【私のルールブック】(33) 年の瀬には1年を振り返る

そろそろ、今年が終わる。毎年、何とな~く1年を振り返ってみるが、総括のようなものが出た例は無い。でも、無理くり2015年にタイトルを付けるとするならば、『あっという間の1年』かな。とは言え、40を過ぎてからは毎年同じタイトルである。まあ、カレンダーを見ながら時系列を追ってみれば、そこそこ色々なことがあった。『バイキング』(フジテレビ系)が月曜担当から全曜日MCへ。本誌の連載開始。我が家の四男坊・森田パグゾウが写真集を出版。我が家の次男坊・高橋ヨースケが原因不明の病で死にかける(今は超元気です)。この原稿が皆様の目に触れる頃には、ワンちゃん用のセカンドハウスが完成している…筈。その時・その瞬間は、それなりに感情を揺さぶられたりするのだが、そこそこの感覚しか残っていない。贅沢なのか? 歳を重ねた結果なのか?

あ、忘れていた。2015年最大の出来事は、殆ど休みが無かったことだ。そりゃあね、月~金で帯番組を担当して、土日はキッズスクールだ泊まりのロケだでは、休みを作る隙間なんてありゃしない。本当に1週間があっという間だったし、区切りなんて付けようがなかったし、家にいる時間はワンちゃんたちのお世話に全てを費やしていたし、おかげで微妙に家が散らかっちゃったし…。まさに、仕事と主夫業に追われる1年でした。ってことで、来年は休みを作りましょう。働き盛りとは言え、時間は自分で作るもの。8匹の息子たちの為にも、パパ業の時間を増やさないとね。何か、趣味があればなんだけどな~。私、全く無いんですよ。男子の嗜好品である車や時計にも興味無し。洋服はジャージ。コレクション癖も無ければ、抑々物欲が無い。唯一ハマっているものがあるとするならば…ギャンブルくらいかな。ただ、こちらは趣味と言うよりは、もう1つの職業と思っているので…ええ。けど、生計が立った例は無く、どちらかというと家計を圧迫していると言っていいぐらいでして…うはっ。でも、離れられないんです。っていうか、離したくないんです。だって、綺麗なものばっかりじゃあさ。ヤバいものにも触れておかないとつまらないじゃないですか。人間なんだから!

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ジャンル : 映画

【回顧と展望2015】(04) 歴史認識――『70年談話』で終止符図る、歴史カード封じて成否持ち越し

20151231 05
戦後70年の節目を迎えた今年は、安倍首相の“歴史認識”が問われる1年だった。今月22日、自民党に『歴史を学び未来を考える本部』(本部長は谷垣禎一幹事長)が発足した。稲田朋美政調会長が「戦後の極東国際軍事裁判(東京裁判)等を検証しよう」と提案してできたものだ。稲田氏は、安倍首相と歴史認識問題では近いとされる。だが首相は、この活動とは一線を画している。本部の発足前、協力を打診された首相は、こう言って断った。「自分は、“70年談話”で歴史認識にはピリオドを打った。ここから先は、次の世代でやってほしい」。8月に発表された首相の『70年談話』は、国内外から注目された。首相は当初、70年談話で、戦後50年の『村山首相談話』を“上書き”することを考えていた。1995年に発表された村山談話は、過去の植民地支配と侵略を明確に認め、“心からのおわび”を明記している。保守派には不満が燻っている。当時、村山談話発表に先立つ国会決議の採決では、多くの自民党議員が欠席した。当選1回の首相もその1人だった。だが6月上旬、首相の側近らが首相と何度も協議して纏めた談話の叩き台には、“侵略”“おわび”“植民地支配”といった過去の談話にもあるキーワードが入っていた。「“安倍力ラー”を強めれば、中韓両国だけでなく、アメリカとの関係も悪化しかねない」と懸念した為だ。首相は判断を保留した。一方、連立を組む公明党も村山談話の継承を強く求めた。

首相は、歴史認識を巡る不毛な論争に決着をつけたかった。その為の最善策は何か。「保守層の支持を受ける自分が、過去の談話を一定程度引用すれば、中韓の“歴史カード”を封印させることができる」という結論に至った。「“おわび”ではなくて“おわびの気持ち”だ。吉田茂も岸信介も、おわびの気持ちは言っている」。首相は、こう折り合いをつけた。「過去の談話を塗り替えたい」という思いは封印した。首相は謝罪に終止符を打つことに拘り、「子や孫、そしてその先の世代の子供たちに謝罪を続ける宿命を背負わせてはなりません」と加筆した。8月5日、首相から原案を見せられた谷垣氏は、「老若男女、右も左も統合できる内容だ」と語り、太鼓判を押した。公明党の山口代表は8月7日、首相と会食後、「隔たりは感じなかった」と満足そうに述べた。政府は8月14日の臨時閣議で談話を決定。中韓の反応は抑制的で、11月には日韓首脳会談も実現した。今月14日、首相は東京都内での講演で、70年談話に関して、「歴史認識を巡っては、左右の激しい論争が繰り返されてきたが、実は、国民は一定の認識を共有している。それを談話に落とし込むように努めた」と振り返った。そして年末、日韓両国の長年の懸案だった慰安婦問題が大きく動いた。日韓外相は28日の会談で、慰安婦問題を「最終的かつ不可逆的に解決する」ことで合意した。「今を生きる世代の責任を果たすことができた」。首相は記者団にこう語ったが、韓国内では不満も根強い。“歴史カード”を封印できたのか、最終的な成否は2016年以降に持ち越された。 (芳村健次) =おわり


≡読売新聞 2015年12月31日付掲載≡
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テーマ : 歴史認識
ジャンル : 政治・経済

【回顧と展望2015】(03) 軽減税率――“不協和音”官邸主導でケリ、自公譲らず対象線引き難航

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「今回は疲れた。政治的なパワーを使ったなあ」――安倍首相は、消費税の軽減税率の制度設計等を盛り込んだ与党税制改正大綱が決まった今月16日、周辺にそう語った。公明党の意向を尊重するように指示しても、自民党税制調査会は思うようには動いてくれなかった。最後は“官邸主導”で、食品全般等に年1兆円規模で軽減税率を適用することで決着したが、首相官邸と自民党の間にはしこりが残った。軽減税率の議論の迷走は、今年9月初旬、マイナンバーカードを活用し、増税分の一部を後から給付する“財務省案”の表面化に端を発する。自公両党は、昨年12月の衆院選政権公約で軽減税率導入を掲げた。しかし財務省は、対象品目の線引きやインボイス(税額票)導入等を「面倒臭い」(麻生財務大臣)として、給付案を纏めた。自民党税制調査会の野田毅会長(当時)も、この案を支持した。これに対して自民党の中堅・若手議員は、「納得できない」「次の選挙で四方八方から批判を浴びる」等と声をあげた。それでも野田氏は財務省案に固執した為、事態は膠着。首相は10月13日、野田氏を更送せざるを得ず、後任に宮沢洋一氏を充てる人事を行った。宮沢氏は首相に、「ちゃんと軽減税率を導入します」と約束。首相は周辺に、「宮沢さんは、意気に感じてやってくれるだろう」と語った。宮沢税調会長となってからの与党協議では、軽減税率の導入が粗既定路線となったが、今度は自公が対立した。公明党が1兆円規模で“食品全般”への軽減税率適用を求めたのに対し、宮沢氏は「外食を除く線引きはできない」「安定財源が見つからない」として、“生鮮食品”(軽減額3400億円)等に限る案を唱え続けた。

自民党税調は長年、税財政の制度や業界団体の事情に精通し、その専門性を力の源泉としてきた。財源を巡る自公間の溝に直面しても、最高幹部で作る税調の非公式会合・インナーの面々は知恵を出そうとしなかった。自公の不協和音が目立つようになると、公明党の支持母体『創価学会』からは、来夏の参院選での選挙協力解消や、連立離脱の声が漏れ始めた。創価学会幹部は、「自民党は、公明党が譲歩するとでも思っているのだろうか? 生鮮食品だけでお茶を濁す軽減税率なら、増税反対に舵を切る」と語った。宮沢氏ら税調の面々では埒が明かないと見た首相と菅官房長官は、谷垣幹事長に公明党との調整を任せた。しかし、その谷垣氏も財政再建論者であり、“1兆円規模”案に中々首を縦に振ろうとしなかった。結局、首相は今月9日、首相官邸に谷垣氏を呼び、公明党に配慮する形で決着を図るよう指示。“1兆円規模で食品全般”という大枠が決まった。自公両党内では、「活字文化を重視し、新聞・書籍・雑誌等の出版物を軽減税率の対象に加えるべきだ」との声が多く、首相も同調していた。だが、大綱を纏める最終盤、自民党税調と財務省は「有害図書の線引きが難しい」として出版物を対象から外そうとした。「煮え湯を飲まされ続けた税調と財務省の意地だ」(首相側近議員)との見方も出たが、最後は首相サイドが、出版物については“継続協議”で決着を図った。軽減税率を盛り込んだ税制改正関連法案は、年明けの通常国会で与野党対決法案となるのが確実な状況だ。外食の線引き等について、政府は詰めの作業を急いでいる。首相や財務大臣は、法案審議で立ち往生するような事態を避ける為、綿密な答弁の打ち合わせを予定している。 (円入哲也)


≡読売新聞 2015年12月30日付掲載≡


テーマ : 増税
ジャンル : 政治・経済

【回顧と展望2015】(02) 維新分裂――“橋下不在”おおさかの不安、残留組は統一会派を発足させ第3極混沌

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“維新”の名前で第3極を引っ張り、政界の寵児と持て囃された橋下徹氏(『おおさか維新の会』前代表)が今月18日、大阪市長を退任した。橋下氏は政界引退を公言しているが、政治への関心は尚薄れていない。19日夜に東京都内で安倍首相・菅官房長官らと会食した際には、「自民・公明とおおさか維新の3党で、参院選で3分の2の議席を取って、憲法改正に必要な国会発議をしましょう」と提案。首相らと意気投合した。昨年9月に結党した『維新の党』は、今年8月に分裂した。“元祖維新”を名乗る大阪系議員と、『民主党』や旧『結いの党』から維新に移ってきた議員が、政党交付金が振り込まれる銀行口座の通帳や印鑑を巡り、“前代未聞”の泥仕合を繰り広げた。大阪系は“新党”おおさか維新に、民主党系等は維新の党として残ったが、ブランドは失墜した。抑々、維新の党には、首相に近い橋下氏ら大阪系と、松野代表ら民主党等との野党共闘に軸足を置く議員が混在していた。松木謙公(『新党大地』出身)・太田和美(『生活の党』出身)両氏ら小沢一郎氏に近い議員もおり、橋下氏周辺には「人数は増えたが、党の色がようわからん」(大阪系国会議員)といった不満があった。今年5月の大阪都構想を巡る住民投票をきっかけに橋下氏の影響力が低下すると、松野代表は民主党との連携を加速させ始めた。橋下氏は、官公労の支持を受ける民主党を嫌ってきた。面白い筈がない。

20151231 03
「分裂に向けて、橋下氏と大阪府の松井一郎知事(おおさか維新代表)の背中を押したのは菅氏だった」との見方もある。8月25日、都内のホテルで松井氏と会食した菅氏は、「第3極は“みんなの党”が消えてチャンスなのに、維新は立ち位置がふらふらしている」と語った。この2日後、橋下・松井両氏は揃って維新を離党し、おおさか維新結成へ突き進んだ。おおさか維新は、所属国会議員20人で再出発した。結束は強まったが、“橋下氏抜き”となって発信力低下は否めない。橋下氏は、所属国会議員に頻繁に送っていたメールをぱったりと止めた。自身のツイッターも更新していない。松井氏は最近、国会議員らとの打ち合わせ等で、「俺が先頭に立って1人でやらんとあかんのか」と愚痴るようになった。“橋下不在”の不安を実感しているのかもしれない。松野氏ら維新の残留組は今月18目、民主党と93人の衆議院統一会派『民主・維新・無所属クラブ』を発足させた。「合併を経て100人規模の政党ができれば、1回の選挙で政権交代が可能だ」というのが松野氏の考え方だ。尤も、統一会派は給与法改正案への対応を巡って民主と維新で意見が対立。民主の意向に軍配が上がりそうだが、寄り合い所帯ぶりを露呈している。合併論議も、民主党が党の解散を嫌い、一足飛びには進みそうもない。『次世代の党』は、党勢が伸びないことから、『日本のこころを大切にする党』に名称を変えた。『日本を元気にする会』は、政党要件を失う危機に立たされている。第3極の先行きは混沌としている。 (高橋勝己)


≡読売新聞 2015年12月27日付掲載≡


テーマ : 橋下徹
ジャンル : 政治・経済

【回顧と展望2015】(01) 安保関連法――集団的自衛権容認へ新解釈、法制局長官も整合性に腐心

集団的自衛権の限定的な行使を柱とした安全保障関連法は、世論が大きく揺れる中、9月19日に成立した。来年3月に施行されると、他国が武力攻撃を受け、日本の存立が脅かされて国民の権利が根底から覆される“存立危機事態”では、集団的自衛権を行使できるようになる。与野党が激しく対立した国会審議で、安倍首相や中谷防衛相らの答弁を補佐したのが、内閣法制局の横畠裕介長官だった。野党は横畠氏に対し、「集団的自衛権の行使は違憲だ」としてきた従来の法制局の答弁との整合性を追及した。横畠氏は、“身内”の長官OBからも憲法解釈の変更等を批判された。宮崎礼壹元長官は、野党推薦の参考人として衆議院の委員会に出席し、「憲法9条に違反する。撤回すべきだ」と断じた。阪田雅裕元長官は同じ委員会で、一定の理解を示しつつも、「従来の政府解釈の基本的な論理の枠内とは言えない」と指摘した。自民党内からは、横畠氏に同情する声も漏れた。横畠氏は昨年5月に急遽、次長から昇格した。前任の小松一郎長官が体調を崩した為で、小松氏は翌月に死去した。

20151231 01
外務省出身の小松氏は、 憲法解釈変更に積極的な一方で、国際法の専門家でもあり、“理論派”揃いの法制局内に直ぐに溶け込んだ。横畠氏は小松氏と綿密に打ち合わせ、限定的な集団的自衛権の行使が何故合憲と言えるのか、新たな解釈を考えた。その結果、事例を大きく2つに分けた。1つは、「日本が直接武力攻撃を受ける訳ではないが、武力攻撃を受けた場合と同様の被害が日本国民に及ぶ」という事態だ。安倍首相が代表例に挙げた“中東のホルムズ海峡が機雷封鎖されるようなケース”がこれに当たり、集団的自衛権の行使は例外的な場合に限られることになる。もう1つは、「日本への攻撃が確実で、反撃しないと手遅れになるというケース”。これも、相本に攻撃が及ぶことが逼迫した事態に限られる。集団的自衛権を行使するには閣議決定が必要だ。閣議の準備をしている間や、決定直後に日本が攻撃されれば、個別的自衛権で反撃することになる。2つのケースとも、国際法上は集団的自衛権に該当するとしても、「日本の存立や国民の権利を守る為に、必要最小限度の自衛の措置という意味では、個別的自衛権と同じ」という訳だ。安保関連法は、多くの安保政策を変更した。海外での邦人救出や、国連平和維持活動(PKO)で国連関係者等を助ける“駆け付け警護”も、新たにできるようになる。その際の武器使用も可能になった。陸上自衛隊は今月17日、群馬県の相馬原演習場で、外国の治安悪化を想定し、在留邦人を日本大使館から空港へと運ぶ訓練を行った。法施行後には、隊員が武器を手に、邦人救出の訓練も行う。防衛省は今後、どのような状況でどこまで武器を使うのか、使用基準の改定を進める方針だ。1991年のペルシャ湾への掃海艇派遣から始まった自衛隊の国際協力活動は、新しい段階へと踏み出す。 (栗林喜高)


≡読売新聞 2015年12月26日付掲載≡


テーマ : 軍事・安全保障・国防・戦争
ジャンル : 政治・経済

武器輸出解禁で強まる国の企業統制と密室性――戦争当事国の片方に肩入れすることで日本は“平和を語れない国”になる!

20151230 07
日本政府に依る武器輸出が本格的に始まろうとしている(※1)。防衛装備庁を新設して関係企業を統制下に置き、政府主導で武器を売り込む体制が整った。国の科学技術政策も、これまでの民生用中心から軍事用とのデュアルユース(二重利用)優先に変わろうとしている。しかし、何より重要な変化は、戦後70年間平和を維持してきた日本が経済利益と引き換えに、世界に向けて平和を語れない国になることだ。政府は今月、『特定秘密保護法』(去年12月施行)に基づく身元調査の結果、秘密を外部に漏らす恐れがない“適正評価”を得た公務員と民間人が計9万8000人いることを明らかにした。その内、民間人は2200人。その大半が防衛関係であり、今後の武器輸出の秘密を扱う有資格者になる。秘密を指定した各省庁は、同法10条で「我が国の安全保障に著しい支障を及ぼす恐れがある」と判断すれば、国会への秘密の提供を拒否できる。内閣官房は会計検査院への資料提供にも消極的で、国民の目が届かない密室性が高まる。この特定秘密保護法は、武器輸出3原則見直し(2013年10月)・安全保障関連法(今年9月成立)と共に武器輸出の土台を形成している。

同3原則は元々、1976年に三木武雄内閣が示した統一見解を根拠にしている。その後、日米間で共同研究の案件が生じた場合等に、官房長官談話で例外として認めてきた。今回の解禁はそうした運用を廃止し、経済戦略として積極展開するのが目的だ。解禁には、それなりの“理屈”がある。経団連に依ると、これまで我が国の武器市場は自衛隊しかなく、生産量が少ない為に価格が割高だ。世界の兵器はどんどん先端化しているが、メーカーにとって世界の水準に追いつき、且つ製造設備を維持するのは容易ではない。そこで輸出に踏み切れば、製造コストが下がり、防衛予算にも貿易面でも有益だ。近代兵器は、機械・電子・化学・通信・IT・光学等の広範な技術が必要で、裾野が広い。そこでのイノベーションが民需部門に波及する効果も期待できる。先行する成功事例が、韓国の武器輸出である。2006年には2億5300万ドルだったが、今年は40億ドルになると予測されている。9年間で16倍の成長率だ。初期は兵士の装備品・部品・弾薬だったが、今では超音速高等練習機『T-50』をインドネシア、タイ、フィリピン、イラクに輸出している。これはアメリカの『ロッキードマーチン』が開発した戦闘機で、重要部分は殆どアメリカ製。それでも、経済効果は1機当たり中型自動車1200台分に相当する。経団連や政府が刺激を受けたことは想像に難くない。総務省が発表した昨年の政治資金収支報告書では、企業・団体に依る自民党への献金が22億1500万円で突出している。献金の旗を振るのは経団連だ。法人税減税だけでなく、武器輸出解禁で動いてくれたことへの謝礼の意味もあるだろう。

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テーマ : 軍事・安全保障・国防・戦争
ジャンル : 政治・経済

『ソニー』は最早エレクトロニクス企業ではない――奇妙な連結損益計算書から見える金融部門の強さ

「ソニーから東芝まで事件な企業の決算書を読む」という帯に釣られて買った本、公認会計士の前川修満著『会計士は見た!』(文藝春秋)は実に面白かった。『東芝』の粉飾会計について詳しく知りたいから買ったのだが、それよりも、前川氏が「ソニーは最早エレクトロニクス企業ではない」と結論したことに衝撃を受けた。では一体、『ソニー』は何の会社かと言えば、金融業だというのだ。本稿では前川氏の論説を引用しつつ、ソニーの企業としての実態を検証してみたい。

20151230 06

会計士の前川氏は、昨年度のソニーの連結損益計算書を見て大きな違和感を抱いた。該当する財務データを以下に抜粋し、前川氏がどこに着目したかを示す。

売上高及び営業収入合計:8兆2158億円
営業利益:685億円(←黒字)
税引前利益:397億円(←黒字)
法人税等:887億円(←これは??)
当期純損失:-490億円(←赤字)
控除-非支配持分に帰属する当期純利益:769億円(←これは??)
当社株主に帰属する当期純損失(純利益):-1259億円(←赤字)

本業の儲けを示す“営業利益”は685億円と黒字で、“税引前利益”も397億円と黒字となっている。ところが、おかしなことに“法人税等”はその倍以上の887億円もあるのである。日本の法人税の実効税率は約36%なので、理論的には143億円(=397億円×36%)の筈なのに、一体どういうことなのか? 何れにしても、巨額の“法人税等”の為に、“当期純損失”は490億円の赤字に転落する(=397億円-887億円)。更に、“控除-非支配持分に帰属する当期純利益:769億円”という得体のわからない数字を“当期純損失”から引かなくてはならない為に、“当社株主に帰属する当期純損失(純利益)”は1259億円の巨額赤字(=-490億円-769億円)となってしまうのだ。長年、会計士として企業の決算書を見続けてきた前川氏も、こんな奇妙な連結決算書は見たことがないそうである。そして、この原因を次のように解明した。

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【仏教宗派の霊魂観と死後世界観】(下) 「死んだら極楽浄土へ往ける」と日本仏教各宗派は何故説くのか?

「死んだら皆天国、いや極楽浄土に往くものだ」と日本人の多くは考えている。何故、そのような考えを持つようになったのか? 第一、その根拠は何なのか? 宗派に依って“死後”の説き方は如何に違うのか?

20151229 06
後半は、日本の伝統仏教の主な宗派が、死後世界や霊魂をどのように説いているのかを見ていく。ここでは、天台宗・高野山真言宗・真言宗智山派・真言宗豊山派・浄土宗・浄土真宗本願寺派・真宗大谷派・臨済宗妙心寺派・曹洞宗・日蓮宗を取り上げる。宗派内においても多様な見解がある為、宗派の公式サイトや宗派が発行(監修・編集)した現在刊行中の檀信徒向け出版物を中心に探った。これを補うものとして、寺院向け出版物・過去の出版物・宗派の付属研究機関が発行(編集)した出版物も参考にした。「死んだらどうなるのか?」と問えば、恐らく釈尊は形而上学的質問である為に無記とするだろう。では、日本の伝統仏教の各宗派は、とう答えるだろうか? 真宗大谷派は公式サイトに、『人は死んだらどうなるの?』という題の教化リーフレットを掲載している。そこでは、「自分の“現在”を問わずに死後を考えることは、出口の無い路に迷わせ、神秘的な世界に惑わすこととなるだけ」という答えが示されている。漠然と死後を問うと、釈尊の無記を倣う宗派もある。だが、真宗大谷派を含めて、葬儀の解説では死後を明示している。では、亡くなった人は葬儀でどうなるのだろうか? 浄土系の各宗派と天台宗は、「極楽浄土(浄土)に往く」と答えるだろう。天台宗の死後を公式サイトに見よう。「葬儀で仏弟子となり、必ず成仏することを言い渡され(引導)、阿弥陀仏のお迎えに依って仏の国(浄土)へ向かう。死後49日とされる娑婆世界(この世)と仏の世界との中間に居る期間(中陰)を経て、新霊は往生する(浄土に生まれ直す)。浄土は、娑婆に付き物の苦労から解放され、仏の教えを信じ、実践するのに最適なので、極楽という」。極楽と言っても、飽く迄も仏になる修行をする場所である。浄土で「修行の糧として大切なのは生前に積んだ善行の功徳」で、遺族は功徳を積み、法事の際に死者への供養として回向できるという。天台宗の念仏は、智顗が『摩訶止観』で説いた常行三昧の観心念仏が主流である。日本の浄土教の基礎を築いた天台宗の僧侶・源信も『往生要集』で、「浄土の有り様や阿弥陀仏の姿を観想することが大切」と説いた。

だが、浄土宗の開祖・法然は、『往生要集』に記された唐の浄土教の僧侶・善導の言葉に着目し、その著書『観経疏』に基づき、「念仏を称えるだけで、阿弥陀仏の願い(本願)に依って往生できる」と説いた。浄土宗の公式サイトと、『お葬儀はなんのため? だれのため?』(浄土宗出版)に依る死後は次の通りである。「葬儀では、この世で仏道を極めることは難しい為、先ずは極楽浄土に生まれ、阿弥陀仏の下で悟りへの道を歩むよう導かれる(引導)。仏弟子となって、阿弥陀仏のお迎えに依って、直ぐ極楽浄土へ往生する。そこで菩薩行を積み、悟りを得て成仏を果たす。往生の目的は、倶会一処(先立った人々と再会を果たす)と還相回向(成仏を果たし、この世に還って人々を救う)である」。伝統仏教では、浄土教の極楽往生説を基準に死後を説く宗派が多いので、この死後観を頭に入れておいてほしい。念仏を称えるだけという易しさに加えて、中陰を経ず“直ぐ”往生できる点も、人々には魅力的に映ったであろう。浄土真宗では、阿弥陀仏の本願力(他力)がより強調され、修行が更に易化 した。浄土真宗本願寺派の『浄土真宗必携 み教えと歩む』(本願寺出版社)に依ると、宗祖の親鸞は「阿弥陀仏の本願力に依って、恵まれる“他力の信心が定まる時、往生成仏が定まる(正定聚となる)」と説いた。つまり、念仏を称えずとも信心1つで、また臨終時ではなく現生で、往生が定まるというのである。その死後は直ちに浄土に往生し、本往生と同時に仏となる(往生即成仏)。そして、本願力に依って慈悲の心を起こし、この世界にまた還ってきて人々を救うのである(還相回向)。浄土宗のように浄土で修行をしてから成仏するのではなく、往生と同時に仏になるので、還相回向がより強調される。真宗大谷派の『お内仏のお給仕と心得』(真宗大谷派宗務所出版部)を見ると同様に、現生に信心が定まった時、直ちに浄土に生まれることに定まり(正定聚不退転位)、死後も直ちに仏の国に入るという。生前に往生が定まるので、真宗大谷派も浄土真宗本願寺派も葬儀で引導を行わない。但し、去年にも刷りを重ねた同書や、その新訂版といえる『真宗の仏事』(真宗大谷派宗務所出版部)には、何故か“成仏”という表現が無く、後者には死後の行方も記されていない。真宗大谷派では、精神主義運動を始めた清沢満之を祖と仰ぐ近代教学において、信仰が内面化した(前回参照)。自分のあり方を重視する為、冒頭にも紹介したように死後を説かないのだろうか? 「往生とは死ぬことではなく、浄土を見つけ出すこと」(後述参照)とも説いており、本願寺派とは往生観が異なる。

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テーマ : 仏教の教えと世界観
ジャンル : 心と身体

【嘗て天皇は仏教に帰依していた】(03) キリスト教徒に囲まれた昭和天皇の信仰

中国や朝鮮では、王朝が交替する度に国の宗教が代わった。だが日本では、万世一系の天皇を中心に、諸宗教が平和共存する多元的宗教空間が保たれた。「およそ禁中の作法は神事を先にす」(順徳天皇『禁秘抄』)を原則とする皇室では、仏教に帰依された天皇もまた、神道祭祀を厳修された。「私をおいてほかに神があってはならない」(十戒)とする一神教世界ではあり得ない現象だ。近代になると、皇室はキリスト教文化を積極的に受容され、無宗教主義さえ受け入れられた。ならば、所謂“国家神道”時代と“信教の自由”の時代を共に生きられた昭和天皇は、如何なる信仰をお持ちだったのだろうか? “戦後70年”の節目に当たり、改めて考える。

20151229 01
明治34年4月、明治天皇の皇太子である嘉仁親王(後の大正天皇)に第1男子が誕生された。迪宮裕仁親王、後の昭和天皇である。親王は古来の乳人制度に依り、生後70日で枢密顧問官の川村純義伯爵に預けられ、1つ違いの弟君・淳宮雍仁親王(秩父宮)と共に、3年余り養育された。川村は戊辰戦争・西南戦争を戦った明治海軍の創始者で、明治天皇の信頼が篤かったらしい。迪宮・淳宮両親王は毎月、釈雲照(1827-1909)から無病息災の加持祈祷を受けられた。川村の依頼に依るものという。雲照は高野山で密教を修した後、明治維新後には『十善会』を発足させる等、戒律主義を提唱し、明治の元勲たちが一様に帰依した真言宗の名僧である。明治初年の諸山勅会廃止に依って中絶した宮中後七日御修法を、東寺灌頂院にて再興させた人物でもある。川村邸での養育が川村の死去で幕を閉じ、最後の加持が行われた後、祀られていた虚空蔵菩薩は肌守として両親王に献上された(宮内庁『昭和天皇実録』等)。東宮御所に御帰還後、両親王は今度はキリスト教信者に依る養育を受けられることになる。名前は足立タカ。東京府女子師範学校(現在の東京学芸大学)を卒業したばかりで、附属幼稚園の保母だった。タカの父・元太郎は、札幌農学校の2期生・内村鑑三や新渡戸稲造らの同期生で、父も娘もプロテスタントだった。タカは両親王に母親のように接し、昔話等を話したらしい。タカは、後に終戦時の宰相・鈴木貫太郎の後妻となった(若林滋『昭和天皇の親代わり』等)。第1次世界大戦終結から3年後の大正10年、皇太子の裕仁親王はヨーロッパ歴訪の旅に出られた。大正天皇の御健康が憂慮され、宮中祭祀のお務めを見合わせざるを得ないような状況下での御訪欧は、皇太子教育という、より重要な目的を持っていた(波多野勝『裕仁皇太子ヨーロッパ外遊記』)。随員には、珍田捨巳(宮内省御用掛・供奉長・メソジスト)を始め、山本信次郎(海軍大佐・カトリック)・澤田節蔵(外交官・クエーカー)等、名だたるキリスト教徒が従っていた。珍田は、日露戦争後の講和条約交渉・パリ講和会議等に関わった外交官で、御訪欧当時は伯爵・枢密顧問官の地位にあった。後に東宮太夫・侍従長を歴任した。山本は、日本海海戦時は旗艦『三笠』の分隊長で、当時は東宮御学問所御用掛。御訪欧中はテーブルマナーやフランス語を厳しくお教えした。ローマ教皇との謁見実現は、山本の尽力に依るという。澤田は国際連盟日本代表等を歴任し、連盟脱退に反対した。第2次世界大戦末期に鈴木貫太郎内閣の顧問となり、和平工作の為にバチカンに働きかけた(澤田壽夫編『澤田節蔵回想録』等)。皇太子の最初の公式訪問国はイギリスで、その最初の公式行事は戦没者追悼記念碑『セノタフ(Cenotaph)』への御拝礼、次がウエストミンスター寺院にある無名戦士の墓への参詣だった。お名前が金字で押され、紅白のリボンの付いた花環を捧げられ、深々と拝礼されると、沿道から歓声と拍手が湧き上がる等、皇太子が大歓迎を受けたことを『タイムズ』紙等が報道している。

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テーマ : 歴史
ジャンル : 政治・経済

【誰がテレビを殺すのか】(03) 風水に縋る経営トップに現場からも責任を問う声

20151228 05
東京都内の高級住宅街の一角。高い壁と監視カメラに囲まれた一際目立つ大邸宅の主は、フジテレビ内部で“天皇”と称される日枝久会長、その人だ。その前日に下方修正された今年4~9月期決算の発表日の夜。本誌記者は所謂“夜回り”と呼ばれる取材の為、日枝会長の帰宅を待っていた。よくあることではあるが、企業の広報部を通した正攻法の取材依頼が断られたからだ。トップ人事は、企業の行方を左右する。業績を好転できない亀山千広社長の責任、延いては日枝会長は自らの任命責任について、どう考えているのか。午後8時過ぎ。車のルームライトに顔を照らされた日枝会長を乗せたハイヤーが現れ、表玄関に停車しようとした瞬間、走り寄る記者の姿に気付いたのか、日枝会長を乗せたまま車は再び加速し、自宅から遠ざかっていった。呆気に取られたまま、数分後に裏口の方に回ると、今度は遠目にこちらの様子を窺う2つの人影。ところが、目が合ったと思うと、人影は素早く死角へと身を翻してしまった。取材失敗を覚悟しながら、更に待つこと約20分。再び同じハイヤーが走り去った方向から近付き、“待ち人”が姿を現した。「広報を通してよ。1人に(アポ無し)取材を許したら、皆に対応しなくちゃならなくなるから」。そう言って、自宅の中に入ろうとする日枝会長に、亀山社長の経営責任に対する考えを投げ掛けた。「一々責任を問うていたら切りがないでしょ? 週明けに会社に来たらじっくり話すから、広報にそう言って。ポートフォリオを見てよ。250億円あるから。大丈夫、大丈夫です」。“大丈夫”という言葉を笑顔で何度も繰り返しながら、自宅の中に消えていった。だが、日枝会長が受けるとした取材は、実現することはなかった。広報から、日枝会長の指示で、「本人ではなく、“代役”が取材に応じたい」という連絡が入ったのだ。

「経営者が“風水”なんかに拘り出したら終わりだ」――そう溜め息を吐くのは、フジテレビのある中堅社員だ。風水とは言わずもがな、古代中国発祥で、韓国や近年の日本でもブームになった、“気”の流れを物の配置でコントロールすることで幸運を招こうというスピリチュアルな思想だ。今年春、お台場・フジテレビの社屋前に『テレビの泉』と名付けられた小さな噴水が出現した。同社員に依れば、この噴水設置を主導したのが、日枝会長が「業績悪化の責任は問わない」とお墨付きを与えた亀山社長だという。「『風水に拘って造らせた』という話が社内で広まっている」(同社員)。人知を超えたものに縋りたくなる気持ちはわからないでもない。何せ、亀山社長が2年半前の2013年6月、9代目のフジテレビ社長に就任してから、同年3月期決算において234億円あった営業利益が、来年3月期(予想)は15億円と9割以上も落ち込む見込みなのだ。亀山社長は、人気ドラマ『ロングバケーション』や『踊る大捜査線』を世に送り出したヒットメーカーで、現場の人望も厚かったという。視聴率や業績低迷の打開の為に社長に大抜擢したのは、日枝会長の鶴の一声だ。だが、経営の数字は視聴率のようには取れない。就任から僅か2年半で、これほど業績を悪化させては、この人事が失敗だったことは火を見るより明らかだろう。

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テーマ : フジテレビ
ジャンル : テレビ・ラジオ

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