【私の履歴書】JR東海・葛西敬之名誉会長(28) リニア、自社負担を決断…健全経営と安定配当も堅持

1987年7月、“リニア対策本部”を立ち上げたことが最初の一歩であった。『中央新幹線』は『全国新幹線鉄道整備法(全幹法)』に基本計画路線と位置付けられており、名古屋を経由して東京と大阪を結ぶという経路からして、まさに“第2東海道新幹線”である。一方、超電導磁気浮上方式(超電導リニア)は、東京-大阪を1時間で結ぶ第2東海道新幹線での実用化を期して、1962年に開発が始まったもので、他に活用する路線は無い。その土木構造物(インフラ)は新幹線と大差ないが、走行システムは全く異質で未知未踏の世界である。国鉄の開発成果を結集した宮崎リニア実験線7kmを『鉄道総合技術研究所』が引き継いだが、それは模型実験レベルで、実用化への視界はゼロだった。「東海道新幹線の輸送力が限界に近づく中で、第2東海道新幹線のインフラ建設は政府に委ねるにしても、リニアシステムの開発は将来運行に携わる我々で」と考えた。そこで、当社が自己負担1000億円で実用線の一部20kmを先行建設し、技術開発を主導することを発想、運輸省に提起した。1000億円の政府予算化は、バブル期でも不可能だ。この呼び水が閉塞を破り、山梨リニア実験線の建設計画は1990年6月、運輸大臣の承認を受けた。リニアシステム実用化へのエポックだった。当社の技術者が高速鉄道の運行経験に基づき設計を主導した結果、リニアの実験線は山梨県においてそのまま実用モデルとなり得るものに一新された。その結果、宮崎実験線では頻発した超電導状態喪失現象は、1997年4月の運行開始以降一度も発生せず、2009年7月に国土交通省の実用技術評価委員会から実用技術完成のお墨付きを得た。

この間に当社の財務状況は大幅に改善し、1987年に僅か700億円だった年間可処分資金は、今や5000億円にまで達している。最大の経営リスクだった5兆5000億円の債務は2兆円まで縮減され、それにゼロ金利政策の効果も加わって、支払利息は3500億円から700億円まで減少した。列車間隔4分・毎時15本(回送含む)が上限とされた東海道新幹線の運行列車本数も、車両の加減速性能向上等に依って、其々3分15秒・18本となっている。1日の営業列車本数は当社発足当初の231本から350本に増え、収入も1.6倍である。今や、東海道新幹線はその限界を究めたと言える。2006年4月には完全民営化が達成され、経営の自由度も高まった。東海道新幹線の旅客から得た収入は、リニア中央新幹線を通じて将来の旅客に還元されるべきだ。これが、2007年に中央新幹線の東京-名古屋間を自己負担で建設する決断をした大義である。全幹法の手続きや環境影響評価を経て、2014年10月、東海道新幹線が50年を迎えたその時に、国土交通大臣から工事実施計画の認可を受け、次なる50年の飛躍へ発進した。国鉄改革で背負った過去債務は制御不能の経営リスクであり、その克服は“捨て身の積極的経営”と“デフレ・ゼロ金利の天祐”が織りなした奇跡だった。一方、リニア中央新幹線建設のリスクは未然のものであり、回避可能である。経済状況の変化・工事の進捗等に柔軟に対応し、健全経営と安定配当を堅持しつつ建設を進める方針である。


≡日本経済新聞 2015年10月29日付掲載≡


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