戦争拡大は嫌、でもテロ対策は必要――内向きなアメリカでアフガニスタン撤退延期への批判が起きない理由

10月15日、オバマ大統領は記者会見を行い、「2017年以降についても、アフガニスタンに5500人体制でアメリカ軍を駐留させる」と発表した。これは、「(現行の)9800人体制である駐留アメリカ軍を、2016年末までに撤退させる」という当初の計画が挫折したことを意味する。「政策目標が達成できなかった」という意味で政治的敗北であるが、同時に、「タリバン勢力の伸長を阻止できなかった」という戦闘面での敗北でもある。“戦闘面での敗北”というのは、6月22日に発生した首都・カブールの国会議事堂がタリバン勢力に依って攻撃を受けた事件や、9月以降のクンドゥス攻防戦でのタリバンの攻勢といった状況から明白だ。今回の撤兵延期というのは、こうした情勢下、ガニ大統領率いるカブールのアフガン政府からの強い要請を受けての判断であると言える。要するに、アメリカ軍の支援を受けた政府軍が劣勢に追い込まれているのである。だが、オバマ政権に苦悩の色は見えない。アメリカの世論にも政界にも、この撤兵延期への批判は見られないからだ。何故なのだろうか?

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先ず、2大政党の姿勢だが、野党の共和党からすれば、これは“オバマの失政”として追及がされても可笑しくない問題だ。作戦全体が失敗しつつあり、政権が国民に約束した撤兵期限が守れないということは、十分に非難に値するからだ。だが、共和党側からの批判は少ない。それどころか、2016年の大統領選へ向けて“軍事タカ派”的な言動を強めているカーリー・フィオリーナ候補等は、「テロを許さないという姿勢を見せる為には正しい判断だ」として、駐留延長への支持を表明している。“強いアメリカ”の復権を目指す共和党のタカ派としては、アフガニスタンにおけるアメリカの軍事プレゼンス維持には賛成なのだ。一方、与党の民主党だが、2004年にジョン・ケリー候補が当時のブッシュ大統領に挑んだ選挙にしても、2008年のヒラリーとオバマの熾烈な予備選を経てオバマが大統領に当選した選挙にしても、ブッシュの戦争政策には一貫して反対していた。だが、特に2006年頃から、その反対姿勢というのは主として“イラク戦争への批判”に集中していった。これと同時に、「ブッシュのイラク戦争を批判する為には、アフガン戦争は肯定する」というのが民主党の姿勢になっていったのである。冷静に見れば、タリバンはオサマ・ビン・ラディンの“差し出し”を拒んだだけであり、9.11のテロに直接責任がある訳ではないことから、戦争の大義は脆弱であるし、抑々タリバンとの戦争は14年という長期に亘る中、水面下では何度も和平交渉が行われる等、政策面での迷走は歴然としている。だが、民主党はいつの間にか、「アフガン戦争は正しい戦争だ」というのを党の政策に据えるようになった。それは、党内最左派とも言える“自称反戦主義者”のバーニー・サンダース候補にまで及んでいる。オバマ大統領とヒラリー・クリントン国務長官のコンビで実施された“パキスタン領内でのオサマ・ビン・ラディンの一方的な殺害”という事件も、民主党のそのような政策を前提にアフガン戦争の一環として行われたし、現在でもこれに対する党内の批判は無い。オバマ大統領の撤兵延期声明を受けて、議会民主党或いは民主党の大統領候補達からの異論は少ないが、その背景には、こうした民主党全体のムードがある(http://www.huffingtonpost.com/entry/democrats-obama-war-afghanistan_56251990e4b02f6a900d169c)。




アフガン戦争に関して、2大政党の双方が「敗北の責任を批判しない」一方で、「撤兵延期にも反対しない」という惰性的な姿勢を取っている背景には、こうした“正しい戦争”論や“強いアメリカ願望”があるだけではない。そこにあるのは、世論の無関心だ。例えば、2015年6月のギャラップの世論調査では、戦況の悪化と共に増えていた「アフガン戦争は誤り」という意見が、2014年の48%をピークとして下がり始め、2015年の調査では42%になっている。つまり、アメリカ国民の間でアフガン戦争への批判は“和らいでる”のだという。対タリバンの戦況が好転しないことに加えて、『ISIS(別名:イスラム国)』の進出等も報じられる中で、“戦争への批判”が減っているというのは関心が薄れているということだ。同じギャラップの2015年5月の調査に依れば、2016年の大統領選で重視されるべき論点は“経済”“ワシントンの機能不全”“医療保険”がベスト3であり、テロや外交の問題を上回っている。内政重視と言えば聞こえがいいが、アメリカの世論は“内向き”になっているのである。裏返して言えば、イラク戦争の失敗、そしてPTSDに陥った帰還兵の悲劇等を見て、強い“厭戦気分”にあると言っても良い。その一方で、9.11のテロを経験したこと、ISISの暴力に関する報道が相次いだこと等から、テロへの警戒心は消えてはいない。例えば、2015年6月にギャラップが発表した世論調査では、テロ対策に関する政府への信頼感は9.11直後より低下しており、テロ攻撃への不安は高まっている。つまり、「戦争の拡大は嫌だが、テロの恐怖から“何らかの対策”は必要だ」という“均衡した心理”がそこにある。例えば、少し以前の調査になるが、2015年4月のWSJ/NBCの世論調査では、「安全保障は国の最優先課題か?」という質問に対して、共和党支持者は27%と比較的高率だったものの、民主党支持者は13%しか「イエス」と言っていない。何れも、過半数に遠く及ばないのである。

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アフガンにおける「兵力は縮小するが、当初予定の撤兵はしない」という妥協的な判断が批判を受けないのは、世論の持っている「安全保障が最優先課題とは思わないが、テロは怖い」という心理の均衡と一種の符合をするからだ。この“心理の均衡”というのは、そのままアメリカの世論における“反テロ戦争”の評価だと言える。アメリカにとって“反テロ戦争”での“勝利”というのは、自分たちが介入したイラクとアフガンに平和的で民主主義的な政権が確立し、同時にアルカイダ系のテロリストが世界から消滅するということだとすれば、世界の現状は全く正反対である。アフガンとイラクの政情は安定せず、シリアの情勢も混沌とする中、ISISの暴力が蔓延する事態が続いているからだ。2001年以来、アメリカ国内での大規模なテロ事件は『ボストンマラソン襲撃事件』以外は起きていないが、ヨーロッパやアジアでは深刻な事件が起きている。従って、アメリカの世論から見れば、テロの危険というものへの警戒感は政府への不信と共に存在している。だが、そうした「反テロ戦争が思うように好転しない」とか「漠然としたテロへの不安がある」というネガティブな心理は、「厭戦気分から戦局の拡大は望まない」という心理、そして、「当面は国内は平和であり、リーマンショックの痛手から景気も雇用も漸く一息ついた」という安堵感に依って帳消しとなっている。今回の“アフガン撤兵延期”という、大統領にとっては“敗北”とも言える判断が、政治的批判を浴びることも無く、注目すらされないという世相には、そのような“心理の均衡”がある。そうは言っても、今回の大統領の決定は「アメリカは戦い続ける」という宣言であるし、アフガニスタンという国の平和と安定に関与し続けるということに他ならない。だが、そのような観点からの関心もアメリカの世論には希薄だ。そこには、アフガニスタンという国の将来や、そこに暮らす人々に対する徹底した無関心がある。アメリカはアフガニスタンの再建の為に、多くの民間人を送り込むのでもなく、また、現地の情報収集の為に専門家や外交官を送るのでもなく、惰性的な政策で泥沼化した戦争を継続しているだけだ。

電子盗聴や密告等の限られた情報だけを根拠に、遠隔操作でドローン攻撃を行って病院等の誤爆事件を発生させ、現地の人心の離反を招くような作戦を止められないのも、そのような世論の無関心から来ていると言える。そんな中、10月25日にはマグニチュード7.5の大震災がアフガニスタン北部を襲った。当初、300人と言われた犠牲者数は被災規模の判明に伴って増え続けているが、アメリカ世論の関心は極めて鈍い。


冷泉彰彦(れいぜい・あきひこ) 作家・ジャーナリスト・プリンストン日本語学校高等部主任。1959年、東京都生まれ。東京大学文学部卒。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。『福武書店(現在の『ベネッセコーポレーション』)』勤務を経て、1993年に渡米。著書に『“反米”日本の正体』(文春新書)・『“上から目線”の時代』『“関係の空気”“場の空気”』(共に講談社現代新書)等。


キャプチャ  2015年11月3日付掲載


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テーマ : 国際政治
ジャンル : 政治・経済

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