漂流続ける患者たち、“ぐるぐる病院”という闇――無駄な検査で医療費が増大、ドヤ街で患者を物色する男の正体とは…

“ぐるぐる病院”という言葉をご存知だろうか? その実態を知れば、多くの人は驚き、そして憤慨することだろう。だが、問題の所在は広範かつ複合的で、根本的な解決は容易ではない。 (編集委員 庄子育子)

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10年間に70回もの転院を強いられた元患者の白浜秀一さん(仮名)は、入退院の記録を書き留めていた。

「普通の生活を送る有難みを今、噛み締めています」。千葉県のアパートで1人暮らしをする舩山隆次さん(60歳)は、しみじみとこう語る。病院の金儲けの為、転院を余儀なくされた日々を振り返る。2007年10月、舩山さんは勤務先の寮で突然、体の変調を来し、大学病院に救急搬送された。診断は『ギラン・バレー症候群』。筋肉を動かす運動神経が侵されて、手や足に力が入らなくなる難病だ。入院当初の病状は深刻で、自力で体を動かせないだけでなく、自発的な呼吸も困難な状態だった。一時は生死の境を彷徨い、症状が落ち着くまでに1年4ヵ月かかった。その後、リハビリを受ける為に千葉県流山市内の病院へ転院。半年が経過した頃、病院の医療相談員の勧めで同市に住民票を移し、生活保護を申請した。長引く入院生活で仕事と住まいを失い、蓄えも底を突いていたからだ。生活保護を受けると、医療費の全額は税金で賄われ(医療扶助)、自己負担は発生しない。生活保護の受給開始は2009年10月20日。「制度を利用させてもらえて、正直ほっとした」と話す舩山さん。ところが、それからというもの、本人曰く“奇妙な生活”が始まった。病院に言われるまま、何度も転院させられるようになったのだ。以後、5年間に亘って関東6都県の14病院の間を行ったり来たりし、転院回数は計28回に及んだ。転々とする内に、同様に病院回りをする患者と出くわすようになった。親しくなって会話すると、粗例外なく生活保護の受給者だった。

“ぐるぐる病院”──生活保護受給者が頻繁に転院を繰り返すことを、そう呼ぶ。舩山さんは、まさにその当事者の1人だった。舩山さんにとって、ぐるぐる生活は決して本意ではなかった。転院の度に繰り返される検査。短期間で転院する為にリハビリの効果は中々上がらず、抑々満足なリハビリ施設の無い転院先も複数あった。ぐるぐる生活に入って1年余りが過ぎた2010年11月、舩山さんは市に連絡して、福祉サービスを使ってアパート生活を送りたい旨を相談した。手足は不自由だったが、車椅子での移動に支障はなく、身の回りのことをある程度1人でできる状態になっていた。だが市は、「病院から『アパート暮らしは困難』と返答された」として、取り合ってくれなかった。それでも、舩山さんは繰り返し市に退院の希望を伝えた。しかし、その都度担当者は「前例が無い」「自分で住むところを探せば支援する」等と応じるばかり。舩山さんは病院側にも退院に向けて協力を仰いだが、特に動いてくれることはなかったという。納得のいく説明や支援が無いまま、転院を繰り返す日々が続いた。2014年夏、業を煮やした舩山さんは知り合いを通じて弁護士事務所に連絡。国や県に要望書を提出し、2014年10月に漸く退院できた。




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舩山さんは何故、意思に反して転院を余儀なくされたのか? そこには、診療報酬制度が大きく影響している。舩山さんの場合、1回の入院期間は最短で7日間。2週間から1ヵ月以内が8件で、それ以外は1~3ヵ月以内が大半を占める。現在の診療報酬制度は、長期の入院患者を減らす為に、入院期間が長くなるほど報酬が下がる仕組みになっている。急性期向けの一般病棟の入院料(一般病棟入院基本料)では、看護職員の配置が手厚くて平均在院日数が短いほうが高い報酬を算定できる。また、患者の入院期間に応じた加算(日数加算)があり、例えば看護体制が10対1(入院患者10人につき看護職員1人)の場合、14日以内の入院で1日4500円、15~30日以内で1920円加算できる。30日を過ぎると加算は無くなる。90日を超えて入院する患者については、原則として急性期に比べて点数が著しく低く設定されている慢性期の病院(療養病棟)と同じ報酬体系になる。一般病棟の入院料は、転院すれば入院日数がリセットされてゼロに戻るので、再び加算のある状態からスタートできる。従って、病院にしてみれば、患者を短期で転院させたほうが高い収入を確保できる訳だ。舩山さんの代理人で『医療扶助・人権ネットワーク』の内田明弁護士は、「本人が自立しようと思っているのに、行政や病院が退院を認めないのは、人権上あってはならないこと」と指摘する。また、病状を無視して長期に亘って転院を繰り返したことで、無駄な医療費の支払いに繋がった点を問題視する。5年もの間、転院を繰り返した舩山さん。実際、その間にかかった医療費は幾らか? 本人が市に情報開示請求をかけて入手した診療報酬明細書(レセプト)の写しを基に、5年分の推移を示したのが上のグラフだ。医療費は、少ない時で月35万円前後、多い時は80万円を超え、年間で520万~760万円もかかっていた。5年間の総額は約3300万円に上る。医療費の支払いが低い2012年1~9月は、療養病棟に入院していた時期に当たる。療養病棟の入院料は一般病棟と異なり、入院期間に依る日数加算は無く、且つ点滴・検査・画像診断・一般的な投薬等をどれだけやっても支払額が変わらない“包括払い方式”。一方、一般病棟の入院料は日数加算があるのに加え、実施した医療行為全ての診療報酬を積み増せる“出来高払い方式”となっている。つまり、所謂“検査漬け”や“薬漬け医療”を行えばその分、病院の収入は増える。

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レセプトを見ると、月額35万円だった医療費が、2012年10月に80万円へと一気に倍以上に跳ね上がったのは、別の病院の一般病棟へ転院してレントゲン撮影の他、MRI(磁気共鳴画像装置)やCT(コンピューター断層撮影装置)検査を行った為だ。何の病名も無ければ検査はできないからか、前月の療養病棟への入院時に7つだった病名は、20に膨れ上がっていた。追加されていたのは、低酸素血症の疑い・甲状腺疾患の疑い・心不全の疑い・脳梗塞の疑い…。舩山さんに尋ねると、自覚症状が無いものばかりで、医師から説明を受けた記憶も無いという。舩山さんのように、本人の意に反してぐるぐる生活を送る人もいる一方、そうした生活にある程度満足していたり、転々とさせられても甘んじて受け止める患者も存在する。千葉県のアパートで介護サービスを使って暮らす白浜秀一さん(仮名・73)は、ぐるぐる生活も止む無しと考えていた元患者の1人。過去形なのは、今は退院して自立した生活を送っている為だ。2014年2月までの10年間で、計70回もの転院を繰り返した。始まりは2004年。飲食店に勤めていた63歳の時に足が動かなくなり、救急搬送された。入院が続く内に収入が途絶え、蓄えも無かったので、舩山さんと同様に生活保護を申請した。体の具合は徐々に良くなったが、家族はおらず、退院しても行く当てが無い為、病院に指示されるまま転院生活を続けた。メモ帳に書き留めていた転院記録を見せてもらうと、舩山さんの転院先と重なるところが少なくなかった。「ぐるぐる生活を送っている患者は、関東では大体同じ病院に行く」と白浜さんは明かす。転院の際には病院間で上手く調整されているようで、A病院の車に乗せられて次の転院先であるB病院に向かうと、その車は帰り道、B病院からA病院へと転院する患者を乗せていった。B病院からC病院へ移ると、今度はC病院からB病院に患者が送られていった。そんな風に、病院間で患者を“トレード”する仕組みになっていたという。

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転院先の中には、劣悪な環境のところも少なくなかった。基本的に、どの病院も生活保護の患者は、一般の患者とは隔離して病院の1~2室に集められており、ある病院ではそうした生活保護患者の専用部屋は冷暖房が切られ、電気も必要最小限しかつけてもらえず、いつも薄暗かった。また、生活保護者が受け取る生活扶助費は、1ヵ月以上入院すると月2万5000円と通常より減額される。複数の病院では、その減らされた生活扶助費からも様々な理由で支出を迫られていた。湯船に入るのに1回2500円、電気カミソリを持っていれば1日につき電気代30円、下着は紙パンツの着用しか認めずに、その廃棄代として1枚当たり350円を請求されるといった具合だ。他に体温計3000円、スプーン・フォーク各1000円等、様々なものを購入させられた。尤も、途中で理不尽な支出要請に対しては「ノー」を突きつけるようになった。だが、入院仲間の中でも寝たきりで意思疎通できなかったり、気弱な人間はお金を取られるがまま。持ち金が無く、他人の煙草の吸い殻を拾って懸命に吸っていた仲間の姿にショックを受けたことで、白浜さんは「この生活は可笑しい」と痛切に感じ、10年目にして漸く病院生活からの脱出を決断したという。生活保護者に対して、きちんとした治療や看護を行っている病院も勿論存在する。だが、ぐるぐる病院が横行すれば、やはり無駄な医療を生み易いのは確かだろう。伸び続ける生活保護費は2013年度には3兆6000億円に達し、その約半分の1兆7000億円が医療扶助費として支払われている。医療扶助費の7割を入院、3割を入院外が占める。生活保護費の伸びをできる限り抑制しようとすれば、割合の大きい入院医療扶助費の扱いがカギを握る。厚生労働省が2014年9月、ぐるぐる病院に関して初めて調査したところ、全国で対象となる患者は1428人に上った(生活保護受給者で90日間自宅に戻ることなく、2回以上続けて転院があった人)。仮に、全員が一般病棟に入院していて月間医療費が60万円だったと仮定した場合、年間で約100億円の医療費がかかっている計算になる。当然ながら、その全てが不正とは言い切れないが、厚労省は実態を明らかにする意味で、判明した1428人について、本当に転院が必要だったかどうかの調査を進めている。

取材を通じて、ぐるぐる病院のネットワークは、少なくとも東京・大阪・名古屋の3大都市圏に確実に存在することが確認できた。ネットワークに関わる病院の経営陣はどう考えているのだろうか? 複数の病院関係者から話を聞くことができた。ある中小病院の事務長は、冒頭の舩山さんの事例のように、退院したいのに退院させないのは「明らかに間違い」としながらも、次のように語る。「行き場が無くて、医療が必要な患者は一定数いる。その受け皿機能はやはり必要。かといって、こうした患者を自院でのみ抱えれば、長期入院となって利益は出ない恐れがある。その為、ネットワークの病院同士で患者を融通し合うことが欠かせない。ある意味、ぐるぐるのシステムは必要悪」。別の病院経営者は、「綺麗事ばかり言っても始まらない。赤字になることは、雇用を守る為にできない」ときっぱり。この他、「全国の病院の7割以上が赤字になる中、医療費の取りっぱぐれの無い生活保護の患者は“優良顧客”。苦しい病院同士でトレードし合うしかない」と開き直る経営者もいた。病院側の言い分にも一理あるとはいえ、ぐるぐる病院にかかる医療費は全て税金で賄われていることを忘れてはいけない。そして、何らかの歯止めを設けないと病院関係者のモラルは崩壊し、時に暴走する恐れがある。2009年には、奈良県大和郡山市の病院において、生活保護の患者を囲い込んで不必要な手術をして死なせたとされる事件が発覚した。同病院では、大阪市を中心に県外の病院から元ホームレスや高齢の日雇い労働者の患者を集めては、不要な検査や投薬を繰り返し、一定期間が過ぎればグループの病院との間で何度も転院させて、診療報酬を荒稼ぎしていた。その延長線上で、院長は更なる利益を求め、患者を騙して無謀な手術を受けさせ、死亡事故を起こした。

ここまでの例は極端として、大阪市内を中心に生活保護受給者を巧みに利用し、然したる病気を持たない人を患者に仕立て上げて、グループの病院間で長期に亘って転院生活を続けさせるブローカー的人物が存在することもわかった。その仕事の中身について、「周辺の病院の地域連携室を回る以外に、釡ヶ崎(あいりん地区=大阪市西成区)のドヤ街(日雇い労働者が多く住む町)等で生活保護の人が多く住むアパートに営業をかけて、患者を拾ってくる」と説明するのは、ブローカーAを知る病院関係者。Aは複数の病院を渡り歩いて、オーナーに「自分を雇えば病床を100%埋められる」と売り込んでは、雇用してもらっているという。実際、Aと同じ病院に勤務していた人物にも話を聞くことができた。すると、「Aは大阪市西成区のドヤ街に定期的に車で乗り付けて、『病人さん、いてませんか?』と挨拶して回っていた」との証言を得られた。その後、本誌はAの居所を突き止め、直撃したが、「ドヤ街のアパートには、飽く迄も『病人がいるから助けてほしい』と言われて迎えに行ったに過ぎない」と答えた。ぐるぐる病院問題の解決に向けて厚労省は2014年8月、全国の福祉事務所に通知を出し、次の2点の順守を求めた。ぐるぐる病院に関する不正な医療・不適切な診療報酬請求を防ぐ為、

(1)福祉事務所が、予め入院中の医療機関から転院を必要とする理由を求め、止むを得ない理由がある場合にのみ転院を認める。
(2)転院先医療機関から医療要否意見書の提出を求め、改めて入院承認期間を設定する。

ただ、この内容自体は1973年の厚労省通知をなぞったに過ぎず、実効性をどこまで高められるかは不透明だ。更には、ぐるぐる問題を根絶しようとすれば、患者をぐるぐるさせたほうが有利な診療報酬制度・病院の厳しい経営環境・行き場の無い生活保護受給者の受け入れ施設不足を解消しなければならない。また、冒頭の舩山さんの例で露呈したように、福祉事務所の相談対応能力の不足や、各病院の退院支援の脆弱さといった課題も立ちはだかる。尤も、だからといって手を拱いてはいられない。不正な医療は、国民が声を上げないところで顕著に起きる。だからこそ、医療の不正を許さない世論を造り、医療機関へのチェックの目を光らせておくことが欠かせない。


キャプチャ  2015年10月12日号掲載


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