【私のルールブック】(112) 捨てたモノがあるとすれば…それはプライドです

若かりし頃、とある監督さんに「君がこれまでのキャリアの積み重ねで得たモノを捨てろ」と言われたのに、捨てることができなかった私。しかし監督は、「捨てたとしても拾いに戻ればいいんだよ。捨てる行為を恐れ過ぎてはいけない」と私を論しました。その言葉が、その後の私にどれほどの影響を与えたか。私は、この歳になって演出等をする際、良いモノは持っているのに売れる所まで行き切れていない役者さんに対し、もれなく監督の言葉を引用させて頂いております。簡単に言うと、もろに真似をさせて頂いている訳です。でも、実際は私も捨てられなかった訳で、捨てるふりをして逃げてしまったのですから、容易な作業ではないんです。それは、キャリアを積めば積むほど困難になります。だって、無駄に知恵が付いてしまう訳ですから。そういった観点から見ると、子役さんを扱うほうが楽なんですよね。

だって、持っているモノが無いんだから。真っ新な上に素直ときたもんだ。与えれば与えるだけ、スポンジのように吸収してくれますからね。でも、突き詰めると役者さんって、その作業を延々と繰り返すことが本来の仕事なのかもしれません。だって、子供は素直だから何でも吸収してくれると言いながら、結果的に私の色は付く訳です。で、その後に私が付けた色を大事にし過ぎると、間違った形で大事にし過ぎてしまうと、次に出会った監督が違和感を覚えるかもしれない。で、私が付けた色を何とかして真っ新に戻し、そこから新たに色付けしていく…。何年か前に、『シャ乱Q』のつんく♂さんと「どんな子をオーディションで選びます?」という会話になった際、色が付き過ぎていない子、余白がある子…で意見が一致しました。やはり演出、プロデュースする側の生理といいますか、足りないモノ、欠けているモノの穴埋めをしたがるのが、演出する者の本能なのかもしれません。

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【タブー全開!政界斬鉄剣】(93) 新大臣を思い通りに動かす役人の巧妙な騙しテクニック!

池田「今週は内閣改造が行われる予定です。現時点で閣僚の顔ぶれはわかりませんが、断言できることがあります。それは、誰が入閣しようと、結局は役人の利益の為に働かされるということ。そこで今回は、役人たちが大臣に仕掛ける巧妙な罠の実態を解説しましょう。省庁の役人が大臣に行う報告や相談のことを大臣レクチャー、略して“大臣レク”と言います。大臣レクの存在自体はご存知の方も多いかと思いますが、今回はその裏側を明かします」

――それは知りたい!
池田「先ずは、大臣の1日のスケジュールを把握しておきましょう。朝は8時くらいから閣議や党の部会への出席等で始まります。日中は国会の委員会で答弁をしたり、国や省庁の行事に参加する。夜は大体2~3件ほど予定されている会食や行事に顔を出すので、仕事が終わるのは23時くらい。更に、少しでも空き時間があれば、後援者と会ったり、秘書からの様々な報告を受ける訳です」

――意外と忙しいなぁ。
池田「そんなスケジュールの合間の時間も、大臣レクで埋め尽くされるのです。私が仕えた松岡利勝農林水産大臣(※故人)の場合は、入閣前から農政に精通していたので、大臣レクは1日3~4時間ほどでした。しかし、初入閣の大臣ともなれば、平気で1日6~7時間になるのが普通です。不慣れな疲労の中、連日役人たちから膨大な量の報告を受け、『大臣、では今、報告した通りなので、この案件は了承ということで宜しいですね?』と聞かれ続けるのです。どんなに頭が良くても、次から次へと何十人も押しかけてくる役人を相手に、小さな問題点も聞き逃さずに指摘するのは困難です。役人は、そんな状況を意図的に作り出しているのです」

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テーマ : 政治・経済・社会問題なんでも
ジャンル : 政治・経済

【カオスを飲み干せ!挑発的ニッポン革命計画】(121) 森友・加計問題で自民党以上に信頼を失ったのはメディアだった

先日、テレビ番組で森友・加計問題を巡るメディアの報道姿勢についてコメントしました。やや補足も加えながら紹介しますと、以下のような内容です。「メディアとは、自ら能動的に取材し、ファクトを提示するべきものだが、今回は殆どのメディアがその役割を放棄し、野党によるショーアップされた内閣追及に加担し続けた。場合によっては、自民党以上に信頼を失ったのはメディアだったということになるかもしれない」。このコメントは思いの外、多くの賛同を頂いたようですが、メディア(※ここでは最も典型的なテレビを取り上げます)側とユーザー(※情報の受け手)側の両視点から、もう少し掘り下げてみましょう。よく言われることですが、日本のテレビの異常さは、①電波割り当てや記者クラブといった仕組みに守られていること②その為、表向きは“不偏不党”を謳いながら、実際にはそれを都合よく解釈し、大衆がニュースから受ける印象の“操縦桿”を握っていること――にあります。

はっきり言えば“守られ過ぎ”で、様々な誤魔化しがあるのに、視聴者もそのヌルさに慣れ切って何も感じなくなっているのです。一方、例えばアメリカでは、『CNN』や『FOX』から独立系放送局に至るまで、イデオロギーを特化させたりニッチを狙ったりと、市場でユーザーを取り合っています。そして、アグレッシブにインターネットでも発信し、新しいビジネスに繋げる。その進化の過程でフェイクニュースのような“魔物”が生まれることもありますが、未だに報道番組の動画をインターネットに出し渋ることが多く、高齢者をメインターゲットにすることで延命している日本とは大きく違います。こうした日本のメディアが生み出したのは、どこまでも受け身で、情報に踊らされる人々。その危険性を戦前のファシズムに重ね合わせる声もありますが、平均年齢の若い国民が限られた情報の中で熱狂に走った嘗てのドイツと、高齢化もあって活力を失った人々が過剰に溢れる情報を“好きか嫌いか”で偏食し続ける現代日本とは全然違う。それはファシズム前夜というより、映画『ライフ・オブ・ブライアン』(テレキャスジャパン)の世界のようだと僕は感じます。

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テーマ : 報道・マスコミ
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【日日是薩婆訶】(22) やむなく生まれて初めて裁判の被告になり、和解となりましたが…

今月は当山にとって、何より桜の咲く月であった。現時点では境内も既に花吹雪、観光客もほぼいなくなったが、相当の数の人々が慧日山を訪れて下さったことは間違いない。無論、この町に『滝桜』という天然記念物第1号の桜がある影響は大きい。これは大正11(1922)年、岐阜の淡墨桜や山梨の神代桜と共に天然記念物に指定された時点で“樹齢1000年”とされたが、我が福聚寺には、その娘とも言われる大きな枝重れ桜があり、滝桜を見に来た人が「折角だから序でに」寄っていくことが多いのだろう。禅寺に桜は似合わないが、うちの場合は相当古くから桜との因縁がある。平安時代から都まで名を知られていた滝桜を、先ずこの三春町を拓いて福聚寺を創建した田村義顕公が保護した。周辺の住民に桜の世話を頼み、“滝桜に碌を与える”という形で事実上免税にしたらしい。その代わり、「最初の花が咲いたら早馬で知らせよ」と仰せだったというから、滝桜に相当惚れ込んでいたのだろう。続く2代隆顕、清顕の時代に、その子孫木があちこちに植えられていく。神社仏閣を始め、領地内の48ヵ所に作られた館(四十八館)に其々植えたというから、これはもう、今で言う“町づくり”の意識があってのことだろう。恐らく、植樹の為の苗木も、当時から育てられていたに違いない。また、うちの寺の境内には、「大正5年に4人の檀家さんによって350本の染井吉野の苗が植えられた」と過去帳にある。今も相当の数の桜が生き残っているが、これも滝桜が天然記念物に指定される前であったことが興味深い。つまり、国からそんな形で顕彰される以前に、川村家仕込みの桜贔屓の心性が、この街には生きていたということだろう。実は、来年が田村清顕公の1人娘、後に伊達政宗の正室となる愛姫の生誕450年に当たるのだが、「若しかすると、愛姫の誕生記念にうちの桜が植えられたのではないか?」とも思う。樹齢もほぼそのくらいだし、特に今回の震災以後、あちこちに滝桜の子孫木が植樹されるのを見るにつけ、そんな気がするのである。慶賀であれ被災であれ、記念に桜を植えようという習慣は、田村家の時代から続いているのではないだろうか。

ところで、今年の桜を具に見た挙げ句、私は墓地の何本かのU字溝を壊してもらった。墓地には先に書いたように、大正5年に植樹された染井吉野が沢山残っているのだが、その後、“何かといえばU字溝”という国土改造の風潮に乗って、桜の根元であることも配慮せず、あちこちにU字溝が敷設されたのである。U字溝は元々、日本住血吸虫の駆除の為、広島県で初めて敷設して駆除に成功し、その後は大した理由もなく全国に広まった代物である。桜に限らず、U字溝は木の根の呼吸環境を著しく悪化させる。今回の新庫裡建設工事でも、本堂周囲や庫裡周辺のU字溝を全て底抜けにし、周囲の土の通気通水を確保したのである。U字溝の底を抜き、スコップで底の下を掘る作業を横で見ていると、明らかにその辺りの土からは腐敗臭がする。しかし、改めて更に1mほど掘り下げ、中に炭や竹や木等を埋め込むと、3日もすれば臭いも無くなり、土質も改善していく。これは、以前もご紹介した『杜の園芸』の仕事だが、結局、新庫裡の下には矢野氏の指示で炭を200俵ほど入れたことになる。基礎を担当してくれた群馬県の『西田建設』の理解と協力を得られたこともありがたかった。ところで、こうした墓地の桜の環境変化は、墓地に対する考え方の変化によるところが大きい。もっと言えば、高度成長時代の国土改造等に象徴される土木工事の行き過ぎた普及である。道路を始め、地面の舗装を徹底させ、元の地形を無視してまで造作し、雨は全てU字溝から川に集約するという考え方が、あっという間にこの国全体に広がってしまった。しかしこれは、植物を育む大地の扱い方としては最低だったと言うしかない。また以前には、「お墓の土をコンクリート等で固めるのは先祖に申し訳ない」という考え方が残っていた。それ故、両彼岸やお盆前には、大勢の檀家さんがお参り前の草引きに来たものだった。今も無論、相当の人々が草毟りには来るのだが、やはりその草引きが免除されるような形式にお墓を直したがる人々も多い。恐らく、石屋さんもそのような営業をかけているのではないだろうか。つまり、墓地の大部分を石等で覆うやり方である。以前は砕石や玉石を敷く等、未だ雨を通す方法だから良かったのだが、最近は全面石張りを考える人もいるので、事前にお寺に相談して下さるよう頼んでいる。本当は、敷地の半分ほどは土を残すか玉石等にしてほしいのだが、3割程度でも容認したことはある。例えば、「敷地の3割以上は通水できるように」とか決まりを作ったほうがいいとも思うのだが、そのルールを流布することで、却って土面積が減ってしまう怖れも感じ、ルール化はせず、個別に対応している現状である。

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【異論のススメ】(29) 森友・加計問題めぐる報道…“事実”を利用するメディア

大相撲名古屋場所で14勝1敗で優勝した白鵬が、その1敗した御嶽海戦について、こんなことを言っていた。「万全の体勢になって問題ないと思ったら敗れた。相撲は奥が深いね」と。あまり適当な連想ではないが、“安倍1強”と言われ、万全の態勢にあった安倍政権の支持率が急落し、急遽、内閣改造を行った。相撲ならよいが、こちらはまさか「政治は奥が深いね」というような話ではないだろう。安倍政権にとって幸いなのは、民進党の混迷が輪をかけて酷い状態なので、現状で対抗できる野党が無いことだ。しかし、明らかに安倍政権は“1強”ではない。敵は“世論”であり、それを端的に数値化した“支持率”である。1990年代の政治改革以来、支持率に示される世論が政治の動向を左右することとなった。元々、政治改革とは2大政党の間の政策論争による政権選択だと宣伝されてきた。民進党(旧民主党)はまさにその実現を使命として成立し、本紙を中心とする多くのメディアもそれを支持した。にも拘わらず、実際に進展したことは何だったのか? とてもではないが、2大政党政治でもなく、政策論争でもなく、政権選択選挙でもなく、専ら“支持率を通して世論が政治を動かす”という事態であった。しかし、“世論の動向”とは抑々何なのか? 安倍政権の“1強”を崩した要因の半分は、自民党も含め、身内から出てきた失言や暴言や週刊誌的スキャンダルであった。閣僚については、安倍首相に責任があることは間違いない。しかし、後の半分は『森友学園』・『加計学園』問題である。実際、この5ヵ月以上に亘って、殆ど連日、野党もマスメディアもこの問題を取り上げ続けてきた。テレビの報道番組や報道バラエティーを見れば、連日、加計学園の名が出てきて、今治に計画された小さな大学が、今や全国で最も知名度の高い大学になってしまった。半年近くに亘って新聞紙上の1面を占拠し続けた問題となると、通常は国家の方向を左右する大問題である。「果たして、今治に計画される獣医学部が日本の将来を左右するだろうか?」等と皮肉を言いたくなるほどの大きな扱いであった。

様々な不透明な経緯はあったにせよ、加計学園問題がそれほど重大問題だとは私には思われない。ただ、ここで私が関心を持つのは、この問題が“事実”を巡ってどうにもならない泥沼に陥ってしまったように見える点である。とりわけ、メディアは“事実”を御旗にしている。“事実”といえば一見、客観的で確定的なものに見える。そこで、野党もメディアも文科省の内部メールを持ち出して、これを“事実”とし、官邸が文科省に圧力をかけたという。そうでないなら、「“ない”という“事実”を出せ」という。「出せないのは、安倍首相が“お友だち”の便宜を図る為に圧力をかけたからではないか?」という。メディアが連日、そんな報道をしているうちに、内閣支持率が急落していったのである。この先、何かのっぴきならない“事実”が出れば兎も角、現状では確かな“事実”などどこにもない。そして、「安倍首相が加計学園の便宜を図り、圧力をかけた」といった“事実”は出る筈もなかろう。全て藪の中なのである。しかし、野党もメディアも、「政府側が説明できないのは、“事実”を隠蔽しようとしているからだ」という。私には全く無謀な論理だとしか思われない。冗談だが、仮に便宜を図ったとして、「それを“事実”をあげて説明せよ」と言われても難しいだろう。抑々、“口利き”や“圧力”は証拠など残さないだろう。しかも、野党もメディアも、実は“事実”だけを報道している訳ではない。「個人的事情によって行政を歪めた」と推測し、その推測を根拠に、政府の説明責任を追及しているのである。“事実”報道の客観性を唱えるメディアが頼っているのは、“事実”ではなく“推測”である。この推測を突き崩す“事実”を提出できない政府を攻撃するというのだ。しかし、政府からすれば、“ない”という“事実”を証明することなど不可能であろう。

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【私のルールブック】(111) 数年ぶりに頂いた1週間の休みでしたが…

先日、数年振りに夏休みを頂いた。まるまる1週間のお休みである。日程を決めたのは、確か4月頃だったと思う。帯番組+複数の番組を抱えている故、「ここでお休みしたいんですけど~」的に、 気軽に自分の都合だけで休むことなど到底できない。基本、収録スタイルの番組の殆どは隔週の2本撮りなので、調整は何とか可能なのだが、『バイキング』(フジテレビ系)は生放送+帯での出演(月~金)なので、完全に番組から抜けることになり、相談は必須なのである。要するに、子供の頃は当たり前のように無条件で与えられていた夏休みも、大人になると誰かの力を借り、誰かに迷惑をかけ、誰かと相談しなければ得られないということなんでしょうね。とはいえ、結果的には数年振りに大型のお休みをゲットできた訳です。そりゃあ楽しみでしたよ。色々計画も立てました。ワンちゃんと同宿OKの行きつけの宿でのんびりするとか、3日間だけワンちゃんたちをホテルに預けて、お付き合いさせて頂いている彼女さんとどっかに行こうか…とか。

計画を立てるのは自由ですし、タダですから。で、実際はどうなったかといいますと…病院三昧でした。メインは歯医者さんです。で、かなり大掛かりな治療をすることになり、というか、1週間のお休みなんて次にいつ取れるんだって話ですから、このタイミングで決行せざるを得ない状況と相成りまして…。しかも、その治療を行うとかなり顔が腫れることが判明。腫れが引くまで丁度1週間ぐらいかかるだろうと、えぇ。ということはですね、1週間のお休みの初日に治療をし、後は安静にして顔の腫れが引くのを待つしかない訳ですよ。結局、寝たきりの1週間でした。運動はワンちゃんのお散歩のみです。こちらは先生にもお願いし、「親としての責任ですから」と言って了解を得まして。お風呂に関しましては、私は湯船派なんですがシャワーのみ。そして、最大の問題は食事です。歯の大掛かりな治療ですから、当然、治療後は巧く食べることなどできません。というか、食べる気にもなりませんでした。

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