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【私のルールブック】(196) いくら化石と呼ばれても結構! 礼儀と恩義を大切に仕事をします!

先日、『ブラ迷相談部』(東海テレビ)という番組に出演させて頂いた。タイトルそのままに、『ブラックマヨネーズ』のお二人にゲストが相談して解決(?)してもらう番組のようで…。で、何でもそちらの番組が終了するということで、「最終回にサプライズゲストとして来て頂けませんか?」とのオファーがあった次第。ただ、お声掛け頂いたのが結構ぎりぎりでして、基本的にレギュラー番組でスケジュールの9割方が埋まっている状態ということもあり、本来ならば「ごめんなさい」となってしまうのですが、最終回と言われてしまいますとね。しかもブラックマヨネーズさんの番組となると、「ダメ元でいいから何とかならない?」とマネージャーさんにお願いしてみたんです。すると、優しい人っているんですね。元々その時間帯に組まれていた番組のプロデューサーさんが、何と収録時間をずらして下さいまして。晴れてブラマヨさんの番組に出演できる隙間が生まれたわけです。

で、これは後日談なんですが、ブラ迷相談部のスタッフさんたちは、「まさかこのようなローカル番組に出演して頂けるとは思っていませんでした」と、どうやらこちらもダメ元でオファーをしてきたようなんです。でもね、以前にもこちらに書かせて頂きましたが、スケジュールさえ調整がつけば普通に行くんです。抱えている番組がいくら増えようが、日頃からブラマヨさんにお世話になっていることは確かなわけで、ならば断る理由などある筈もなく。というか、私はこの感覚だけは忘れてはいけないと心に決めているので。若い頃は事務所に守られ、事務所の方針に従って仕事を積み重ねていくのもありだと思います。だって右も左もわからないんだから。ただ、50も過ぎたら、事務所やマネージャーさんと相談をしながらも、肝心な場面では自分の価値観で仕事をしなきゃでしょ。何より、いい歳こいたおっさんが、ブラマヨさんに限らずお世話になった方々に世話になりっ放しで放置しておくなんてのは、末代までの恥ですからね。古くて結構! 化石と言われようが、礼儀や恩義というものに時代も世代もクソもないんです。

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テーマ : 俳優・男優
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【異論のススメ】(48) 平成の終わりに思う…にぎやかさの裏、漂う不安

私がこのコラムを始めたのは平成27年の4月であった。もともと1~2年のつもりで引き受けたのだが、少し延びて4年たち、平成も終わりつつある。これを機に、毎月の連載にはひと区切りつけたい。仮に、今日の思想や政治的立場を大きく“進歩派”と“保守派”に分ければ、私は自分自身を保守の側に位置付けてきた。そして、4年前に本紙オピニオン面の編集部は、それを承知で、「むしろ積極的に保守的な立場で書いてもらいたい」と依頼をしてきた。『異論のススメ』というタイトルも、進歩派の代表紙である朝日に“保守的な構え”で書くという意味あいである。それから4年ほどたって、もはや“保守”か“進歩”という対立がほとんど無効になってしまうような大きな波に、われわれはのみ込まれつつあるように思われる。この4年間で日本は明らかに活気を取り戻した。経済指標はよくなり、求人倍率がこれほど高い国もない。大都市圏では地価は急激に上昇した。外交においても、日本の国際的な地位はそれなりに高まった。外国人は日本に押しかけてきて、好印象を語っている。スポーツでも、国際的に活躍できる選手や団体が次々とでてくる。テレビをみれば、グルメ情報番組が満載で、うまいスイーツ店やラーメン店が目白押しだ。連休ともなれば、大挙して海外へ出かける。反対派が何と言おうと、これらが、直接・間接に安倍政権の成果であることは間違いない。

表面をみれば、日本はそれほどにぎやかで活気があるようにみえる。しかし、このにぎやかさの背後にしのびよっている何かえたいのしれない不安を感じることも事実であろう。実際、若い人と話をしていると、案外と名状しがたい不安感や危機感をもっている人は多い。その正体を特定するのは容易ではないが、何かがうまくいっていない、という。ありあまるほどの自由を享受しながら、どうしようもなく窮屈で、つねに心理的ストレスを感じている。安倍政権の評価とは別に、政治そのものが体をなしていないのではないか、という。かつてない豊かさを享受し、あらゆるめずらしいものが食卓に並ぶが、別にほしいものはない。仕事は見つかるが、働いてもやりがいがない、という。インターネットで誰とでもつながるが、本当に信頼のおける仲間がいない。そして、実際、こころの不安を抱える者は多く、また家族や親子などの近親者間での犯罪が多発し、あおり運転などというものも出現する。表面のにぎやかさの背後で何か大事なものが壊れている、という印象を私もぬぐえない。この数年間で、市場競争はますますグローバルな規模へと拡張し、情報関係のイノベーションはさらに加速した。つまり、世界の国や人々の間の空間的な距離は縮まり、新しい技術開発はいっそう短時間になっている。その結果、一方では人々にグローバルな舞台が用意されると同時に、そのためにかつてない競争圧力にさらされ、イノベーションの加速は、これも人々に新たな可能性を開くと同時に、たえず時間との闘いを強いている。社会の流れについていけない者は多大なストレスを受けざるを得ないし、この変化と競争の真ん中にいる者も、もはや抜けだすことのできないメカニズムの自動運動のなかで疲れはててゆく。しかもこの競争のメカニズムは、今日、多くの場合、成果を客観的な数値で測定するという数値主義や成果主義へとゆきつき、数値で示される成果がほとんどその人の能力の指標になるとなれば、かなりの人が心的なストレスを受けるのも当然であろう。そして少しでも道をはずす者がいると、すでに心的な不安を抱えている者が、“正義”をたてに激しい社会的な攻撃を加えてくる。テレビやSNSのようなメディアがこの“目に見えない悪意”を増幅する。だが、そもそも人の人格など表層に現れた成果や数値で測定できるものではないのだ。

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テーマ : 政治・経済・社会問題なんでも
ジャンル : 政治・経済

【異論のススメ】(47) GAFAの市場支配…情報・知識社会、公正さ焦点

GAFAと総称される米国のIT大手4社(※グーグル、Apple、フェイスブック、Amazon.com)が問題となっている。あまりに巨大な市場支配力を持ちすぎたためである。実際には、課税逃れや顧客情報の管理に関する問題等が指摘され、何らかの規制の必要性が論議されている。この問題の根は深く、今日の経済を考える上でも重要な論点をはらんでいる。IT系の情報産業がグローバル市場のなかで巨大な市場支配力をもつのは当然のことで、ひとつの理由は、情報・知識は、通常の工業製品とはまったく違うからだ。自動車やテレビなどは、無限に生産を拡大することはできない。生産の拡張もある段階までくれば、追加的な費用が急増するため、いずれ生産の臨界点に達する。しかし、情報・知識の場合はまったく違っている。設備も工場も人員も比較的少なく済み、生産や販売に関する費用はきわめて小さく、市場が拡大すればするほど、追加的な費用が減少する。経済学でいう限界費用逓減といわれる現象である。この場合には、ほとんど無限に市場を拡大することができる。簡単にいえば、最初にうまく市場に乗った企業は、ほとんど世界中の市場を手にすることが可能となる。当然、市場目当ての広告収入は増加するから、圧倒的な利益を手にすることができる。かくてグーグルの親会社は今日、約12兆円の売り上げをもち、Amazonは20兆円近い売り上げを誇る。情報・知識産業においては、通常の市場競争原理は適切な結果をもたらさないのだ。第二に、情報・知識は、本質的に公共的なものである。インターネット上に公開された情報は誰でもが閲覧できる。ツイッターなども公開される。ユーザーが使用したあらゆるデータもその場で消え去るのではなく、蓄積され保存される。つまりこれは本質的に公共性をもっているのだ。 にもかかわらず、その顧客データは、特定の企業に独占され、ビッグデータとして私企業によって管理されることになる。ここに、今日の情報資本主義の危うさがある。

今から40年ほど前、1970年代の後半であるが、製造業を中心とする先進国(※特に米国)の資本主義はもはや限界状態にある、といわれていた。製造業中心の工業社会から、情報・知識中心の脱工業社会への移行が唱えられていた。『脱工業社会の到来』という書物をあらわした社会学者のダニエル・ベルは、来たるべき情報・知識社会とは、市場競争一辺倒の社会ではなく、公共的な計画によって人々の公共的な生活を向上させる社会だ、と唱えた。なぜなら、情報・知識は本質的に公共性を持つため、それは市場競争原理にはなじまないからである。私的利益の対象とみなすよりも、それらを人々の公共的な生活の質の向上のために使うべきだと主張したのである。現実には1980年代の新自由主義的な市場競争や1990年代のIT革命によって、情報・知識は市場で莫大な利益をうむ強力な新産業へと成長した。その結果、GAFAと呼ばれる巨大IT企業が圧倒的な市場支配力をもつだけではなく、今日の社会のもっとも基本的なプラットフォームを形成することで、われわれの生活全般に対して大きな影響力をもつようになった。プラットフォームとはインフラストラクチャーである。それは今日の経済のみならず、われわれの社会生活や文化の共通の基盤となっている。いいかえれば、きわめて重要な公共的役割を担う一種の“社会資本”となっている。かくてGAFAはわれわれの生活や文化の全般において圧倒的な力をもつことになった。現在、われわれは経済成長率の低下に直面している。消費が伸びないので、政府も産業界もIT産業へ強い期待をかけ、新たな製品開発が急務だと訴える。この新産業革命によって消費を拡張し経済成長を実現しようというのだ。

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テーマ : 経済
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【タブー全開!政界斬鉄剣】(173) 忖度辞任の塚田前国交副大臣が“忠義の士”かもしれない意外な理由

池田「今週は、塚田一郎前国土交通副大臣による“忖度発言”のお話です。安倍首相と麻生財務大臣の意向を忖度して、彼らの地元である山口県と福岡県を結ぶ道路に予算をつけさせたと受け取れる発言をしたとのニュースを聞いた時、『若しかして塚田さんは麻生さんを庇って自爆したのかな?』と思いました。塚田氏は“忠義の士”かもしれないのです」

――あのおバカ失言の人が!?
池田「注目すべきは、今回の統一地方選で行なわれた福岡県知事選です。この選挙で麻生氏は、前回の知事選で自分と自民党が支持した現職候補を差し置き、唐突に新人候補を擁立したのです。これに福岡の自民党議員たちは大反発し、保守分裂選挙になってしまった。しかも拙いことに、麻生氏が担ぎ出した新人の支持は広がらず、投開票日のかなり前から勝てる気配すらなかった」

――そりゃ拙いね…。
池田「恐らく、麻生氏は内心でかなり焦っていた筈です。中央政界での影響力に深刻な悪影響が出そうだったからです。そんな時に塚田氏の忖度発言が飛び出した。塚田氏は、参議院議員に初当選する前から麻生氏の派閥から応援を受けた政治家で、麻生氏の完全な子分です。塚田氏もそれを自覚しているようで、麻生氏への忠誠心は派内でも飛び抜けています。そんな人が、親分の大ピンチに“忖度発言”を放り込んだわけです」

――意図的な失言ってこと!?
池田「今、“忖度”という言葉は安倍政権で完全なNGワードであり、自民党内では冗談で口にするのもタブーです。そんな禁句を選挙中に、副大臣が、挙げ句の果てに特定地域への利益誘導があったかのような趣旨で使ったのです。子供にだってわかる即死確定の激ヤバ発言です。真っ当な人間なら、そんなことも分別できずに口走るとは到底思えない。勿論、若し塚田氏が真っ当な人間ならばの話ではありますが…」

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【カオスを飲み干せ!挑発的ニッポン革命計画】(201) BREXITという“自殺行為”を選んだイギリスと日本の共通点

「テクノロジーとグローバリゼーションが同時に加速し、世界が益々繋がっていく現代において、自ら“障壁”を作って保護主義の道を進もうとするのは狂っている」――。著名なコラムニストのトーマス・フリードマン氏は、『ニューヨークタイムズ』のオピニオン記事で、そうイギリスを皮肉っています。与党の保守党も野党の労働党も“痛みの無いBREXIT”の方法を模索しているが、抑々EUを離脱するという決断自体が間違っているのだから、やりようがないと。自分たちの街にこれ以上移民が増えるのは嫌だ。EUの為に自分たちの富が一方的に使われるのは耐えられない――。フリードマン氏は、BREXITに賛成票を投じたイギリス人の感情に理解を示しつつも、その誤謬を徹底的に追及します。『マイクロソフト』、『グーグル』、『アドビ』は何れもアメリカを本拠とするグローバルIT企業で、共通点はCEOがインド出身であることです。その意味するところは、今やとてつもなく才能のある人材は、世界中で最も開かれた市場、最も機会の与えられる社会、国、都市に向かうということに他なりません。

この厳然たる事実から目を背け、イギリスは恰もグローバリゼーションから逃れられる術があるかのような“虚像”を追い求めている。労働党はマルクス主義に傾倒し、保守党は最早極右政党となり、互いに陣取り合戦をしているだけ。その間にも、現実の問題はどんどん深刻になっていく。「あのイギリスが狂ってしまった」とフリードマン氏が嘆くのも、当然といえば当然です。僕は、日本の政治状況もこれに近いような気がしてなりません。憲法改正も基地問題もエネルギー政策も、重箱の隅を突くような議論に終始し、「抑々、何故この問題が議論されているのか?」といった本質的な問いに誰も答えようとしない。両陣営の応援団の感情だけが高ぶり、建設的な議論を益々邪魔してしまう。先日施行された改正出入国管理法の議論でも、「これは“移民法”なのか?」という言葉尻の部分が矢鱈とフォーカスされるばかりでした。好むと好まざるとに拘わらず、グローバリゼーションの波を回避することはできないのに、「外国からの人口流入を受け入れなくても何とかなる」という幻影を追い続けているように思えてなりません。

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テーマ : 国際政治
ジャンル : 政治・経済

【日日是薩婆訶】(37) 今や行政も司法も安倍政権忖度ばかり…憂国の士はいないのか?

7月の猛暑・酷暑・烈暑に続き、8月は台風月のようだ。今日(※8月28日)の時点で21個目の台風が発生している。また、台風12号は前代未聞の“逆走台風”となった。通常、台風は偏西風の影響で東に向かうことが多いわけだが、今回は異例中の異例だという。気象庁の説明によると、原因は2つあり、一つは東海沖に発生した寒冷渦。台風も寒冷渦も反時計回りの為、それが出遭うと西に進路を向けてしまい易いという。また、もう一つの原因は、朝鮮半島から北日本を覆っている夏の高気圧の勢力が非常に強かった為、低気圧がそちらへ向かえないこと。低気圧が高気圧のほうへ進むことはあり得ない為、西へ逃げることになるという。そうして解説を聞いてみれば、なるほどと思わないでもないが、未だ曾て起こったことのない気象現象の予報を、今回、よく出せたものだと思う。若しや天気予報は既にAIの力を借りているのか――。そう思わないではいられなかった。ところで、和辻哲郎はその著『風土』(岩波文庫)の中で、日本人を“モンスーン気質”と命名し、相反する2つの性格の同居を指摘している。その2つとは、“こつこつ努力する”けれど“諦めがいい”ということ。通常、例えば欧米では“こつこつ努力する”ことは“諦めない”ことを意味する。英語の“tenacious”が典型だが、それは執念深さをも意味するのである。ところが日本人の場合、台風前には窓の目張りや板を打ち付ける等、“こつこつ努力”して準備するわけだが、予想を超える巨大な台風が来れば、これはもう“諦める”しかない。そのような“両行”する日本人の気質の原型が、台風のせいで涵養されたというのである。実に慧眼だと思う。私はそこから更に敷衍し、ルース・ベネディクトの『菊と刀』にも言及しながら、彼女には矛盾(※confict)としか見えなかった日本人の特質が、実は“両行”であったことを講演等でも話す。

“両行”そのものは『荘子』に用いられた用語だが、両極端を踏まえた上で、その中間のどこかに直観で着地点を選ぶやり方は、仏教の“中道”にも通じている。両極端に近付かない儒教の“中庸”と違い、台風の国には“中道”こそが相応しかったということではないだろうか。まさに、台風が来てもただでは起きない日本人の真骨頂と言うべきだが、庫裏の改修工事中の身としては、そんな悠長なことは言っていられない。8月末から足場や覆いが外され、愈々壁やガラス戸等が風雨に晒される状況になりつつある。無論、どう転んでも風雨に晒されるのが壁やガラス戸ではあるのだが、雨脚の処理等、外構部は今後の工事になる。そちらが出来上がる前に、あんまりな風雨には晒したくないのである。扨て今月は、当地では月遅れお盆の月でもあった。毎年のことだが、終わると心底ほっとする。棚経の数等は例年と然程違わないが、今年はお盆の供養塔婆の申し込みが相当増えた。1本や20本の減ならば毎年のことだが、今年は50本以上増えたのではないだろうか。理由は全く見当もつかず、若しや天変地異のせいではないかと訝っている。もう一つ、送り盆以後の片付けにも変化があったのでご報告しておこう。毎年、花・花竹・紙類等、一緒くたに捨てていく方が多いのだが、今年は殆どの方がこちらの要求通り、町指定のごみ袋に花や紙を入れ、竹は新設した籠の中に入れていって下さった。永年、ごみの仕分けに努力してきた女房が感激するほどの変化だったのである。恐らく、そうした仕分けは1割から2割の方がきちんとして下さっても、毎年、大して変化はないが、例えば4割を超えるあたりからは、一気に皆そうするようになるのではないだろうか。これも自然現象の一種なのだろうが、台風と違って随分ありがたい出来事だった。また、“お墓を草原に”というお寺の主張も次第に受け容れられつつある。何より、最近は豪雨等による災害が多い為、「その場に降った雨はその場で沁み込ませましょう」という要求が説得力を持つ。実際、底を抜いて草を生やしたU字溝は水位が抑えられ、かなりの大雨が降っても溢れる危険性は感じない。お墓から側溝等に流れ込む水も、随分減ったのではないだろうか。あとは、新庫裏の外構が思うように出来れば愁いはないという状況である。今でも時々苦労するのは、昔ながらの石屋さんの考え方かもしれない。最近は、新しく墓石を建てるような場合、必ずお寺に相談するよう立て札を建てているのだが、詳しく基礎のやり方を聞いてみると、存外昔ながらのコンクリートの打ち方を計画していたりする。全面にコンクリートを打ったり、表面全体に石を張ったりするのは禁止にしているのだが、時に説得に手間取ることもある。中には、通水性のあるアスファルトの存在をご存知ない石屋さんもいたりするのである。しかし、これも何れ劇的な変化を遂げるだろう。大事なのは、あるレベルで一定期間、理想的な墓地ができていくことだ。

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テーマ : 仏教の教えと世界観
ジャンル : 心と身体

【私のルールブック】(195) 私が千葉の家をとことん愛してしまった理由

ご存知の方もいらっしゃると思いますが、私は現在、東京の家と千葉県の家を行ったり来たりの生活を送っている。こんな生活が約3年半続いているのだが、正直、千葉の家の居心地が良過ぎて、東京の家に戻る機会が減っているのだ。抑々、千葉の家は我が家のワンちゃんたちに心地よく過ごしてもらうことをテーマに設計したので、当然、庭も広く、室内の床も滑り難い材質を選び、腰に負担がかからないように階段も緩やかに作られており、お散歩を終えての足洗い場も完備されている等、ワンちゃんにとっては至れり尽くせりの環境なのです。ということは、ワンちゃん中心の生活を送っている私としても、彼らの笑顔が見られることが何よりなわけで、そりゃあ千葉の家を依怙贔屓してしまうのも致し方ないところ。ただ、私が千葉の家を気に入っているのは、それだけではないんです。先ずはご近所さんに恵まれました。兎に角、皆さんに良くしてもらっています。

ご近所さんと顔を合わせると、「あれ持っていきなさい」「これ持っていきなさい」と、獲れたての魚だ野菜だ、何故かちらし寿司だと、スーパーマーケットに行く必要がないぐらい頂き物をしてしまうこともしばしば。ですが、だからといって田舎特有の密接な関係ではなく、適度な距離感を保って下さっているのが何より有難い。そして、次に挙げるとするなら景色ですかね。ただ、景色といっても何があるわけでもないんです。というか何もない。そう、何もないのが心地いいんですよ。周辺に高い建物は殆ど無く、延々と田畑が拡がるばかり。日の出と共に鳥が囀り、季節によって蛙が鳴き、畑の陰から白鷺や青鷺が飛び立ち、田圃の上を雉が親子で駆け抜けていく。そして裏手に目を向けると、こちらは海なんです。徒歩1分程のところに漁港がありまして、早朝から漁師さんがポツポツ。冬場の海風は厳しいですが、春先から秋にかけては最高なのよね。あっ、因みに冬場は富士山もしょっちゅう見えます。かなりクリアに拝むことができる。

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テーマ : 俳優・男優
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【異論のススメ】(46) 平成の30年を振り返る…失敗重ねた“改革狂の時代”

4月で平成も終わる。この30年を一言で特徴づけるのは無謀なことと承知しつつ、あえていえば、平成とは“改革狂の時代”だったといいたい。元号が昭和から平成に替わったころ、私は在外研究で英国に滞在していた。日本経済はまだ“向かうところ敵なし”の状態で、英国経済の再生の実感はなく、サッチャー首相の評判はすこぶる悪かった。ちょうどそのころ、社会主義国から西側への“脱出”が始まり、ベルリンの壁の崩壊へと続く。当然ながら、英国でも、社会主義の崩壊という歴史的大事件がもっぱらの関心事であった。日本人の研究者やビジネスマンたちが集うとよく日英比較論になった。ほとんどのビジネスマンは、日本経済の盤石さを強調し、この世界史の大混乱のなかで、経済は日本の一人勝ちになるといっていた。だが私はかなり違う感想をもっていた。日本経済がほとんど一人勝ちに見え、日本人がさして根拠のない自信過剰になる、そのことこそが日本を凋落させる、と思っていた。賛同してくれるものもいたが、あくまで少数派であった。確かに、英国経済の非効率は生活の不便さからも十分に実感できた。しかし、その不便さを楽しむかのように、平穏な日常生活や、ささやかな社交の時間を守ろうというこの国の人の忍耐強い習慣や自信に、私は強い印象を受けていた。一方、にわか仕込みの金満家となった日本人はといえば、ヨーロッパの町々で大挙してブランド店に押し寄せ、かの地の人々の失笑を買っていた。確かに英国の中産階級の若い者など、ほとんどブランド品に関心をもたず質素な生活をしていた。しかし、私には、仲間が集まっても、ほとんど狭い専門研究の話か仕事の話しかしない日本の研究者やビジネスマンよりも、この世界史的な大変化の時代にあって、英国はどういう役割を果たすのか、といったことがらに、それなりの意見をもっている英国の“ふつう”の人々に、何かこの国の目には見えない底力のようなものを感じていたのである。そして帰国したころにバブルは崩壊し、経済は急激に失調するとともに日本人はまったく自信喪失状態になった。そうなると、われわれはすぐに“外国の識者”の助言を聞きたがる。また無責任に口をだしてくる、(大半が)米国の知識人がおり、それを重宝がる日本のメディアがある。何が日本をこうさせたのか、という悪者探しが始まる。こうなれば“問題”は次々とでてくる。かくて、官僚システム、行政規制、公共事業、古い自民党、既得権益者、郵政事業、日本型経営、銀行等が次々とやり玉にあげられ、“改革”へとなだれ込んだ。やがて“改革なくして成長なし”といわれ、“日本経済の低迷の理由はすべて改革の遅れにある”という言説が支配する。驚くべきことに30年たっても同じことが続いているのだ。まさしく“改革狂の時代”というほかないであろう。

日本の元号の変わり目が世界史の大転換と符合するなどということはめったに生じるものではないが、平成の幕開けは、世界的には冷戦の終結と重なっていた。つまり、平成とは、冷戦以降の世界状況への対応の時代でもあった。そして、改革論は、冷戦以降の世界に適応するためには日本の大変革が不可欠だと唱えた。冷戦以降の世界は何かといえば、巨大なグローバル市場の形成であり、世界的な民主主義の進展であり、IT革命と金融革命である。それはまた、冷戦以降を見据えた米国の新たな世界秩序形成にかかわる覇権的戦略でもあった。だから日本の“改革”とは、冷戦以降の米国覇権への追従であり、グローバリズムへの適応だったということになる。それで、その結果はどうなったのか。平成が終わろうというこの時点でみれば、これらはことごとく失敗に終わったというほかない。情報・金融中心のグローバル化は、リーマンショックに見られる極めて不安定な経済をもたらした。その帰結がトランプの保護主義である。また、グローバリズムは、はげしい国家間競争を生み出した。その帰結が、中国の台頭と米中の“新たな冷戦”である。自由と民主主義の普遍化という米国の戦略は、イスラム過激派との対立をうみ、しかもその米国の民主主義がトランプを大統領にした。冷戦終結の産物であるEUは、いまや危機的状況にある。ITからAIや生命科学へと進展した技術革新は、今日、無条件で人間を幸福にするとは思えない。むしろいかに歯止めをかけるかが問題になりつつある。

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テーマ : 経済
ジャンル : 政治・経済

【タブー全開!政界斬鉄剣】(172) 新元号フィーバーに隠れて発生した不穏な大事件とは?

池田「日本中が新元号を祝福するムードに包まれる中、日本の直ぐ近くでかなり不穏な出来事が発生していました。新元号発表の前日となる3月31日、中国軍の戦闘機2機が台湾海峡の中間線を越え、台湾空域に侵入したのです。最近では2011年に中国軍機が台湾側に越境したことがありましたが、それはアメリカ軍機を追跡中の流れで中間線を越えたものでした。しかし、今回は偶発的な出来事ではなく、明確に意図した軍事行動だったようです。こうなると明らかに超異例の事態です」

――でも、前代未聞の事態ではないですよね?
池田「今回を超える緊張状態は1996年にまで遡ります。当時は反中色の強い李登輝元総統が総統選挙を優勢に進めており、それに危機感を感じた中国が台湾海峡にミサイルを撃ち込んだりして、緊張が高まった。それに対し、台湾の後ろ盾であるアメリカは空母艦隊を派遣し、軍事衝突も辞さない強硬な姿勢を示しました。当時はアメリカと中国の力量差が圧倒的だったので、中国はそれ以上の強硬策には出られなかった。しかし、今は状況が違います。この20年間で中国は急成長し、世界第2位の経済大国になった。同時に軍事力も強大化した。世界への影響力も飛躍的に増大したのです」

――中国が本気で台湾を!?
池田「日本を含めた世界は、そう考えて対応するべきだと思います。中国の軍事的な行動と聞くと、一般的には尖閣諸島の問題と、南シナ海のスプラトリー諸島で軍事基地を勝手に建設し続けている光景が思い浮かぶと思います。しかし、それ以外にも中国は活発な軍事活動を進めているのです」

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【カオスを飲み干せ!挑発的ニッポン革命計画】(200) 何が正しいかよりも“どこまで汚れられるか”を議論したほうがいい

あらゆる物事には黒(=陰)と白(=陽)があり、お互いを見合う白の中には黒い目があって、黒の中には白い目がある。つまり、光の中には常に影の要因があり、影の中には常に光が存在する。これが道教の太極図が意味するところです。様々な社会問題に置き換えても同じことが言えるでしょう。自分の考える“正しさ”の中には、間違いがあるかもしれない。何故、「原発を稼働すべきだ」と言う人がいるのか? なぜ、沖縄にあれだけのアメリカ軍基地があるのか? 電力会社が、自民党が、アメリカが…等、大雑把に仮想敵を見立てることに終始せず、「何故、そういう意見があるのか?」と考えるのは大事なことです。先日、音楽配信サービス『DOMMUNE』で、『電気グルーヴ』の楽曲を4人のDJが5時間ぶっ通しで流し続ける特集が組まれました。言うまでもなく、ピエール瀧氏がコカイン使用容疑で逮捕され、関連作品の販売・配信・放送が中止されたことを受けてのものです。累計約50万人の視聴者が訪れ、ツイッタートレンドは日本で1位、世界全体でも4位を記録しました。

この“大成功”にワイドショー番組『バイキング』(フジテレビ系)が噛みつき、ちょっとした騒ぎになりました。何故、薬物使用で逮捕された人を態々持ち上げるのか? 正しさを求める――もっと言えば、“正義”なるものに憑依している人たちには、それが理解できないのでしょう。一方、ピエール瀧氏の多くのファンや擁護派は、これに激怒しました。気持ちはわからないでもないですが、「音楽には罪がない」「クラブミュージックに対する偏見と戦う」と、これまた“正義”に執着して反論を試みていることには、正直言って違和感を覚えます。僕も音楽の世界は長いので、善し悪しを脇に置いた上で敢えて断言しますが、クラブミュージック、特にテクノとドラッグは不可分な面があります。それなのに、「日本のテクノは潔白だ」「ドラッグとは無関係だ」と言わんばかりの人々が大勢いる。結局、どちらも“影のない光”を求めているだけです。

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テーマ : 政治・経済・社会問題なんでも
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