顕彰会・正信会・理境坊…創価学会を激しく攻撃する為に結成された新たな宗教団体の動向

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今年6月半ば、埼玉県下の一部地域にA4判サイズの両面カラーパンフレットがポスティングされた。タイトルは、「会員の皆様 創価学会が戒壇の大御本尊を信仰の対象から外した事実を知っていますか? 信仰の根本を捨てた学会に、それでもついて行きますか?」といった内容である。裏面のタイトルでは『大御本尊を根本としてきた創価学会』と記され、「少しでも不安のある方は、日蓮正宗寺院へお尋ねください」と呼び掛けている。下段には、配布した責任者の寺院名“日蓮正宗 能安寺”・住所・電話番号、更に配布した同寺院信者の個人名・住所・電話番号が印刷されていた。時々、筆者小宅の郵便箱にも、新宗教系やキリスト系教団に依る勧誘パンフレットや小冊子が放り込まれる。熱心な教団と感心はするものの、大概は読むこともない。ゴミ箱に直行である。だが、特定の教団を名指して批判するこのような異色のパンフレットを読むと、少し関心を抱かざるを得ない。各宗教には例外なく、其々「我が宗教こそ最高」と自負する不動の教義を持つ。そうした特定の教義に心酔した人々が入信(入会)。軈て、組織の一員になり、行事参加・布教等の諸活動に走る集合体が教団組織である。では、800万世帯強(公称)という巨大教団、創価学会の根本教義とはどのようなものか? 日蓮聖人の『御書』(信徒に送った手紙類・著書等)に基づき、「日蓮が説く以外の宗教を一切認めない」というのが教義の大黒柱である。認めないどころか、寧ろ他宗派は不幸を招く原因――“邪教”とまで痛烈に批判してきた歴史を有している。それでも半世紀前に、創価学会が『公明党』を誕生させた頃から、他宗派有権者の票も集めなければならないジレンマに陥り、次第に他宗派批判が鈍化していく。しかし、日蓮宗等の伝統仏教寺院を始め、立正佼成会や天理教等の新宗教団体は長年、創価学会から批判・攻撃されてきた苦渋の歴史を忘れていない。尤も、批判が鈍化したと言っても、創価学会には他宗を邪教と見做す教義が未だに温存されており、その為に、各宗教団体は創価学会と一線を画している。事実、創価学会は新宗教の上部団体である『新日本宗教団体連合会』(略称『新宗連』)に加盟していない。また、仏教・キリスト教・イスラム教等が一同に集う『比叡山宗教平和サミット』等も無視している。

近年の“原発再稼働問題”や目下の“憲法9条”解釈を巡り、伝統仏教等の教団同士が共闘して反対の声明を出した。或いは宗教家も独自の声を上げているが、これら社会事象にも歩調を合わせることなく、創価学会は無関心である筈はないのに無視。他教団と意見を交換することもなく、ただ只管“我が道を行く”といった教団姿勢である。こうした教条的な創価学会を敵対視している強固な教団組織も少なくない。以下、主な“反・創価学会”組織を紹介してみよう。冒頭で述べたパンフレット配布の本家は、『日蓮正宗』(総本山は大石寺=静岡県富士宮市)である。周知の通り、1991年に教義等の解釈を巡って同宗が創価学会を破門して以来、双方は最早修復も不可能な状態にある。60余年間続いた蜜月の関係に亀裂が入り、その幅は年を重ねて広がる一方である。破門直後、日蓮正宗と創価学会は被告・原告と席を入れ替わり、法廷で善悪を争った裁判件数だけでも、ざっと200件にも及ぶ。戦後の宗教史に残るような宗教団体の大騒動になり、全国の同宗末寺や創価学会の地方組織にまで飛び火し、壮絶な争いは拡大した。昔ほどではないにしても、双方間の燻りは破門から25年が経過した今でも続いている。その核心部分は他でもない。宗教の根幹を成す“本尊問題”である。先のパンフレットには、戸田(城聖=2代)会長の言葉を引用して、こうある。「富士大石寺の大御本尊を拝まないものはすべて謗法である」とか、池田大作名誉会長指導の「日蓮大聖人の御魂は、多宝富士大日蓮華山大石寺にまします本門戒壇の大御本尊に御留めおかれているのである」。歴代の創価学会会長が“永遠”“不動”と定義していたこうした本尊の重要性を、学会の資料から引用した上で、平成26年11月8日に創価学会は「弘安2年の御本尊は受持の対象には致しません」と、その本尊と決別した。このことについて、「創価学会の皆さん、何かおかしくありませんか」と問題提起をしているパンフレットなのだ。




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このようなパンフレットを配布している日蓮正宗・信徒組織の上部団体を、『日蓮正宗法華講連合会』(本部は東京都墨田区)と言う。その傘下に、全国に点在する約700ヵ寺の日蓮正宗の末寺(信徒)がある。その中で最も活動活発な信徒組織が、本山・大石寺塔中にある『理境坊』(小川只道住職)の信徒たちだ。理境坊の信徒たちを『妙観講』(大草一男講頭)と言い、指導寺院の理境坊以外に、本部を東京都杉並区に置く。公称信者数は約5万人。毎年春に本山内の施設で定例総会を開催しており、今年5月6日の総会では海外を含め、全国から信徒代表として男女5000人を参加させている。日蓮正宗の信徒総数は約40万人強。その中で、1ヵ寺の信徒数だけで5万人というから、突出した寺院の教勢だ。妙観講は、海外でもインドネシア等で布教活動を盛んに進めており、特に近年、入信数が著しいネパールでは5ヵ所の事務所を開設。『創価学会インタナショナル(SGI)』を凌ぐ勢いである。同講員の1人がこう語る。「私も元創価学会員の中堅幹部でしたが、時間を見つけて公明党のポスター等が貼ってある創価学会員の自宅を訪ね、折伏をしております。学会は私たちを毛嫌いしております。『法論しても勝ち目がない』とわかっているからでしょうか」。同講が発行する月刊機関紙に、公称発行部数5万部という『慧妙』がある。毎月のように同紙に、妙観講の講員が創価学会員宅を訪ね、激しく法論している記事が報じられているが、学会員から「帰れ! パトカーを呼ぶぞ!」といった騒動もよく紹介されている。創価学会は草創期の1950年代、過激な折伏活動を展開していた時期に、「折伏先から水をかけられた」といったトラブルが全国で頻繁に起こった。全国紙にも報じられ、社会問題になったこともある。今では、その逆バージョン。妙観講の講員は、こうした折伏活動で創価学会を脱会させ、日蓮正宗に改宗させるという執拗な活動を続けている。一方、学会側も危機感を抱き、地域に依っては「妙観講が訪ねてきたら直ぐに報告せよ」といった“連絡網”ができているようで、妙観講の活動に注視しているようだ。実際、これまで双方間に依る裁判沙汰も何件か起きている。

また、創価学会をターゲットにしている大きな組織としては、『富士大石寺顕正会』(本部は埼玉県さいたま市・浅井昭衞会長)がある。同会が公表している教勢は、会員数が約150万人。全国50ヵ所ほどに会館を所有し、海外45ヵ国にも会員を擁しているという。 会名から察しがつくように、元々は創価学会と同じ日蓮正宗・大石寺に所属する信仰熱心な講員グループの1つで、1957年に『妙信講』の名称で発足した。その日蓮正宗・大石寺と妙信講が袂を分かつのは1970年頃からである。原因は、創価学会が大石寺塔中に建設寄進する『正本堂』(1998年に崩壊)を巡る建立意義が争点だった。創価学会は1965年、正本堂建立目的で会員から355億円という巨額の“御供養金(浄財)”を集め、2年後の1967年に大石寺で正本堂の発願式を行う。後に、この浄財の集めっぷりが作家の手で小説になったほどの壮絶なイベントであった。その直前頃まで、創価学会は大石寺内に、日蓮聖人直筆の“大本尊”を祀る『国立戒壇』(国家に依る建設)を建設することを究極の目的にしていた。ところが、宗教学者等の間で「国家に依る特定宗教施設の建設は政教一致だ」と指摘され、「憲法違反」という声が起こる。創価学会はその為、(詳細は割愛するが)“国立戒壇論”をあっさりと引っ込めた。しかし、会員から国立戒壇を建設するような目的で莫大な浄財を集めていたことから、今更、創価学会は会員の手前、国立戒壇の建設意義を頭越しに否定する訳にはいかない。この為、窮余の策として、「正本堂は事実上の本門の戒壇である」等と会員に説明して逃げ切った。ここで、日蓮教義に忠実な妙信講が日蓮正宗と創価学会に噛みついたのである。妙信講は日蓮正宗と創価学会を相手に、「国立戒壇の建立は日蓮大聖人の御遺命だ」として反発。妙信講から浅井昭衞会長、創価学会から秋谷栄之助副会長(後の5代会長)・原島嵩教学部長・山崎正友元顧問介護士等が対峙し、火を吐くような論戦が何度も繰り返された。この時の論戦模様は山崎正友氏(故人)の著書にも残されているが、会場で学会側が密かに盗聴し、外で待機している法律専門家に妙信講の言及を送り、アドバイスを求めたという。それほど、創価学会は妙信講の追及に危機感を抱いていたのである。

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教義上の解釈討議で、創価学会側が稍形勢不利になったことから、同会と日蓮正宗とが話し合い、1974年8月に妙信講を解散処分に下した。“破門”ではない。“解散”という重い処分である。1991年、創価学会がそうであったように、妙信講も日蓮正宗と無関係の信徒組織になった。これに対して妙信講は、それまで本部を置いていた東京都板橋区から埼玉県さいたま市に移し(2000年11月)、教団名も富士大石寺顕正会と変更したのである。同会会員に依る過激な布教活動ぶりは時々、新聞社会面を賑わすほどだが、実際、本部をさいたま市に移して以来、毎年10万人単位で会員を増やし続けており、100万人を突破したのが2003年。その10年後には150万人と(飽く迄も公称だが)、驚異的な伸張っぷりを見せているようだ。しかも、顕正会に入会している年齢層に何故、若い男女が多いのか? 分析課題の1つかもしれない。もう1つ、団体を紹介しよう。創価学会に反発している教団に、『日蓮正宗正信会』という組織がある。背景には、若手僧侶らの反発があった。1970年代後半に創価学会の池田大作会長(現・名誉会長)が、「創価学会の会館は現代の寺院である」等と発表。更には、同会に反発する日蓮正宗の若手僧侶が信濃町の学会本部に呼び出されて、青年部幹部から“吊るし上げ”に遭う等の事態が起きた。創価学会のこうした僧侶の軽視・日蓮正宗教義の逸脱等に反発し、同宗の若手僧侶たちが立ち上がったのだ。これが正信会の原型で、第1次宗門紛争とも言われている。1978年11月、池田大作会長以下、学会幹部2000人が大石寺に参拝し、これまでの教義逸脱の非を認めて謝罪(お詫び登山)した。更に池田大作会長は、日蓮正宗を騒がせた責任を取り、翌年の1979年4月に「隠居して後継者を見守りたい」等と記者会見で述べ、会長職を辞任している。4代会長には北条浩氏(故人)が就任し、これで一大騒動も終息に向かうと思われた。ところが若手僧侶たちは、学会本部から漏れてくる学会幹部の言動等から「まだ反省をしていない」として、反発姿勢を崩さなかった。

1980年8月、本山の中止勧告に背き、学会を脱会したばかりの原島嵩教学部長を来賓に迎えて、東京で『第5回檀徒(日蓮正宗の信徒)大会』を強行する。同宗は、大会に出席した僧侶たち200人を罷免・2階級降格等、5段階に分けて大量処分した。これが正信会を強固にし、“反・日蓮正宗”“反・創価学会”という立ち位置で独自の路線を歩むことになる。その後、正信会内部で様々な問題が出来したが、“反・日蓮正宗”“反・創価学会”の姿勢だけは変わっていない。


段勲(だん・いさお) フリージャーナリスト。1947年、宮城県生まれ。東洋大学文学部卒。『週刊ポスト』記者を経てフリーに。宗教・社会問題・人物・健康等について幅広く執筆。著書に『千昌夫の教訓』(小学館文庫)・『創価学会インタナショナルの実像 池田会長が顕彰を求める理由』『反人間革命 創価学会へ入信した男の一生』(共にリム出版新社)・『定ときみ江 “差別の病”を生きる』(九天社)等。


キャプチャ  2015年8月号掲載


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テーマ : 創価学会・公明党
ジャンル : 政治・経済

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