【お寺が足りない!】(上) 人口減で寺院消滅より深刻なのは、お寺が足りない現実なのだ!

人口減少・地方の過疎化は深刻だ。だが一方で、大都市の人口密集地域でも重大な問題が起きている。折しも、昨年12月には大手インターネット通販サイトで、僧侶まで注文できると話題になった。こんな“商売”が世間で大手を振れるのも、人口に比して寺院が少な過ぎるからではないのか?

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『寺院消滅』(日経BP社)というタイトルの本が昨年、一部で話題になった。サブタイトルの「失われる“地方”と“宗教”」の通り、人口減少地域における寺院の厳しい運営実態を中心にルポしたものだ。寺院を取り巻く地方自治体の未来像を“消滅”という言葉でリアルに示したのは、2014年5月の民間研究機関『日本創成会議』の発表だった。本誌でも同年8月号で報じたが、同会議は20歳から39歳の女性の人口動態に注目し、この世代の女性の数が2040年にどうなるかから、各自治体の未来予想を推計した。その結果、2010年と比較して5割以下に減る自治体を“消滅可能性都市”と見做したところ、何と全国の49.8%に及ぶ896市区町村がこれに当たったのだ。しかも、523の市区町村は総人口1万人を割り、「消滅の可能性が高い」自治体だという。まさに、「日本全国が消滅可能性の只中にある」という分析だ。 また、國學院大學の石井研士教授は日本創成会議の発表を受け、消滅可能性都市にある宗教法人数を割り出した。その結果、「今のままでは約35%の宗教法人が消滅する可能性が見えてきた」と試算。最早、一寺院ではどうにもならない問題だけに、どの宗派も対応を求められる。だが、果たして“消滅”だけが問題なのか? 昨年12月7日、成道会の前日に、「12月8日からAmazonで、全国どこでもお坊さんを注文できるようになる」とマスコミが報じたのだ。その商品名は『お坊さん便』。何と、インターネット大手通販の『Amazon』で僧侶を“注文”できるというのだ。見ると、3万5000円で買えるのは“法事法要手配チケット”。その仕組みは、先ずAmazonのサイトで僧侶手配のチケットを購入。その後、業者からメールが来たら、法事法要の希望日時・場所・宗派等を購入者は返信。因みに、“戒名授与手配チケット”(2万円)もある。墓前読経等を希望するなら“3万5000円+法要場所追加1万円”プランだ。購入者の希望に従い、業者は僧侶を手配。その後は、僧侶と購入者の間で直接、連絡を取って実行…という流れである。実は、このサービスをAmazonに出品したのは、インターネットを通じて葬儀の手配や僧侶派遣をしている『みんれび』(東京都)だ。何のことはない。Amazonを利用した事業拡大に他ならない。とは言え、こんな商売が臆面もなく罷り通るのは何故かと言えば、同サイト自体にその答えが明記されている。「菩提寺とのお付き合いがある人はご利用になれません」と。早い話が、菩提寺を持たない人が大勢いるのを前提にした商売なのだ。では何故、菩提寺を持たぬ人が多いのか? その第一は、身近にお寺が無いからではないか。ここにこそ、仏教界に重大な問題がある。今日、葬儀をしない者が増えたり、仏教儀礼を軽視する向きがあるのも、寺院との付き合いが無いからだ。この事態は、お寺だけの責任ではない。日本社会の動態と連動する問題である。

過疎の問題は、政府が目指した戦後の産業構造のせいである。では、その流れの中でお寺の数はどう変化したのか? 下の表をご覧頂きたい。約50年間(昭和37年~平成25年)の都道府県別に見た人口と仏教系の寺院数のデータだ。では、表の総数から見よう。先ず人口変動だ。昭和37(1962)年と比べると、平成25(2013)年の人口は3211万7000人増の1億2729万8000人。約1.3倍となり、人口が増えた都市は28都道府県に上る。この中で、お寺はどうなったのか? お寺の数も人口に比例したのか? 2013年の寺院総数は7万7329ヵ寺。50年間で1764ヵ寺増えた。都道府県で見ると、寺院が増えた都市は33都道府県で、人口増加地域よりも多い。平均すると、1都道府県につき約37ヵ寺増えた。人口変化は約1.3倍だったが、お寺は計算すると1.02倍。お寺は微増した程度なのだろうか? 詳しく見よう。人口を単純に寺院数で割り出したのが、“1ヵ寺当たりの人口”だ。全国平均は、1962年が1ヵ寺につき1259人で、2013年は387人増えて1646人だ。全国平均を1つの基準として、都道府県別に見る。全国平均に近い1000人台は、全体の約3割を占める。中でも、平均に近い1600人台は、群馬県・愛知県・兵庫県・広島県である。しかし、群馬県と愛知県の人口差は約3.7倍。愛知県は、この50年で300万人増えた。それでも近い平均値が出るのは、愛知県がお寺の数も4倍近いからだ。兵庫県も同様で、この50年間で人口は約150万人増えたが、全国で3番目にお寺が多い県だ。他府県に目を転じるとどうか。平均値の半数以下(1ヵ寺当たり800人)もまた3割近く、北陸や近畿地方に集中している。中でも、滋賀県・福井県・島根県は人口密集ならぬ“寺院密集”地域と言える。福井県と言えば、思い出されるのが“幸福度ランキング”で1位の県。同ランキングの2位は富山、3位は石川と、北陸勢が並んだ。お寺の数と幸福度は関係あるのではないかと思えるが、どうだろう。幸せの最適値は、1ヵ寺1000人以下という数字も出る。勿論、お寺からすると、1ヵ寺当たりの人口が少ない県は「支える人が少ない」ということではあるのだが。

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【70億人の宗教トレンド】 チベット自治区成立50周年で、いよいよ徹底される中国共産党統治

正月には相応しからぬ話題かもしれないが、チベットで2009年以降、中国政府の宗教弾圧に抗議して自殺を図ったチベット住民が昨年、140人を超えた。僧侶に依る焼身自殺が多くなっている。実は、昨年がチベット自治区成立50周年であった。即ち、チベットは1951年に中国に編入されたが、1959年に大規模な武装反乱が起こり、鎮圧されて、当時24歳の聖俗両界の最高指導者であるダライ・ラマ14世はインドに亡命。高僧・貴族等、旧支配層の多くもその後を追った。こうして、中国政府に依る支配が確立された1965年、チベットは正式に自治区に位置付けられたのである。自治区成立50周年の動きを中心に、最近のチベットの状況を見ておきたい。

祝賀ムードが演出された記念式典は、昨年9月8日にチベット自治区の区都・ラサで開催された。自治区が成立したのは9月1日。しかし、祝賀式典が開かれたのは7日遅れの8日であった。これには次のような事情が指摘される。中国では9月3日、約30ヵ国の首脳や高官を集めた『反ファシズム戦争勝利70周年記念式典』の軍事パレードが大々的に催された。「世界の注目が集まるこの式典の直前に自治区成立記念行事を実施して、中国のチベット政策に対する欧米からの批判的な視線を殊更招きたくない。万が一、これを機にチベットで大規模な抗議行動でも起これば、折角の国家行事が台無しになる」との配慮からであったと言われる。自治区成立50年を祝う式典では、約2万人の参加者を前に、『全国政治協商会議』の兪正声主席が中国共産党指導部を代表して、「この50年で、チベットは天地がひっくり返るような変化を遂げた」と述べた。チベットの財政の95%を中央が負担し、住民の収入は毎年10%以上ずつ伸びたという。「今後も成長政策に力を注ぐ」としつつ、ダライ・ラマ14世との対決を強調し、「ダライ集団に依る分裂活動を挫き、チベットは持続的な安定を保つ新段階に入った」と述べた。信仰の自由については「充分、尊重されている」としながら、「中華民族としての共同体意識を発展させる」と述べている。兪主席はまた、チベットを“国の安全を守る重要な障壁”と位置付け、安全保障戦略上も重視していく姿勢を示した。兪主席の発言に、政府側の意思は明らかである。

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【タブー全開!政界斬鉄剣】(24) 小泉純一郎元総理は、永田町でも有名な“下ネタ大王”だった!

――ここ最近の政界は、前衆議院議員の宮崎謙介氏に依るしょうもないスキャンダルで大騒ぎだった。
池田「確かに、どうしようもない失態でした。テレビでは『政治家の質が下がっている』なんてコメントを多く聞きましたが、そういう話ではありません」

――違うの?
池田「国会議員の下半身事情に関しては、昔から酷いものでしたから。今に始まったことではありません」

――例えば、有名どころでは?
池田「総理になる前の小泉純一郎さんは、“下ネタ大王”みたいな人でした。例えば、派閥の会合でも、態々誰かの話を遮ってまで前日に抱いた女性の話をしたり、突然、『あ~、チ○ポ痛ぇなぁ』と発言したり。周囲は常にドン引きでしたね」

――サラリと爆弾エピソードだ!
池田「宇野宗佑元総理だって、神楽坂の芸者に『30万円で愛人にならないか?』と持ちかけ、キレられて暴露される事件がありました。自民党の山崎拓元幹事長も、料亭のお座敷で彼がうっかり鞄を落としたことがあったんですが、その時、鞄の中からバイブやローターがゾロゾロと零れ出ちゃった(笑)」

――スクープ連発じゃないか!
池田「野党でも、民主党・細野豪志さんの“路チュー”や大阪市・橋下徹前市長の“制服プレイ”等。幾らでもあります。ただ、彼らが宮崎氏と違うのは、異性スキャンダル発覚後も配偶者や支持者をちゃんと説得して、議員辞職等せず、飽く迄もプライベートの問題として対処したことです。支持者や自分の奥さんや恋愛相手くらい納得させられない器量では、混迷を極める国際情勢や、複雑に利害が入り組む国内政治に対応できる訳がないのです」

――単に、宮崎氏が小粒な政治家だってことか。
池田「そうですね。でも、それは宮崎氏に限ったことではありません。小選挙区制になって、各党が公募で議員を集めるようになって以降、殆ど全ての党の議員が小粒なのです。中途半端に高学歴で、ちょっと作文してちょっと面接したら公認が貰えちゃう。小選挙区制なので、党にちょっと風が吹けば当選しちゃう。大学生が一般企業に入社するようなノリで国会議員になれちゃって、真面な人材が輩出される訳がないのです」

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【カオスを飲み干せ!挑発的ニッポン革命計画】(52) 若年層に支持されるバーニー・サンダースに“ビーフ”はあるか?

アメリカ大統領選候補者選びの序盤戦は、民主党のヒラリー・クリントン前国務長官とバーニー・サンダース上院議員が大接戦を演じています。現在、74歳のサンダースの政治的立ち位置は、アメリカ社会の中央値から見れば“急進的左派”。そんな候補が大本命のヒラリーに肉迫しているのは、想定外と言ってもいいでしょう。“民主社会主義者”を標榜するサンダースの主張は、極めて革新的です。国民皆保険制度の導入・所得格差是正・TPP反対・海外アウトソーシング反対・公立大学の授業料無料化・より進歩的な税制の実施・二酸化炭素(CO2)排出削減・LGBTの権利拡大…。とても“魅力的”なものばかりです。

サンダースを熱烈に支持するのは、1980年代から2000年代初頭に生まれた“ミレニアル世代”。旧ソビエト連邦や毛沢東時代の中国を知らない彼らは、社会主義に対する考え方が大人世代とは大きく違います。これは、日本の『SEALDs』にも通じる傾向かもしれませんが、かなり強烈な左翼的言説に対しても拒絶反応が無い。寧ろ、現実的に“真ん中稍左付近”を取ろうとしている進歩派に対してさえ、「何を甘っちょろいこと言ってんだ!」「もっとドラスティックに!」と変化を求めてしまう。応援活動も強烈で、例えば“勝手連”の若いサンダース支持者の女性たちは、『Tinder』という出会い系アプリを使って投票を呼びかけている。ニューハンプシャー州予備選の前には、多くの女性が態々有料会員となり、“ニューハンプシャー在住”と嘘の登録をして、州内の“出会いを求める男性”たちにアプローチ。言葉巧みにその気にさせた後、「投票はバーニーにお願い!」とメッセージを送り付けたのです。はっきり言ってスパム同然ですが、この無防備さこそ、彼らが如何に熱に浮かされているかをよく表しています。思い出されるのは、1984年の大統領選の予備選。この時も民主党では、エスタブリッシュメント側の本命だったウォルター・モンデールと伏兵のゲーリー・ハートが激しく争いました。“ニューアイデア”をスローガンに凄まじい勢いで台頭したハートに対し、モンデールは3月のテレビ討論で「ビーフはどこにある?」(Where's The Beef?)と切り込みました。

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【儲かる農業】(02) 農家1925人の頂点に立つ“モデル農家”ベスト20の実力

農業を儲かる産業へ――。遅ればせながら、政治が動き始めた。農業の“健全化”が進むことは、経営マインドのある農家にとっては渡りに船だ。攻めに転じる大チャンスが訪れている。

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『環太平洋経済連携協定(TPP)』交渉の最中、ハチマキ姿で保護を求める農業関係者の印象が強いせいなのかどうか。「農業が将来有望な成長産業である」と認識している読者は少ないかもしれない。だが、実情は異なる。農業で成功している経営者は幾らだっている。「農家=弱者である」とは言い切れないのだ。本誌が実施した“担い手農家アンケート”(前回参照)では、1925人の農家から回答を得た。彼らの全てが、規模拡大意欲のある有力農家である。本誌では、回答者である担い手農家を、経営規模や販売力等4つの指標を用いて評価し、ランキングを作成した。1925人の有力農家の中から上位20人に選ばれたのが、上表に示した“モデル農家”だ。其々が強いリーダーシップと経営マインドを兼ね備えた経営者ばかりである。モデル農家に共通しているのは、先ず、相場に振り回されない独自の販路を確保していることだ。また、殆どの農家が極力、農薬の使用量を抑える等してコストを削減しつつ、同時に減農薬を謳うことで農産物の付加価値をアップさせている。そこに、JAや補助金に依存する発想はまるで無い。とは言え、日本の農家は、良く言えば“地域の絆”、悪く言えば“柵”と無縁ではいられない環境下にあった。JAと反目し合ったり、独自の取り組みで差別化を図って儲けたりすると、忽ち農家仲間から爪弾きにされる雰囲気があった。だが、時代は変わった。引き金を引いたのはグローバル競争だ。地盤沈下する国内農業を盛り立てようと、志の高い農家たちは“秘中の秘”である経営ノウハウを開示し始めた。次回は、モデル農家の稼ぐ秘密に迫る。

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キャプチャ  2016年2月6日号掲載


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【丸分かり・激震中国】(02) 香港ドル、8年半ぶり安値…ドルペッグは限界近い

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香港ドルが試練に立たされている。中国人民元急落の煽りを受けて、香港ドルも急落。先月20日までの5営業日の対ドル相場の下落幅は0.7%強に達した。一見すると小さな数字だが、実質的な“ドルペッグ制”(香港ドルの対ドル相場を7.75~7.85ドルに制限)を取る香港ドルにとっては、1983年にペッグ制移行後最大という歴史的な急落だ。同月20日には1ドル=7.82香港ドルと、2007年8月以来の安値をつけた。香港ドル急落の背景には、人民元安とドルペッグ制の見直し論の浮上がある。中央銀行に相当する『香港金融管理局(HKMA)』は「そうした意向はない」と火消しに躍起だが、市場は疑心暗鬼になっている。香港はドルペッグ制を維持する限り、アメリカに連動した金融政策を取らざるを得ない。『アメリカ連邦準備制度理事会(FRB)』が昨年12月17日、約10年ぶりの利上げに踏み切ると、HKMAは間髪入れず、政策金利を0.25ポイント引き上げた。FRBが今年も利上げを続ければ、HKMAも追随利上げを迫られる。一方、香港の実体経済は中国との一体性が強い。中国本土向け輸出の割合は5割を超える。この為、足元では中国経済減速の直撃を受けており、輸出・輸入、国内での生産や小売り等、経済指標は押し並べて前年比マイナスで推移している。このように香港は、経済は中国、金融はアメリカに連動するという矛盾を抱える為、現状のドルペッグ制の持続は難しいと考えるのが自然だ。

中国が緩やかな人民元安を容認し、人民元の先安観が強まれば、香港は中国からの資本逃避の一時的な受け皿となり、香港ドルに上昇圧力がかかり易くなる。その状況でドルペッグ制を維持することは、対人民元で香港ドル高となってデフレ不況を齎し、香港経済にとって重大な危機に繋がりかねない。一方で、ドルペッグを見直すことにもリスクがある。人民元の自由化は未だ道半ばであり、人民元へのペッグは非現実的である。より可能性が高いのは、対ドルでの基準値を引き下げた上でドルペッグ制を維持するシナリオだろう。しかし、その際にも、基準値の水準次第では更なる切り下げ懸念から、香港からの資本逃避が進みかねない。香港にとっては、“前門の虎(通貨高)、後門の狼(通貨安)”とも言える状況だ。国際的な金融センターでもある香港は、中国も含めたアジア向け投資の拠点となっている。これまでは事実上の固定相場制の下で、国際金融資本が香港に流入し、その一部が中国の高成長に魅せられて激しく動く“ホットマネー”として、中国に向かっていた。これが逆流することになれば、国際的な影響は大きい。他の例を見れば、昨年1月には、対ユーロの為替相場に上限を設けていた『スイス中央銀行』が、無制限の介入を放棄して“スイスフランショック”が起きた。古くは、『イングランド銀行』がポンド防衛に失敗した1992年の“ポンド危機”もある。経済合理性に次ける人為的な相場防衛に限界があることを示す例は、枚挙に暇が無いことを忘れてはいけない。 (みずほ総合研究所市場調査部長 長谷川克之)

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【ソニー・熱狂なき復活】(02) ソニーを継ぐ者は誰か…平井社長6月退任へのカウントダウン

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「今年こそ本当に復活です」――。今年元旦、ソニーの社員や取引先に届いた年賀状には、こんな言葉があった。差出人は鈴木智行。エンジニア出身で、昨年4月に副社長に昇格し、デバイス事業と研究開発を担当している。静岡大学で電子工学を学び、キャリアの殆どを神奈川県厚木市等の撮像素子半導体(CCD・CMOS)生産拠点工場で積み重ねたという、近年珍しい叩き上げの経営幹部。彼が今、エレクトロニクス系の社員の間で急速に求心力を高めている。福島県郡山市にある電池子会社の『ソニーエナジーデバイス』。鈴木は2014年春から昨年3月まで同社の社長を務めていたが、着任早々、ここの社員食堂に巨大なパネルを掲げた。それは、創業者の盛田昭夫と井深大が腕相撲を楽しむ姿を捉えた写真。社員なら、誰もが両人に対する敬慕の念を掻き立てられる1枚だ。この写真に鈴木は、業績不振と売却観測に意気消沈していた電池部門への激励を込めたのである。「復活には技術しかない」「アメリカ企業に奪われたイノベーティブという称号を取り戻そう」「ソニーに2番手・3番手は似合わない」。鈴木は会議や文書でこんな発言をし、「エレキのソニーの黄金期は再来する」という愚直なメッセージを繰り返し発している。平井一夫社長より6つ年上で、半導体以外は粗未経験の鈴木は、本来であればトップレース圏外。だが、社内の人心を1つにするこの言葉の力に依って、“鈴木待望論”が着実に形成されている。「新年はエレクトロニクス事業の回復を盤石にする。エンタテインメント事業にも時間を割く。個人的にはスロージョギングを続け、健康に留意していこうと思う」。平井は昨年のクリスマス頃、社員向けブログにそう綴った。ジョギング以外にも、アメリカで家族にローストビーフを振る舞い、大晦日は衛星放送で紅白歌合戦を見るといった、年末年始プランが満載のほのぼのとした文面だった。「もうご隠居モードなんだな」。ある中堅社員は、そう感じたという。トップ就任から丸4年を迎える平井には昨秋から、今年6月退任という観測が浮上している。エレキの構造改革にある程度の目途を付け、今期は3期ぶりの最終黒字を見込む。就任時より株価も上昇している。それでも退任説が流れる理由は、1つにはソニーのパフォーマンスに対する社内外からの期待の高さだ。単なる業績回復ではなく、市場ナンバーワンの製品や、嘗ての銀行参入のような「予想の斜め上を行く事業展開があってこそソニーだ」と考える人は多い。そしてもう1つは、平井が就任に至った経緯に由来する。平井のトップ就任は、ハワード・ストリンガー前会長兼CEOの退任に伴うものだ。2012年2月、ストリンガーは突如、取締役会議長に退くことを発表した。退任に至る経緯は、これまで殆ど明らかになっていなかったが、今回、ある関係者が絶対匿名で、尚且つ退任劇に関わった人の名を明かさないことを条件に、全てを語った。

「ストリンガーは辞めたんじゃない。辞めさせられたんだ」――。4期連続の最終赤字が免れなくなった2011年秋、ソニーの株価は1500円を割り込んでいた。主力製品のシェアも『Apple』『サムスン電子』等に水を開けられる一方。トップの経営責任は誰の目にも明らかだった。にも拘らず、ストリンガー自身は続投に意欲を示していた。これに声を上げたのが、株主でもある創業者親族と、複数のOBに依るグループだった。当時、議長だった小林陽太郎(昨年9月死去)ら取締役会のメンバーを個別に訪ね、経営難を辛辣に伝える雑誌記事等を示しながら、「今直ぐにストリンガーを退任させるべきだ」と訴えたのだ。この当時、現状を憂うOBがソニーに対して直接・間接に意見を述べることは珍しくなかったが、多くは「ご意見承りました」程度であしらわれ、取締役会の議論に上ることは無かったようだ。その中にあって、このグループの声だけは、議長の小林にとって無視できないものだった。自身が公私に亘り家族ぐるみで交際してきた創業家からの批判であり、懇願だったからだ。「ストリンガーさん、もう潮時です。私も議長を辞めますので、一緒に退きましょう」。小林は、そう痛み分けを持ちかけたのだった。ところがこの時、創業家・OBグループは「次は誰か?」については全く提案や示唆をしなかったという。「そこまでは口出しすべきでない」という境界線であり、「何をおいても、ストリンガー退任を実現するのが重要」という考えもあった。その結果、ストリンガーの指名を受けて平井が後継者となった。出井伸之会長が2003年に委員会等設置会社制度を導入して以来、ソニーでは取締役会の指名委員会が経営トップの人選を担う。当時について言えば、ストリンガーと元社長の中鉢良治や小林議長ら社外取締役6人が指名委員会のメンバーだった。だが、社外取締役は年に10回程度、1回当たり数時間の会議を通してしかソニーの経営に関わらない。実際には、ストリンガーの意向を追認する組織になっていたようだ。ストリンガー自身、エレキ事業の見識が皆無なのに、「アメリカ財界に人脈を作ってあげた」(OB)という功績で出井にトップとして指名されている。経営課題はエレキの立て直しと成長事業の創出だと明白だったのに、何れの経験も無い平井を指名したのは、当人にとっては当然の選択だったのかもしれない。だが、長期低迷を招いた人物の後継者であるが故に、平井の力量は殊更厳しく関係者に注視されている。在任中のパフォーマンスは勿論のこと、ストリンガーの轍を踏んだ“仲良し人選”をすることなく、本当に有能な人物を後任に選べるかも問われている。上段左表は、現在の取締役会メンバーの一覧である。社内出身の指名委員は現在、平井だけだ。その他には、議長の永山治(『中外製薬』会長)、宮田孝一(『三井住友フィナンシャルグループ』社長)、ジョン・ルース(元駐日アメリカ大使)が名を連ねる。実際に指名するのがいつかは別にしても、ポスト平井の人選について検討はされているだろう。正常に機能しているのであれば、以下のような面々が候補者リストに載っている筈だ。

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【昭和史大論争】(06) 日米関係を悪化させたグローバリゼーション

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1941年12月、日本海軍はハワイのアメリカ海軍基地を攻撃した。真珠湾攻撃である。この日本のアメリカ領土への攻撃が、“大同盟”成立の最後の決め手となった。“大同盟”とは、第2次世界大戦におけるイギリス・ソビエト連邦・アメリカに依る“反ドイツ大連合”である。1939年に第2次世界大戦が勃発した際、ソ連はドイツと不可侵条約を締結していた。1941年6月にドイツがソ連を攻撃するに至って漸く、イギリスとソ連の間に軍事同盟が成立。真珠湾攻撃が、この間、イギリスへの支援を強化しつつ参戦はしていなかったアメリカを第2次世界大戦に引き入れる結果となり、連合国軍の中心的陣容が定まったのである。しかし、真珠湾攻撃はアメリカのみならず、アメリカの参戦を切望していたイギリスやオーストラリアにとっても想定外の事態であった。この時、日本海軍は同時にマレー半島のイギリス軍を攻撃したが、イギリスやオーストラリアが当時、最も可能性が高いと考えていたのはイギリス軍のみが攻撃を受けることであった。日本のアメリカ領土への攻撃が粗あらゆる勢力にとって想定外であったのは勿論、日米関係が良好であった為ではない。確かに、日米関係は緊張していた。そして、その最も直接的な原因は中国を巡る対立であった。日本は満洲を中心とする日本に有利な地域・勢力圏を残そうと努めていた。即ち、満蒙特殊権益の維持には積極的に取り組んだ。それに対し、アメリカの中国政策は特定の国に依る優越的な地位を否定した“門戸開放”を掲げ、中国を自由貿易秩序に組み込み、アメリカの輸出拡大を図ることを標榜していた。とは言え、第1次世界大戦後のアジアにおいては、アメリカの主導で“ワシントン体制”が形成され、日本政府もこれを受け入れていた。アメリカの共和党政権に依るワシントン体制は、中国の門戸開放を掲げつつも漸進的な政策を取り、条約の裏付けがある特殊権益の即時放棄を迫ることはなかった。また日本も、第1次世界大戦後は国際連盟規約や不戦条約のような新しい国際的な規範が台頭し、軍事力を行使して新たな領土・権益を獲得することは考え難くなったことを理解しており、できる限りこの新しい規範に抵触しない範囲で、満蒙権益の維持・発展に努めたのである。しかし、新しい国際的な規範の台頭を認識しつつも、日本は中国への強い関心を持ち続けた。何故、日本は満洲を含む中国にそれほど拘ったのだろうか?

日本が注目したのは資源であった。第1次世界大戦後、工業化は国家にとって、通商上の観点からも安全保障上の観点からもより重要な意味を持つようになり、その為に資源を確保することが必要であったのである。そして、それは“総力戦”の問題と深く関わっていた。第1次世界大戦は、嘗てない大規模の犠牲をヨーロッパ諸国に強いることになった。総力戦として戦われたからである。戦争がナショナリズム及び大衆化と密接に結び付いたことに依る戦争形態の変化であった。このような犠牲の大きさは、ヨーロッパを中心に国際的な平和主義運動を呼び起こした。戦場となったヨーロッパにおいて第1次世界大戦の衝撃は深く、「このような戦争が再び引き起こされれば、人類全体が滅亡するのではないか」という危機感が抱かれた。ナショナリズムが引き起こした戦争は、多くの人々に“人類”という国家・民族を越えた普遍的枠組みを想起させるほどに、衝撃的な経験となったのである。これが、新しい国際的な規範の台頭の背景であった。一方、総力戦時代の到来が安全保障の在り方を大きく変えたということも注目すべき問題であった。実は、このことに日本はかなり敏感に反応したのである。総力戦は、兵器の発達に依る被害の増大のみならず、経済・工業動員の比重増大や、思想・精神の動員の必要性を特徴とした。思想・精神の動員を効率的に行うには、近代国家としての機能が重要な意味を持つ。また、農業生産のサイクルを無視した長期戦を可能とする為に、工業化に依る富の蓄積と、食糧を含む資源確保を同時に行う必要があった。近代国民国家という国の在り方と資本主義経済体制は、ヨーロッパ諸国の世界進出に伴って世界大に広がった。即ち、現代に繋がるグローバル化である。第1次世界大戦は、世界大に広がった戦争という事実を通して、多くの人が初めてグローバル化を意識し、その問題点を認識する契機となった。それには、2つの方向性があった。1つは、既に触れたように、総力戦を通じて“人類”としての一体感を獲得する視点である。そしてもう1つは、総力戦の勝者となる為の国力が如何にして蓄積されたのかという視点である。その1つの形態は、イギリスのような海軍力を背景とした世界大の帝国ネットワーク形成であった。日本軍部にとって、総力戦体制構築は喫緊の課題と感じられたが、それは殆ど不可能なまでに困難な課題であった。資源に乏しい後発帝国主義国である日本が、イギリスのような世界大の帝国ネットワークを形成する前に国際的規範が変わり、最早領土を拡大することは不可能となったからである。一方で中国には、アメリカのような大陸国家としての発展の可能性が残されているように見えた。苦渋の末に得た結論は、日米不戦の決意を以て総力戦体制構築を断念することであった。その具体的な形がワシントン海軍軍縮条約・ロンドン海軍軍縮条約である。これこそが、最も合理的な選択であった。

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【日本人の死生観が急変しつつある現象を読み解く】(上) 「人は死んだら全て終わり」でいいのか?

各種統計でも、日本人の大多数は年に1度はお墓参りをするという。ところが最近、そのお墓への思いが急変している。例えば、遺骨の葬法にも、肉親の死に対する営みにも予想外の変化が見える。それは何故なのか? (東北大学大学院教授 佐藤弘夫)

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新しい年を迎えて、三が日には多くの方が初詣に出かけられたのではないかと思います。今やすっかり国民的行事として定着した初詣ですが、それと並んで我が国を代表するもう1つの宗教行事が、お盆のお墓参りです。お盆は民俗宗教的要素がふんだんに入っていますが、元々は『盂蘭盆経』に由来する仏教行事です。釈迦の弟子の目連尊者が、餓鬼道に堕ちた母を救う為に行った法会に由来すると伝えられています。お盆というと、決まってニュースで取り上げられるのは、激しい帰省ラッシュや海外旅行の人々で混雑する空港ですが、それでも、その時期になると墓前には色取り取りの生け花が飾られ、墓地は線香の煙で満たされます。縁者の墓を訪れた人々はその前で合掌し、日頃の無沙汰を託びると共に、故人の安らかな眠りを祈ります。“お盆=先祖の墓参り”というイメージが、今でも大方の日本人の共通した認識となっているのです。しかし、そうした状況は今、劇的に変わりつつあります。遠い昔から続いてきて、これからもずっと続いていくと私たちが考えているお墓の在り方が、その根底において大きく揺らぎ始めているのです。例えば、お墓を作らない葬法の浸透です。1991年、安田睦彦氏に依って立ち上げられた『葬送の自由をすすめる会』は、従来の葬法とは全く異なる“自然葬”を提唱しました。遺骨をパウダー状にして、海や山に散布するというものです。この会では同年10月に、相模灘で第1回の自然葬を実施しました。自然豊かな場所に遺骨を撤くこの葬法は、“散骨”とも呼ばれます。墓地以外の場所に人骨を放置する為、“違法行為”というイメージを中々払拭できませんでした。また、散骨が行われる地域の住民の間からは、それを忌避しようとする動きも起こりました。そうした中で、この会の活動について、法務省が「節度を持って行われる限り、法律に抵触しない」という見解を出してからは、一気に全国に広がりをみせました。固定された墓を作らないもう1つの葬法が“樹木葬”です。これは、岩手県一関市の寺院が里山保全の目的をも兼ねて始めたもので、山林に遺骨を埋めて記念の植樹を行うという形を取ります。故人の名を記した木製の小さな標識を建てますが、遠からず朽ち果ててしまうことが前提になっています。「死者が草木となって生き続ける」というイメージが、折からの自然回帰のブームに乗って社会に受け入れられ、今や各地で同様の試みがなされるようになりました。自然回帰といえば、スウェーデンでは遺体をフリーズドライの方法で粉末化する“冷凍葬”が開発され、既に実行されています。インスタントコーヒーの製法と同じ原理で、遺体を超低温で凍結させて粉末化するものです。埋められた遺体は、短期間で完全に土に帰って肥料となります。「自然に負担をかけない」という点では、これ以上の葬法はありません。まさに、究極のエコと言えるでしょう。

自然葬や樹木葬が従来の一般的な日本の葬制と決定的に異なるのは、この世の特定の地に死者の本籍を設定しないところにあります。私たちが知っている墓地の風景を思い起こしてください。一部の真宗地帯や両墓制の村落を除いて、大方の地域では“○○家の墓”と刻んだ墓標が建てられています。誰かが亡くなった場合には、遺体を火葬した後、その下に設けられた空間(カロート)に遺骨を納めるという葬法が取られます。死者と生者との関係は、墓地への納骨に依って終わりを告げるものではありません。冒頭で述べたお盆の光景のように、遺族は折ある毎に故人のもとを訪れてはその様子を尋ね、残された人々の近況を報告します。納骨が世代を超えて継続される為、代替わりをしても墓参が途切れることはありません。墓地では、墓を取り違えることは決して許されません。墓碑に刻まれた文字や戒名は、訪問者が迷わない為の表札の役割を果たします。生者はその案内に導かれて死者の許を訪れ、恰もそこに故人が実在するかの如く、その視線を感じながら亡き人々に語りかけるのです。死者は既にこの世を去った人物です。常識的に考えれば、肉体を失った死者が私たちに語りかけてくることはありません。にも拘らず、私たちは何故お墓の中に死者の存在を感じ取るのでしょうか? そこに、故人の骨があることが理由の1つであることは間違いありません。1985年の日航ジャンボ機御巣鷹山墜落事故や、1994年にバルト海で起こった国際線フェリー沈没事故の際、国毎に遺族がどのような態度を取ったかを比較した研究があります。日本人の場合、遺族の生存が絶望視された段階でも、「せめて遺骨の一部だけでも持ち帰りたい」という強い願望が見られることが指摘されています。戦後70年を経た今日でさえ、戦地で遺骨の収集は続けられています。日本人が骨を大事にする民族であることは屡々言われることですが、学問的なレベルでもそれは実証されているのです。遺骨が眠る墓標を死者の終の住処と捉える伝統的な死生観と対比した時、自然葬や樹木葬のそれは著しく異質です。自然葬では、散骨が終わった瞬間に、死者は固定化された居場所を失ってしまいます。樹木葬の場合、埋葬後にその場所を示すプレートが設置されたとしても、墓石のように永久に名前を保存することは意図されていません。それらは軈て朽ち果て、或いは移動するものであり、遺骨の所在地がわからなくなってしまうことが前提となっています。「凡そ、あの辺りが埋葬の地である」と指し示すことはできても、一般的なお墓のように死者の居場所の前で語りかけるという行為は取りようがありません。そこには、「死者と生者の交流に、それを介在する特定の場が必要不可欠である」という発想が決定的に抜け落ちているのです。

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【言論の不自由】(08) 野球選手に“お涙頂戴ドラマ”を何故求める?

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「魔が差した」としか言いようがない。2015年10月22日木曜日、プロ野球ドラフト会議の日。平日の夜に家で飯を食うことなど滅多に無いのに、この日は約束がキャンセルになり、偶々早く帰っていた。ドラフトを中継していたTBSで何やら特番をやるというので見始めたのだが、これが大間違い。ビールも不味くなる、まさに噴飯ものの番組だったのだ。スタジオに用意された特大ボードには、『ドラフト緊急生特番! お母さんありがとう 夢を追う親子の壮絶人生ドキュメント』と大書され、“亡き母と交わした2つの約束”“行方不明の父に会いたい”“病と闘い続ける父”といった文字が躍る。指名が予定される選手の中から、“壮絶秘話”“感動物語”がありそうな選手に密着し、指名決定の瞬間までを追うという趣向である。選手本人や家族のインタビューで回想するだけでなく、再現ドラマ付きという念の入りようだ。指名決定の後は、学校で結果を待っていた本人や家族と中継で繋ぎ、司会の堀尾正明アナウンサーや『SMAP』の中居正広が質問をぶつけていく。最後は、選手から親への手紙朗読まである。例えば、“亡き母と交わした2つの約束”というのは、専大松戸高校から『千葉ロッテマリーンズ』に5位指名された原嵩選手のケース。母親が癌で1年前に他界。しかし、「甲子園に出場してプロ野球選手になる」という約束も果たせそう。お母さんが天から力を貸してくれたんだね、有難う…というような話である。これは未だマシなほうだが、“行方不明の父に会いたい”の日隈ジュリアス選手(高知中央高校→『東京ヤクルトスワローズ』4位)の場合は、ちょっと痛々しくて見ていられなかった。ジュリアス君の父親はアメリカ海兵隊員で、9.11の時に帰国して以来行方不明となり、日本人の母親が女手ひとつで育ててきたのだが、番組スタッフがこの父親を発見し、彼のメッセージまで収録して番組内で母子に届けたのだ。「ジュリアス君、よかったね」と堀尾アナが振るが、当人は明らかに当惑気味。母親に至っては「複雑な気持ちです」。そりゃそうでしょう。父親の側にどんな事情があったにせよ、連絡も寄越さず、自分たちから逃げていたのは間違いないのだから。そんな事情がわかっていながら“感動”を強要する無神経さ――。全編、こんな具合である。

抑々、“ドラフト特番”と銘打ちながら、野球選手としての実力を全く見せないのが凄い。野球とは関係ない“お涙頂戴ドラマ”ばかりで、選手たちの戦績も秀でた能力も、肝心のことが何も紹介されないのだ。勿論、1人ひとりの選手の事情にケチをつけたい訳ではない。其々の苦労はわかるし、「よく頑張ったな」と声をかけたくもなる。だが、“人に歴史あり”で、どんな選手にも其々に物語がある筈なのだ。それを“壮絶人生ドキュメント”という、番組にとっての“おいしさ”の基準で選び、野球と関係のないところでワイドショーのように消費してしまうところが堪らなく嫌なのだ。“壮絶人生”であろうがなかろうが、野球選手としての価値や魅力とは何の関係もない。それとも、「特別な事情を抱えていなければ野球選手にはなれない」とでも言うのか? こういう番組は、野球やスポーツに対する冒涜だとさえ思う。だがこの番組、視聴率は取れているようで、今回でもう6回目らしい。過去には『埼玉西武ライオンズ』の秋山翔吾・『読売ジャイアンツ』の菅野智之・『横浜DeNAベイスターズ』の山崎康晃等、現在活躍中の選手も登場しているが、中には鳴かず飛ばずどころか“転落”のケースもある。「養護施設育ちの少年 孤独を乗り越えプロへ 少年を支え続けた仲間 僕はひとりじゃない」とテレビ欄に書かれた2012年ドラフト組の相内誠選手(千葉国際高校→西武2位、2014年より登録名は誠)は、高校卒業前に無免許運転等で摘発され、プロ入りした後も未成年で飲酒・喫煙し、球団から処分されている。2015年の1軍出場は無い。これなどは、番組が勘違いさせてしまった“罪作り”な事例だろう。ただでさえ注目を集める彼らを、野球以外のことで更に注目させて何の意味があるのか? 抑々、ドラフトは人生のゴールではない。野球選手としてのスタートに過ぎないのだ。このような歪な持て囃され方の風潮が、今回の野球賭博問題ともどこか繋がっているような気がしてならない。野球選手は、野球選手だというだけで特別な存在なのだ。野球選手は野球をやりたまえ。


大口卓造(おおくち・たくぞう) フリーライター。1963年生まれ。論壇系メディアで雑用を熟しながら禄を食む。趣味は年表を眺めること。朝日新聞にツッコミを入れるのを日課とする。


キャプチャ  2015年12月号掲載
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