【特別対談】 スパイの目で見た沖縄基地――作家・佐藤優×憲法学者・木村草太

『スパイの目で見た安保法制』という対談を掲載した本誌前号発売中に、安保法案は国会内外の怒号の中で成立した。だが、もう1つの“抵抗”の声が沖縄から聞こえてくる。母親が久米島出身で、「日本人か沖縄人かと聞かれれば沖縄人」と言う佐藤氏と、憲法学の立場から沖縄に強い関心を持つ木村氏の対談後編をお送りする。

20151107 03

「あらゆる手段で新基地建設を止める覚悟だ」(沖縄県の翁長雄志知事)。9月22日、ジュネーブの国連人権理事会。アメリカ軍普天間基地の辺野古移設を巡る翁長知事の発言を、世界が注視した。1ヵ月の集中協議の結果、9月12日に沖縄防衛局が埋め立て作業を再開。翁長知事は「埋め立て承認を取り消す」と表明して、対立は先鋭化している。

佐藤「埋め立て取り消しは翁長知事のブラフで、中央政府は本当にやるとは思っていなかった。『集中協議で、1ヵ月のモラトリアム期間をおいて脅し上げれば言うことを聞く』と思っていたんです」
木村「ところが、言うことを聞かなかった。政府は、沖縄の現実をちゃんと認識していなかったということですか?」
佐藤「要するに、中央政府は沖縄に関する情報収集力と分析能力が極端に弱いんですよ。問題はこの後、中央政府がどう出てくるか。甘く考えてはいけない。地方自治法の代執行で来るんじゃないかと思います」

地方自治法で、国から受託された任務を知事が執行しない場合には、大臣が代執行できるという決まりがある。「国は、行政代執行という“伝家の宝刀”を抜く」と佐藤氏は見ている。

木村「当然、県は訴訟に訴えると思いますが、沖縄側が法律を盾に徹底抗戦する手は色々ある筈です」
佐藤「そんなに簡単には済まないでしょう。私は辺野古で死者が出る流血騒動が起きて、そこから大混乱に発展する可能性もあると見ています。軽々に煽るようなことを言うつもりはありませんが…」
木村「辺野古で何が揉めているのか、中々わからない人も多いと思うんですが、先ずその辺りから佐藤さんの言葉で説明して頂けますか?」
佐藤「それには、沖縄の歴史を知る必要があります。菅義偉官房長官は翁長知事との会談で、『辺野古問題の原点は、普天間移設を決めた1996年の橋本龍太郎-モンデール会談にある』と言っている。だが翁長知事は、『1945年のアメリカ軍の占領に依る強制接収が原点だ』と言っている。この認識の差が一番大きいんです」




戦後、1945年9月から日本全土がアメリカの占領体制に入る。だが、1947年5月に『日本国憲法』が施行されても、沖縄だけは憲法が適用されない無権利な状態に置かれたままだった。そして、1952年の『サンフランシスコ平和条約』発効以来、沖縄は日本の施政権の外に置かれるようになった。

佐藤「沖縄で復帰運動が起きた理由は、『日本国のフルメンバーとなることで、日本の憲法体制下に入って自分たちの人権も保障される』という期待があったからです。ところが、1972年5月に復帰した後も、沖縄だけは別扱いのままだった。沖縄には、『これが同胞に対する扱いなのか』という気持ちがずっとあるんですよ。それが、過去2~3年で嘗て無く強まっています」
木村「ちょっと確認したいんですが、連合国側が1952年の段階で『沖縄を切り離して統治しよう』と考えた理由は?」
佐藤「既に戦時中の1944年に、アメリカ海軍の情報局が“シビル(民事)ハンドブック”という文書を出している。これは、沖縄を統治する為の基本的なマニュアルなんですが、そこに明確にあるのは、『沖縄人は(日本人とは異なる)異民族だ』という認識なんですよ」
木村「韓国とか台湾のような?」
佐藤「そういうことです」
木村「沖縄を本土と別に統治するのは、寧ろ当たり前の発想だったということですか?」
佐藤「そういうことです。『沖縄は日本に占領されていた、植民地に準ずる地域だ』という認識です。そして、無権利状態の沖縄にどんどん基地が作られた」

戦後の1952年当時、日本におけるアメリカ軍基地の比率は、本土が9割で沖縄が1割だった。1972年の復帰時に本土と沖縄で粗半々となり、現在は沖縄にアメリカ軍基地の73.8%が集中し、残りが本土となっている。

佐藤「今後、普天間の移設等が進んでも、73.8%の基地負担が73.1%になるに過ぎない。それは、移設が沖縄県内で行われるからです。辺野古については、“普天間の移設”ではなく“新基地建設”ですよ。実際、辺野古にはオスプレイが100機常駐できて、尚且つ航空母艦が横づけできる基地が新たにできる。どう見ても、基地機能が強化されています」
木村「政府は、『周辺に住宅や学校等が集中していて“世界一危険な基地”と言われる普天間よりも、人口密度の低い辺野古のほうがより安全だ』と言っていますね」
佐藤「その理屈だと、辺野古住民の命は普天間の周辺住民の命と等価ではないということになる。結局、辺野古新基地建設は、沖縄に対する“構造的な差別”のシンボルになったんです。政治・国防・経済に係わる問題ならば、沖縄にとっても妥協の余地がある。しかし、差別のシンボルとなった辺野古の基地建設を最早、沖縄人は絶対に認めないでしょう」
木村「個人の平等権は憲法14条に依って保障されていますが、都道府県間・自治体間の平等を考えるには憲法95条が重要です。特定の自治体にのみ適用される法律の制定には、当該地域の住民投票に依る同意が必要とされています。特定の地域に過度な負担がかかるのを防ぐ役割があるのです」
佐藤「でも、95条はまだ使われたことがないですよね?」
木村「いや、何度かあります。広島の平和都市建設法等、1950年代までは割と活発に使われていたんです。それ以降も、小笠原復帰の時に、小笠原のある島をミサイルの実験場にしようという計画に対して、『95条に基づく住民投票をしろ』という運動が起きて頓挫したケースもあります」

木村氏は、「辺野古問題解決にも憲法95条が効力を発揮する」と主張する。

木村「先ず、アメリカ軍基地の設置は国の重要事項ですから、政府が勝手に場所を決めるのは可笑しい。国会が制定する根拠法が必要な筈です。そして、アメリカ軍基地が設置されると、消防活動の制限等、地元自治体の自治権が制限されますから、根拠法制定には憲法95条に基づく住民投票の同意が必要です。要するに、現状のまま辺野古に新基地を作るのは“違憲”なんですよ」
佐藤「そのやり方では絶対に解決しません。沖縄人には独自のアイデンティティーがあり、自己決定権、或いは潜在的な主権を持っているという意識が常にある。日本政府が沖縄に対して特別な負担を強いる差別法を作るというアプローチ自体に、沖縄人は忌避反応を示します」
木村「法律で解決できないとしたら、辺野古の問題はどうやって解決したらいいんでしょうか?」
佐藤「シナリオは3つある。1つは、中央政府が辺野古の新基地建設を諦める。諦めて、アメリカ海兵隊にはグアム(アメリカ)なりダーウィン(オーストラリア)なり外に出て行ってもらう。『普天間が無くなって新基地が作られないのなら、沖縄は他の基地負担は甘受しましょう』と、こういう形で鎮静化させるというシナリオですね」
木村「しかし、日本政府は簡単に諦めないでしょうね」
佐藤「2つ目は、政府が埋め立てを強行し、流血騒動になって死傷者が発生する。『力では勝てない。これ以上、内乱のような状態を作ってはいけない』という形で、沖縄が諦めるというシナリオです。当然、翁長政権は崩壊して、その結果、全く民意の支持を得ない傀儡政権ができる。しかし、これからも色んなトラブルがしょっちゅう続く」

佐藤氏は、更にその先を予測する。それは、“沖縄独立”への流れが加速することだ。

佐藤「3つ目のシナリオは、沖縄が民族自決権を主張し始めることです。翁長さんが那覇市長の時に、“ハイサイ/ハイタイ運動”と名付けた琉球語を回復する改革を進めたんです。例えば、那覇市役所の2次試験に“しまくとっば(島言葉=琉球語)”を入れた。今度、沖縄県の採用試験にも“しまくとぅば”が入ります。これは、非常にシンボリックなナショナリズムですね。こうした民族意識の回復を背景に、先ずは沖縄の自己決定権獲得と、辺野古新基地阻止の県民投票を行う。それでも日本政府がどうしても新基地建設を強行するというなら、沖縄は独立に向けて動き出すでしょう。その過程で、相当数の流血を伴う衝突も起こる」

実際には、「1つ目の『日本政府が辺野古での新基地建設を諦める』のが唯一の解決策だ」と佐藤氏は言う。更に、「それに依って、抑止力が弱まる訳ではない」とも…。

木村「『沖縄海兵隊が何を抑止しているのかわからない』という評価もよく聞きますね。『台湾有事の際に海兵隊が駆けつける。海兵隊に抑止力はある』と言う人もいるようですが…」
佐藤「沖縄から海兵隊員が駆けつけて、中国は本当に台湾を諦めるのでしょうか? 中国を想定した場合、経済の相互依存体制がこれだけ強まっている中で、嘗ての東西冷戦型の抑止力がどこまで機能するのか。それに、北朝鮮のような暴発する国に対して、抑止力が本当に通じるのか」
木村「『海兵隊が抑止力になる』という説明は成り立たないということですね」
佐藤「そういうことです。更に強調したいのは、沖縄の本音がどこにあるかということです。沖縄人は本音を中々明かさないが、『(日本の)植民地だ』ということは皆わかっている。しかし、『人口の1%しかいないんだから仕方がない』と、今までは甘受していた。でも、そろそろ『我慢にも限度がある』と思い始めている」

今年6月に翁長知事が訪米した時、日本の大半のメディアは“成果無し”と否定的に報じた。だが――。

佐藤「翁長知事は何故、ワシントンに行く前にハワイへ行ったのか? それは、ハワイには沖縄出身者が沢山いるからです。彼らは“日本人”のアイデンティティーが希薄で、“沖縄人”という意識が強い。ハワイのイゲ州知事の公式ウェブサイトには、“沖縄系アメリカ人”と記されている。こうしたウチナーンチュ(沖縄人)が世界中にいる訳です。翁長知事がハワイに行ったのは、戦略的に重要な意味があった。今度のジュネーブの国連人権理事会での演説も、非常に戦略的です。沖縄が本気で独立を目指し始めたらどうなるか――抑々、尖閣は沖縄の領土なので、日本にとっては尖閣問題自体が無くなる。沖縄を国防の島として、日本が使うことができなくなる。事態の深刻さが、東京の政府には全然読めていないんですよ」
木村「私は、沖縄抜きで日米の両政府だけで沖縄の基地問題を話し合うというのは、何か可笑しいんじゃないかと思います。それは、憲法から見ても筋が通っていない。そこを強調したいですね」
佐藤「私は、『日本と沖縄は1つであってほしい』と思っている。その理由は、元外交官だからです。沖縄が140万人の独立国を作るとしたら、その後の沖縄は大変なことになる。旧ソ連の影響を受けたバルト3国や、モルドバやスロバキア等の小国の現実を見ればわかります。もう1つ、私は父親が日本人で母親が沖縄人ですから、父の国と母の国は1つであってほしいのです」
木村「沖縄が置かれた状況を知るだけで、その異常さがわかります。安倍政権は、それを“抑止力”“日米同盟の強化”“中国の脅威”といった言葉で正当化していますが、そんな説明では沖縄は決して納得しないと認識すべきなんです」


キャプチャ  2015年10月13日号掲載


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テーマ : 沖縄米軍基地問題
ジャンル : 政治・経済

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