気をつけよう、“1億総活躍”という甘い言葉――「皆で活躍しようよ」というお誘い、頑張らないと許されない?

20151107 04
それにしても、わかり易い目晦ましを仕掛けてきたものだ。あまりにわかり易い。明々白々。経済問題での目晦まし。「気をつけよう 甘い言葉と 暗い道」。甘い言葉とは、“1億総活躍社会”のこと。安保法案を限り無く不正に近い手続きで国会通過させた後、普通の市民が40年払い続けてやっと貰える基礎年金の1ヵ月分を1日で使うようなゴルフ三昧で“英気”を養ったお方から、「皆で活躍しようよ」というお誘いが来た。「安保法なんか、連休が終われば皆忘れるさ」と思ってはいても、取り敢えず目先を躱そうという世論対策だろう。日本の庶民も馬鹿にされたものだ。日本を愛している割に、国民は世論対策の対象でしかないのだから。愛しているなら、もっと相談して欲しいのだけど。“1億総活躍社会”の担当大臣も置いたようだ。その大臣はそれなりに“活躍”するだろうが、“活躍”とは一体何だろう?

今年は、プロ野球『東京ヤクルトスワローズ』の山田哲人が“大活躍”した。打率3割以上、本塁打30本以上、盗塁30回以上のトリプルスリーで、シーズン優勝に大きく貢献した。これこそ、本物の“活躍”。それ以外に、『SEALDs』の学生たちも安保法制反対で“活躍”したと言っていいかもしれない。テレビでは、池上彰氏等は明晰な説明で“大活躍”だ。それに対して、ノーベル賞を受賞するまでの地道な研究――難問をああでもない、こうでもないと捻り回す長い時間には、“活躍”という言葉は馴染まないだろう。最後に華かな脚光を浴びても、だ。全体に、派手に大向こうを唸らせるのが“活躍”だろう。まさに、“2位では駄目”なのだ。ところが、野球でもテレビでも全員が“活躍”できる訳ではない。4番バッターもいれば、時々しか出してもらえない選手もいる。テレビでも、資料を調べてスター解説者に提供する、低賃金で地味だが不可欠の役割もある。デモに行きたくても遠くて、或いはバイトで行けず、国会前で“活躍”できなかった学生は沢山いる。まさか、「日本の人口は1億2000万。私は1億と言ったので、あとの2000万は活躍できなくても知らないよ」とゴルフ中に“お友達”に囁くほど、活躍中のあの方は“正直”ではないだろう。あまり、現実が見えているお頭とも思えない。我々の属しているこの社会は極めて複雑に細分化していて、全員が“活躍”できる訳ではない。大体が、「普通にやっていければいい。“活躍”などしたくない」という方々も沢山いるだろう。いや、そういう方々のほうが圧倒的に多い筈だ。“2位”どころか“選外”が普通だ。「気をつけよう 甘い言葉と 暗い道」。こういう現実を無視して、安保騒ぎの後に極少数にだけ可能な“活躍”券を全員に配って「一緒に活躍しようよ」とは、“甘い言葉”というより空約束に近い。或いは、大学で勉強しなかったので日本語の使い方を知らないのか。




20151107 05
ところで、話がちょっと堅くなるが、複雑に出来上がった現代の資本主義社会は、必ず脱落者を生む。失業・病気・不運等、本人のコントロールできない理由で活躍路線から滑り落ちて行く。効率中心の社会は、滑り落ちる人を滑り落ちるままにしておくどころか、もっと惨いことに振り落として進んでいく。親戚や友人等は頼りにならない。夏目漱石の小説には、親戚に財産を騙し取られたことが背景になっているものがある(例えば『こころ』)。森鴎外でも、田舎から東京へ出てきた兄弟同士の子供の世代が、もうどこでどうしているかわからないのを調べる話がある(例えば『渋江抽斎』)。まだ、家族に依って支え合う習慣が残っていた明治ですらそうだ。しかし、現代は他方でデモクラシーの社会でもある。誰でも自分なりの人生を作り上げていく権利を持っている。その権利に基づいて、市民たちがこの資本主義の暴走をコントロールしていくのが基本構造だ。活躍できない、いや活躍などする気もない人々のそれなりの好みの生き方を下支えするのが、デモクラシーに基づいた政策パッケージの筈だ。例えば、失業保険・健康保険等のセーフティーネットであり、保育所等の制度であり、年金制度である。これこそ、“自由”の保障だ。これには、猛烈なお金がかかる。残念ながら、資本主義とデモクラシーはかなりの緊張関係にあるのだ。にっこり笑って握手しながら、裏では「こいつめ…」と思っているような、依存と離反の相俟った結構複雑な関係にあるのだ。デモクラシーに依拠するなら、当然のことながら、市民からの声を吸収した政策になる筈だ。市民からの声を生かした連帯政策なら、お金が猛烈にかかっても皆納得する。自分にとっても、結局は有利になるからという理由だけではない。

ところが、この国は明治後半の所謂“社会問題”の昔から、上からの政策で問題を処理しようとしてきた。“上”も、貧困が町に蔓延っては困る。暴動が発生しては敵わない。そこで、「このくらいあげるから我慢してくれ」という形で社会政策なるものが始まった。国民は世論対策の対象だ。それに対して、例えばドイツでは最近、託児所や保育園で働く人たち24万人からなる全国的な労組がストライキまでして、経営者団体(この場合には地方公共団体)から平均3.73%の賃金上昇を勝ち取った。障碍児の学童保育関係者は5%以上の上昇だった。“総活躍”は戴くものでなくて、奪い取るものだ。「託児所で働く人が労組とストライキというのは、日本の風土に馴染まない」と当局系の人は直ぐ言うだろうが。その証拠に、今の厚生年金制度の前身の労働者年金保険が始まったのが、戦時下の1942年だ。これに依って、軍人や役人以外にも年金制度が拡大された。勿論、戦意高揚の為でもあり、下心には、掛け金収入を軍需予算に振り向けることもあったようだ。イギリスの社会学者であるアンソニー・ギデンズも、「warfare(戦争)はwelfare(福祉)だった」と英語のサムーイ駄洒落を言っている。当時の福祉大国だったイギリスですらそうなのだから、日本では尚更だ。工場からの帰り道は、もう灯火管制の時代だ。まさに、「気をつけよう 甘い言葉と 暗い道」。誰も余計な掛け金は取られたくなくなる。「どうせ戻って来ない」というメンタリティーが今でも強いのは、そのせいだ。折しも、閣内で睨みを利かせている記者会見担当のおじさんが芸能人の婚約に当たって、「結婚を機に、やはりママさんたちが『一緒に子供を産みたい』とか、そういう形で国家に貢献してくれればいいなと思っています」と喋ってしまった。

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何だ、この“国家”とは? どうやら、“日本民族”と“国家”が一緒らしい。「明治は遠くなりにけり」どころか、厳然と生きている。そう言われてみれば、あの表情は明治のお偉いさんの顔だ。誰か『シャルリーエブド』の向こうを張って、明治の元勲の大礼服を着せた写真をインターネットに載せてくれないかなあ。“菅公望”或いは“伊藤義偉”の写真の上に「許さない」と書いて。それと別に、“昭和の妖怪”の孫で“平成のヤマティスト(ヤマト主義者)”は国連総会の演説でも、「人口が低下していて、先ずはその問題を解決しなければならないから、シリア難民を引き受けられない」といった趣旨のことを述べたようだ。“活躍”している人の論理は、“所謂、1つの”の元巨人軍4番バッターから始まって、私の平凡な頭脳にはわからない。尤も、優秀な頭脳に溢れた西側のメディアにも理解できなかったようだから、日本民族の中の活躍人間の論理は世界の謎のようだ。難民を受け入れれば、人口減少の歯止めにもなるのに。謎の解は独特の新しい国家主義、いや国権主義にある。シリア人“など”受け入れる気のない、民族主体の国威発揚路線だ。その意味では、冒頭に書いた経済への方向転換という“目晦まし”だけではない、もっと深い意図が、本人たちもあまり意識していないところでありそうだ。その上、あまり問題視されなかったが、初代(2代目はあるのだろうか?)の活躍担当大臣が記者に、「政府が目標を立てても、政府だけではできない。達成の為には、国民の皆さんのやる気が必要」等と口走ったようだ。目標が達成できなかった時に備えた“ずる賢い”発言なのだろうが、どうやらそれだけではなさそうだ。これも、あの15年戦争の時代の言葉にオブラートを被せたもののようだ。「皆、頑張ってくれなければ」。いや、「皆、頑張ろう」。「頑張らなければなりません」「頑張らないヤツは許さない」ということなのかもしれない。しかし、潜在成長率1%そこそこなのに、頑張りだけで3%成長は不可能だ。猛烈なお金を用意しないで、「介護離職ゼロ」や「子育て支援」と言ったって無理だ。

ついこの前まで、社会保障費削減を目指して“痛みを伴う改革”の必要を説いておきながら、「安心に繋がる社会保障」と言ったって“甘い言葉”に過ぎない。それとも、「既に上げ潮方向にある防衛費と社会保障費を連動させて上げよう」とでも言うのだろうか? そんなお金はある訳ない。「気をつけよう 甘い言葉と 暗い道」。甘い言葉は甘くないことがはっきりした。安保法制で、国家に依る軍事・外交のフリーハンドという19世紀の、つまり明治の国家パターンを作った。だから、もう憲法改正は必要ないらしい。しかし、軍事・外交フリーハンドのこの方式は、19世紀以来のヨーロッパや日本の歴史を見れば問題の解決ではなく、とんでもない問題を沢山生み出すことになった。これは、戦争の歴史が示している通りだ。そして、外交のフリーハンドの次は、どこの国でも国内の活躍型団結だった。どうやら問題は、冒頭に書いた“目晦まし”以上の、奥の深い、この国の指導層の明治以来のパターンのようだ。昔から、長州の田舎侍たちの処方した“富国強兵”という“甘い”クスリには毒が入っていた。“暗い道”は地獄への道だ。皆、“活躍”は止めて楽をしよう―—政治家のように。


三島憲一(みしま・けんいち) 大阪大学名誉教授。1942年、東京都生まれ。東京大学教養学部教養学科ドイツ分科卒業。同大学院比較文学比較文化専攻博士課程中退。専攻はドイツ哲学、現代ドイツ政治の思想史的検討。著書に『ニーチェ以後 思想史の呪縛を超えて』『現代ドイツ 統一後の知的軌跡』『戦後ドイツ その知的歴史』(共に岩波書店)等。


キャプチャ  2015年10月15日付掲載


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テーマ : 安倍政権
ジャンル : 政治・経済

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