【安倍内閣・曲がり角の政策】第5部・外交 北方領土交渉、綱渡り…対立深める米露の狭間

20151024 01
日本にとって、戦後70年を経ても埋まらない外交のピースが2つある。北朝鮮との国交正常化と、ロシアとの北方領土問題だ。日朝交渉に進展が見られない中、対露戦略は一層重要性を増している。安倍首相は就任以来、ロシアとの関係強化に拘ってきた。しかし、ウクライナに加え、シリアを巡っても対立を深める米露両国の狭間で、領土交渉も逆風に曝されている。9月30日、ニューヨークの国連本部で開かれた難民支援に関する国際会議。出席者と談笑していた岸田外務大臣に「フミオー」と抱き着いてきたのは、ロシアのラブロフ外務大臣だった。岸田氏は9日前のモスクワでの日露外相会談で、北方領土を巡るラブロフ氏の強硬姿勢に辛酸を舐めたばかり。一転した態度に岸田氏は戸惑ったが、ラブロフ氏の胸中も察した。「孤立感があるんだろう」。欧米諸国は、ロシアに依るウクライナ南部クリミア半島の編入を受け、経済制裁を続けている。ロシアは更に、シリアで空爆を開始した。ロシアに近いアサド大統領を支援する為だが、アサド政権は市民弾圧で悪名高い。ロシアに対する欧米の視線は、一層冷やかになった。そんな中、日本が独自外交でロシアと接近することに、アメリカは神経を尖らせている。日本は対露圧力を強めるアメリカと足並みを揃えつつ、プーチン政権とも良好な関係を保つという綱渡りのような対応を迫られている。斎木昭隆外務次官は5日、来日したアメリカのブリンケン国務副長官と東京都内で夕食を共にし、こう語りかけて理解を求めた。「日本は来年、サミット(主要国首脳会議)の議長を務める。ロシアとは立場を弁えて、しっかりやる。心配しないでくれ」

首相はプーチン大統領との首脳会談を重ね、信頼関係を育んできた。2013年4月、首相が政権に返り咲いてから初めて訪露した際、プーチン氏との昼食会の最後に出たのは、幕末の1855年に造られた高級ワインだった。1855年は、北方領土を巡る節目の年だ。同年2月7日に締結された日露和親条約には、こうある。「日露国境は択捉島とウルップ島の間にあるべし」。プーチン氏は昼食会の席で、条約が締結された伊豆・下田の地図も首相にプレゼントした。同行筋は、「プーチン氏の関係改善への意欲を感じ取った」と言う。原油価格の下落等で経済が冷え込むロシアでは、日本企業の投資に期待が高まっている。首相周辺は、「今なら、日本が有利に交渉を運べる」と見る。尤も、実際は容易ではない。8日に再開された外務次官級会議では、ロシアの強硬姿勢で次回の日程すら決められなかった。首相とプーチン氏が合意した“プーチン氏の年内来日”も先送りされる見通しだ。日米防衛協力の指針(ガイドライン)改定や、安全保障関連法の整備等で強化した日米関係を傷つけるリスクを冒してまで、ロシアに譲歩することも難しい。首相は今後、ロシアだけでなく、中国・韓国を含む近隣諸国との関係改善にも力を入れる意向だ。しかし、近隣諸国とは過去の歴史を踏まえて解決しなければならない複雑な問題が多く、一筋縄では行かない。“安倍外交”も曲がり角を迎えている。 =おわり


≡読売新聞 2015年10月18日付掲載≡


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テーマ : 安倍政権
ジャンル : 政治・経済

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