【ドイツは模範国家か】(04) 善意の市民と憎悪する少数派と――難民受け入れのボランティアが沢山いる一方で、難民の住居に火を放つ排外主義者もいる現実

Germany 04
「自分は幸せ者だ」と、バセル(24)はつくづく思う。3ヵ月ほど前にトルコの海岸で小さな船に乗り込み、ギリシャに渡り、バルカン半島を抜け、オーストリア経由でドイツに入り、今は南東部のバイエルン地方の静かな町・フライウンクの難民施設に落ち着いている。今年、ドイツには80万人という膨大な数の難民や亡命希望者がやって来る。昨年実績の4倍だ。トマス・デメジエール内務大臣に言わせれば、「戦後史上最大の人口流入」だ。しかし、世界各地の最貧国や紛争地帯からヨーロッパに逃げ込む難民たちの存在は、受け容れ国の社会を分断する要因となりつつある。大抵の地元民は彼らを歓迎し、地域社会への同化を支援するが、難民を毛嫌いし、彼らの居住施設に火を放ったりする人もいる。バセル(事情に依りフルネームは明かさなかった)は戦乱のシリア東部・デリゾールから逃れてきた。深い森に囲まれ、山小屋風の家が立ち並び、スキー場もあるフライウンクは別世界だ。「緑が豊かだ。できればずっとこ に暮らしたい」と彼は呟く。フライウンクの人口は約7000人。昨年の夏に古い病院を改装し、何百人かの難民を一時的に受け入れることになった。既に大都市は飽和状態の為、こんな田舎の町にも受け入れ施設を造らざるを得ないのだ。今年7月現在、フライウンクが受け入れたのは約500人。オーストリアやチェコと国境を接する周辺の町を含めると、地区全体では約1000人だ。

こうした難民への態度に限ってみれば、この町はドイツ全体の縮図と言える。大抵の人は好意的だが、一部の人が声高に憎悪を煽っている。施設のオープン後間もなく、地元の極右集団がFacebookに悪意の投稿を始めた。地元紙に依れば、「ダッハウ(ナチスの強制収容所があった町)送りにしろ。焼却炉に火を入れておく」という書き込みもあった。今年前半だけで、ドイツでは難民収容施設に対する放火等の攻撃が150件以上もあった。更なる難民流入を阻止したい人たちの犯行だろう。8月には、フライウンクから車で2時間の町で、夜間に施設が放火された。幸い死傷者は出なかったが、そこには子供3人を含むアゼルバイジャン出身者19人が身を寄せていた。フライウンク住民の思いは複雑だ。街角のカフェにいた年金生活者のエリザベート・シュワルツは、ベールを被ったイスラム女性を見て呟いた。「あんまり増えたら心配だね。でも、いい人たちなのよ。先日はエリトリア人とボウリングに行ってきたわ」。エリトリアはアフリカ北東部の独裁国家だ。そこから逃げてきた若者24人がこの町に到着したのは昨年10月。今は難民認定の手続きを進めている。小学校教師のミリアム・ショルツは、ボランテイアで彼らにドイツ語を教えている。彼らが最初に覚えた言葉は「ビール下さい」だとか。町には、彼のようなボランティアが120人ほどいる。行政だけでは手が回らないから、難民の受け入れにはボランティアの協力が欠かせない。善意の市民は難民たちに援助物資を配り、食品や衣類を提供し、自宅の居室を開放する人もいる。第2次世界大戦末期に、激戦地のブレスラウ(現在のポーランド西部の都市・ヴロツワフ)を逃れてフライウンクに移り住んだヤノシュティック・ディートマー(74)は、「外国人を受け入れる伝統を大切にすべきだ」と説く。「忘れがちだが、私たちの多くも昔は難民だったのだ」 (ツィア・ワイス)


キャプチャ  2015年10月13日号掲載


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テーマ : 国際政治
ジャンル : 政治・経済

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