【国際化する歴史論争】(05) 中国の虐殺も記憶遺産に登録すべきだ――抹殺してはならない現代の歴史の教訓とは?

20151101 07
国連の諸機関が、急速に中国の裏庭と化している。国際社会で中国共産党に依る独裁体制は非難を受けることなく、国際機関を舞台に時代の潮流と逆行する“謀略活動”を堂々と展開している。今年10月9日に、『国連教育科学文化機関(UNESCO)』が所謂“南京大虐殺の文書”の世界記憶遺産登録を認めたことは、その最たる事例の1つと言える。中国が集めた文書群は、「1937年12月に旧日本軍が国民政府の首都・南京を攻略した直後から“虐殺”を働き、30万人が犠牲となった」と主張。戦後に、南京軍事法廷が日本軍の戦犯を裁いた際の判決書と中国人女性の日記、旧日本軍の従軍関係者の宣伝写真等が含まれている。日本側は、ユネスコ国際諸問委員会において人選そのものが不透明なこと、歴史学者が入っていないこと、加えて審査も不透明なこと等もあり、申請の取り下げを求めてきたが、それを無視した結果が出された。南モンゴル出身で中国の教育を受けた私は、自分が習った歴史教科書を手元に残している。1982年に北京の『人民教育出版社』から出された『中国歴史・第四冊』は現代史を取り扱っているが、「1937年12月に南京陥落」とだけあり、犠牲者の数について言及はない。その後、江沢民政権が“反日愛国教育キャンペーン”を繰り広げたこともあり、日中双方に依る歴史共同研究は困難な状況下で模索を続けた。その共同研究の報告書でも、「日本側の研究では20万人を上限として、4万人・2万人などさまざまな推計がなされている」と明記している。台湾の中華民国政府は、犠牲者数をどうみているのか? 戦後70周年を迎えた今年、政府の研究機関『国史館』は新たに、『中国抗日戦争史新編』を6冊刊行した。国史館が保有する膨大な1次史料と、実際に参戦した将兵たちの証言に依拠した最新の成果だ。謂わば、“抗日の主役の座”を中国共産党に盗まれた恨みからの反論となっている。同シリーズも“南京保衛戦”を設けた第2巻で、具体的な犠牲者数を示さずに、極めて慎重な学術的態度を取っている。要するに、中国の習近平政権が主張する“30万人”云々という数字は、客観的な検証を経てはいない。

20世紀に2度に亘って世界大戦を経験した人類は、1948年12月9日に『ジェノサイド条約(集団殺害罪の防止および処罰に関する条約)』を採択しており、当時の中国の合法的な政府『中華民国』も署名している。ところが、翌年に成立した中華人民共和国は、数々のジェノサイドを国内で働いてきた。建国直後の“反革命分子鎮圧運動”は、毛沢東自身が「79万人を殺し、200万人を刑務所に入れた」と宣言したほどだ。1957年からの“反右派(反知識人)闘争”では、180万人の犠牲者が出た。1958年からの人民公社化時代には、少なくとも300万人が餓死したと、体制内の研究者でさえ認めている。粗同じ時期にチベット高原に進軍した人民解放軍が、数十万人ものチベット人を“反乱分子”として殺戮したのは周知の事実だ。1966年から文化大革命が始まるが、その「犠牲者数は約1000万人で、迫害を受けた者は1億人に達する」と、1981年に中国共産党は公式見解を出した。この犠牲者には、2万7000人のモンゴル人も含まれている。何れも、特定の集団(所謂、資本家や地主党の搾取階級と知識階級)・特定の民族(チベット人・ウイグル人・モンゴル人)が大量に虐殺されており、国連の定義するジェノサイド行為に合致する犯罪だ。中国は、こうした数々のジェノサイドに関する文字資料を組織的に、意図的に抹殺している。その一方で、“記録の散逸の危険”を防ぐ為に登録を推進している世界記憶遺産を利用して、戦後は民主主義国家の道を歩んでいる日本を不当に攻撃するとは本末転倒でしかない。「人道に対する罪に国境の障壁は無い」とジェノサイド条約を採択した以上、国連は中国が犯した犯罪も裁くべきではないか。 (本誌コラムニスト・静岡大学教授 楊海英)


キャプチャ  2015年10月27日号掲載


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テーマ : 歴史認識
ジャンル : 政治・経済

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