【中国人の攻略法】(11) 習近平政権のキーマンが漏らした本音――中国人は本当に民主化を望んでいるのか?

20151103 57
今年4月23日、中国政府の招きで北京を訪れたアメリカの政治学者であるフランシス・フクヤマと日本の経済学者である青木昌彦(7月に逝去)は、意外な人物の歓迎を受けた。『中国共産党中央規律検査委具会(中規委)』書記の王岐山だ。王は、7人の最高指導部メンバーである党中央政治局常務委員の1人。国家主席の習近平にとっては青年期から酒を酌み交わし、中国の未来を語り合った刎頸の友である。党中央弁公庁主任の栗戦書と並ぶ側近中の側近だ。国際金融のスペシャリストとしてキャリアを重ねてきた王は、欧米にも知己が多い。それだけに、経済関係のポストではなく党員の規律道反を取り締まる中規委のトップという人事は、意外感を持って受け止められた。だが、就任後は習政権の看板政策である“反腐敗運動”の陣頭に立ち、前常務委員の周永康等の多くの大物を槍玉に挙げてきた。今や、王の存在感は首相の李克強をも上回り、事実上のナンバー2。彼の言動は、中国の近未来を知る上でも非常に重視されている。だが、汚職摘発機関のトップという職務の性格上、公的な会議以外で彼の肉声が外に漏れ出すことは極めて稀だ。そんな中、フクヤマ・青木・王の会談記録がインターネットに流れたのは、注目に値する事件と言ってよい。その記録の中で王は、日本の歴史学者・岡田英弘を評価していることに触れ、ミクロの研究を極めた後にマクロの視点で問題を見ることの重要性について言及する等、その独特の発想を披露している。この他、東西文化の違いや中国史の見方等の話題は多岐に亘ったのだが、白眉は“法治”に対する彼の考えが示された場面だ。

フクヤマが「中国は憲法の地位を高め、“ルールオブロー(法の支配)”を確立できるのか?」と尋ねたのに対して、王は間髪を入れずにこう断じたのだ。「不可能だ」。習政権が“依法治国(法に依り国を治める)”を掲げて、法治の確立に力を入れていることは知られている。だが、「習の言う法治は“法に依る支配”であって、西側の“法の支配”とは別物ではないか?」と長らく言われてきた。指導部のキーマンが中国における法の支配実現について「不可能だ」と切り捨てたのは、それを裏付ける重要なメッセージだ。王自身が付言しているように、「法治は必ず、党の指導の下に進められなければならない」ということなのだ。中国の憲法は、条文の上では言論の自由も表現の自由も保障している。だが、それらを“党の指導”が超越することも明記されている。胡錦濤時代には、首相の温家宝がメディアに権力の監視をさせる必要性にまで言及していた。習政権の下で、中国は西側の価値観からより遠ざかったと言うべきだろう。事実、「『権力の監視はメディア等に任せずとも、党が自ら行える』と証明しようとしているのが“反腐敗運動”である」との見方も成立する。王はうっかり発言した訳ではなく、9月に予定されている習の訪米を前に、中国の見解を改めて表明したのだという理解も可能だ。絶対的な権力に歯止めをかけるのが民主化だとすれば、それは共産党に依って下賜されるものであって、そのスピードやタイミングは共産党に依って判断されなければならないということなのだろう。要するに、習や王は“中国の特色ある民主”の極めて忠実な実践者なのである。




では、共産党が提供する不徹底な民主化を、国民はどう受け止めているのか。現状を見る限り、国民の大きな怒りや不満が党の指導に向けられているとは考え難い。理由は幾つかあるが、最も重要なのは、不満を抱えた人々が求めているのは生活の改善であって、共産党支配の見直しではないということだ。“雨傘革命”と言われた昨年の香港における普通選挙要求デモでは、混乱が日々の生活を脅かし始めた途端に学生に対する支持が失われた。中国本土ではそれ以上に、政治的な混乱に対する警戒感が強い。つまり、国民が求めているのは混乱を伴うような体制の見直しではなく、現在の権力が自浄作用を働かせることなのだ。そのことは、失脚前の薄熙来に絶大な支持が集まったことからも明らかだ。彼は重慶を舞台に、文化大革命擬きの大衆動員を行いつつ、地元のボスたちを血祭りに上げていった。こうした“左傾化”のパフォーマンスが受けるのに対して、西側受けする民主活動家たちへの支持の声は中国では殆ど聞こえてこない。7月中旬には、社会活動家でもある人権派弁護士が一斉に拘束されたが、欧米や日本のメディアが大々的に報じたのと対照的に、中国国内での関心は薄かった。また、“水戸黄門”的なメンタリティーの存在も大きい。庶民レベルは、「自分たちと近い距離にある末端の党組織と、習が率いる党中央は違う」と思っている。「『地方の官僚が腐っていても中央がそれを必ず正し、自分たちの問題を解決に導いてくれる』と無邪気に考えている」と思われるのだ。そうしたイノセントな発想を持っているのは、反政府的な立場の人々も同じ。例えば、盲目の弁護士として知られ、2012年にアメリカに亡命した陳光誠だ。彼は中国脱出を試みる過程で当時の温首相に対し、まるで自らの理解者であるかのような内容の動画メッセージを送っていた。こうした中国の実情は、民主化を普遍的な価値として捉える西側からは理解し難いかもしれない。だが、西側が語る“民主化”は、中国人にとって長らく「平和的な手段で政体を変えようとする“和平演変”の試み」であり、警戒の対象だった。そんな彼らにとって、政治の現状を見直す為の道筋としては、“民主化”よりも“左傾化”のほうが遥かに受け入れ易いのが実態なのだ。 《敬称略》


富坂聰(とみさか・さとし) フリージャーナリスト・ノンフィクション作家・拓殖大学教授。1964年、愛知県生まれ。北京大学中文系に留学後、週刊誌記者を経てフリーに。昨年から現職。著書に『中国という大難』(新潮文庫)・『中国は腹の底で日本をどう思っているのか』(PHP新書)等。近著に『習近平の闘い 中国共産党の転換期』(角川新書)。


キャプチャ  2015年8月22日号掲載


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