【国際化する歴史論争】(01) 勝利者なき不毛な歴史戦争――南京・慰安婦・強制労働、国際社会へバトルの舞台を移し新たな段階に入った論争にどう向き合うべきか

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「戦争は人の心の中で生まれるから、人の心に平和の砦を築かなければならない」――『国連教育科学文化機関(UNESCO)』の崇高な平和理念だ。しかし、そのユネスコを舞台に今年、“戦争”が2度も勃発した。最初は世界文化遺産を巡る争いだ。『明治日本の産業革命遺産』登録を申請した日本に対し、「申請施設で中国や朝鮮出身者が第2次世界大戦中に“強制労働”させられた」と中国と韓国が抗議。2ヵ月の攻防の末、「労働を強いられた」ことを日本が認め登録が実現した。今月には、世界記憶遺産でも火の手が上がった。中国が申請した旧日本軍に依る『南京大虐殺』の文書が登録されたことに、日本が反発。ユネスコへの分担金拠出の見直しを示唆し、登録撤回を求める構えを見せたのだ。世界記憶遺産を巡っては、申請・登録された日本人のシベリア抑留等の記録『舞鶴への生還』も、登録後にロシアの高官から批判された。東アジアに燻ってきた歴史問題は、戦後70年目にして収束するどころか、地域の枠を超え、世界を舞台にした“歴史戦争”に突入したようだ。歴史教科書・靖国神社参拝・慰安婦・南京といった問題は、これまで日中韓の間の歴史認識論争に留まってきた。中心は日韓関係で、両国にとって互いは主張すべき“対象”であり、厄介な“敵”だった。中国の最高指導者だった鄧小平が1980年代初めに経済優先の政策を打ち出して以来、友好と反日を戦略的に使い分ける中国は、どちらかと言えば脇役だった。だが、“歴史戦争”はその様相を一変させた。日中韓は最早、互いに向き合って主張をぶつけるだけではない。新たな舞台は、ユネスコ等の国際機関やアメリカを中心とする国際社会。ロビー活動で駆使されるのは、主に英語だ。

日本の正当性を訴えた新聞連載を纏めた『歴史戦』(産経新聞出版)は、中国語でも韓国語でもなく先ず英語に翻訳され、帯には「真実を世界に広めるための書」と謳われている。また、同書が「主戦場はアメリカ、主敵は中国」と唱えるように、対立軸も日韓から日中へと変化した。鄧の唱えた“韜光養晦(実力を隠して力を蓄える)路線”をかなぐり捨て、習近平政権は拡張路線を続けている。これまで は主に韓国が訴えてきた慰安婦問題も、近年は中国に主導権が移っている。今回、ユネスコで『慰安婦に関する資料』の記憶遺産登録が却下されたが、申請したのは韓国ではなく中国だった。「韓国にはパッチワーク的に対応すればよかったが、中国の脅威を見るとそれでは済まない」と、自民党の原田義昭衆議院議員は危機感を募らせる。自民党国際情報検討委員会の委員長である原田は先週、ユネスコの分担金拠出停止を求める党決議文を安倍晋三首相に手渡した。「安倍さんや菅(義偉)官房長官に申し入れる度に、『いつも(委員会の提案が)遅いじゃないか』という雰囲気がある。政府の立場では言い難いだろうが、僕らは全く(方向性が)一致している」と原田は言う。日本政府もまた、歴史戦争に前のめりのようだ。東アジアの歴史論争が国際社会に持ち込まれたのは、今回が初めてではない。1996年に国連人権委員会で慰安婦を性奴隷と記す『クマラスワミ報告』が採択され、2007年にはマイク・ホンダ下院議員の提案で、アメリカの下院議会が慰安婦問題の対日非難決議を可決。2013年5月には、韓国の朴槿恵大統領がアメリカ議会で日本の歴史認識を批判する演説を行った。そして同じ年の7月、カリフォルニア州グレンデールで慰安婦像が完成したのを皮切りに、ミシガン州やサンフランシスコ等へ慰安婦の像や碑の設置が“飛び火”。サンフランシスコの中華街では、極小規模ながらも抗日戦争記念館も開館した。こういった動きは、中国系・韓国系市民の草の根運動に加え、中韓のロビー団体の働き掛けが背景にあるとされる。ただ、こうした動きを知るアメリカ人は極一部でしかなく、寧ろ国内外の日本の保守系団体やインターネットの過剰反応が騒ぎを増幅させた側面がある。




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このように、国際社会で燻っていた歴史戦争が本格化したのは2013年末。きっかけは、安倍首相の靖国神社参拝とアメリカの“失望”声明だった。安倍の参拝直後、駐日アメリカ大使館と国務省が相次いで、「日本の指導者が近隣諸国との緊張を悪化」させたことへの失望を表明。アメリカはそれまで靖国参拝に対して咋な批判を避けており、その衝撃は大きかった。中韓の批判には慣れていても、「アメリカは何も言ってこない」と高を括っていた保守派は、オバマ政権の反応に驚いた。そして、アメリカの声明は事態の沈静化に向かわなかった。「中韓に依る情報の刷り込みがオバマにまで届いた。欧米に対する中韓の情報戦に、日本も応戦しなければ」という思いが広がり、原田が働き掛けて翌2014年3月に、自民党に国際情報検討委員会が設けられた。「砲弾ではなく情報と言葉を駆使して戦う」と産経新聞が連載『歴史戦』を始めたのは、4月のことだ。その後、6月に原田らが安倍に中間報告書を手渡したが、そこからは“主戦場はアメリカ”という歴史戦争の新たな認識が浮かび上がる。「中韓の反日宣伝に依って、2国間の案件がアメリカ等の第三国や国際社会に持ち出された」とした上で、「主として、英語に依る情報発信や、アメリカを始めとする議員との交流の強化」を提案している。更に9月、朝日新聞が慰安婦問題での誤報を正式に謝罪したことで、歴史戦争は更に加速。自民党国際情報検討委員会の決議文も、「虚偽の記事が国際的な情報メディアの根拠となり、国際社会が我が国歴史の認識を歪曲した」と、専ら国際社会への影響を懸念している。「クマラスワミ報告等で日本が手を拱いたツケが、アメリカの靖国参拝批判で露わになった。今度こそ、日本は“自衛”しなければ」――そんな保守派の思いが、今回のユネスコを巡る歴史戦争の伏線だ。

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ただ、「国際社会を巻き込んだこの戦争は、不毛な戦いにならざるを得ない」と、情報戦に詳しい近現代史研究者の辻田真佐憲は分析する。情報戦は本来、国家が人員と予算をかけて行う外交の一手段で、最終的にどこかで和解するまでのプロセスに過ぎない。南京や慰安婦等の数々の問題についても、国家として交渉の余地を残す必要がある。しかし、現在の歴史戦争は“正義”“誇り”といった価値観が出発点になっている為、容易に妥協点を設定することができない。日本の場合、交渉を巡る意思統一もできていない。これまでのように、政府内で南京や慰安婦の存在そのものを否定する不規則発言が飛び出せば、中韓がそこを追及して簡単に泥沼に陥ってしまう。更なる懸念が、“歴史修正主義”への国際社会の警戒感だ。戦後問題を突き詰めれば、戦後レジームに行き着く。実際、記憶遺産となった『南京大虐殺の文書』の申請書には東京裁判の記述が多く登場し、犠牲者数の根拠の1つとして同裁判が示した“20万人以上”という数字を挙げている。東京裁判はアメリカ等の連合国に依る勝者の裁きであり、連合国を主体に設立されたのが国連だ。幾ら英語で発信しても、国際社会から“歴史修正主義者”と認識されれば敗北は避けられない。逆に、こうした懸念を克服すれば歴史戦争の不毛さから抜け出せるかもしれない。その為に必要なのは、日本政府が目指す目標を明確にすることだろう。これまで、日本では歴史家や記者が論争の中心で、歴史的事実の追及に焦点が置かれがちだった。だが、歴史家や記者は外交戦の主役にはなれない。最終的には、政府が何を以て勝利とするのかをはっきり示すべきだ。史実に拘り過ぎる姿勢も不毛だ。慰安婦の強制性を問うのも大事だが、声高に主張するほど歴史修正主義の誤解を招く。戦後の日本が積み重ねてきた人権尊重・民主主義・国際貢献を実績として冷静に訴えるほうが、国際社会の共感を呼ぶ。そうすることで、特に現在も人権弾圧を続ける“独裁国家”中国と日本のどちらに説得力があるか、各国は次第に理解する筈だ。来年には、中国が慰安婦資料を記憶遺産に再申請するという。ユネスコが本当に“平和の舞台”となるのは、いつのことだろうか。 (深田政彦)


キャプチャ  2015年10月27日号掲載


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テーマ : 歴史認識
ジャンル : 政治・経済

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