【私の履歴書】JR東海・葛西敬之名誉会長(17) 5年以内の民営化提言、新規採用停止で労組が対立

自民党内で国鉄問題を検討していた三塚委員会は、職場の規律確立を求める中間答申に続き、1982年7月、本答申を発表した。先ず、できあがったばかりの“国鉄最後の再建計画”を全力で実行する。それでも上手くいかなければ、分割民営化して再生を目指す――という二段構えの内容になっている。この中間答申と本答申の作文は、私が担当した。国鉄は分割し、民営化する。もう、これ以外に救う道は無いのだ。頭の中に次々と言葉が浮かんできて、書く手が追いつかない。一晩で仕上げて三塚さんに見せると、「僕の思っている通りだ」。そのまま公表された。同じ7月、今度は第2臨調が基本答申を出す。「国鉄は5年以内に分割民営化する」と、より踏み込んだ表現になっている。実は臨調内には、「自分たちで国鉄分割民営化の具体的なプランを示したい」という思いがあった。しかし、ある国鉄首脳は、「臨調の素人が1年も勉強しないで考えた分割案など、あっという間に叩き潰してやる」と嘯いていた。そこで、臨調の事務局である田中一昭さんに、「臨調は大きな方向だけを示すべきです。具体案は総理大臣の下に専門の審議機関を作り、適材を集め、時間をかけてやりましょう」とアドバイスした。しかし、5年の間、審議をしているだけでは世間の熱気が冷めてしまう。即効性のある劇薬として、新規採用を全面停止するよう提案した。時恰も、終戦直後に政府の雇用政策に協力して大量採用した人々が退職時期を迎えていた。要員削減の好機であり、分割民営化すれば新規採用が再開されるという“明るい出口”にもなる。田中さんは、この考えに乗ってくれた。臨調の三公社担当部会長だった加藤寛さんも賛同し、実践的な答申ができ上がった。この答申を受けて国鉄再建監理委員会が設けられ、2年かけて分割民営化に向けた具体的なプランが検討されることになった。遂に、国鉄が分割民営化へと動き出す形が整った。

臨調の基本答申に盛り込まれた新規採用の全面停止は、合理化に対する労働組合のスタンスに決定的な変化を齎した。運転士の7割を組織する『国鉄動力車労働組合(動労)』は、それまで組織の維持・拡大の為に、一方で合理化を拒否し、もう一方で新入社員を運転士の卵として育てる道を確保していたが、それが断たれることになったのだ。つまり、退職した運転士の後釜は、動労組織が無い駅員・車掌からの転換養成で補充するしかなくなったのである。そこで動労は、運転士の働き度を徹底的に上げて、転換養成を不要とする方向に転じた。合理化について、動労は賛成、国鉄労働組合(国労)は反対と180度利害が対立し、お互いが仇同士になったのである。だが、この段階になっても、殆どの人々は分割民営化は絵空事だと見ていた。政府も不退転というまでの覚悟はない。野党や労働組合は激しく抵抗するだろう。抑々、肝心の国鉄自身が断固現状維持なのだ。国鉄改革は長い道のりの鳥羽口に立ったに過ぎない。分割民営化を成し遂げるのは、依然、針の穴を通すような困難なものに思えた。


≡日本経済新聞 2015年10月18日付掲載≡


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