【私のルールブック】(66) メダルに興味はないけれど…

リオオリンピックが無事に(?)幕を閉じた。ブラジルの財政難に端を発し、大統領の不在や治安悪化等、様々な問題を抱えたままスタートを切った大会ではあったが、良くも悪くも始まってしまえばそれなりに盛り上がるのがオリンピック。とはいえ、大きく報じられてこそいないが、やはりそこそこ問題はあったようで、東京オリンピックを控える我々としては、良い教訓にして繋げたいものである。で、肝心の日本の戦績はというと、ロンドンオリンピックを超えるメダル獲得数というのだから、立派の一言。特に柔道とレスリングは出色の活躍ぶりで、東京オリンピックでも相当数のメダルが期待できると言っていいだろう。ただ、“肝心”と綴っておきながら、私はメダルにはそれほど興味が無いのよね。まぁ、獲るに越したことはないんですが、何より嫌いなのが、無責任なメダル獲得予想とか、「吉田沙保里は間違いなく金メダルを獲れる!」発言とか、「何を根拠に、あの人たちは公共の電波を通して言い切ってしまっているんだろう?」と…。

だって、勝負事に絶対はありませんから。確率は出せたとしても、100%という数値だけは存在しないんです。っていうか、そんなもんがあったらギャンブルだって成立しないんだから。私だって、こんなに損しなくて済んでいる訳ですよ! …え~、若干横道に逸れてしまったので、話をオリンピックに戻しますと、そこまでメダルに興味が無い私ではありますが、それでも強く印象に残ったシーンを幾つか挙げてみたいと思います。先ずは、史上初の銀メダルを獲得した卓球男子。中でも水谷選手は凄かった。まさに“鬼神”と化していました。ただ、「喝!」のおじさんにガッツポーズで教育的指導を受けちゃったみたいですが、私は擁護派というか“仕方ない派”でして。だって世界戦ですからね。特に、水谷選手の場合は国を背負うばかりでなく、卓球界に警鐘を発しながらの戦いだった訳で、単なる勝負の域にあらず、色々な意味を含めての戦争だった訳ですから。ガッツポーズぐらい許してやって下さいよ。因みに、私が卓球男子でもう1つ気になったのは、何であのコーチさんの髪型は、いつもビッチリ決まっていたんですかね。

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【タブー全開!政界斬鉄剣】(49) プーチン訪日を実現できない原因は外務省の腐敗にあった!

池田「今週は、日露関係についてお話ししましょう。この週末に、ロシアのウラジオストクで行われる“東方経済フォーラム”という国際会議で、安倍首相とプーチン大統領の会談が実現するからです。恐らく、日本はその席上でプーチン大統領の訪日を要請する筈ですが、実現は難しいでしょうね」

――どうして?
池田「安倍首相は2年程前から、色々な国際会議の合間に行われた日露首脳会談の度に、何度も訪日を持ちかけてきました。しかし、一度も実現できていない。その原因は、日本の外務省が徹底的に無能であることと、その外務省の報告を鵜呑みにしてしまう安倍首相の外交センスの無さにあります」

――外務省のダメっぷりは、以前から何度も指摘されているね。
池田「外務省が日本の国益に沿った外交を行ったことは、只の一度も無い。これは大袈裟な表現ではありません。首相が他国の元首に訪日を持ちかける場合、外務省が水面下で事前交渉をして、確実に相手国が受諾するという感触を得てから要請をします。首相が要請したのに断られる等、外交上、赤っ恥以外の何物でもないからです。しかし、外務省は安倍さんに恥をかかせ続けている」

――何で、安倍首相は頼りない外務省からの情報を鵜呑みにしちゃうの?
池田「あまりにも外交センスが無いからです。日本がロシアに押し付けようとしていることは、『日露平和条約の締結に向けて北方領土返還の道筋をつけたい』というものです。何十年も前から繰り返しては実現できていない交渉です。しかも、安倍首相は個人的な目的として、地元の山口県にプーチンさんを呼びたがっている。あまりにも能天気だと言えます。少しでも相手の立場になって考えてみれば簡単にわかることですが、プーチン大統領にとって、訪日は何のメリットもありません」

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【カオスを飲み干せ!挑発的ニッポン革命計画】(77) “集合知”という幻想に縋ったインターネット言論はバブル崩壊寸前!

7月の参院選では野党共闘も空しく自民党が圧勝し、続く東京都知事選でも野党統一候補が惨敗。思い返してみれば、2011年の“3.11”以降、ソーシャルメディア上ではリベラル左派の声が常に大きかったにも関わらず、現実の選挙では概ね逆の結果が出続けています。今まで声を上げられなかった“善良な市民”がツイッターやフェイスブックで意見を発信し、“皆の知恵”で世の中を変える…。そんな“集合知”なるものへの期待は、残念ながら幻想に過ぎなかったと認めざるを得ない時期にきています。僕も嘗ては、集合知による社会の変革を夢見ていました。特に、2010年末から始まった『アラブの春』の頃は、SNS革命という世界的ムーブメントがあり、中東から発信される生々しいツイートを日々、興奮しながら実況したものです。

しかし、日本では“3.11”の直後から、古臭い主張を繰り広げる左派がツイッターに跋扈し、反原発派の拙いレトリックや陰謀論が怒りの感情と共に大拡散された。そこで、僕は気付きました。「このツールは良いものでも悪いものでもない。只の“拡声装置”に過ぎないのだ」と。「権力者は悪で、集合知が一番正しいんだ」というのは一種のアナーキズムと言えると思いますが、考えてみれば、声を上げて集まるだけで簡単に原発を無くしたり、少子高齢化が解決したり、格差が解消するなんてことはあり得ません。勿論、そこで建設的な議論が起きることもあるにせよ、多くの場合は酷いデマすら排除されず、稚拙な思い込みや願望が仲間同士で共有されるに留まる。そして、そんな叶わぬ夢を「いつしか実現するのではないか」と人々が諸覚してしまう“偽薬効果”が蔓延する訳です。尤も、これは日本固有の現象ではありません。昨年秋に始まったアメリカ大統領選の候補者争いでも、民主党のバーニー・サンダース候補はSNS上で若い世代を中心に支持を伸ばしましたが、「金持ちの資産を再分配すれば世の中はよくなる」というような“0か100か”の世界観が現実世論の主流になることは無かった。結局、アラブの春が社会を変えたのは、飽く迄も“正しい問題設定”があったから。SNSは、それを加速させただけなのでしょう。

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【異論のススメ】(18) スモール・イズ・ビューティフル…今こそ問われる成長の“質”

本というものは不思議なもので、かなりの年月を経て読み返せば、以前とは相当に異なった印象を受ける時がある。前には大変に面白く感銘を受けたものが、再び読めばどうも色褪せて感じることもあれば、またその逆もある。先日、シューマッハーの『スモール・イズ・ビューティフル』という本を読み返した。原書が出版されたのが1973年、邦訳が1976年。世界的なベストセラーとしてあまりにも有名で、ある年代のものには大変に馴染みの深い書物であろう。この頃、私は大学院生であった。この書物も読んではみたが、然したる感銘も受けなかった。別に異論がある訳ではなく、書かれていることは至極当然であるものの、「至極当然のことしか書かれていない」という印象であった。おまけに、『小さなことは美しい』というこのタイトルにも、何とも言えない偽善を感じたのであった。

ところが、それから40年経って、偶々再読した。「面白い」と思った。私の考えが変わった訳でもない。多少の経験故に、読解力が鋭くなった訳ではない。時代が変わったのである。もっと正確に言えば、本書でシューマッハーが訴えている“当然”のことが、実に新鮮に響くようなところまで時代が進んでしまったのである。シューマッハーはドイツ生まれで、戦後はイギリスの石炭公社の顧問をしていた文明論者である。1970年代初頭の、高度に発展した先進国の工業文明が齎す経済拡張主義や巨大化する技術を批判することが、本書の意図であった。書名から見当がつくように、「化石燃料資源をふんだんに使い、自然や環境を破壊し、効率化を目指す技術革新を遂行して、“より大きく、より多く、より遠くまで”を目指して経済成長を続ける先進国の工業文明は、最早持たない」というのが彼の基本的な考えである。この工業文明に対し、シューマッハーは「人間が、人間的な仕事をし、安定した生活をし、良い社会的関係を作っていくには、物事には適切な規模がある」という。「巨大信仰・効率信仰・成長信仰ではなく、もっと人間の身の丈に合った経済活動がある筈だ」という。科学技術の力を使って経済成長を生み出す現代の巨大な機械技術は、人間が楽しんでする仕事や、頭や手を使って行う創造的な仕事を奪ってしまった。それは、自然や環境を破壊するだけではなく、人間の尊厳や創造的能力をも破壊しかねない。そうではなく、「人間の創意工夫や楽しみと結び付いた、より機械化のレベルの低い“人間的な技術”がある筈だ。また、より小規模ではあるものの、土地や地域と繋がった経済活動があり得る筈だ」という。「小さくても大事な自分たちの土地や天然資源の面倒をよく見ること」が重要だという。つまり、物を矢鱈と作り、「企業も都市も大きいほうが良い」という“大きい規模”を目指す現代文明に対して、「自然や地方の生活、土地と農業を取り込んだ“適切な規模”を維持するもう1つの方向があり得る」と主張する。これは、1つの価値観の転換であり、シューマッハーの言葉を借りれば、新たな“形而上学”なのである。その為に先ず、今日の効率至上主義や物的な拡張主義を支えている経済学の考えから解放されなければならない。1960年代末から1970年代にかけては、一方で、工業社会は未曽有の豊かさを生み出し、日本でも『大阪万国博覧会』が開催されると同時に、他方で公害問題や環境問題が叫ばれ、朝日新聞も『くたばれGNP』といった特集を組んでいた時代であった。“人間性の回復”や“物質至上主義からの解放”等といったことは、1つの知的流行でもあった。だから、『人間復興の経済』という邦題を冠したこの書物等、正しくこの知的流行に棹さしたもののように、私には思われた。“人間的”とか“人間らしさ”という形容詞が如何にも安直なヒューマニズムに思えて、先ずそこに反発したのである。

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【私のルールブック】(65) トラウマ級の“よりによって”

私は今、新幹線に乗っている。北陸新幹線で軽井沢へ。勿論、とある番組のロケの為なのだが…。新幹線に乗ると、必ずと言っていいほど嫌~な記憶が蘇るのだ。ほぼトラウマに等しいほどの、思い出したくもない過去。それは、遅刻。20歳そこそこの頃、映画の撮影の為、朝一番の新幹線で京都へ向かった。時代劇と言えば京都である。結構な大作で、当然、監督も巨匠クラス、キャストも隅から隅まで贅沢三昧。そして、私の役はというと、ほぼ主役と言っても過言ではない重要な役所であった。そんな大事な撮影初日。新幹線の座席に着くなり、台本を開き、台詞覚えのチェック。ヨシヨシ、どうやら台詞は完璧に入っているようだ。続いて目を閉じ、シーン毎に動きをシミュレーション。この台詞の時に立ち上がり、この台詞の際には扇子を使い…等々、巨匠クラスの監督ともなると「座ったまま台詞を言うだけなんてアホでもできるわ!」と怒鳴られかねないので、極力動きを付けた芝居作りを心掛けていたのです。

しかし、前夜にもみっちりシミュレーションはしていたので、こちらもどうにかなりそうである。と、その時。いや、その瞬間。安心した訳ではないのですが、どこかでフッと気が抜けたんでしょうね。普段、私は新幹線は勿論、飛行機でも車でもバスでも、移動中はほぼ眠れないのに、この時だけは何故か寝てしまったんです。しかも、結構な爆睡だったようで…。突然、ガバッと起き上がると、その時点で妙な違和感を覚えました。「何かが違う」みたいな感じ。で、窓外に目を向けます。何てことはない山間の景色。目印になるような物は1つもありません。なのに、脳ではハッキリと乗り過ごしたことを確信しているんです。恐る恐る時計に目をやり、時間を確認すると、ポケットから乗車券を取り出し、今度は到着時間を確認。すると、時が止まります。うっすらと、「キーン」という耳鳴りがします。はい、乗り過ごし確定! 今更ですが、私は先ず遅刻はしないんです。「遅刻だけは死んでもダメ!」と、子役の頃から植え付けられていますから。

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【宮崎哲弥の時々砲弾】 リベラル再装填のために part.12

アべノミクスの成功例を見て、「左派はくやしいものだから『そんなはずはない』『すぐに失敗する』『もう失敗してる』と、さんざん批判していますが、世界的に有名な左派の経済学者(クルーグマン、スティグリッツ、ピケティなど)の評価は高かった」(斎藤美奈子『学校が教えないほんとうの政治の話』・ちくまプリマー新書)。リベラルや左翼は、元々自分たちが手にしていた強力な政策手段を、融通無碍な保守に掠め取られたままであることを、正直に認めるべきだ。財政均衡優先主義やサプライサイドの構造改革主義は右翼の経済思想であって、リベラル派の指導理念にはならない。「安倍政権の経済政策には左派的なところがあるといいました。ということは、人々も国のお金を惜しまず使う、弱者にやさしい左派的な政策を、ほんとは求めているんじゃないか」(同書)。そこを全く顧慮しなかったのが旧民主党・現民進党の執行部であり、これこそ彼らの敗退の真因である。イギリスの週刊紙『エコノミスト』は7月30日号において、アべノミクスの中間評価を行っている(『Abenomics:Overhyped, underappreciated』、以下の訳文は『日本ビジネスプレス』のウェブサイト掲出記事による)。

「最初に広げた大風呂敷に比べれば、確かにアベノミクスは失望でしかない。しかし、それ以前に行われていた政策と比べるなら、好意的に耳を傾ける価値はある」。例えば金融政策。反対派は、『日本銀行』が目標としたインフレ率2%を未だ達成できていないことばかり論う。しかし、「反対派は誤解している。ほかの国とは異なり、日本ではコアインフレ率をエネルギー価格込みで算出している。これを除いた“コアコア”の消費者物価指数は、小幅ながら32ヵ月連続で上昇しているのだ」。本来、金融政策の効果は、外在的要因による変動を控除した“コアコア”指数で測られるべきだが、この国では何故か採用されていない。原油価格の下落が見かけ上、物価の足を引っ張っているが、これは取りも直さず、原油安や円高のコストプルで“悪いインフレ”が抑制されているということなので、その限りにおいて、寧ろ日本経済には好条件だ。十分ではないものの、“良いインフレ”は2年半以上も続いているのだ。かかる物価状況の下で、実質賃金は5ヵ月連続でプラスを維持している。この6月は前年同月比1.8%増で、5年9ヵ月ぶりの上昇幅だった。

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