【私の履歴書】JR東海・葛西敬之名誉会長(14) 本社も“やり過ぎ”に困惑…国労が“栄転”運動、東京へ戻る

現場に蔓延る悪慣行を止めさせ、『国鉄労働組合(国労)』に徹底した信賞必罰で臨んだ結果、賃金カットの山が築かれた。元々、先鋭的な活動家は一握りしかいない。賃金をカットされれば生活にも響く筈だ。組合員の間には動揺が広がっていった。妥協しない私のやり方に、仙台の国労も東京の国労本部も驚いたようだ。同じように驚き、困惑したのが、国鉄本社の職員局だった。「悪慣行とはいっても労使で決めたことだから、止めるならちゃんと手続きを踏むべきだ」と忠告してきた。組合が複数ある為、経営が上手くいかないと考えていた当時の職員局は、「組合を国労一本に纏めたい」という意向を持っていた。だが、私の目の前で日々問題を起こしているのは、その国労なのだ。このまま厳しい態度を取り続ければ、国労を第一に考える職員局と正面からぶつかる。かといって、本社の方針に従って国労と仲良くやれば、真面目に働いている『鉄道労働組合(鉄労)』の職員や助役たちを裏切ることになる。上手く泳いで、任期をやり過ごす手もあるかもしれない。だが、国鉄のキャリア組である私たちが筋の通らない組合の要求に屈したり、水面下で労組幹部と手を握ったりしてきた結果が、今の現場の惨状なのだ。鉄道を管理する視点から見て、“正しいかどうか”という物差しを変える訳にはいかない。「正式な協定に基づくものなら尊重します。でも、私が問題にしているのは現場の管理者が脅され、無理やり決めさせられた慣行。紙屑以下のものです」。本社にはこう説明し、従わなかった。その後も度々指導や要請があった。「兎に角、本社に迷惑がかからないようにしてほしい。おかげで、組合との東北新幹線の交渉が止まっている」とも言われたが、是々非々で臨むだけである。

本社を敵に回しているというプレッシャーはなかった。それまでキャリア組に不信感を持っていた部下たちが、私についてきてくれている。現場にいる良識的な組合員たちも同じだ。誰が安定した鉄道の運行を妨げているのかは明らかなのだから、徹底的にやるまでだ。仙台鉄道管理局での勤務は、私の鉄道人生のターニングポイントになった。組織の方針や価値観に捉われずに実態を見極め、自分が正しいと思うことをやる。この姿勢を貫くことで、私は自立した。「このまま葛西に仙台にいられては困る。兎に角、もう本社に帰してくれ」。愈々危機感を募らせた国労は、私の“栄転”運動を始めた。「新たな職場でまた摩擦を起こすことのないよう、お金と権限の無い部署に栄転を」というのが国労の要請だった。暫くして本社よりも早く、国労の幹部から“内示”があった。「葛西さん、栄転先が決まったよ。経営計画室だってさ」。私は、就任時に与えられた課題である東北新幹線の開業を見届けることなく、予定より1年早く仙台を去ることになった。国労が要請した通り、その頃の経営計画室には大きな仕事は無かった。ところが、この異動に依って偶然にも、国鉄の行く末を左右する極めて重要な鍵を握ることになる。1981年4月、私は東京の国鉄本社に戻った。


≡日本経済新聞 2015年10月15日付掲載≡


スポンサーサイト

テーマ : 鉄道
ジャンル : 趣味・実用

Categories
Profile

KNDIC

Author:KNDIC
Welcome to my blog.

Latest articles
Archives
Counter
I'm participating in the ranking.

FC2Blog Ranking

information
Search
RSS Links
Link
QR Code
QR