【“貧困”無間地獄の現場】(05) 2003年『千葉少女墓石撲殺事件』の舞台――不良だらけの荒れた街が老人だけの枯れた街に

20151031 02
「貧しい昭和がこびり付いたような街」――『最貧困女子』(幻冬舎新書)で貧困問題を世に問うたジャーナリストの鈴木大介氏は、最貧困女子の出身地をそんな表現で語ったことがあった。その1つが千葉市の千城台、正確には千葉市若葉区の千城台市営住宅団地だ。言葉は悪いが、“最貧困女子の故郷”とでも言おうか。千葉駅からモノレールに乗り換える。タウンライナー(千葉都市モノレール)からは、新興のニュータウンと自然豊かな公園の景色が広がる。約25分、終点の千城台駅に到着する。この街は以前、取材で訪れていた。2003年10月に起こった『千葉少女墓石撲殺事件』である。犯罪史に残る陰惨且つ稚拙な事件。風俗店(抜きキャバ)で働いていた16歳の石橋裕子さんが、偽装結婚していた夫(当時22歳)に離婚を切り出したところ、夫は地元の高校生ら5人と共謀し、石橋さんを墓地に連れて行き、歯形がわからなくなるまで殴りつけ、指紋を消し去る為に灯油で焼き殺した。主犯の夫は、偽装結婚で戸籍をロンダリングしては、消費者金融からカネを借りる詐欺行為を繰り返していた。当時、この夫は新しい相手と偽装結婚する予定だったが、身元不明状態では離婚できないと気付いて「自分の妻」と名乗りを挙げた結果、呆気なく御用となった。事件の当事者たちは全員、市営住宅の出身者だった。石橋さんの働いていた風俗店も千城台にあった。次に偽装結婚する予定だったという別の16歳の少女を取材した。彼女もやはり、市営住宅出身者だった。彼女に事件をコピーした記事を見せた際、「漢字、読めないから」と言われて強い衝撃を受けた。主犯の夫と族仲間だったという不良3人にも取材したが、やはり漢字が読めず、全員が無免許と自慢げに語っていた。「21世紀の日本で、こんなことがあり得るのか…」。それが当時の印象だった。千城台はニュータウンとして開発が進む一方、その裏手には古びた市営住宅団地が現存していた。夜ともなれば、漢字も読めないガラの悪い連中が団地から溢れ出て来る。治安の悪さでは、千葉でも屈指の場所と言われていた。その構図に、現在も違いは無い。

モノレールの駅を降りれば静かなニュータウンの表情を見せるが、古びた脇道を1本入れば、“貧しい昭和がこびり付いた街”がいきなり目の前に現れる。この界隈の市営住宅の多くは、1960年代半ばから後半にかけて建設されている。半世紀以上経っているのだから古臭くて当然だが、それでも以前の取材時には活気だけはあった。しかし、今夏に訪れた時、市営住宅は妙な静けさの中にあった。違和感を覚える。明らかに、2003年とは何かが違うのだ。最も古い木造平屋建ての市営住宅に行く。犬の世話をしていたお婆さんが言う。「ああ、今、ここは取り壊し前でね。半分以上があっちの新しい団地に移ったよ。私かい? ほら、この子(犬)がいてねえ。犬や猫を飼う為に残っているんだよ」。このお婆さんが説明した通り、周囲の市営住宅の多くは新規建て替えや改修の真っ最中だった。「前に住んでいた若い人の多くも出て行ったよ」と寂しそうに語る。夜になって、漸く違和感の原因に気付いた。周囲にコンビニが全く無くなっていたのだ。駅前界隈は小中学校が揃い、市営住宅とニュータウンの住人合わせて1万人以上が住んでいる。明らかに異常だろう。プール帰りの小学5年生ぐらいの少女にコンビニの場所を尋ねたら、「あそこにあった」と潰れた店を指差された。そう言えば、駅前にも赤提灯1つ無く、大手チェーンの居酒屋も無かった。何とか探したところ、市営住宅の脇にスナックが2軒あるだけだった。その1軒のマスターが言う。「この数年かな。駅前の飲み屋も全部、無くなったんだよ。前はキャバクラや風俗店もあったんだけど」。私が「事件の影響ですか?」と尋ねると、「若い人が夜に集まりそうな場所は、警察が厳しく取り締まったからね」と頷きながら説明する。客の1人も、「コンビニは、ほら、トイレで子供を産んで捨てた事件あったろ? あれ以降、どんどん潰れたんだよ」。これは2011年、地元の20歳女性が千城台のコンビニで起こした事件のことだろう。8月、お盆前だというのに、街に屯する不良たちが公園で花火に興じる様子も無ければ、暴走族が撒き散らす騒音も聞こえてこない。マスターは、「兎に角、そういう若者はこの街から本当に消えたんだよ」と繰り返す。昭和の貧しさがこびり付いた街は、急速に変貌しているようだった。




「違法住人の楽園だった」。市営住宅に暮らす60代の老人客が自嘲気味にそう語る。母子家庭と言いながら夫と暮らす。夜の店で働きながら生活保護を受け、子供の給食費を払わない親たち。毎日、パチンコをして飲み屋で暴れる――そうした“貧者の楽園”は消え去ろうとしているのだと、このスナックの客たちは誰もが実感している。老人客が続ける。「今、古い市営住宅は建て替え中だろ? 新しい市営に入れるのは、俺のような高齢の年金暮らしや生活保護は大丈夫だけど、以前のように20代の働き盛りで子供がいるとか、偽装結婚しているような家は契約を更新できないからな。だから、親が子を追い出しているんだよ。『お前らがいたら新しい市営住宅に住めないから』って」。こうして、市営住宅から不良たちや若い層は消え、老人だけの枯れた街になりつつある。“貧しい昭和がこびり付いた街”は、市の指導の下、健全且つ理想の街へと生まれ変わるのだろう。12年前、主犯の夫と“偽装結婚”する予定だった16歳の少女の顔を思い出す。漢字が読めず、「東京の都心は怖いので、夢は葛西に住むこと」と言っていた彼女は今、28歳となり、どこで何をしているのだろうか。「(殺された石橋さんと)PUFFYの曲をデュエットで、朝までカラオケしたんだよ」。そう嬉しそうに思い出を語っていた彼女は、既に都会の片隅で最貧困化しているかもしれない。だが、その姿が顕在化することはないだろう。夜8時過ぎ。千城台の駅から部活動で健康そうに日焼けした、或いは塾のテキストを持った学生たちと、ネクタイを締めたサラリーマンが続々と降りて来る。そして、小奇麗なニュータウンへと消えていった。 (取材・文/西本頑司)


キャプチャ  2015年10月号掲載


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テーマ : 貧困問題
ジャンル : 政治・経済

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