「WHY? IT企業役員が日本でお笑いを?」――お笑い界の黒船・厚切りジェイソン独占インタビュー

「アメリカから来ました。漢字、ムズカシイネ。でも、一・二・三…なるほど、だんだん漢字のルール、わかってきたよ~…って四! 何で棒4つじゃないの? WHY JAPANESE PEOPLE?」といった漢字ネタや、外国人あるあるを駆使して、芸歴僅か4ヵ月、史上最短でピン芸人日本一を決める『R-1ぐらんぷり』決勝に進出。お茶の間の人気者となった厚切りジェイソン氏(29)。『ワタナベエンターテインメント』所属のお笑い芸人にして、IT企業の役員という2足の草鞋を履く話題の主に日本語でインタビュー。「WHY? 日本でお笑いを?」

Atsugiri Jason 01

「今年の2月に放送されたR-1ぐらんぷりに出てから、状況が本当に変わりました。それまではワタナべの養成所時代から舞台に立っていましたが、事務所以外の、謂わばアウェイで舞台に立つのは初めて。尊敬している先輩、『面白いなあ、この人』と思って観てた人がどんどん落ちていくから、『1回戦を突破できたらいいなあ』と思っていたぐらい。だけど、本当に1回戦に通った時はビックリした。そうしたら2回戦・3回戦…。『え、何が起こってるの?』と思っていたら、あっという間に決勝で。リアルな出来事とは思えなかった。決勝には“とにかく明るい安村”さんとか長くやってる人も多かったし、12人しか進めなかったからね。なのに、準決勝の観客投票では僕が一番だったそうで、『WHY JAPANESE PEOPLE?』って僕が一番ビックリしてたよ! それからは何が起こっているのか、今も正直判らないですね(笑)。いつもパソコンを持ち歩いて、喫茶店や待ち時間の楽屋・会議室等で合間合間に、常にITの仕事が出来るようにしています。先日も“エンタの神様”で12時入りして、8時間後に自分の収録だったんで、その間に楽屋で契約書を完璧に仕上げました。僕の担当はアメリカ法人なので、現地時間に合わせて夜の22時・23時ぐらいから、必要であればテレビ電話で会議も熟します。自宅でできるとはいえ、大体寝るのは3時・4時。会社には必要な時以外は出社しなくてもよいので、スタートの時までの空き時間に芸能活動をやっているんです。僕は、所属している日本のIT企業の提携先であるアメリカ法人の一員でもありますので、日米両方の法人に所属していることになります。日本での肩書きは“グローバルアライアンス部長”、アメリカ法人担当のトップ責任者です」

――上場した所属IT企業の株価がストップ高で、大株主でもあるジェイソンさんの資産が舞台上でも話題にされていましたね。「R-1の優勝賞金500万円も持っていこうとするなんて…」と先輩芸人にネタにされてました。
「お金は貸さないよ(笑)! 芸人としては、IT役員の面は隠すつもりもなかったし、知らせる必要もないと思っていたけど、ニュースになったりしたから仕方が無いよね。もう隠せない。でも、先輩が本当に奢ってくれなくなったよ! 実際、芸能の仕事が終わったら直ぐにITの仕事だから、呑みに誘われても断らなきゃいけないことも多いんですが。芸人の世界では、先輩に誘われて断るなんてあり得ない! 本当に残念です! でも、日本では“2足の草鞋”って珍しがられるけど、ツイッターの前CEOのデイック・コストロ氏もスタンダップコメディーをやってたりと、アメリカではそんなに珍しいことではありません。日本の人は多分極端なんですね。『夢を追いかけるか、さもなくば諦めるかしかない』と思い込んでいる。『夢を追うなら仕事を辞めなきゃいけない』とか。でも、『通勤電車の中でずーっと携帯ゲームしている時間があれば、何かできるだろ』と僕なんか思っちゃいますね。歌手になりたければ、会社を辞める前に電車の中で歌を作ることもできるでしょう? 実際に、僕はお笑いのネタを電車内でよく考えています。漢字ネタは辞書を引きながらやるだけだから、結構つまらないけどね。そういえば、日本人について僕が不思議なことの1つに、『日々、幸せそうに見えないのは何故だろう?』というのがありますね。電車の中でも、何であんなに皆辛そうなんだろう? 僕は、電車の中でもできるだけにこやかにしています。ファンの方から話しかけられたり、サインや握手を強請られても、ケースバイケースですができるだけ対応しています。家族といる場合や急いでいる時等は『御免なさい』と断りますが」




――会社から芸能活動について何か制限はありますか?
「一応の承諾を得ていますが、『IT企業に相応しくない、品位を落とすようなことはしないように』と言われています。後は、コマーシャルの話が来た時には、競合するライバル社じゃないかとかあるから、相談しなきゃいけませんね」

Atsugiri Jason 02
――『エンタの神様』で日本語を勉強されたとか。
「17歳の時に飛び級で大学に入って、コンピューターサイエンスと日本語を2年間学びました。外国語が必須の大学だったんですが、コンピューターの仕事にも使えそうなのは、当時は日本語が一番でしたから。小学校に入るぐらいの頃から、ソニー・東芝といった日本のメーカー名ぐらいは知っていましたからね。今なら中国語になっちゃうのかな? キャンパスで“1年間、日本で働ける就学生の募集”を目にして、面白そうだったんで応募し、休学して初めて日本に来たのが19歳の時です。厚木にある会社で、英語の音声認識ソフトの開発を担当してました。因みに、今も厚木に住んでるから“厚切り”ジェイソンです。べーコンじゃないよ! ところが、日本に来てみたらビックリするぐらい日本語が通じなかった。『2年も勉強したのに…』って口惜しくてね。因みに、妻はこの時に通訳してくれていた日本人です。その頃は通訳されてたんですね。ある日、テレビをつけたら偶々やってたのが“エンタの神様”で、これが面白かった! コウメ太夫さんとかが出ていたんです。何を言っているかは判らなかったけど、いい年したおじさんが白塗りで着物の女装姿で踊って、『ちっくしょー!』って絶叫する。ドラマは最低でも1時間集中して見なきゃいけないからハードルが高いけど、お笑いのネタなら短いし、リズムのある決めゼリフなら何となくこっちも判る。テロップもありますからね。それで見始めてハマったんです。今、その憧れの番組に自分が出ているなんて、正直信じられないね。アメリカに戻って大学を卒業したのが21歳の時。日本に来るために1年間休学していなければ、20歳で卒業する予定でした。新卒で、一旦は“ゼネラルエレクトリック(GE)”に入りました。エジソンが作った会社です。出世したかったから、働きながらイリノイ大学の大学院で修士号も取りました。僕はいつもやりたいことを考えて、その為にはどれが選択肢として一番正しいかを考えてきた。当時も、そこそこ達成していたとは思います。でも、より深い、けれどもシンプルな悩み、それで幸せかと言うとそうではなかった。本当にやりたかったことは何かと言えば、やっぱりお笑いをやってみたかったんです。『日本でお笑い芸人になりたい。でも、お笑い芸人志望しゃビザが下りないからな~』と悩んでいたところに、今勤めているアメリカのIT法人が日本に支社を出すと聞いたので移って、目出度く日本に戻りました。2011年のことです」

――養成所には、『ザブングル』の加藤歩さんに勧められて入ったとか。
「ザブングルさんの舞台を観ていたら、会場内で腕相撲が強そうな人ということで、上にあげられたんです。その時に、加藤さんに名刺を渡して、呑みに連れて行ってもらってから、『実はお笑いがやりたい』と話したら、『ワタナべの養成所には土日コースがあるから、兼業でも通えるよ』と教えてもらったんです。それまでは、渋谷に外国人向けのスタンダップコメディーのできる店があって、誰でも参加できるんだけど、そこに何度か立ったくらいしか経験がありませんでした。英語でやってました。ウケなかったね(笑)」

――「お笑いをやりたい」と言ったら、ご家族は反対しませんでしたか?
「奥さんは当時も今も、お笑いをやることについては何の文句も言いません。『ジェイソンがやりたいのならやればいい。貴方は成功するだろうから』としか。20歳の時に結婚したから、もう9年になります。娘が2人いて、まだ小さいんですが、所謂“生活の苦労”はかけていません…多分。アメリカの両親は、僕が何やっているか判ってないね。この間、僕が所さんの番組に出た時の映像をYouTubeで観たらしいんです。仕込みじゃないのに、外の公園で僕が食べていたパンを鳶が攫っていったんですが、そこの部分が動画で流れたようで、『ジェイソン。貴方、日本で何やっているの?』って訊かれたから『IT企業の役員です』って答えておいた(笑)。アメリカでは日本のような“親孝行”は求められないし、『親は親、子供は子供』って皆思っているから、自立していれば特に問題は無いんです。僕の父はエンジニアで、今は早期リタイアして自分で小説を書いているけど、内容は熱心なキリスト教徒らしいもの。親戚を見渡してもコメディアンはいませんね」

――将来は芥川賞への挑戦もあり得ますか?
「う~ん、いつかは書いてみたいけど、今直ぐではないですね。10年後とかかな?」

――コメディアンとしてアメリカ進出もできるのでは?
「僕なんか、アメリカに戻ったらフツーの人ですから。日本だから、変わった外人として珍しがられるんですよ。それに、まだまだです。ひな壇に座る機会が何度かあったんですけど、どう上手く存在したらいいか、まだ判らないですからね。場の空気を壊さずに、どう突っ込めるか、把握し切れていません。先輩の、例えば“ハライチ”の澤部佑さん等はネタ以外にも、そういった時の周囲との関わり方も含めて凄く勉強になります」

――そう言えば、ワタナベエンターテインメントのホームページ上で、「若手芸人に活躍の場を与えよ」と“厚切りCEO”の肩書きで登場なさっていました。これからは、そういうお仕事もなさるんでしょうか?
「いえ、あれは完全にネタです。議事録には載らないね(笑)。9月6日に赤坂の草月ホールで、若手芸人を集めて夏のスペシャルお笑いライブをやるんですが、そのプロジェクトのCEOを名乗っているだけ。でも、チケット売らない若手芸人は皆クビにするよ(笑)! 養成所を出てからも、本当は漫才をやってみたかったんです。でも、相性のいい人とは組めなくて、ピン芸人になったら思いの外ウケてもらえた。これからも実験的にいろいろとやってみたいですね」

――DVD『WHY JAPANESE PEOPLE!?』では、定番の漢字ネタや「外国人だから」が決めゼリフの漫談、1人コント等もありました。
「自分で一番気に入っているのは“和菓子のこころ”という演目です。着物姿で、日本料理研究家として蓬餅を作っていますが、話の連び方はアメリカのスタンダップコメディーのオーソドックスな形。理不尽さも含めてね。因みに、着物は自前です。会社の展示会のプロモーション用に、経費で買ったものです。外人が着物姿のほうが目立つからね」

――その『和菓子のこころ』では、あんこにこってりとバターを入れていましたね。アメリカ人の味覚をアメリカ人のジェイソンさんがネタにしている、面白いコントでした。日本に来て苦手な食べ物はありましたか?
「イカの塩辛。あれ、誰が作ったの? 普通にグロいよ! 臭いし、どう考えても腐っているでしょ。内臓は抑々いらないでしょ。アメリカでも牛の内臓、発酵させないよ? 梅干しは意外と平気なんですよ。番組でも『酸っぱいだろう?』って食べさせられたりしましたけど。ご飯無しでもいけるくらい。アメリカは料理の味が濃いでしょう? 毎日、味噌カツ食べているみたいなもんで、そこに梅干しなんて胡瓜くらいのインパクトしかないね」

――やりたかったお笑い芸人としての成功も手に入れて、今は幸せですか?
「ハイ(笑)。でも、やりたいことができているからというよりは、僕はやりたいことが沢山ありますし、その内容も日々変わり易い。だから、そういった変化自体を可能にする――つまり、自由でいられるということが僕にとっての幸せであり、一番大事なことなのかもしれません。皆そうですけど、幸せは自分でなるものでしょう。それには、自分が何を一番大事に思っているかを自分で知ることが第一歩ですね。遠い話ではありますが、『コメディアンでありながら、真面目なコメンテーターも熟せるようになるといいな』と思っています。アメリカと日本、両方の企業で働いた経験から、日米の企業文化を比較することもできますしね。『TPPは入ったほうがいいよ!』とかはDVDのネタにもしました。2020年の東京オリンピックでは、代表的外国人としてメディアで活躍できるといいですね。ITの知識も生かせますから。頑張りますよ! 以上!」


キャプチャ  2015年9月号掲載


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