【少年犯罪“殺人者”たちの肉声】(中) 福岡・17歳男子リンチ死事件(2003年)――加害者の母は「もう、そのことは思い出したくないんです」

少年法は加害者を“更生”させられるのか? 今回も、30歳前後になった“元少年A”たちのその後を追跡。賠償金の支払いを滞らせて行方不明になる加害者と、その親に依る信じられない言動に直面した。 (取材・文/ジャーナリスト 須賀康)

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福岡県糟屋郡篠栗町。JR博多駅から快速電車で15分、博多のベッドタウンとして人口が急増した町である。2003年1月8日、捜査関係者がその残酷さに息を呑むほどの集団リンチに依って、永江誠君(当時17)が9人の少年に殺害され、遺棄された。誠君の母・真由美さん(47)には事件のショックが今も残る。「誠は下半身裸で捨てられていたのです。確認の為に警察で対面した遺体は、顔が2倍にも膨れ上がり、息子とわかりませんでした。シーツを捲ると腹に2ヵ所、鋏で刺された穴が黒く開き、性器もライターで焼かれ、焦げて黒くなって…」。事件後、主犯格の加害少年ら4人は、その残虐性に依り家庭裁判所から検察官送致(逆送)され、公開の刑事裁判で懲役判決を受けた。裁判の中で被害者遺族との和解が成立したが、事件から12年が経ち、30歳に届くまでになった元少年Aたちは、遺族を更に苦しめ、追い込んでいた。「周りからは『賠償金が入っていいね』という声も聞こえてきます。しかし、殆どが毎月1万円ずつのローンです。中には42年ローンという加害者もいる。しかも、約束の賠償金さえ払わずに逃げていたり、振り込みが途切れたりしています。仕方なく自分で加害者の家を探し、賠償金を請求に行きました。私たち遺族は、こんなことまでさせられているんです」。子供を殺された親が加害者の元へ賠償金の請求に行くという、信じられないような現実。事件後、加害少年たちは遺族に対し、どんな贖罪を果たしてきたのか? 遺族の真由美さんと共に、“元少年A”たちの今を訪ねた。

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事件後の和解条項通り、現在までに賠償金を完済したのは9人の加害者中3人。支払い中が5人だが、うち1人は度々長期で支払いが止まる。そして1人は、2011年12月を最後に振り込みがなく、住所も移転している。真由美さんが苛立ちを隠すように、こう語る。「和解で許した訳ではありません。加害者たちは誠の友達ですから顔は知っていますし、母親も顔見知りということや、裁判や少年院からの手紙で反省の情も見えるので、示談したのです。しかし、その後の彼らの行為は誠と私への裏切リとしか思えません」。最後に示談したF(同16)は裁判中から連絡が取れなくなり、弁護士が何度も手紙を送るが無視されたままだった。しかし、Fは博多駅周辺で誠君の友人によく見かけられていた。友人らの「謝罪に行け」と言う言葉に、遺族宅にFが父親と挨拶に行ったのは事件から2年半後。真由美さんは、その場で弁護士に連絡した。“2005年7月から毎月1万円を、2022年2月末まで17年間200回払い”という示談書が作成された。ところが、何度も途切れた上に2011年12月で支払いは完全に止まり、連絡も無くなった。「示談書を元に裁判を起こして勝訴しても、支払い能力が無ければご遺族は支払いを得ることができません。移転先の住民登録をしていなければ、所在不明で抑々支払いを督促することもできません」(古賀和孝弁護士)




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主犯格のD(同16)は、収監先の拘置所から何度も謝罪の手紙を真由美さんに書いてきた。出所直後に母親と共に謝罪に来たし、母親はDが収監中、誠君の月命日にはDに代わって挨拶に来ていた。出所した1年後には、仕事先の大阪から近況を知らせるこんな手紙も真由美さんに届いていた。「申し訳ありませんでした。自分は今、大阪で一生懸命働いています。罪を償いながら、誠君のことを忘れることなく、常に謝罪の気持ちを忘れずに、これからを生きていきます」。素直で真面目になっている――真由美さんはDに対し、そう思い始めていた。ところが、毎月1万円の振り込みが3ヵ月に1度になり、2014年1月からは5ヵ月間振り込みはなく、母親からの連絡も無かった。真由美さんが呆れたように言う。「信じていたんです。でも、このまま黙っていたら相手は知らん顔で終わってしまう。それでは向こうの思う壷だと思いました。『Dの母親に私の気持ちを伝えれば、本人に届くだろう』と思い、加害者の家を訪ねました。加害者にも親にも会いたくはない。顔も見たくないです。でも、弁護士さんがこれ以上できなければ、自分が加害者の家に行く他ない。怖いとかそんなことより、自分で行って話さなければ誠に言い訳できないと思ったんです」。Dの自宅は、真由美さんの家から車で約15分。訪ねると、丁度Dの祖父が玄関から出てきたところだった。「『Dのことで…』と言うと、直ぐにピンと来たようで顔色が変わりました。『支払いが無く、連絡がつかない』と告げると『母親がいないのでわからない』と逃げるので、『来たことを伝えてほしい』と頼み、帰ってきました。加害者の家からの帰り道、涙が止まりませんでした」。Dからの振り込みは再開されたが、直ぐに途切れ、今年は2月と5月に振り込まれただけという。示談条項には、「3ヵ月振り込みを怠ると、残金を一括払いする」と明記されている。Dが契約違反を逃れる為、3ヵ月毎に1万円を振り込んでいることは明らかだ。前出の古賀和孝弁護士が語る。「少年事件では、加害少年に逃げられたらお仕舞いです。それだけに、被害者遺族が法律を使って権利を回復するのは難しく、途中で諦めてしまう遺族が多いのも事実なのです」。真由美さんは和解条件の書面には残していないが、9人の加害者たちとは賠償金の支払いと共に、誠君の月命日には仏壇に線香を上げに来ることや、墓参りに行くことも条件にしている。しかし、主犯のA(同18)・B(同17)・C(同16)は、施設を出ても顔を見せに来たことはなかった。

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真由美さんは、加害少年たちが施設を出て以降、町内で誠君の友人たちが彼らを見かけた話を聞いた。ところがここ数年、篠栗町で彼らの姿も話も聞こえなくなったという。そこで私は、加害少年たちの自宅を訪ねてみることにした。先ずは、2011年12月で支払いが止まったままというFの自宅を、示談書に書かれた住所に訪ねた。すると驚いたことに、その住所には別のマンションが建っていたのだ。Fは全く出鱈目の住所を示談書に書いていたのである。「大阪で働いている」というDの実家には、母親から近況が聞ければと2度訪ねた。しかし、以前真由美さんが会ったという祖父も、Dの母親もいなかった。当時中学3年生だったEの自宅を訪ねると、インターホンに出た母親が、「息子は篠栗にはいませんし、ここには殆ど帰っては来ません。まだ結婚はしていませんよ」。「永江さんの件で…」と言うと、咄嗟に電話の向こうで身構えるような声になり、「私たちはもう、そのことは忘れかけているんです。忘れたいからお話はお断わりします。嫌なんですよ。そのことはもう思い出したくないんです」。真由美さんは町内の店で友人と食事中、Eの父親と偶然出会ったことがあったという。その時、何の挨拶も無いまま「あちらのお客様からです」と、店の従業員が生ビールを1杯運んできたことがあったという。また、「Gが少年院を出てきても地元には住まわせない」と言っていた機械工場を経営する父親は、その後再婚。その言葉通り、Gは地元には帰って来ていない。その他、A・B・Cは自宅が移転し、家族も地元から移転していた。真由美さんが怒りを抑え、止む無く和解した胸の内を、“元少年A”たちはどう理解しているのか? 「私の力ではFを探し出すことはできませんし、Dも振り込みが途切れれば、これからも自分が請求に行かなければならないのでしょう。Aの42年ローンなど、終わるまでに私の命があるかどうか。遺族にとっては、損害賠償が唯一の謝罪でしかありません。国が加害者に代わり遺族に賠償金を払い、国がその賠償金を加害者から回収する制度があれば、遺族は救われます」(真由美さん)。民法では、「確定後10年間の内に債権を取り立てなければ、判決(和解)は時効となる」と規定している(10年間の途中で支払いが行われた場合、時効は中断される)。遺族の苦悩を軽減し、“元少年A”たちの逃げ得を防ぐ為にも、国に依る“代執行制度”の成立が急がれる。それは、少年に依る凶悪犯罪の抑止力にもなる筈だ。


キャプチャ  2015年8月18日・25日号掲載


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