【タモリが見た東京】(下) 青春編…早稲田・渋谷

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能町「学芸大学駅の下宿を出た後、早稲田の後輩の部屋に居候することになったところまでお聞きしましたが、その時は2年生ですか?」
タモリ「2~3年ぐらい。余所の人が泊まっちゃいけない下宿だったんですけども、どういう訳か俺は家主のおばさんに可愛いがられて、おばさんのところで飯まで食っていましたから。だから、居候の天才なんですね。結局、その技術が赤塚不二夫に生きる訳。その部屋は一番大学に近いんで、そのうち他にもクラブの友だちが来て、酔っぱらって寝たりなんかして。結局、ずっと入り浸っていたんです。仕舞いには洗濯まで始めて。思い出した! 俺は、そこの渾名が“洗剤”だったんですよ(笑)。というのは、おばさんに見つかった時に洗剤を持っていて。偶々『洗濯しなきゃ…』と思って洗剤を買ってきただけなんですよ。そうしたらおばさんが見て、『あんた、学校に洗剤持ち歩いてるの? 珍しいね』と。それから『洗剤さん、洗剤さん』って」
能町「洗剤さん(笑)」
タモリ「その建物は、もう無いんですけどね。このおばさんも結構長生きして、“笑っていいとも!”(フジテレビ系)に2回ぐらい観覧に来ましたかね」
能町「『洗剤さんが出世した』って(笑)」
タモリ「そう。今は亡くなっちゃいましたけど」
能町「一旦、福岡に戻るまでずっとその辺ですか?」
タモリ「そう。1部屋に1~3人下宿人がいたりとか、そういう家が一杯ありました。この辺のお風呂屋の凄い近くに先輩がいて、何回か遊びに行ったことがあるんですけど、夏の夕方に『風呂入るか』と言って、部屋で脱ぎ始めるんですよ。『エッ、ここで着替えるっておかしいな。着替え持っていかねえのかな』と思ったら、全部脱いで、タオルで前をこう隠して、下駄履いて外に出て行く」
能町「えーっ!」
タモリ「俺も『えっ?』って。そしたら、『だって、直ぐそこだよ?』って言う」
能町「そういう問題じゃない(笑)」
タモリ「先輩の言うことだから、俺も俯きながら下駄履いて。行きはタオルがピッとなっているんですけど、帰りは濡れて段々垂れ下がって隠し辛い(笑)」

能町「当時の早稲田キャンパスって、どんな感じだったんですか? 学生運動がありましたよね?」
タモリ「最初、うちのクラスに革マルが2人、民青が1人いて。早稲田紛争が2年の時に起きて、学生運動が激しくなるんですよ。学校は封鎖で行けなくなって、革マルの奴から最終的には詰られたんです。『意識が低い』って。確かに、『政治に興味無いな』と自己批判して(笑)」
能町「ちょっとだけ自己批判したんですね(笑)。当時、西洋哲学科ですよね?」
タモリ「そう、西洋哲学の暮らす約40人の中に革マルが2人」
能町「そう考えると、学生運動に嵌まっていた人は抑々少ないものなんですね」
タモリ「少ないですよ。半分ぐらいがやっていた感じで言われますけども。ただ、娯楽も無かった。学生運動はカネがいらないでしょう。デモは運動にもなるし(笑)」
能町「じゃあ、半分ストレス解消みたいな」
タモリ「そういえば、激しく俺を詰った革マルの奴に何年後かに会ったんですよ」
能町「へえー!」
タモリ「ある作家の人と待ち合わせて、その人の打ち合わせが終わるのを近くで座って待っていたら、打ち合わせの相手がそいつだったんです。それで、じーっと見ていたら、直ぐそこにいて俺が見ているのに一切目を合わさない。全く俺のことを無視するんです。その作家の人に聞いたら、やっぱり同じ名前。大手の出版社で出世しているんですよ。それからもう1人の革マルは、ゴルフ練習場で声をかけてきたんです。『森田?』『おお』と言って。小さいながらもIT企業の社長をやっていました。あの頃の学生運動の奴らって結構、出世するんですよ。一旦、体制側になると」
能町「ゴルフ場で声をかけてきた人は、タモリさんのことをどう思っていたんですか?」
タモリ「自分が詰ったことを忘れて、兎に角、懐かしがっていたんです。それで、『何十年後かにゴルフ場でこんな出会いするんだ。凄いな』と思って…。それっきり会わないですから。全く運命は無い!」

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ジャンル : お笑い

【タモリが見た東京】(上) 青春編…東京都立大学→東京学芸大学

タモリさんが、自らの青春と輝かしい街の思い出を語る特別インタビュー。能町みね子さんとの抱腹絶倒の掛け合いで、下宿生活・ジャズ研・性の目覚め(!)まで明らかに。昭和40年、福岡からやって来た森田一義青年が見た東京は、どんな姿をしていたのだろう――?

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能町「今日は沢山、住宅地図を用意しまして…」
タモリ「おお」
能町「最初に、タモリさんが上京した頃の東京のお話が聞きたいなと思ったんです!」
タモリ「上京したのは、オリンピックが終わった次の年。1965年ですね」
能町「夜行ですか?」
タモリ「“あさかぜ”。寝台だけど、当時は座席だけの車両が1両だけあったの。寝台より安いからそれに乗って。受験の時は目黒の従兄妹のアパートに1ヵ月転がり込んでいたんですよ」
能町「へえ!」
タモリ「東京大学の医科学研究所の裏側のほう。アパートは今、小っちゃな低層マンションになってますね。入り口にあった石政っていう石屋は傍に未だあるみたいです。同じアパートに、姉を頼って信州から転がり込んできたアサイっていう受験生がいたんですけど、毎日そいつと一緒に銭湯に行って」
能町「それが初めての東京滞在。白金辺りから始まったんですね」
タモリ「従兄妹は女だったんですけども、血筋かな、無茶苦茶な中国語が上手くて。向かいのアパートに中国人の姉妹が居て、『私が無茶苦茶な中国語を言うから、隠れて様子見よう』って。大きな声で無茶苦茶喋ってスッと伏せたら、ガラッと開けて『ダレカヨンダカ?』」
能町「インチキ中国語を操る血筋(笑)」

タモリ「アサイは国立系統を受験していたんです。1ヵ月でアサイとも別れた訳ですが、何年か経って友達と早稲田大学の中を『実は、こういうアサイってヤツがいて…』って歩きながら話していたら、向こうからそのアサイが歩いてくる。『あれ? アサイだよね』『森田だろ?』『お前、早稲田? 志望は全然違ったよね』『そうなんだけど…』って。向こうも、俺のことを喋りながら歩いていたらしい」
能町「えーっ。運命みたい!」
タモリ「『運命的だね』って言って…それから全然会わないんだけどね(笑)。だから俺、運命はあんまり信じないんだよ」
能町「その後、全く会わないんですか!」
タモリ「連絡も何も。久しぶりに従兄妹と会ってアサイの話をしたら、『お姉さんには偶に連絡するよ』って言うから、『じゃあ、アサイの連絡先聞いてみて』って言ったら、後から『覚えているけど、あんまり会いたくないみたい』って」
能町「えー? いい思い出じゃないんですかね」
タモリ「悪いことした覚えないんだけどねえ。それから運命は信じないんですよ。赤い糸とか絶対嘘だよね。物凄く感激して会ったんだけど、結局、お互い全く連絡しないことってありますよね。何なんだろうね、あれ」
能町「同じ学内にいて、一度きりしか会わないというのも凄いですね。それで、受かって上京して白金に住む気は無かったんですか?」
タモリ「全然無かったですね。どこに下宿しようかとなった時に、都立大学(駅)に1人、高校の同級生がいて。静かに住む荘で“静住荘”という所なんですけども、そこに転がり込みました。そこが東横線の直ぐ横で、煩くてしょうがない、カンカンカンって。こっちは鉄道ファンだからいいけど、そいつはブーブー文句言って、『何が静住荘だ』って(笑)。この静住荘も未だあるんですよ」
能町「えーっ。見たいです。それにしてもいい名前。この1965年当時の地図にありますかね? 都立大の傍の静住荘…あっ! ありました! これ、嬉しいですね!」
タモリ「そうそう、ここ。この前、静住荘の入口を覗いたらオヤジが出てきて、『何だ君は!』って言われて。『すいません。昔、学生の時に住んでて懐かしかったんで…』と言ったら『それがどうした!』。で、『どうもすいませんでした』って」
能町「怒られちゃった(笑)」

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【嘗て天皇は仏教に帰依していた】(04) 伝統祭祀を守る身は、支援無き陛下のみぞ

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これまで本誌で3回に亘り、皇室の信仰や昭和天皇の仏教観について歴史的検証を試みた。引き続き、現代編を書くように本誌編集部から要請されたのを受けて、再び押っ取り刀を手に取ることにする。天皇・皇室の宗教観を考えることは、「天皇とは何か?」を考えることに他ならない。皇統は神代にまで遡り、「葦原千五百秋瑞穂の国は、是、吾が子孫の王たるべき地なり。爾皇孫、就でまして治らせ」(『日本書紀』)と皇祖神より国家の統治を委任されたというお立場なら、抑々宗教性は否定できない。更に、順徳天皇(第84代・在位1210~1221)の『禁秘抄』に「およそ禁中の作法は神事を先にし、他事を後にす」とあるように、歴代天皇は祭祀をなさることが第一のお務めと信じられ、仏教に帰依された多くの天皇もまた祭祀を厳修されたのだから尚更だ。ところが、世俗化が進んだ現代では、天皇の宗教的側面が否定され、現代人の天皇観は歴史と伝統から切り離れたものとなり、祭祀は驚くべきことに宮内庁当局にすら軽視されている。例えば、御即位10年を記念して宮内庁が編集した記録集『道』には、即位礼の当日に祭服を召され、賢所大前の儀に臨まれた両陛下のお写真こそ口絵の冒頭に載っているが、本文には宮中祭祀に関する記述らしいものが全く見当たらない。公式記録から外されているのである。その代わりか、繰り返されているのが『日本国憲法』である。憲法上、天皇の祭祀は飽く迄も“私的行為”である。平成17年になって宮内庁のホームページに宮中祭祀が載るようになったが、平成の祭祀簡略化や、所謂“女性宮家”創設の主導者と目される渡邉充元侍従長等は雑誌のインタビューで、「宮中祭祀は、現行憲法の政教分離の原則に照らせば、陛下の“私的な活動”ということにならざるを得ません」と言い切っている(『諸君!』2008年7月号)。政府も同様で、小泉内閣時代に皇位継承制度を検討し、「女性天皇・女系天皇への途を開くことが不可欠」と結論付けた皇室典範有識者会議の報告書は、「様々な天皇観があるから、様々な観点で検討した」と説明しているが、皇室自身の天皇観、つまり“天皇=祭り主”という観点は完全に無視された。皇室の歴史と伝統ではなく、70年に満たない現行憲法を出発点とする非宗教主義が社会を席捲し、その結果として何が起きたのかといえば、宮中祭祀の改変であり、歴史に例を見ない女系継承容認論、所謂“女性宮家”創設論、つまり悠久なる皇室の制度を日本国憲法流に変革する革命的というべき試みであった。今上陛下は即位礼正殿の儀で、「(先帝の)御心を心として」「日本国憲法を遵守し」と述べられた。伝統と憲法の両立を、陛下は折に触れて何度も繰り返し表明されているが、政府・宮内庁当局はそうではなく、“憲法の遵守”だけをつまみ食いしている。このズレは何だろうか? そこには、皇室の祭祀について実に厄介な誤解と偏見以上のものがある。

日本の皇室を考える際、最大のキーワードは価値多元主義である。それは亜熱帯から亜寒帯まで気候の幅が広く、四季折々に美しさと厳しさとを見せてくれる日本列島の自然の多様さと通じているだろう。自然と共存する人々の暮らしも多様であり、山の民には山の民の、海の民には海の民の信仰が息衝いてきた。そのような多様なる民を多様なるままに統合し、争いの無い平和な社会を保つ為には統治者は何をすべきなのか? 天皇が祭り主であり、祭祀が第一のお務めであるなら、天皇の祈りは多神教的・多宗教的でなければならない。キリスト教世界に君臨するローマ教皇なら、一神教の典礼で十分であろう。世界を創造した絶対神以外に神は存在しないのだから、当然である。天帝の息子=天子たる中国皇帝は、ただ1人、天を祀る。天壇に登ることが正統性の証明である。けれども、日本の天皇は皇祖神を祀るだけではない。「およそ天皇、即位したまはむときは、すべて天神地祇祭れ」(『養老令』)とされたのだ。カトリックは第2次世界大戦後になって漸く、諸宗教容認に踏み出した。特に第2バチカン公会議は、「諸宗教の中に見い出される真実で尊いものを何も排斥しない」と宣言し、教皇のベネディクト16世はトルコのブルーモスクで祈り、2015年秋に訪米した教皇のフランシスコは、グランドゼロで諸宗教の代表者たちと共に祈りを捧げた。今や諸宗教協力を積極的に推進しているバチカンだが、その祈りは飽く迄も唯一神に捧げられる。だが、天皇の祈りには世界に稀な多神教性・多宗教性がある。それは、皇室第一の重儀とされる『新嘗祭』を見ればわかる。毎年11月23日の夕刻から翌日にかけ、天皇は特別の祭服を召され、宮中の聖域の奥深く、宮中三殿の西隣に位置する神嘉殿で、古来の作法に従って、数多の神饌を皇祖天照大神他天神地祇に供され、自ら召し上がる。中でも重要とされる神饌は、その年に収穫された新米・新粟を炊いた米の御飯・御粥・粟の御飯、及び新米を以て醸造した白酒・黒酒の神酒である。神人共食の儀礼は夕の儀と暁の儀の2回、繰り返される。何故、米と粟なのであろうか?

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テーマ : 天皇陛下・皇室
ジャンル : 政治・経済

寺院護持と僧侶育成が目的か? 天台宗が高校からの奨学金を増額して対象校を減らした理由

少子化や過疎等の問題は、寺院にとっても無縁ではない。兼務寺院の増加や後継者の問題等、今後の仏教界にとっても重要な課題である。そんな中、宗派として僧侶育成の変革に乗り出したのが天台宗だ。2015年10月下旬に滋賀県大津市の宗務庁で開かれた第133回通常宗議会において、寺院後継者への奨学金給与規程の一部改正の議案が上程され、可決された。同議案は、これまでの給付対象校を絞り込み、給付額を増加するというもので、平成28年度より実施される。実際にどのような変更となるのか見よう。

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先ずは奨学金給与制度だが、これは得度して僧籍を持っていることが条件で、在籍する学校や学科等に依って給付額が異なる。これまでの年額給付額は次の通り。一般の高校なら5万円、指定校である比叡山高校並びに駒込高校は7万円。高等専門学校が5万円、同じく短期大学が5万円(仏教学専攻だと6万円)、一般の大学は5万円(仏教学専攻だと7万円)だが、宗立校である叡山学院と大正大学は共に9万円。叡山学院の仏教専修学科では16万円が年額給付。大学院も奨学金の対象になる。修士課程で5万円(仏教に関する研究は16万円)。博士課程も5万円(仏教に関する研究で20万円)という奨学金規程だった。それが平成28年度からは、一般の高校は僧籍者でも給付対象外となる。比叡山高校と駒込高校は変わらず7万円。比叡山高校の山家寮入寮者には、これまで寮費の年額2分の1以内で補助となっていたが、30万円が支給されることとなった。大学の場合も、仏教学以外の学科は給付対象外となるが、短大や大学で仏教学を専攻(仏教に関する学問という幅を持たせた運用を想定)している学生は従来通り。大正大学の仏教学科以外に在籍する生徒も変わらず9万円だが、仏教学科の在籍者には20万円と増額された。同じく、改正前は給付額が9万円だった叡山学院は20万円に増えている。また、16万円だった仏教専修学科も25万円に増額された。大学院生も増額されており、修士課程で仏教に関する研究をしていれば25万円、大学院の博士課程で仏教に関する研究をしていれば30万円となり、其々10万円程度増やされている。今回改正を行ったのは、どういう理由なのか。教学部担当者が語る。「『今後、数十年で宗教法人の何割かが無くなる』というような話も耳にしますが、天台宗でも地方の寺院では『後継者が上手く育たない実情がある』と聞いています。どうしたらお寺を護持できるかと考えた場合に、寺院毎に運営方法は違いますが、最終的に『天台宗らしい僧侶を育てていくことが、後継者の育成・寺院の護持発展、延いては宗門の発展にも繋がっていくのではないか』と考えました。その為には、叡山学院や大正大学等、同じような年代の僧籍を持った者が集まって、そこで切磋琢磨しながらお互い刺激し合い、学問でも実践でも若い時分から経験を積んだ僧侶を育てていくことが必要です。そうした場に通い易いような奨学金の給与体系に変えたいというのが、今回の改正の狙いだと思います」

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テーマ : 奨学金
ジャンル : 学校・教育

【インタビュー・明日を語る2016】(15) 政治は僕たちの身近に、若者は無関心ではない――NPO法人『YouthCreate』代表 原田謙介氏

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選挙権の年齢が70年ぶりに引き下げられ、今年夏の参院選から18歳以上の未成年者も投票できる見通しとなった。新たに加わる18~19歳の有権者は約240万人。全有権者の2%程に過ぎず、数の上で政治に与える影響も少ないかもしれないが、若者の政治への関心を呼び起こすきっかけにはなる筈だ。他の先進国も、若い世代ほど投票率が低い。若者は結婚・出産・子供の進学・親の介護等を経験して、政治的な課題を学ぶようになる。年齢を重ねれば投票率は上がるだろう。ただ、20歳代の投票率が低落傾向にあることは気がかりだ。自分の活動を通じて感じることだが、日本の若者が投票に行かないのは、「政治は本当に問題を解決できるのか?」との懐疑や、「きっと、若者の意見は後回しにされる」といった諦めがあるからだ。だから、若者に「投票に行け」と押し付けるだけでは投票率は伸びない。「若い人の声がもっと必要だ」と訴え、若者に協力を呼びかけるべきだ。政治家には、政策を若者に知ってもらう為の工夫が求められる。勿論、若者の政治参加への意識を高めることも必要だ。政治参加というと、国会前でプラカード等を持ってデモ行進することだけを想像しがちだが、そうではない。自分が暮らす街の日常的な問題を考えることも、立派な政治参加だ。私が視察したドイツのある町では、選挙権を持たない子供たちが“議会”を作っていた。「交通量の多い学校の校門前に横断歩道を作ってほしい」と行政に提案したところ、実現したという。地域にスポーツ・音楽・ボランティア等を通じてコミュニティーがあり、様々な世代が参加している。子供たちはそこで地域の課題を知り、“政治”に関与する素地を養うのだ。しかし、日本の学校では、選挙制度や民主主義の仕組みは教えるものの、地域の課題を生徒自らに調べさせ、生徒同士で議論させること等は長らくしてこなかった。その結果、子供たちは「日常生活も政治に繋がっている」ということを教わらなかった。世界に例の無い少子高齢化社会を迎え、若者世代の負担は確実に増していく。次世代を担う若年層には、社会の一員として力を発揮してもらうことが不可欠だ。社会のことをきちんと考える人を育てる。18歳選挙権をそのきっかけとしたい。

子供の頃から、特に政治に関心があった訳ではない。「大学進学で東京に出てきたのだから」と、勢いで国会議員の事務所のインターンとなった。選挙の手伝いをした時、候補者が学生や若いサラリーマンと接触する機会が無いことに驚いた。「若者の政治意識を論じる以前の問題だ」と感じた。これが活動の出発点だった。若者と地方議員が酒を飲み、気軽に語り合う交流会『Voters Bar』を開いている。最初は、「議員と話ができる」と呼びかけても反応に乏しかった。でも、同じ地域に住む者同士。「市営バスの運賃は下げられないのか?」等と共通の話題で直ぐに盛り上がることがわかった。2014年の東京都知事選では、ツイッターを使って候補者に若者の質問に回答してもらった。就職面接では選ぶ側が質問するのに、選挙では候補者が一方的に主張を述べるだけ。質問を募ると、「演説で気を付けていることは?」「政治に年齢は関係あると思うか?」等と多く寄せられた。若者が決して無関心な訳ではないことを実感した。教師向けの主権者教育指導資料でも、「首長や議員を授業に招き、生徒に現実の政治への具体的なイメージを育ませる」ことができるようにした。「学校の政治的中立性を損なわないか?」と心配する向きもあるが、複数の会派から議員を招く等すれば問題はない。安全保障法制等をきっかけに、民主主義の在り方も議論されるようになった。若者には、多数決だけが民主主義ではないことを知ってもらいたい。出前授業で赴く中学校や高校では、『家庭で外食する際に、どの店を選ぶか?』を題材に議論してもらっている。意見が分かれた場合、養ってくれる父親の意見を優先するか、それとも幼い弟の希望を叶えるか、将又、高齢の祖父母を尊重するのか――意見は様々だ。その意見集約の過程は、実際の政治の場における合意形成の手段と同じだ。政治とは、多くの意見を取り纏め、共に地域や国を作ること。議論の中で「自分の主張が反映された」との実感が積み重なれば、若者の政治参加の意識も高まる筈だ。 (聞き手/社会部 近藤幹夫)


≡読売新聞 2016年1月13日付掲載≡


テーマ : 選挙
ジャンル : 政治・経済

【誰がテレビを殺すのか】(06) “巨艦”NETFLIXの上陸でフジテレビ・吉本興業が迫られた決断

テレビ凋落の背後にあるのが、インターネット配信の隆盛だ。有料の定額配信サービスの参入が相次ぐ中で、テレビはインターネットを味方に付けられるのか? それとも、窮地はより深まるのか?

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「これまでとは、桁が1つ違うじゃないか」――2014年秋、フジテレビの幹部は、眼前に提示されたある金額と条件に面食らっていた。それまでの業界水準と比べると、“破格のオファー”だった為だ。提案を持ち込んだのは、世界最大の定額動画配信サービス会社『NETFLIX』。当時、日本上陸への準備を進めている中でフジテレビにラブコールを送り、独占配信用のドラマ制作費として提示したものだった。その額は、「1話当たり凡そ4000万円」(フジテレビ関係者)。業界では、インターネット向けのドラマを制作するにしても、地上波よりも低コストの100万円単位の制作費に抑えるのが通常だった。そんな中でNETFLIXは、「人気の地上波ドラマの制作費である1話3000~4000万円に1割上乗せしてきた」(同)というのだ。年々、制作費が削減される中では尚更魅力的な価格だ。しかも、更に魅力的だったのは、NETFLIXが制作費を捻出しても、所有権はフジテレビにあることだった。NETFLIXが保有するのは、粗独占配信の権利だけ。フジテレビとしては地上波で放映することもできる為、まさに「良いこと尽くめ」(同)。飛び付かない手は無いように見えた。こうして、NETFLIXが日本でのサービスを開始した2015年9月2日に、2つのフジテレビ制作の作品が独占配信に名を連ねることとなった。人気シリーズの『テラスハウス』続編と、新作のドラマ『アンダーウェア』だ。これまではインターネットサービスへのコンテンツ提供に慎重だったフジテレビが、一歩踏み込んだ大きな転換点だった。NETFLIXの日本上陸に依り、これまで動画コンテンツの王様だったテレビ局は大きな転換期を迎えている。インターネットの普及が進むに連れてテレビへの接触時間は減少し、視聴率も低迷。インターネット配信は進めないといけないが、地上波ほどの稼ぎは見込めず、しかも自社コンテンツを他社に提供したくはない――。これが、従来のテレビ局のインターネットへの姿勢だった。実際、フジテレビコンテンツ事業局の山口真局長は、「NETFLIXは良い条件で来てくれた」と認めつつも、「我々も自前の配信サイトを含めて戦略的にコンテンツを供給する中で、NETFLIXもある意味ではライバル。敵に塩を送り過ぎるつもりはない」と牽制の姿勢を隠さない。

とは言え、この発言を全て額面通りに受け取ることはできない。確かに、フジテレビには2005年に開始した『フジテレビオンデマンド(FOD)』という配信サイトがあり、2015年9月には有料会員数が90万人を超え、黒字化も達成した。フジテレビの亀山千広社長も「ビジネスチャンスに繋げたい」と力を注ぎ込んでいる。だが、フジテレビ社内ですら「FODが主流のサービスになる」と思っている社員はいない。「FODは、基本的に自社コンテンツを囲い込んでいるだけ。インターネット時代に勝てるプラットホームにはなり得ない」(フジテレビ関係者)為だ。これは、テレビ局各社共通の課題だ。どうやら、インターネットの世界ではテレビ局は主役になれない――。そう誰しも気付き始めたタイミングで登場したのがNETFLIXだったのだ。1997年、オンラインのレンタルDVD会社として創業したNETFLIXは、2007年からインターネッ ト配信事業に軸足を移すと、破竹の勢いで会員数を伸ばし、今や世界50ヵ国で展開している。しかも、ビジネスモデルはYouTubeのような無料動画に依る広告モデルではなく、オリジナルを含むドラマや映画を軸にした有料の見放題モデルで成功したのだ。この為、広告モデルのテレビ局にとっては“ライバル”であると同時に、潤沢な資金で制作費を捻出してくれる“味方”になり得る存在でもあるのだ。実際、フジテレビだけでなく、テレビ局各社はNETFLIXの上陸に前後して、定額配信サービスへの接近を強めている(右上図参照)。一番積極的なのは日本テレビだ。日本テレビは2014年に、2011年からNETFLIXに似た定額配信サービスを提供していた『Hulu』の日本事業を買収した。コンテンツを提供するだけでなく、自らプラットホームを運営する立場になったのだ。この為、日本テレビの相当数の番組はHuluで見られる仕組みとなった。NETFLIXと同様、オリジナル作品にも乗り出し、2015年10月には尾野真千子さん主演の『フジコ』(フジサンケイグループの『共同テレビジョン』等制作)を発表した。TBSテレビやテレビ東京は、NETFLIXと同じ9月に日本でサービスを開始した『Amazonプライムビデオ』へのコンテンツ供給量を増やしている。この他、テレビ朝日は今年に入り、『KDDI』や『サイバーエージェント』と動画配信サービスで提携することを発表している。まさに、NETFLIXと同時に、一気にテレビ番組がインターネット上に“解放”されたのだ。「歴史上の黒船は、自分で幕府を滅ぼしたのではなく、国内勢の開国を誘った。そういう意味で、NETFLIXはまさに“黒船”だ」。業界紙『メディアボーダー』を運営する境治氏は、こう指摘する。

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ジャンル : テレビ・ラジオ

【本当の日韓大問題】(10) 韓国の産業界に残された“最後の選択”

韓国経済において、圧倒的な存在感を示してきた“財閥”。最貧国だった韓国を先進国へ押し上げた立役者であることは間違いないが、今、財閥経営は踊り場を迎えている。

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日韓を跨ぐ『ロッテグループ』に持ち上がった御家騒動は、収束するどころか、泥仕合の様相を呈している。ロッテに限らず、創業者一族が所有・経営する財閥では、世代交代期の事業承継がスムーズに行われず、御家騒動へ発展する場合が少なくない。李健熙会長の後継問題で揺れる『サムスン』、世襲3代目で兄弟喧嘩が勃発した『斗山』、創業者の遺産分配で訴訟沙汰になった『韓進』――。これまでも、財閥では骨肉の争いが繰り広げられてきた。財閥は毎年4月、公正取引委員会に依って資産総額5兆(約5500億円)ウォン以上の企業グループが指定される。2015年は、公営企業・農協を含む61グループが指定された。上図は、2004年と2015年の顔触れを比較したものだ。この11年で、上位に依る寡占化が一層進んだ。俗に言う“4大財閥”で比べると、サムスンは3.8倍に、『現代自動車』は3.7倍に資産を膨張させている。とりわけ、サムスンの強さは抜きん出ており、2015年の資産総額は351.5兆ウォン(約39兆円)と、全61グループのそれの15.6%を占める。一方で、『東洋』や『GM大宇』等といった脱落したグループもある。脱落しないまでも、負債比率が200%を超えており、且つ利子補償倍率が1倍未満となっている“経営不振企業”が10グループに上っている。俄かに、財閥の経営破綻が現実のものとなりつつある。現在、財閥を巡る6大リスク(経営不振・御家騷動・大企業と中小企業との企業間格差・新規産業“不毛”・無能経営者・経営モデル崩壊)が浮上している。李明博前政権時代に輸出主導の成長モデルを描き、財閥へ富が集中した。朴槿恵政権は財閥の規制強化に走るものの、最早ここまで肥大化した財閥を去勢するのは難しくなった。重厚長大産業のみならず、サムスンや現代自動車等、これまで韓国経済を牽引してきた企業も失速し、韓国経済は八方塞がりの状況にある。


キャプチャ  2015年10月31日号掲載


テーマ : 日本と韓国
ジャンル : 政治・経済

【絶望の非正規】(10) 年収は正社員の半分以下…同じ仕事で大きな格差がある『日本郵政』のアキレス腱

20160130 01
「お父さんみたいな非正規じゃない、正社員になる!」――いつもの家族団欒の最中だった。兵庫県神戸市の郵便配達員・三原浩二さん(54)が、高校を卒業したばかりの長男に「将来の夢は何や?」と尋ねた時に返ってきた言葉である。以前は『日本郵政公社』(当時)の外部委託先で働いていたが、人員や経費の削減が進む中、止むを得ず同公社の期間雇用社員へと転職した。雇用更新を繰り返し、今年で勤続10年。主に速達や書留等の重要な郵便物を配る“混合区”を担当し、今春には新卒の正社員の教育係も任された。しかし、年収は約280万円。正社員の半分以下である。5人の子供がいる三原さんは、 生活保護を受けながら働いている。数年前に病気で入院した時に無給状態となり、困り果てて申請したことがきっかけだ。復職後もケースワーカーのアドバイスに従い、国が定めた最低生活費の基準に足りない分として月十数万円を受け取っている。「僕の給料では、家族に最低限の生活もさせられんということです」。2015年11月に株式上場を予定している日本郵政の社員は約43万人。このうち半分近い約20万人が非正規の期間雇用社員で、三原さんのようにフルタイムで残業も熟す社員も少なくない。しかし、平均年収は正社員が606万円なのに対し、期間雇用社員は227万円。諸手当や休暇制度にも違いがある(左表)。

こうした格差の根拠について、日本郵政は「業務の内容とそれに伴う責任の程度が違う」等と説明。更に、「勤続年数が長く、評価の高い期間雇用社員の中には年収300万円を超える者もおり、単純に年収だけを比較することは難しい」とする。これに対し、東京の配達員で期間雇用社員の浅川喜義さん(44)は反論する。「僕が勤務する局では、年賀はがき等の販売ノルマ(指標)が非正規・正規の区別無く割り振られます」。社内では、自腹を切ってこうしたノルマを達成することを“自爆営業”と言う。数年前、浅川さんの年賀はがきのノルマは7000枚だった。配達の途中に飛び込みで営業をかけて何とか達成したが、中には外回りができない内勤なのに1000枚単位のノルマを課されたり、雇い止めの不安等から“自爆”したりする期間雇用社員もいたという。入社以来、企業との大口契約も複数件成約させてきた浅川さんは、社内で“特約の匠”という称号を贈られたこともある局内屈指の営業マンだ。正社員がこの称号を得ると業績手当が支給されるが、期間雇用社員はゼロ。“見返り”が無くても彼が頑張るのは、営業が苦にならない生来の性格もあるが、「将来は正社員になりたい」との希望があるからだ。「『期間雇用社員の役割は補助的』と会社は言うけど、正社員を目指すからには、正社員以上に苛烈な営業を続けるしかありません」。別の期間雇用社員は、「トラブル発生時の対応においても、責任の重さは正社員と変わらない」と証言する。「『ケータイ料金の請求書が届かない』という苦情を受けた時は、客の自宅まで出向き、『今後は事前に電話をしてから投函するので、様子を見てほしい』とお願いしました。結局、家人の1人が金額を知られたくなくて抜き取っていたことがわかりましたが、この間の謝罪や交渉は僕1人で行いました」。仕事の質も、量も、責任も、実績も正社員と変わらないのに、待遇格差が酷過ぎる――。期間雇用社員たちは口を揃えてそう訴える。

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テーマ : 派遣労働
ジャンル : 政治・経済

【異論のススメ】(10) 18歳選挙権と民主主義、“主権者教育”という前に

昨年は安保法制を巡って、国会の内外でも、またメディアにおいても、“民主主義”“憲法”“国民主権”といった言葉が飛び交った。今年は投票権年齢の引き下げがあり、憲法公布70年に当たり、また、場合に依っては次の参院選で憲法改正が論議される可能性もある。憲法や民主主義といった概念が再び焦点になるだろう。おまけに、“主権者教育”等と言われている。特に、「若者に政治意識や社会的関心を植え付けよう」という。私など、つい笑ってしまう。微笑ではなく苦笑である。「主権者を教育する」――。一体誰が? どのように? 総務省辺りが打ち出しているようだが、官庁の主導で“主権者”が教育されるというのも情けないものであろう。戦争が終わって、GHQの占領下で与えられた国民主権は、70年経っても未だにその自覚も定まらないようである。戦後、我々は民主主義や国民主権、それに憲法といった概念を既に目の前にある自明のものと思ってきた。“民主主義”と言えば、誰もわかったような気になってきた。しかし、民主主義も国民主権も憲法も、実は大変わかり難い概念である。主権者教育と言うなら、「抑々、民主主義とは何か? 主権とは何か?」といったことを先ずはじっくりと考えてみてはどうであろうか。

今から丁度100年前、1916年の雑誌『中央公論』の1月号に、吉野作造が『憲政の本義を説いて其有終の美を済すの途を論ず』と題する論文を発表した。これは、日本の民主主義の思想的な記念塔とされ、斯くて吉野は大正デモクラシーの立役者と見做されることになる。この論文は、日本における立憲思想の養成を目的として国民を啓蒙しようとしたものであって、まさに当時の“主権者教育”の如きものであった。吉野は、“民主主義”とは言わずに“民本主義”と言う。それを差して屡々、当時の日本は天皇主権国家であった為に、民主主義という言葉を使用できず、止むを得ず吉野は民本主義と呼んだと言われる。そういう解釈はあり得るとは思うが、それではこの論文の大事な点を見落としてしまう。吉野は、「飽く迄も民主主義と民本主義は違う」と言うのである。「民主主義では国民が主権者である。しかし、民本主義はそこまでは言わない。大事なことは、『政治とは国民の利福と意向を目的にして行われる』という一点であって、この人民の為の政治を民本主義と言うのだ。主権がどこにあるかはそれほど重要ではなく、君主政であれ民主政であれ、主権者は人民の利益や福祉の為の政治を行わねばならない」と彼は言う。だから、日本のように天皇主権であっても、イギリスのように君主主権であっても、民本主義はあり得る。国民が主権者の政治ではなく、国民を本位とする政治なのである。

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テーマ : 選挙
ジャンル : 政治・経済

【私のルールブック】(36) ダメなものはダメ、それが優しさでもある

私は毎朝、凡そ4時から5時の間に起床している。で、何となくテレビを点けながら、諸々の原稿書きの為にパソコンと向き合うのだが、つくづく「毎日、色んなことが起こるんだな~」って…。とある人気の女性タレントさんが、とある人気バンドのボーカルさんと不倫疑惑でどうのこうのと…。まあ、皆さんご存知ですよね。ただ、私は芸能人同士の惚れた・腫れたやゴシップには一切興味が無いので、「へぇ~」程度に聞き流していました。とは言え、不倫となると勿論褒められたことではなく、「あ~あ」だったり「もったいないな~」といった印象。そんなことよりも、私がこの手の話題が取り上げられた際に最も気になるのが、司会の方なりコメンテーターの方が、時に遠回しに、時に咋に擁護に回ることなのです。そりゃあね、気持ちはわからなくないですよ。同業者ですし、共演したこともあるんでしょうから。でもね、擁護するということは、即ち不倫を肯定することにもなりかねない訳で、「それって、テレビに出る立場の人間としてどうなのよ」って…。

“テレビ離れ”が叫ばれる世の中ですが、それでもテレビの影響力は多大な訳で、何より、不倫を肯定するということは、最たる被害者である奥様の気持ちを踏み躙ることになる訳ですから。叩かれている人を守る行為は、一見優しさに溢れているように映る。しかし私は、同業者だからこそ擁護するのではなく、「ダメなものはダメ」と言うことに依って、逆に余所からのバッシングを防いであげたほうがよっぽど優しいんじゃないかってね。だって、誰だって間違いはありますから。でも、大の大人が間違いを犯した時に、「人間なんだから仕方ないよ」で済ませては筋が通らない。それこそ、「こんなところで同業者で凭れ合っていて何になるのか?」と…。とは言え、刑事事件を起こした訳ではないですから。飽く迄もモラルの範疇の問題であって…。と言いながら、相応の痛みは伴うと思われます。だって、こんなご時世ですからね。ミスが許されない世の中とでも申しましょうか、羽目すら外せない昨今とでも言いましょうか…。

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テーマ : 俳優・男優
ジャンル : 映画

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