【中外時評】 1986年の革命と刷新――そして変わった南シナ海

『“Lサイン” 歓喜の無血入城』――。現地のムードを、本紙はこんな見出しで伝えた。1986年2月25日。フィリピンで長く独裁体制を敷いていたマルコス大統領が、民主化運動に依って国外脱出へ追い込まれた時のことだ。“闘い”を意味するタガログ語“ラバン”の頭文字を親指と人差し指で示したのがLサインだ。輝くような表情の市民たちがLサインを掲げてマラカニアン宮殿(大統領官邸)に押し寄せた光景は、30年後の今も記憶に残る。“ピープルパワー革命”と呼ばれるこの政変は、フィリピンの外にも波紋を広げた。権威主義的な体制の国・地域が多い東アジアに、漸く民主主義の時代が来たのでは――。そんな思いを抱いた人は少なくなかった。

実際、その熱気が各地に飛び火した印象は強い。1988年、韓国が軍政から民政へ移行した。ビルマ(現在のミャンマー)では、四半世紀に及んでいたネウィン政権が退陣に追い込まれた。翌年、中国で民主化運動が高まり、国民党が統治していた台湾では野党の民主進歩党が合法政党として正式に認められた。1990年には、60年に及ぶモンゴルの一党独裁体制が幕を閉じた。周知の通り、ミャンマーや中国では民主化運動が曲折や挫折を余儀なくされた。北朝鮮のように、民主化の機運さえ窺えなかった国もある。それでも、東アジアの政治の潮流が1986年に大きく転換したのは否めない。この年にはもう1つ、東アジアの針路に深い影響を齎すことになる出来事が起きた。ベトナムが“ドイモイ(刷新)”と呼ばれる政策を打ち出したのである。最大の柱は、計画経済から市場原理を生かした経済運営への大転換だった。ソビエト連邦に傾いていた外交・安全保障政策の調整も、ここから本格化していった。共産党の一党独裁体制が揺らいだ訳ではない。寧ろ、共産党政権が生き延びようとした取り組みだった。けれど、1991年のカンボジアの内戦の終結や、1995年のベトナムの『東南アジア諸国連合(ASEAN)』への加盟は、ドイモイを抜きにしては考えられない。10ヵ国からなる今のASEANは、ドイモイの延長線上に生まれたとも言える。

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ジャンル : 政治・経済

【日曜に想う】 税の行方、ヒツジたちの沈黙

「納税に感謝します。あなたが昨年支払った税金2万オーストラリアドル(約160万円)の使途は次の通りです。福祉 7356豪ドル、防衛 1642豪ドル、教育 1636豪ドル。国の借金はいま3200億豪ドルです。前年は2570億豪ドルでした」――。オーストラリアの納税者には年1回、政府から税金受取証が送られる。1豪ドルは約80円。納めた税が何に使われたか一覧できる。自分が防衛費や教育費をいくら負担したかわかれば、国政への関心も高まるだろう。ところが、同国最大の都市・シドニーで聞いてみると、地元では腰が抜けるほど不評だった。「紙と印刷費の無駄」「福祉を切る言い訳」「もう廃止を」――。シドニー大学で税法を教えるマイケル・ダーキス教授(58)に依ると、受取証が導入されたのは2年前、自由党のアボット前内閣の時だ。減税の旗を掲げ、6年ぶりに労働党から政権を奪ったが、公約を実現できずにいた。「歳出の透明性を高める」と受取証を発行したが、納税者には見え見えだった。「減税できないのを、労働党の残した財政赤字のせいにしている」。責任転嫁と受け止められた。地元の税理士であるゲーリー・タミネロさん(58)は、「人々は日頃、税金の高さに不満を募らせているので、新税や増税の話には敏感です」。富裕層は所得の半分を税に取られ、一般層は3分の1を納める。日本の消費税に当たる物品サービス税を引き上げる案には、世論の8割が反対する。タンポンの着ぐるみに身を包んだ女性たちが「生理用品を非課税に」とデモに繰り出す。

そんなオーストラリアの納税者たちが今、熱心に応援するのは、『Amazon』や『Google』等のアメリカ系企業に対する課税強化だ。国外に税法上の拠点を散らす手口が発覚したからだ。イギリスでは、同じ方法で法人税を回避した『スターバックス』に抗議して、市民が店を取り囲んだりした。我が従順なる納税者意識と比べると、まるで別世界である。ヨーロッパの人々が憤るあくどい節税を知っても、スタバを取り囲んだりしない。5%から8%への消費増税に際して、反対デモの火が各地で燃え広がることもなかった。私たちは鈍感なのだろうか? 「鈍感です。日本では、納税者の8割が給与所得者で納税者意識が乏しい。記者も同じ。ご自身も昨年の納税額をご存じないのでは?」。痛いところを突くのは、東京都の税理士・青木丈さん(43)。昨春、税法学者らと共に『民間税制調査会』の立ち上げに加わった。「国際的に見て問題なのは年末調整ですね。所定の用紙に名前や控除を書くだけで納税作業が終わる。日本人の多くは、税務署との接触が無い。持つべき健全な痛税感が育ちません」。言われて思い当たることがある。私たちは、小選挙区制の欠陥を一通りは理解している。投票率が情けないほど低いものの、一票の格差に憤りもする。なのに、税金のこととなると、総じてもの言わぬヒツジになりがちだ。納めた税の行方を追わない。年毎の税制変更に関心を寄せない。一部企業に恩恵が偏る租税特別措置の実態も知らない。有権者としては二流、納税者としては三流の国なのだろうか。

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テーマ : 税金
ジャンル : 政治・経済

【シャープの選択】(01) 薄氷の“全会一致”

日本のものづくりを象徴する大手家電の一角である『シャープ』を、台湾企業と日本政府系のファンドが奪い合う構図となった今回の買収劇。何故、シャープは『鴻海精密工業』を支援先に選んだのか。舞台裏を探る。

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「全会一致でした」。今月25日夕、シャープ東京支社。社長の髙橋興三は報道陣に対して言葉少なに語ると、その場を後にした。前日24日の最終協議では、全会一致の決議とは全く異なる景色が広がっていた。髙橋らシャープ生え抜きや、『産業革新機構』を所管する経済産業省出身の取締役らが強く機構案を推した。関係者に依ると、その数は全取締役13人中、5人に上っていた。「先祖返りは許されない」。5人は、鴻海案が経営危機の引き金となった液晶等のパネル事業に再び積極的な投資を行うとしている点を激しく非難した。ただ、態度不明の1人を除き、鴻海案を支持する取締役7人の態度は変わらなかった。このままでは議決は割れる。「真っ二つの採決結果では、今後の再建に不安と誤解を与えかねない」。議長の水鳴繁光ら生え抜きの取締役から不安の声が上がった。シャープでは、採決を全会一致とする“伝統”がある。鴻海への賛成姿勢を表明している社外取締役らが引き揚げた後、残るメンバーで極秘裏に会談が持たれた。全会一致に向けた調整がなされ、深夜の東京支社で、どんな結果になっても過半数の支持を得た案を全会一致として議決することが決まった。“全会一致”は、実は薄氷の結着だった。そしてその裏では、鴻海・産業革新機構・主力取引銀行に依る水面下での熾烈な駆け引きが繰り広げられた。「機構案を採用した場合、本当に主力行の金融支援を取り付けることができるのか?」。何れの陣営に入るかを決める24日午後の全取締役に依る最終協議。機構か鴻海か態度を決めかねていた取締役を中心に、金融支援の実現性を確かめる質問が集中した。機構案は、『みずほ銀行』『三菱東京UFJ銀行』の両行に事実上の債権放棄を含む最大3500億円の金融支援を前提としている。ここが確約されないと機構案には賛成できない。ただ、機構案を支持していた社長の髙橋興三は、「応じないとは聞いておりません」としか答えられなかった。この時点に及んでも、銀行側が間違いなく債権放棄等に応じると確認できていなかった為だ。銀行は、負担の発生する機構案を嫌がっていた。

機構も手を拱いていた訳ではない。言質を取るべく、今月19日、会長の志賀俊之(『日産自動車』副会長)と社外取締役の三村明夫(『新日鉄住金』相談役名誉会長)の大物2人が、『みずほフィナンシャルグループ』社長の佐藤康博との会談に臨んだ。「一度は金融支援に合意した筈だ」と迫る志賀に対し、佐藤は「今の段階では明言できない」と突き放した。佐藤と親しい三村が「産業再編を進める良い機会だ」と向けても、佐藤は「機構案には事業計画が無く、検討できない」と躱し、会談はすれ違いに終わった。佐藤は、言質を与えて鴻海優位が揺らぐことを警戒した。既に、鴻海派固めに向けた水面下の銀行側の動きは進んでいた。「懸念された金額の引き下げはありませんでした。もう鴻海でいいですね?」。シャープ役員が台湾を訪れ、鴻海との交渉を終えた今月中旬、両行の審査担当役員が髙橋を取り囲み、鴻海案への賛成を迫る場面もあった。シャープには、両行から送り込まれた取締役も2人いる。出身行の意向を踏まえ、「切り崩し工作を展開していた」(シャープ関係者)との証言も多い。非公式の面談の場を設けて機構案を採用した場合、再建の前提となる金融支援に協力しない可能性をちらつかせ、鴻海案への賛成を追ったという。「出向ではなく、うちとは切れている人たちですから」。三菱東京UFJ銀行の幹部は事も無げに話す。だが、「2人が出身行の影響下にある」との見方は根強い。銀行の発言力は違約金の額にも表れている。今月上旬、シャープは条件を守らなかった場合の違約金として、「実は2000億円を求めていた」(幹部)。鴻海幹部にあっさりと半額まで値切られてしまったのも、鴻海との話を早期に纏めたい銀行団の「十分多額だ。贅沢を言っていられる場合じゃない」との主張が丸呑みされた。「銀行は表向き公平な態度でも、その実、強い立場から鴻海案を迫っていた。力の乱用だ」。25日夕、機構関係者は吐き捨てるように言った。ただ、この敗北は戦略ミスに依る必然の結果でもあった。 《敬称略》


≡読売新聞 2016年2月26日付掲載≡
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テーマ : 経済・社会
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『シャープ』を崩壊させた4人の男たち――債務7500億円・リストラ3000人、“世界の亀山モデル”は何故崩壊したのか?

『シャープ』が喘いでいる。再建の目途は全く立たず、身売り話が絶えない。家族経営の会社としてスタートし、一事は売上高3兆円を叩き出すまでに成長した日本を代表する企業に何が起こったのか。歴代社長を支えた側近の生々しい証言で明かされる蹉跌と転落の歴史。 (取材・文/ノンフィクション作家 立石泰則)

20160227 10
1月11日、日本経済新聞朝刊1面トップに、こんな見出しが躍った。『シャープ再建、国主導で 革新機構、2000億円出資』。シャープが官民ファンドの『産業革新機構』と協議している経営再建案の概要を伝えるもので、機構は過半数の株取得を目指しており、その出資額は2000億円規模の見通しだという。別の報道では、「台湾の“鴻海精密工業”が7000億円でシャープを買収し、M&Aを仕掛ける」とも伝えられた。昨年9月末の時点で、シャープの有利子負債は約7500億円に達しており、3000人規模のリストラも行ったが、依然として経営危機を脱する見通しは立っておらず、身売り話ばかりが先行する状況だ。それに対し、当事者のシャープは曖昧なプレスリリースを発表するだけだ。「当社液晶事業の分社化や産業革新機構による当社への出資並びに主力取引銀行への金融支援の要請などに関する報道がありましたが、これらは当社の発表に基づくものではありません。当社は現在、経営再建に向けて、液晶事業の構造改革などについて複数社と協議を継続しておりますが、現時点で決定した事実はありません」。ある金融記者は、同社の髙橋興三社長の最近の様子をこう語る。「今のシャープは“俎板の上の鯉”で、会社としても社長としてもできることは何も無い。元々、当事者能力はゼロの髙橋さんでしたが、することが無いのですっきりした表情でした。寧ろ、前よりも元気がいいくらい」。経営危機に陥っている会社のトップの姿とは信じられないが、一体シャープで何が起こっているのか。

ある中堅社員は、筆者の取材にこう漏らした。「決められないのは、シャープという会社のカルチャーという気もします」。この言葉の意味を理解するには、シャープの歴史を繙く必要がある。シャープの創業者である早川徳次氏が金属加工業の会社を創業したのは1912年。ベルトのバックルやシャープペンシル等のヒット商品で成功したが、関東大震災で家族と工場を失い、早川氏は再起を期して大阪へ移る。そこで出会った“孤児”が、後に2代目社長となる佐伯旭氏だ。早川氏に引き取られて入社した佐伯氏は仕事に励み、僅か29歳の若さで取締役に、1970年には社長に就任。以降、佐伯氏は社長を16年務め上げ、“佐伯時代”を築き上げることになる。佐伯氏は若い技術者の進言を取り入れて、コンピュータや半導体等といった将来性のある分野に積極的に投資。更に、社長直轄の“緊急プロジェクト”を立ち上げる。これは、横断的な連携が必要な緊急のテーマに関して、全社から最適な人材を集めたプロジェクトで、後に電子手帳の『ザウルス』等のヒット商品が生まれている。また緊プロでは、プロジェクトを通して人材育成の効果も表れた。“同じ釜の飯”を食った彼らの間には同志的な結び付きも生まれ、3代目社長となる辻晴雄氏や4代目社長となる町田勝彦氏(上段右写真)といった人材も育っていった。佐伯氏は1986年に会長へと退くが、その存在感が希薄になることはなかった。佐伯氏の女婿の町田氏が社長時代、同じ敷地に住む佐伯氏の下を訪ねて経営について話し合うのが常だったという。シャープという会社の本質は“家族経営”なのである。実は、この家族経営故の限界が、今日のシャープの苦境へと繋がっているのだ。創業者の早川氏は、こんな経営理念を残している。「いたずらに規模のみを追わず、誠意と独自の技術をもって広く世界の文化と福祉の向上に貢献する」――。「規模のみを追わず」の意味するところは、身の丈に合った経営に他ならない。

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テーマ : 経済・社会
ジャンル : ニュース

【政治の現場・参院選の焦点】(02) 合区救済、業界票頼み

20160227 08
“最後の清流”と言われる四万十川の下流に程近い高知県四万十市内のJA支所に今月18日、参院選比例選に出馬する前高知県議の中西哲(64)が訪れた。「徳島との合区のせいで比例選に回ります。高知の自民党代表は私1人ですんで、宜しくお願いします」。特産の柚子の出荷に追われる選果場にも足を運び、中西は「お仕事中すみません」と頭を下げながら、箱詰め作業に勤しむ女性らと握手して回った。夏の参院選で“徳島・高知”“鳥取・島根”は選挙区を統合する合区となり、選挙区から候補者を出せない自民党高知県連は、中西を比例に転じさせた。タレント候補のような知名度もなく、業界団体の組織内候補でもない中西が、全国から票を集めるのは至難の業だ。活動は自ずと高知が中心になる。2001年の比例選から、党毎に候補者名の票が多い順に当選が決まる“非拘束名簿式”が導入された。地元票だけでは当選ラインに届かない為、党本部は“苦肉の策”を打ち出した。合区で選挙区候補が不在となる高知・鳥取の“比例救済候補”に、有力支持団体の組織票の一部を回してもらい、票の積み上げを図る作戦だ。2013年比例選の自民党当選者のうち、最少得票は7万7173票だった。『全国農業者農政運動組織連盟(農政連)』や『全国郵便局長会(全特)』等に四国・中国の票の振り分けを要請し、地元票と合わせれば、当選ラインを上回る15万票以上を獲得できると見込む。だが、現場は計画通りに進んでいない。農政連の徳島・愛媛・島根・香川の各県組織は、党本部からの要請を余所に、組織内候補である『JAかみましき』(熊本県)組合長の藤木真也(49)の推薦を決めた。前回選では33万8485票を集めて組織内候補を当選させた農政連だが、安倍内閣が進める農協改革や『環太平洋経済連携協定(TPP)』参加への組合員の反発は強い。藤木の戦いも楽観視できない。中西の地元の高知県農協農政会議でさえ態度を保留し、同会議幹部は「仮に中西を推薦するとしても、その時は藤木にも推薦を出す」と語る。中西は今、飽く迄も“知人の紹介”という形で県内の農家を回っている。

団体の組織内候補は本来、当選後に業界の利益を代弁することが期待されている。全特の組織内候補である前『日本郵便』近畿支社長の徳茂雅之(53)は今月9日、国会内に伊達忠一ら参議院幹部を訪ね、強気の目標を掲げた。「2013年参院選の拓植芳文氏の得票を上回るよう頑張ります」。同じ全特候補だった拓植は前回選で、自民党トップの42万9002票を獲得した。幹部の1人が中西らへの支援状況を聞くと、同席した全特の大沢誠会長は「正直なところ、回せる票は(中国・四国地方の)50%程度かもしれない」と率直に言った。「100%になるよう努力はします」と大沢が付け加えると、伊達は「無理を言って申し訳ない。耐えて、耐え忍んでほしい」と頭を下げた。全特の地方組織では、「郵政に関係ない候補者を何故支援するのか」と戸惑いが広がる。中西陣営は止む無く、『日本歯科医師連盟』の地方組織や高齢者福祉団体等、今回は組織内候補を出さない団体に手を伸ばし始めた。高知県内30団体に推薦依頼を出す。ただ、自民党の組織票も嘗てほど盤石ではない。低成長時代に入り、利益配分型の政治は次第に機能しなくなった。安倍内閣が進める規制改革は、業界団体の目には既得権益を奪う政策に映る。非拘束名簿式の導入後、2001年参院選で約619万だった自民党の候補者名票は、2010年参院選では341万票、大勝した2013年でも438万票に留まり、集票力の低下が窺われる。自民党幹部は、図らずも変則的になった今回の比例選をこう見る。「党本部が示した救済策をどれだけ徹底できるかが、組織の底力を測るバロメーターになる」 《敬称略》


≡読売新聞 2016年2月26日付掲載≡
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【経済の現場2016・マネー迷走】(06) ヨーロッパにデフレの影

20160227 07
債務危機のギリシャを抱えたヨーロッパ経済。一部の国では、物価が下落し続ける“デフレ”への懸念が浮上している。難民問題や『ドイツ銀行』の信用不安が追い打ちをかけ、厳しい状況が続く。アテネ郊外のパティシア地区。低所得者層や移民が暮らす安アパート街だ。通りの建物には、スプレーの落書きと「貸します」という貼り紙が目立つ。教会に面した通りにはカフェや食堂が並ぶが、10軒のうち5軒が閉店していた。「半年で4軒が店を閉じた。うちも来月で休業するわ」。パン屋の女性店員(43)は溜め息を吐いた。店では、30㎝大のパンを1斤50セント(約60円)で売る。「パンを買う為、客は小銭をかき集めて来るの」。レジには10セント硬貨がぎっしりと詰まっていた。ツケ払いの客も増えたという。預金の引き出し制限等の資本規制は続き、失業率は約25%と高止まりしている。家電店を営む男性(45)は、「資本規制のせいで、トルコの取引先への送金ができなくなった。客足も遠のくばかりだ」と話す。ギリシャの昨年10~12月期の国内総生産(GDP)成長率はマイナス0.6%で、2四半期連続のマイナス成長だ。今月中旬には、農家に依る大規模なデモがアテネで行われた。『ヨーロッパ連合(EU)』から金融支援を受ける為に、ギリシャ政府が進める緊縮財政策に抗議し、一部は警官隊と衝突した。国民の不満は根強い。中東等からの難民問題も影を落とす。国連に依ると、昨年1年間でヨーロッパに到着した難民は約100万人。8割以上がギリシャから上陸した。『ギリシャ中央銀行』のストゥルナラス総裁は、「ギリシャが負担する難民の受け入れ費用は、2016年にはGDPの0.3~0.4%に上る」と危機感を示す。財政事情は更に厳しくなる。問題の余波は、ヨーロッパ最大の経済国・ドイツに及ぶ。難民に依る犯罪が増え、難民に寛容だったメルケル首相に国内から批判が強まっている。首相退陣が現実味を帯びてきた。南欧のスペインは、昨年10~12月期のGDP成長率が0.8%増(年率換算では3%前後)と一見好調だが、失業率は20%を超え、国民生活は楽ではない。

バルセロナのスーパーで買い物をしていたエバ・コスタさん(23)は、割安な自主企画商品のチーズを買い物籠に入れた。「若い世代、特に女性が仕事を見つけるのは大変。賃金の低い仕事しかない」と嘆く。国際関係の勉強を続けてきたが、コーヒーショップで働いている。『IESEビジネススクール』のハビエル・ディアスヒメネス教授は、“雇用無き景気回復”について「多くのスペイン人が賃金カットを受け入れたこと等が要因だ」と見る。節約志向の広がりで物価が上がらず、デフレに陥りかけている。こうした中でヨーロッパを揺さぶるのが“ドイツ銀行ショック”だ。同行は先月28日、「昨年12月期の連結純利益が約68億ユーロ(約8400億円)の赤字だった」と公表した。更に、「デリバティブと呼ばれる複雑な金融商品を多く抱えている」との見方から、「相場の混乱で損失が拡大する」との懸念が広まった。株価は一時、15ユーロ前後と1年前の半値近くまで下落した。ドイツ銀行はヨーロッパ最大規模の銀行で、経営が揺らげば地元経済への影響は避けられない。「ドイツ銀行の経営は依然として強固だ」。ジョン・クライアン共同CEOは今月9日、行員向けに異例のメッセージを出して沈静化に躍起だが、経営不安は燻る。今月15日。『ヨーロッパ中央銀行(ECB)』のドラギ総裁はヨーロッパ議会で、「我々は行動することを躊躇わない」と述べ、来月10日の理事会で追加の金融緩和に踏み切る考えを示唆した。ECBが民間銀行から受け入れた預金への適用金利はマイナス0.3%。市場では、「マイナス幅を0.4~0.5%に拡充する」との予想が広がる。だが、ECB内も一枚岩とは言い難い。『イタリア中央銀行』の元総裁で『ゴールドマンサックス』の幹部も務めたドラギ氏は、“市場との対話”を意識した柔軟な姿勢が持ち味だ。一方で、ECBでは最大の出資者であるドイツの発言力が大きい。第1次世界大戦後にハイパーインフレを経験したドイツは、伝統的に金融緩和には慎重だ。内部には「マイナス金利の幅を広げ過ぎると、金融緩和からの脱却が一段と難しくなる」と、ドラギ流に疑間を呈する声があるという。イギリスのEU離脱問題が浮上する等、ヨーロッパの不安材料は目白押しだ。ギリシャのような危機が再燃しないか――。世界の投資家がヨーロッパの動向を注視し始めた。


≡読売新聞 2016年2月24日付掲載≡


テーマ : 経済・社会
ジャンル : ニュース

アウトサイダー優位のアメリカ大統領予備選、背後にある民意とは――リーマンショックの8年間への怒りと“9.11からイラク戦争の時代”への拒否反応

20160227 05
今月1日のアイオワ州党員集会に始まった大統領予備選は、9日のニューハンプシャー予備選、20日のネバダ州党員集会(民主党)・サウスカロライナ州予備選(共和党)、23日のネバダ州党員集会(共和党)が既に終了した。民主党では、ヒラリー・クリントン候補が1位→2位→1位と優勢だが、得票率では常にライバルのバーニー・サンダース候補に猛追を受けている。サンダース候補は多額の個人献金を集めており、8年前の“オバマ対ヒラリー”の予備選のような“長期戦”に持ち込む構えだ。一方の共和党では、ドナルド・トランプ候補の勢いが止まらない。当初は一種のタレント候補として早期に失速すると思われた同候補だが、緒戦のアイオワで2位だった後は3連勝しており、ネバダ州では45.6%の得票率を獲得して“地滑り的(ランドスライド)勝利”という形容もされている。また、父と兄に続いてホワイトハウスを狙っていたジェブ・ブッシュ氏(前フロリダ州知事)は、サウスカロライナ州での惨敗を最後に選挙戦から撤退した。共和党では、独走するトランプ候補をマルコ・ルビオ候補とテッド・クルーズ候補が追うという展開で、選挙戦としては、この3名に絞られてきた。これは、昨年の時点で多くのアナリストが予想した選挙戦とは全く違う構図となっている。現時点の選挙戦を一言で形容するなら、“民主党のサンダースvs共和党のトランプ”という“アウトサイダー”の勢いが止まらないということだ。実業家でテレビタレントのトランプは完全なアウトサイダーだが、上院議員のサンダースも“民主的な社会主義者”を自称しており、極端なリベラル政策を掲げて“ワシントンとウォール街のエスタブリッシュメント”を敵視する姿勢はアウトサイダーに他ならない。その一方で、民主党のヒラリー・クリントンや共和党の上院議員・知事経験者等は、序盤戦を通じて苦戦が続いている。こうした動きに対して、昨年末までは様々な解説がされていた。「サンダースの躍進は、ヒラリーの一連の“メール疑惑”や“ベンガジ疑惑”等の反動である」とか、「トランプへの支持は、本命視されていたジェブ・ブッシュ候補の“弱々しさ”等、他候補のほうに問題があるから」という具合だ。そんな中、「いくら世論調査の支持率が高くても、本番の党員集会や予備選では、こうした“アウトサイダー”への支持は限られるのではないか」というような見方もあった。だが、実際の結果はそうした予測を裏切るものだった。

アナリストたちの中には、「これから南部へ行けばサンダースの勢いは止まるだろう」とか、「カリフォルニア等の大票田になればトランプは勝てないだろう」等という見通しもある。だが、序盤戦の結果については、このようなアウトサイダーの“旋風”が続いている。これは歴然とした事実だ。であるならば、その背景にある民意を読み解かなくてはならない。今、アメリカの有権者の中にある“思い”とは何なのだろうか? 何が、ここまで彼等を“アウトサイダー支持”に走らせているのだろうか? 同じアウトサイダーと言っても、トランプ候補は排外主義的な極右、サンダース候補は格差是正と反戦を叫ぶ極左と、アメリカの対立軸の両極端であるように見える。だが、両者の発言を検証し、そこに寄せられる支持者の思いを見ていくと、2人にはハッキリした2つの共通点があることがわかる。1つは、“リーマンショック以降の8年間”への怒りであり、「その8年間を否定したい」という強い衝動だ。トランプの支持者も、サンダースの支持者もオバマ大統領個人を嫌っているのではないし、「オバマ大統領の政策を全部ひっくり返したい」と思っている訳でもない。だが、このオバマの8年に重なってくる“リーマンショック以降のアメリカの8年”への強い怒りがあり、その怒りが“既成政治家”への強い不信感となっている。確かに、両者の表現は違う。トランプは「偉大なアメリカを取り戻す」という言い方をしているし、サンダースは「格差の是正」を主張している。だが、その根本にあるのは“2008年秋以降の経済の低迷”に依る雇用の不安、そして生活への不安だ。両者の政策は決して練られたものではない。トランプの言う「中国と日本から雇用を奪い返す」というスローガンは、アメリカが高度先端産業にシフトしている中で、経済的な最適解として“国際分業”を行っている現実を考えると、殆どリアリティーは無い。スローガンとして、時代錯誤と言わざるを得ないものだ。とりわけ日本に関しては、現在は主要な産業はアメリカでの現地生産が主流であって、日本経済がアメリカの雇用を脅かしているような構造は薄れており、まさに時代感覚を疑わざるを得ない。だが、自分が嘗て製造業に従事していたり、製造業の栄えていた地域で生活していた中高年に取っては、“リーマンショック後の8年”が暗黒の時代であるならば、それこそアメリカの製造業が繁栄しながら日本と貿易摩擦を繰り広げていた20世紀は“眩しい過去”に見えるのだ。トランプは、そのようなファンタジーを売って見せることで、民意の中にある“怒り”の“捌け口”を提供している。

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テーマ : 国際政治
ジャンル : 政治・経済

アメリカにとって“リベラル”と“保守”とは何か――日本が間口の広い“リベラル”を目指すのであれば、防衛安保はリアルになるべきだ

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アメリカ研究者にとって、“リベラリズム”と“リベラル”は似て非なる概念である。“リベラリズム”とは“自由主義”を指し、大英帝国の専制君主に反旗を翻して独立を勝ち取ったアメリカにとって、まさに国の根幹となる思想である。それは、ヨーロッパの政治的伝統を織りなしてきた3つの思想のうち、“貴族主義”と“社会主義”の2つを否定することを意味する。即ち、「特権階級や巨大政府に依る支配の何れをも拒み、政治的・経済的に独立した自由な市民(デモス)に依る統治を重んじる」ということである。そして、その自由主義の枠の中で、より強固な自由を求めるのがアメリカ流の“保守”であり、政府に依る一定の介入を求めるのがアメリカ流の“リベラル”ということになる。具体的に“保守”とは、

①自由な市場競争を重んじること(=規制緩和・減税・民営化・自由貿易の促進等)
②地域や教会を中心とした自治の伝統を重んじること(=政府主導に依る制度や規範の形成を拒むこと)
③国際社会における自国の行動の自由を重んじること(=国際機関や他国に依ってアメリカの利益を左右されないこと)

の3つを意味する。順に、①経済保守②社会保守③安保保守とも称され、“ティーパーティー(茶会)”・“エヴァンジェリカル(福音派)”・ネオコン等は①~③の中の強硬派として日本でもよく知られている。逆に、“保守”の合わせ鏡である“リベラル”とは、

①政府に依る一定の市場介入を是とすること(=規制や監査&監督・累進課税・公共事業・社会福祉・環境保護・保護貿易への指向性が高いこと)
②社会的な少数派や弱者の権利・支援を是とすること(=積極的な差別是正措置の推進等)
③国際社会や他国との協調を是とすること(=対話や交渉を重んじること)

の3つを意味する。繰り返すが、これらの違いは、ヨーロッパの政治的伝統からすれば、飽く迄も“自由主義”の枠の中での“右”と“左”の違い、謂わば“コーク”か“ペプシ”の違いに過ぎない。

20160227 03
“リベラル”の根底にあるのは、「自由は尊いが、自由放任主義は人々を却って不自由にしてしまう。それ故に、公権力に依る一定の介入は認められる」とする考え方である。それは、“保守”の側からすれば「そうした介入は公権力の肥大化を助長し、人々を不自由に陥れる。まさに社会主義であり、極めて非アメリカ的だ」ということになる。実際には、こうした図式に綺麗に整理できない事例や政治家が多いのは確かだが、この対立軸を基本に考えていけば、それなりに理解可能だ。アメリカ政治の現実には幻滅する面も多々あるが、“自由主義”という共通の土俵の上で、“保守”と“リベラル”が如何に言説を支配していくかというゲームそのものは、宛ら生きた哲学の教材に触れているようで面白い。このようなアメリカの政治文化に接していると、「日本の“リベラル”は恐らくアメリカの“リベラル”の中の“左”、所謂“リベラル左派”の立場に近いのでは」という印象を受ける。アメリカにも『アメリカ共産党(CPA)』や『アメリカ社会党(SPA)』は存在するが、規模の点では“政党”というより“サークル”に近く、政治的影響力は皆無に等しい。それ故、社会主義的な指向の持ち主は寧ろ民主党に所属し、その中で発言力や影響力を高めようとする。その割合は民主党内の約3分の1である。今回のアメリカ大統領選の民主党候補の1人であるバーニー・サンダース上院議員(バーモント州選出・右写真)は、自らを“民主社会主義者(democratic socialist)”と公言しており、党内の“リベラル左派”からの支持を集めている。党内の大本命は“リベラル中道派”のヒラリー・クリントン元国務長官だが、党内ではサンダース氏の支持率は軒並み30%を超えている。それ故、クリントン氏としても“リベラル左派”の声は無視する訳にいかず、逆に“リベラル左派”にとっては自らの存在感を示す格好の機会となっている。日本の“リベラル”の大きな特徴の1つは、憲法9条に象徴される反戦・平和主義を重視している点だが、サンダース氏は反戦主義者としても知られる。同氏はまた、巨大金融機関解体・富裕層への大幅増税・選挙資金制度改革・公立大学無償化・脱原発・反TPPの立場を明確にしている。因みにユダヤ系ではあるが、宗教的には不可知論者(神の存在は立証も否定もできないとする者で、全米の約4%を占める)である。

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ジャンル : 政治・経済

【政治の現場・参院選の焦点】(01) 合区候補、「隣県では新人」

今年夏の参院選は、過半数確保を目指す与党と、“安倍1強”に待ったをかけたい野党との一大決戦となる。参院選にかける各党・候補者・団体の動きを追う。

20160226 09
「鳥取県選出の国会議員に、私も加えてもらいたい」。今月7日午前、朝方までの雪で白く染まった鳥取県米子市の街頭に、自民党参議院議員・青木一彦(54)の声が響いた。島根県選挙区の現職である青木は、合区に依り新設される“鳥取・島根”選挙区から出馬する。この日は、同党鳥取県連に依る街頭演説会に駆け付けた。青木は、“参議院のドン”と呼ばれた元官房長官・青木幹雄の長男だ。父から強固な地盤を受け継ぎ、初陣の2010年選挙では圧勝したが、今回は勝手が違う。会場に到着した青木は、演説までの待ち時間を惜しむように聴衆に名刺を配り、握手を繰り返した。鳥取と島根は隣県とは言え、東西の長さは東京-名古屋に匹敵する約260km。距離だけではない。鳥取県連が擁立を決めながら、今回は選挙区の無い竹内功(64)が「明治政府は嘗て両県を合併したが、その間に鳥取は寂れていった」と語るように、両県民には今も蟠りが残る。同様に合区となる“徳島・高知”も事情は同じで、「多くの人が(合区に)合理性を感じていないのでは。近畿に目が向く徳島と、一気に東京に向く高知。県民性も異なる」(徳島県知事の飯泉嘉門)等の声が出ている。“青木ブランド”が通用しない鳥取で名前を売り込む為、青木は年明け以降、地元活動の約8割を鳥取県内に割いて、街頭演説や集会へと走り回った。青木は「自分は鳥取では新人。兎に角、顔を覚えてもらわないと」と焦りを募らせるが、今度は地元の島根から「どうして集会に顔を見せないのか?」との不満の声が上がり始めた。合区での新たな戦いは手探りが続いている。

2013年参院選での自民党は、改選定数121の下で最多となる65議席を獲得した。今回も同様に大勝すれば、1989年以来となる参議院での単独過半数に達する。安倍首相が悲願とする憲法改正の発議に必要な3分の2以上の議席も見えてくる。2~6人区では主要政党が議席を分け合うケースが多いだけに、鍵は鳥取・島根を含め、史上最多の32に増えた1人区が握る。2013年は自民が1人区で29勝(2敗)と圧勝したが、野党候補の乱立に助けられた面もあった。今回は、複数の1人区で野党が候補統一の動きを見せる。鳥取・島根では、無所属で出馬する元消費者庁長官の福島浩彦(59)を民主・社民両党が推薦。新人の遠藤秀和(38)の擁立を決めた日本共産党は、取り下げを検討している。経済面でも成長率や株価に陰りが見え、首相の経済政策“アベノミクス”への風当たりは強まっている。福島は今月6日、松江市で開かれた民主党島根県連大会で、「株価を中心に回る経済ではなく、地域の生活を向上させる経済を作らないといけない」等とアベノミクスを批判した。1人区での不安要素が重なる毎に、自民党内では参院選と次期衆院選を同時に行う同日選(ダブル選)を予測する声が強まる。衆院選との相乗効果が見込める上に、衆院選では野党各党も議席を争う為、1人区で野党を分断できる為だ。自民党鳥取県連が今月7日に開いた幹部会合でも、幹事長の安田優子が「ダブル選の可能性も視野に入れるべきだ」と対応を求めた。首相は“ダブル”に踏み切るのか――。夏に向けて走り出した地方に、期待と不安が交錯している。 《敬称略》


≡読売新聞 2016年2月21日付掲載≡
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【経済の現場2016・マネー迷走】(05) ドル高、アメリカに逆風

20160226 08
イリノイ州イーストピオリア。アメリカを代表する企業で建設機械大手の『キャタピラー』本社に近く、同社の工場やオフィスビルが集中する。女性社員が肩を落とした。「グローバル企業なのに、リストラが続いてびっくり。同僚が辞めるのは残念よ」。キャタピラーは先月末、追加リストラ策を社員に通知した。イーストピオリアでも建設・掘削機械の部品工場が閉鎖され、約3100人の従業員のうち、1割以上が異動か解雇になる。地元商工会議所のリックスワン常任理事は、「取引先も多く、地域に影響が出るのは心配だ」と語る。ドル高・資源安・新興国の減速という三重苦が名門企業に襲いかかる。新興国での建設ラッシュや鉱山開発ブームに乗って売り上げを伸ばしてきたが、昨年10~12月期連結決算で純利益が赤字に転落した。昨年から全世界で約1万人減らしている。ダグ・オーバーへルマン会長兼CEOは、「今年も難しい状況だ」と話す。底は見えない。『Apple』のティム・クックCEOは先月26日、昨年10~12月期決算の記者会見で悔しさを滲ませた。「通貨の変動が無ければ、売上高は50億ドル(約5600億円)多かった筈だ」。2008年の金融危機後、一時は10%に達したアメリカの失業率は4.9%まで低下した。皮肉にも、景気の改善が“ドル高”を齎す。ドルは、主要国の通貨に対して軒並み値上がりしている。この1年で、対レアルで約4割上昇した。対円では、2年前と比べて1割以上のドル高だ。ドル高はアメリカの輸出産業に逆風となる。昨年、アメリカの輸出額が6年ぶりに減少したのは、海外経済の不振に加えて、ドル高の為でもある。現地通貨で販売した商品の収益をドル換算すると目減りする為、決算にも響く。クック氏が嘆く。「1年前に海外で稼いだ100ドルの収入は、今は85ドルにしかならない」。主要国で金融政策の方向が異なるのもドル高の一因だ。『ヨーロッパ中央銀行』や『日本銀行』が金融緩和に動く中で、『アメリカ連邦準備制度理事会(FRB)』は昨年末、景気の過熱を警戒して7年間続けた事実上のゼロ金利政策を止め、利上げに転じた。金利が高い通貨は買われ易いが、マネーの動きは予想を超えた。FRBのイエレン議長は今月の議会証言で、「ドル高がここまで進むとは想定していなかった」と認めた。

不満の矛先はFRBに向かい始めた。共和党のトゥーミー上院議員は、「世界は、一段と過激な金融政策を求める新たな時期に突入した。通貨を安くした国が勝利する“通貨戦争”の最中にある」と危機感を示す。11月のアメリカ大統領選に向けて、為替に関心の低いアメリカの世論にも変化が見られる。共和党指名候補争いでリードする不動産王のドナルド・トランプ氏。集会では、「日本は通貨の価値を下げている。コマツ製を買わせ、キャタピラー製を買えないようにしている」と繰り返す。他国の通貨安を批判し、「強いアメリカを取り戻そう」との訴えが支持を広げている。アメリカの国内総生産(GDP)の約7割は個人消費が占める。昨年の新車販売が過去最高を更新するなど堅調さを示すが、異変の兆しも垣間見える。“セレブ”が高級別荘を構えることで有名なニューヨーク州ハンプトン。ここでは、超高級住宅の価格が値崩れする。業界調査では、特に価格が高い住宅に限れば1年前より20%近く下落した。映画俳優らを顧客に持つ不動産ブローカーのリンダ・ホージェビックさんは、「富裕層は(株等の)金融資産が減り、様子を見ている」と話す。ダウ平均株価(30種)は、昨年半ばにつけた1万8000ドル台から10%弱値下がりした。アメリカでは、10%の株価下落が個人消費の伸び率を0.4ポイント押し下げるとの試算もある。競売大手の『サザビーズ』では、オークションへの出品が減った。美術品部門を率いるエイミー・カペラッソさんは、「美術品は、先行きが見通せない時期ほど買い手が現れる資産だが、売り手が自分の判断に自信を失っているようだ」と話す。小売り世界最大手の『ウォルマートストアーズ』は、アメリカ国内で154店に上る大規模な閉店に踏み切った。FRBは当初、今年中に4回で1%程度の利上げを模索していた。シナリオは早くも修正を追られ、「次の利上げが翌年になる」との予想が出始めた。サマーズ元財務長官は、利上げの時期について「FRBは間違いを犯した」と手厳しい。日本やヨーロッパに比べて堅調と見られていたアメリカの足取りが重くなれば、世界経済は牽引役を失う。市場の動乱は、そうした不安心理を映し出している。


≡読売新聞 2016年2月23日付掲載≡


テーマ : 経済・社会
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