太平洋経済協力会議(APEC)』首脳会議がウラジオストクで開催され、約2兆円を投じて橋や大学等が整備された。にも拘らず、ソビエト連邦崩壊時の1991年に約800万人だった極東の人口は620万人まで減り、流出が止まらない。日露首脳会談では、プーチンが極東開発に絡むビジネスの話題を持ち出すのが半ば慣例となっている。先月15日、トルコでの首脳会談でプーチンは冒頭、首相の安倍晋三にこう水を向けた。「日本企業がロシアに120億ドルの投資を行っているが、引き続き支援する用意がある」。安倍は「肯定的な協力の積み重ねの上に、我々の対話を続けていきたい」と応じ、「経済面の良好な関係を北方領土返還に繋げたい」との考えを滲ませた。

日本政府は、「ロシアが経済悪化に苦しみ、ウクライナ問題で国際的に孤立気味な今こそ、交渉の好機だ」(外務省幹部)と見ている。「ロシアには当面、極東開発に潤沢な予算を注ぎ込む余裕が無い」と見られる為だ。実際、原油価格の下落と、ウクライナ問題を受けた米欧の経済制裁で、ロシア政府の歳入は落ち込んでいる。3年単位で組まれていたロシアの国家予算は今秋、歳入の不安定さを反映して単年度編成となった。資金難のプーチンは今、国民に遊休地を1haずつ無償提供して、極東への移住を促す“奇策”まで検討中だ。嘗て、日本の有力な交渉材料は、天然ガス等ロシアからの資源輸入を増やすことだった。しかし政府筋は、「今や、交渉の鍵は極東開発への協力にある。日本の自動車メーカーや造船業が現地工場でロシア人を雇えば、プーチンが頭を抱える“人口流出”を食い止められる」と語る。尤も、日本政府が企業のロシア進出を無理強いすることはできない。日本の商社関係者は、「人口の少ない極東は、市場として魅力に乏しい。大都市近郊に進出したほうが運送費もかからない」と指摘する。不透明な商慣行の是正を求める声もある。『ロシア科学アカデミー極東研究所』のビクトル・クジミンコフ上級研究員は、「ロシアが望むことと日本企業がやりたいことは異なっているのかもしれない」とすれ違いを懸念する。思惑の差を埋める交渉は今後も続く。 《敬称略》

■外国企業誘致へ 経済特区と自由港
ロシア政府は、経済特区と自由港を極東開発政策の主要政策に位置付けている。法人税減免を含む優遇税制や、行政手続きの簡素化等の規制緩和に依り、外国企業を呼び込みたい考えだ。カムチャツカ等の9ヵ所を経済特区に、ウラジオストク1ヵ所を自由港に、其々指定した。ロシア政府は、安定した雇用を生み出す製造業の誘致を重視しており、日本企業に依る工場立地への期待が高い。極東第2の都市・ハバロフスクの経済特区では、日本の大手プラントメーカー『日揮』がトマトやキュウリの温室栽培に乗り出し、来年3月には初出荷を見込む。


≡読売新聞 2015年12月23日付掲載≡


テーマ : 国際政治
ジャンル : 政治・経済

【政治の現場・日露の行方】(上) 北方領土、“引き分け”へ腹案

安倍晋三首相は、北方領土問題の解決を政権後半の大きな課題と位置付けている。ロシアとの外交交渉の行方を展望する。

20151227 01
先月15日夜、主要20ヵ国・地域(G20)首脳会議が開かれたトルコ南部のアンタルヤで、安倍はロシア大統領のプーチンと会談した。安倍はプーチンが2012年3月、一部外国メディアとの会見で、北方領土返還を巡り柔道に例えて言及した“引き分け”について腹案を披露した。プーチンはニヤッと笑みを浮かべ、こう応じた。「それは“一本”じゃないか」。冗談めかした言いぶりに、プーチンの真意は包み隠された。“引き分け”を巡っては依然、「北方4島の面積を折半する“面積等分論”ではないか」(日露交渉筋)等と臆測が絶えない。2人は和やかな雰囲気のまま、次の会談を約束して別れた。安倍は、プーチンとは年内最後となる今回の会談に懸けていた。ロシアから“引き分け”の具体案が示されぬまま3年以上過ぎ、今年9月のニューヨークでの会談では、プーチンの“年内来日”先送りも決まっていた。「北方領土交渉を前進させるには、2人で踏み込んだ話をする必要がある」と心に決めた安倍は、G20関連会合の待合所でプーチンに談判し、「午前1時でも2時でもいい」と食い下がって会談に漕ぎ着けた。「ロシアの地方で会おう」。プーチンが今回の会談で提案した訪露にも、安倍は前向きだ。来年5月の主要国首脳会議(伊勢志摩サミット)前を検討している。北方領土問題にかける熱意は、父親譲りだ。父の晋太郎は、1982年から4年近く外務大臣を務め、4島返還に心血を注いだ。1991年4月、ソビエト連邦の初代大統領・ゴルバチョフが来日すると、癌で床に伏していた晋太郎は医師に掛け合い、「数分だけ」との条件で面会した。その時、晋太郎の体をそっと支えたのが、次男の晋三だった。

モスクワの植物園では毎年、安倍父子の植えた桜が美しい花を咲かせる。安倍が2013年に訪露した際、父所縁の大木から苗木を取った。「巡り合わせだ」。安倍は植樹後、自身のフェイスブックに北方領土返還への決意を書き込んだ。安倍がライフワークとする北朝鮮に依る拉致問題の解決や、憲法改正は目途が立たない。自民党内では、「首相は、北方領土返還を政権のレガシー(遺産)にするつもりだ」と見る向きが増えている。とは言え、日露両国の意向だけで調うほど、外交交渉は容易ではない。アメリカは、日露の接近に神経を尖らす。アメリカ大統領のオバマは先月19日、マニラでの安倍との会談で「プーチンに『シリアへの正しい認識が重要だ』と指摘した」と述べ、対露不信の根強さを滲ませた。安倍は、先進国の共同歩調を主導するサミット議長国として、ロシアとの間合いを図る必要に迫られている。過信を危ぶむ声もある。安倍は先月30日、同時テロの余波が残るパリで、『国連気候変動枠組み条約第21回締約国会議(COP21)』の合間にトルコ大統領のエルドアンと立ち話をした。トルコ軍に依るロシア軍機の撃墜を受け、プーチンの激怒が報じられた直後だった。安倍はエルドアンに、「私にできることがあれば彼に伝える」と仲裁を申し出た。「敵はロシアではなく、イスラム過激派だ」との思いからだったが、無用な危険を招く司能性も孕んでいた。日本政府関係者は、この発言に身震いしたという。「公の場で首相が2人を握手させていたら、イスラム過激派は宣言したかもしれない。『パリの次は東京だ』と」 《敬称略》

■続く不法占拠
日本は、江戸時代初期には既に北方4島を自国領と見做していた。1644年に江戸幕府が編纂した日本地図には、“クナシリ(国後)”“エトホロ(択捉)”等の島名が明記されている。1855年の日露和親条約では、択捉島以南の北方4島を日本領と確認した。日露両政府は、1875年の樺太千島交換条約で樺太をロシア領とし、代わりに千島列島の18島は日本領と定めた。日露戦争後のポーツマス条約(1905年)で、樺太の北緯50度より南も日本に割譲された。だが、旧ソ連は1945年8月9日に日ソ中立条約を破って対日参戦。日本が降伏した後の8月18日に千島列島の占領を開始したのを手始めに、北方4島も次々と占領した。ソ連崩壊後も、ロシアが不法占拠を続けている。


≡読売新聞 2015年12月22日付掲載≡


テーマ : 国際政治
ジャンル : 政治・経済

【中外時評】 輝き続くか“欧州のハブ”――テロ対策、悩むベルギー

ベルギーは、人口が約1100万人と東京都より少なく、国土は九州より狭いヨーロッパの小国だ。『ヨーロッパ連合(EU)』の本部があるものの、国として国際ニュースに登場することは普段あまりない。そんなベルギーが、先月のパリ同時テロを機に一気に国際社会の注目の的になった。事件の実行犯らが首都のブリュッセルを拠点に活動する等、「危険なイスラム過激派の巣窟になっているのでは?」と疑われたからだ。一時はテロ警戒レベルを最高度に上げ、首都の地下鉄も止めて捜索したが、重要な容疑者は見つからない。騒ぎが広がる中、“失敗国家(failed state)”と酷評する記事も外国メディアに現れた。ヨーロッパの中心に位置し、豊かでヨーロッパ統合と共に歩んできたこの国で、何が起きているのか?

パリのテロから3週間あまりの今月初・中旬。1週間ほどのベルギー訪問で滞在したブリュッセルには、クリスマスシーズン本来の人出が見られなかった。空港で客待ちをしていたタクシーの運転手は、「普段の半分くらいしか客がいない」と嘆いた。中心部にある王立美術館では、入り口にセキュリティーチェックを導入して警戒に当たっていた。訪れた日には、来館予定だった団体客のうち半分近くがキャンセルになったと聞いた。地元市民の足は徐々に回復しつつあるようだったが、外国人の警戒心は根強い。日本人観光客の姿は、有名なグランプラス広場を始め、市内で殆ど見かけなかった。「テロリストの取り締まりや監視体制が緩いのではないか」――同時テロの容疑者がブリュッセルを拠点に活動していたと見られることに加え、関連情報への対応が甘かったといった批判に、ベルギーは曝された。ブリュッセル自由大学のシナルデ教授は、「ヨーロッパの真ん中にあることが、長所であり短所にもなっている」と指摘する。ベルギーはドイツとフランスに挟まれ、海の向こうがイギリスという要衝の地にある。北部のオランダ語圏と南部のフランス語圏が緊張関係を抱えながら共存し、首都圏を加えた3つの地域政府と連邦政府、更にドイツ語を含めた3つの言語共同体が憲法上存在する複雑な連邦国家だ。

続きを読む

テーマ : 国際政治
ジャンル : 政治・経済

「日本映画は負のスパイラルに陥っている」――映画監督・黒沢清インタビュー

今年10月1日に公開された映画『岸辺の旅』で、日本人として初めてカンヌ国際映画祭“ある視点”部門監督賞を受賞した黒沢清監督。過去にもカンヌ国際映画祭では、2001年公開の『回路』で国際批評家連盟賞、2008年公開の『トウキョウソナタ』で“ある視点”部門審査員賞を受賞する等、国際的な評価の高い黒沢監督に、最新作『岸辺の旅』について、そして日本映画界が抱える問題について聞いた。

20151226 18

――『岸辺の旅』は、監督が「初めて映画で事件ではなく人生を描けた」と語るように、過去の作品とは作風が異なるように思います。
「僕が得意とするホラーやサスペンスでは、どうしても物語の主眼は何らかの事件になります。登場人物たちは、その事件に翻弄される役回りでした。今作では初めて、物語から事件的なものを省き、夫婦の関係性だけを中心に描きました。映画で事件を描く場合、非日常の出来事に人々が翻弄され、対処していく様がドラマの主眼になります。一方、今作は主人公の夫婦の旅路そのものがドラマなんです。目的地に辿り着いたら、今度は次の目的地へ、そしてまた次の目的地へ…。行く先々で主人公たちは何かを体験し、その影響を受けながら次の目的地へ進み続ける。『人生も、こうしたものなのかもしれない』と感じながら、映画を撮っていました」

――原作は湯本香樹実さんの小説ですが、映画化を決意した理由や原作で惹かれた部分を教えて下さい。
「死者が急に戻ってくるという設定は珍しいものではないと思うのですが、通常、そうした物語では、生きていた頃にやっていたことの続きをするとか、嘗ての楽しい時間をノスタルジックに思い出すとか、必ず死者が生きていた頃にしていたことが主題となります。ところが、原作小説が画期的なのは、死者(3年前に失踪した夫)が“死んでからお世話になってきた人たち”の元へもう一度会いに行くという奇想天外な設定です。生きている妻は死者である夫と共に、どんどん未知の領域に突き進んでいく。生者と死者が2人揃って、次々と新しい目的地に向かっていくという物語が新鮮でしたし、『これは映画にすると面白い』と直感的に思いました」

――数多くのホラー作品を世に送り出していますが、死者や幽霊を題材にする理由は何ですか?
「映画は光と影でできているものですが、その影の部分に何があるのかはわかりません。暗がりや扉の向こう、場合に依ってはフレームの外等、見えない部分がどうなっているのかわからない分、ホラーに限らず映画というものは本質的に緊張を孕む表現だと常々思ってきました。見えないからこそ、逆に想像力を掻き立てられる。『映っていないところは、こうなっているんではないか?』とか、省略されているシーンとシーンの間で『こんなことがあったのかなあ』と想像させる。見えていない・映っていないところにこそ、表現の核となるものがある芸術なんです。そうなると、“死”のようなわかっているようでよくわからないもの――普段は意識しないけれど、直ぐそこにあるかもしれないものこそ、映画で表現するのに適しているのではないかと思ったんです。元々、ホラー映画は好きだったのですが、実際にホラー映画を作っている内に、益々死について深く考えるようになりましたね」

続きを読む

テーマ : 映画監督
ジャンル : 映画

【大世界史2015】(19) 冷戦終結(1989年)――世界史から何を学ぶか

20151226 13
今から3年後の2018年は、明治改元から数えて150周年に当たる。この1世紀半の間、日本人は近代的国民国家を構築し、その枠組みの下で生活してきた。それは周知の通り、ヨーロッパ列強をモデルとしていたが、国民国家を形成する上で、日本は元々好都合な条件に恵まれていた。幕藩体制の下で政治の一体性は確保されていたし、四囲を海に囲まれて固有の領土は比較的はっきりしていたし、そこに住む人々の言語的文化的な統一性も著しく高かったからである。実際、こうした条件のお陰で、日本は比較的容易に近代的国民国家へ転換を遂げることができた。そして、今日においても大多数の日本人は、この生活の枠組みを少しも疑ってはいない。だが、最近の世界情勢には、そうした近代的国民国家に安住している私たちを不安に陥れる不気味な要素が含まれている。一方で、中国の存在が大きくなり、その膨張主義的傾向は、日本に対する脅威となっている。まるで中華帝国が復活し、日本はアジアの片隅に追いやられかねない有り様である。他方では、今まで縁遠い地域と思われてきた中東からは、「日本人がテロの犠牲になった」という報道が相次ぐ。そして、カリフ制国家を標榜する集団の粗暴な活動も伝えられる。かと思えば、スコットランドの独立が住民投票にかけられたというニュースに虚を衝かれる。こうした情報に接すると、私たちは情報の伝わるスピードに驚嘆しつつも、恰も中世に引き戻されるような錯覚に捉われる。中華帝国の復活といい、カリフの支配といい、はたまたスコットランドの独立といい、全て中世の匂いがする。少なくとも、これらの諸事象は一見相互に無関係に見えて、実は一点で共通している。それは、近代的な国民国家への挑戦という点である。言い換えれば、明治以来、日本人が慣れ親しみ、そこに安住してきた生活の枠組みが今、様々な方向から挑戦を受けているのである。

そのことを念頭において最近の世界を見渡せば、帝国として浮上しつつあるのは、何も中国だけではないことに気付く。帝国を億単位の巨大人口を擁する広域的多民族国家と捉えるなら、アメリカを第一に挙げねばならないし、ロシアもそれに数えられるだろう。更にヨーロッパ連合(EU)も、帝国としての要件を満たしているように思われる。この最後の点については、少し説明が必要だろう。現在のEUをドイツを核とする帝国と見做すことには、相当の抵抗があるかもしれない。何故なら、ドイツはEUのルールに依って、その行動に大きな制約を受けた国家だからである。しかし、見方を変えれば、EUの中で8000万を超える人口を擁し、経済力において突出しているドイツは、EUのルールを通じて広汎なヨーロッパを支配しているとも見做し得る。少なくとも、EU諸国は最早、単なる近代の国民国家ではない。フランク帝国や神聖ローマ帝国の流れに棹差す超国民国家的な組織なのであり、ドイツを頂点とする広域的多民族国家として、これを帝国と呼ぶことは許されるだろう。今や世界政治は、先進的な国民国家に依ってではなく、アメリカ・中国・ロシア・EUの4帝国に依って動かされる時代となっている。国民国家の基盤はネイションであるが、帝国の基盤は文明である。その為に、帝国は何らかの意味で膨張主義的であり、複数の文明の接触する地域では、帝国同士の摩擦や衝突が起き易い。重要なのは、そうした帝国の時代において日本が置かれる微妙な位置である。アメリカの政治学者であるハンティントンに依れば、日本は、中国文明ともヨーロッパ文明とも区別される独自の文明を持つ。しかし、その文明圏はネイションの枠を超えることがない。それ故、自らが独自の多民族的な帝国を形成することもできないままに、アメリカと中国といった他の文明相互の対立・衝突の中で右往左往することになりかねない。ハンティントンが描き出す“文明の衝突”のシナリオに依れば、軈て起こるであろう米中間の文明戦争において、日本はそうした哀れな存在として戯画的に扱われている。

続きを読む

テーマ : 歴史
ジャンル : 政治・経済

Categories
Profile

KNDIC

Author:KNDIC
Welcome to my blog.

Latest articles
Archives
Counter
I'm participating in the ranking.

FC2Blog Ranking

information
Search
RSS Links
Link
QR Code
QR