【私の履歴書】JR東海・葛西敬之名誉会長(27) 名古屋再開発、世界最大の駅ビル完成…在来線強化と相乗、商圏拡大

国鉄時代の名古屋駅ビルは、建設された1937年当時、東洋一の威容を誇ったという。しかし、JR東海発足の時点では既に陳腐化が著しく、その建て替えが最初の大規模開発案件となった。新たな駅ビル『JRセントラルタワーズ』は、JR東海の本社と名古屋駅舎に加えて、オフィス・百貨店・ホテル等が一体化した駅上の複合立体都市というコンセプトで、国鉄時代には思いも及ばぬ挑戦であった。東京・大阪地区に開発用地の無い当社にとって、名古屋駅は唯一の大都市型の開発案件であり、「極力大規模なものを」という方針で案が練られた。1992年に高さ270m・床面積45万㎡という規模が定まり、百貨店は「是非に」と言う『松坂屋』との共同出資、ホテルは『全日空』の杉浦喬也会長(元国鉄総裁)の要請もあり、『全日空ホテルズ』と提携ということになった。そして、残るは建築確認申請のみという段階でバブルが弾けた。バブル崩壊に伴い、高さ245m・床面積42万㎡に縮小する決断をした。「床面積を10%削減すれば建設費が15%減少する」という施工会社の提案を容れたのだ。好意的に応援してくれていた地元に多少の失望感を与えたが、それでもギネスブックには「世界最大の駅ビル」と記載された。また、百貨店については、松坂屋からの提携解消の申し入れを受け、新たに名古屋初進出となる『髙島屋』と提携した。ホテルも、最終局面で『マリオットホテル』とのフランチャイズ契約に変更となった。振り返ってみれば、何れも幸運であった。

着工が1994年に延びたことも、思わぬ幸運を齎した。上昇の一途だった建築費がバブル崩壊で下落し、加えて、2000年の全面開業までの6年間に金利が大幅に低下したのだ。この結果、総事業費は3300億円の予定が40%近くも少ない2000億円で済み、当初計画では、オフィス・百貨店・ホテルが単年度黒字となるのに5~10年かかると想定していたが、全て開業初年度から黒字となった。JRセントラルタワーズ成功の秘密は、規模の大きさと複合機能性である。加えて、民営化後の在来線のサービス増強も駅ビルの賑わいに貢献した。国鉄時代には専ら経費節減の対象でしかなかった在来線を、当社では“東海道新幹線のアクセスネットワーク”と位置付け、新車投入の上に列車頻度を約2倍に増やしたのである。その結果、名古屋駅ビルの商圏は三重・岐阜・長野・静岡県にまで拡大した。また、『のぞみ』の導入は東京・大阪と名古屋の繋がりを強め、名古屋駅地区のオフィス立地は優位性を増した。駅前には『トヨタ自動車』のビルが建設された他、『三菱地所』や『日本郵政』のビルが完成間近である。当社の第2の駅ビルである『JRゲートタワー』も、リニア中央新幹線の名古屋駅空間を地下に抱いて、建設が終盤を迎えている。鉄道には旅客の利便だけでなく、地域の潜在力を高める効果もある。東海道新幹線と在来線のサービスアップが名古屋駅の賑わいを呼び、その賑わいが更なる駅周辺の賑わいを呼ぶという相乗効果を齎した。名古屋駅周辺の様相はJR東海発足時とは一変し、今や広域名古屋市圏の中心であり、東京・大阪等への名古屋の表玄関となっている。


≡日本経済新聞 2015年10月28日付掲載≡


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