【管見妄語】 打算と頬被り

イギリスにいる次男からスカイプが入った。「BBCワールドで面白いニュースをやっていたから、今から送るよ」。早速、その場で6分間ほどの特番ニュースを一緒に視聴した。キャメロン首相のジャマイカ訪問に関するものであった。ジャマイカを始め、カリブ海諸国はここ10年余り、主にイギリスに依る16世紀から18世紀の奴隷貿易に対し、謝罪と賠償を求めてきた。イギリスは西アフリカの地で1000万人以上の人々を無理矢理に奴隷船に乗せ、アメリカやカリブ海の島々で砂糖黍農園の労働者として劣悪な環境で酷使した。儲けの殆どは、農園所有者であるイギリス人のものとなった。先の9月29日、キャメロン首相はイギリス連邦の一員であるジャマイカに降り立った。ジャマイカ首相との会談で、早速に謝罪と賠償を求められた。話をすり替えるというイギリスの伝統方式に従い、「何世紀も前の話でなく、未来について建設的に語りましょう」と躱そうとしたが、いつものようには上手く行かなかった。様々な不利な情報が出ていたからだ。イギリス政府は1833年に2世紀以上続いた奴隷を解放したが、その際、国内の奴隷保有者4万6000人に、今の金額で合計3兆円余りの補償金を支払っていたのだ。

奴隷は、少なくともそれ位の財産と見做されたことになる。それ以前に産み出した富を無視しても、である。キャメロン首相の血縁までが6億円近くを貰っていた。キャメロン首相はこの窮地を切り抜けようと、「50億円をかけてジャマイカに新しい刑務所を作り、カリブ海諸国のインフラ整備に600億円を投ずる」と述べたが、空振りとなった。賠償どころか謝罪をも拒み、飢えた人々にパン切れを投げ与えるような態度の援助に、ジャマイカの人々は侮辱を感じた筈だ。次男が面白いと言ったのは、ニュース後半の3分間だった。ロンドンの『アダム・スミス研究所』のエコノミストが、こう主張したのだ。「イギリスの法律では、『自分の行為が相手に損害を与えた場合は、弁償しなければならない』と明記してある。イギリスは、奴隷の子孫達より成るカリブ海諸国に損害を与えていない。現在、彼らの1人当たりGDPは、バルバドスで1万6000ドル、ジャマイカで6000ドルだ。それに比べ、西アフリカでは900ドルに過ぎない。奴隷として海を渡った者の子孫は、西アフリカに残った者の子孫に比べて巨大な利益を得ているのだ。何を賠償しろと言うのだ。精神的な傷については、言い出したら切りがない。イギリスを占領したノルマン人まで、いやローマ人まで遡って訴えるつもりなのか」。次男は、全てを金銭で換算した上で植民地の要求を高圧的に突っ撥ねる人物が、国営放送で3分間も捲し立てるのに驚いたようだった。




イギリスは奴隷貿易ばかりでなく、インド・ビルマ・アイルランド等、歴史を通じ数多くの冷酷を働いてきたが、いつもこのような“ある論理”を翳して抑え込んだのだろう。ある欧米の歴史学者が、「イングランドは世界で最も冷酷な国だ」と私に断言したのを思い出す。思わず「貴方は?」と尋ねたら、「イングランド人です」と答えた。イギリスは狡猾なインド経営で人民を愚民化・貧民化し、19世紀だけで2000万人以上を餓死させている。19世紀中葉、植民地のアイルランドが数年に亘るジャガイモ飢饉で人口の2割を失った時、麦は豊作で、全て地主の住むイングランドに送られていたのだ。インドやアイルランドが賠償を言い出したら、殆ど無限大になろう。イギリスは、どんな小さな賠償にも絶対に応じる訳にはいかないのだ。ジャマイカに冷たかったキャメロン首相は帰国後、習近平主席を国賓として最大級に歓迎した。会談では人権問題に一切触れず、7兆円余りの経済協定に合意し、“英中黄金時代”を強調した。イギリスは、これからも強かな打算と頬被り、強者との友好と弱者への高圧的論理で力強く生きて行きそうだ。


藤原正彦(ふじわら・まさひこ) 数学者・お茶の水女子大学名誉教授。1943年、満州国生まれ。東京大学理学部数学科卒。同大学院理学系研究科修士課程数学専攻修了。ミシガン大学研究員・コロラド大学ボルダー校助教授等を経て現職。著書に『藤原正彦の人生案内』(中央公論新社)・『この国のけじめ』(文藝春秋)等。


キャプチャ  2015年11月5日号掲載


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テーマ : 国際政治
ジャンル : 政治・経済

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