【友だちのいない男たちへの処方箋】(01) 日本のおじさんにもっと“聞く力”を

20151111 04
男性は、特に年を重ねると、家族や近所の人等との会話の頻度が、女性に比べて少なくなるそうですね…。最近は、誰とも話さなくても街に出て買い物ができる時代ですから、1人暮らしであれば、一言も喋らずに1日過ごしても不思議ではありません。それに、元々男性は「喋るな」と教育されてきたんですってね。少し古いものですが、高任和夫さんが書かれた『転職』というルポエッセイがあります。ご自身が会社を辞めた後のカルチャーショックを基に、他にも色んな男性の体験をリサーチして書かれているのですが、これがとても面白い。その中に、ご自身の体験としてこんなエピソードがあったと記憶しています。会社を辞めて家にいることが多くなった高任さんが散歩に行くと、行きも帰りも同じところで奥さんたちが集まって、ずっと楽しそうにお喋りをしていた。驚き呆れた高任さんは家に帰って、「男はああいうことはできない」と奥様に話した。そこで奥様に「男だってお喋りすればいいのに」と言われて、「男は余計は話さないよう教育されてきた。あんなことはできない。用も無いのに話したり話しかけたりしないようにして30年・40年やってきた」と答えたんだそうです。それを読んで、「そうか、男は『組織で余計なことは喋るな』という教育を受けてきたんだ」と私は深く納得しました。ある程度の年齢から上の方は皆さんそうらしいですね。最近読んだ平田オリザさんの『わかりあえないことから コミョニケーション能力とは何か』にも、面白い話がありました。今の就職活動では、「如何にコミュニケーション能力を身につけるか?」ということがポイントになっている。その為、学生は面接の時にしっかりと自分の意見を言えるように訓練して、会社に入る。で、入って早々会議に出て、上司の発言に対し、「部長が仰ることはよくわかるんですけれど、私が考えますに…」と自分の意見をはっきり言う。すると、会議が終わった後で、「お前、余計なこと言うな」「空気読めないのか?」と叱られて、新入社員は「え、コミュニケーション能力が大事ということで採用されたんじゃないの?」(笑)。どうしていいかわからなくなってしまうという…。これを“ダブルバインド”と言うそうです。未だに、会社は余計なことを喋らない男のほうが出世する世界なんですね。とは言え、お笑い芸人がモテる――つまり、「面白い話をすることがモテる秘訣だ」と言われると、“男は黙ってサッポロビール”の時代じゃなくなっていると実感します。でも、そうなればなったで、「自分には面白い話ができない」と思っている男は、益々大いなるコンプレックスを抱えたり、プレッシャーになったりもしているようなのです。

基本的に、男は女のように天真爛漫――ノー天気に思ったことを直ぐに口にすることができない種類の動物なのかもしれません。勿論、「喋ればいい」という訳ではない。私は、「男は駄目で女がいい」と言うつもりはありません。おばさんにも問題点は沢山あります。「いつまで喋っているんだ?」と言いたくなるおばさんや、自分のことばかり喋っているおばさんは、私を含めていっぱいいます。大体、私は古い人間ですから、何でも流暢に喋る男はちょっと苦手です。何でも楽しそうに喋って、「誰に対してもそつなく対応できるんだ、俺は」という姿をアピールするような男性には、「それより、もっと大事なことがあるんじゃないの?」と言いたくなります。最近、矢鱈に「発信力、発信力」と言うのもどうかと思います。何だか、「相手を論破できる人間のほうが賢い」と思い込んでいる若者が多い。でも、「偶には自分の主張を抑えて、他人の話に耳を傾けることも大事だ」と私は思うんですけどね。雑誌の対談で俳優の石田純一さんにお会いした時に、「どうしたらモテるおじさんになれるか教えて下さい」と伺いました。すると、モテる男の石田さんは、「自慢話をしないこと」とお答えになりました。「『この子、可愛いな』と思ったら、その女の子の話を熱心に聞いてやること。自分の知らない話題であっても只管、興味を持って一所懸命に聞くことだ。そうしたら、『このおじさん、私の話をちゃんと聞いて反応してくれる』ということで“素敵な人”になる」と。漫画家の東海林さだおさんが嘗て、「人の話の80%は自慢話だ」という話をされていました。実は、私も「こんなことがあって…」と東海林さんに話していた時に、さらっと「それって自慢?」って言われて、「ええっ?」と驚いたことがあります。面白い話をしようと思っていただけだったんですけど。実際、本人は自慢するつもりじゃなくても、いつの間にか自慢話をしている人は、おじさんに限らず沢山います。例えば、若い子に親切心で「君は入社2年目なんだ。僕も昔、こういうことがあって…」と話し始めたんだけど、結局は「それで業績が上がってね」って自慢になっていたりする。それから、よく「俺って○○社員っぽくないだろ?」等と、“一流会社に勤めているけれど異端児の自分”を主張する男の人がいます。結局、自慢でしょそれも(笑)。でも、普通は相手に向かって「それ、自慢?」とは中々言えません。「あー、また始まった。部長」と思って黙って聞いているけど、内心は「聞いたの5回目だな」(笑)。そういうケースは多いと思います。




20151111 05
私自身は元々お喋りですから、「しまった! この場で私ばかり喋っている」と思うことは大変多い。しかし、そういう状況に気付いた時は反省して、「そういうことない?」と話を他の人に振ってみたり、「どうよ、○○ちゃん」と尋ねてみたりして、聞き役に回るように気をつけています。テレビの仕事を始めて間もなく、ある先輩に教わったいい方法がありまして…。例えば、上下関係のあるグループでテーブルを囲んでいるとします。そういう時、若い人は「下っ端の自分から何か喋ったら拙いだろう」と我慢していることが多い。そうすると、一番地位の高い人の話を皆で拝聴するという形になって、話は一方通行。場は盛り上がらず、上の人も抑々、その場に誰がいたのか把握できないということがよく起きます。そういう時、自分がそのグループのある程度上のほうの位置で、「これでは若い連中が話し難いだろうな」と気付いたら、私はその輪の中で一番の下っ端を探して声をかけるようにします。「何、そんな暗い顔して」「ご飯食べてないの?」。新入社員だとわかったら、「え、今年入ったの?」「大学どこ?」等々。上の人が関心を持てば、他の人もその下っ端に関心を持つ。そうすると、会話が上からの一方通行じゃなくなるんです。テレビのスタッフとの食事会の時等、結局は私かプロデューサーの話が中心になってしまって、他に誰がいたのかわからないということも多い。そうなりそうな時、私は「はい、1人ずつ自己紹介」と言って自己紹介をやらせて揶揄う。或いは、「この子が一番下でビクビクしているな」と思ったら、その子を中心に揶揄うようにします。これは、上の立場の人が気を使わなければいけないことですね。

私は組織に勤めたことがありませんが、男性は“組織の一員”という意識が強くて、組織の外の人と中の人に対する対応が極端に違うことがありますよね。つまり、組織の中で“愛想貯金”を全部使ってしまって、外に出た時にすっかり無愛想になっている方が多い。例えば、エレベーターで会った人が自分の営業先の人だと、「おはようございます。暑くなりましたね」と言えるけど、全然知らない人が乗ってくると、口も利かないどころかニッコリともしないとか。そうやって私を無視していたのに、その後、私がその会社と仕事をするようになると、いきなり態度が変わって「おはようございますー」となる。この違いは何なのだろう――と。或いは、地方の空港で、社長が通るからって「どいてどいてー。道空けて下さい」と言いながら、そこにいたおばちゃんを押しのけても平気な社員とか。勿論、お客様との関係や上司・部下の関係は大切だと思いますが、それとは別に、「一個人として一人間として、お掃除係のおばちゃんとか運転手さんとか八百屋のおじさんと、如何にフラットな気持ちでお喋りができるか?」ということが、その人のリタイア後の人生に影響すると思うんです。そういう私も中々実行できないんですけどね。昨日も、見知らぬ人にエレベーターで会った時に「おはようございます」って明るく声をかけられて。「あー、私、できてない…」と思っちゃった。抑々、友だちは多いほうがいいのでしょうか? 愛しの君を探していた若い頃、私は“同性の友達に好かれていて友だちが多いこと”を素敵な男の1つの基準にしていました。「男友だちに慕われる男のほうが魅力的だな」と思っていたのです。でも最近、友だちが多いのが決していいことだとは思わなくなりました。友だちが少なくても、魅力的な人はいるからです。そして、いつまでも同じ友だちとばかり一緒にいるような男の人に会うと、「もうちょっと色んなタイプの人と付き合ってみたらいいんじゃないの?」と思うようになりました。自分のカテゴリー以外の人に興味を持たない種族がいるけれど、私から見れば「それはもったいないなあ…」と思います。

20151111 06
私は、「育ちも環境も親の教育方針も全く違うのに、こんなに面白い人がいたんだ」という、目の覚めるような発見をしたことが何度もありますから、「自分と似た人たちを集めて友だちの数を誇ってもしょうがないな」と思うようになりました。友だちって何でしょう? 「学校時代の友だちじゃないと、腹を割って話せない」という人が時々いるんですけれど、私は仕事を通して知り合った大切な友だちが何人もいますし、年を取ってからの友人も沢山います。「友だちの年代と種別は色々いたほうがいい」というのが私の持論です。年下の友人を持っていれば、老後になって「友だちは全部死んじゃった」と嘆くことはないでしょう(笑)。意図的に年下を探している訳ではありませんが、例えば、20代後半に慶應幼稚舎でアルバイトしていた時の小学生が、今は友だちになっています。貴重ですよ。皆、奥さん・お母さんになっていて、「サワ姉、3人目生まれました」なんて言われると「へえー」なんて驚いてしまいますが。勿論、年上の友だちもいます。 それから、(これは私がこういう仕事をしているせいかもしれませんが)仕事関係の人と友だちの区別をつけないかも。「この人は仕事で会っているから、友だちではない」という風には考えないですね。最初は仕事で会った人でも、「あ、この人面白い」「もう一度会いたいな」ということが続いて何度も会うようになると、「もう友だちだな」と思います。

最近も、ユニークな出会いがありました。インドの楽器『タブラ』奏者のユザーンさんという方です。最初は、ラジオでユザーンさんの参加している曲を聞いて、とても面白かったので、CDを手に入れました。初めてお会いしたのは、私が『ヨルタモリ』(フジテレビ系)に出演した時。ユザーンさんがセミレギュラーだったのです。私、まさか本物のユザーンさんに会えると思っていなくて、「会いたかったんです、ユザーンさん」と迫ったら、「何で阿川さんが僕のこと知っているんですか?」って引かれちゃって。次にお会いしたのは、『題名のない音楽会』(テレビ朝日系)のインド音楽特集の公開収録。最初はお断りしようとしたのですが、「ユザーンさんも来ます」と言われて出演を決めました(笑)。収録当日は、私が司会の佐渡裕さんの代わりにユザーンさんのプロフィールを説明して、ユザーンさんが「全部、阿川さんが説明して下さった通りです」と答える一幕もありました。 そんな風にアピールを続けていたら、ユザーンさんも根負けしたらしく、先日は「美味しいカレー屋さんがあるので行きませんか?」とお誘い頂いて、仲間数人で行くことになりました。こんな風にまた新しい友だちができそうで、とても楽しみなところです。


阿川佐和子(あがわ・さわこ) 作家・エッセイスト。1953年、東京都生まれ。慶應義塾大学文学部西洋史学科卒。『情報デスクToday』(TBSテレビほか)等の報道番組を経て、現在は『ビートたけしのTVタックル』(テレビ朝日系)・『サワコの朝』(TBSテレビ系)等に出演中。『ウメ子』(小学館)・『婚約のあとで』(新潮社)・『聞く力 心をひらく35のヒント』(文春新書)等著書多数。


キャプチャ  2015年10月号掲載


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