【タブー全開!政界斬鉄剣】(11) “変人”扱いだった小泉純一郎が私の胸を熱くさせた言動とは?

今週は、小泉純一郎氏の“意外な素顔”を明かしたいと思います。息子・進次郎氏のスター性の源は、父親の指導を忠実に聞いていることにあります。経験豊富な父親が徹底的に教え込んだ結果、行動・状況判断等をあのルックスの若者がやるから光り輝くのです。2年程前、自民党青年局長だった進次郎氏を始めて党内の会議で見た時の感想は、「小泉純一郎の劣化コピーじゃないか!」でした。話し方のリズムから表情まで、純一郎氏が転生したかのよう。だから、進次郎氏を知る為には、純一郎氏が“本当は”どういう人物なのかを知る必要がある。はっきり申し上げて、純一郎氏の素顔は世間のイメージとはかけ離れています。

私が初めて純一郎氏の凄味を実感したのは、平成10(1998)年に行われた自民党総裁選挙の時です。純一郎氏は平成7(1995)年に続き、2度目の総裁選に挑戦。当時の純一郎氏は、「政策というより妄想」と一笑に付された郵政民営化を強硬に主張する等、変人ぶりで有名でした。当然、総裁選初挑戦の時も2度目の時も、全く勝てる見込みの無い泡沫候補であり、自民党議員もマスコミも「目立とうとしているだけの変人」との認識で一致。しかし、総裁選挙も大詰めを迎えたある日の午後。私が仕えていた松岡利勝(元農林水産大臣)の議員会館事務所に、純一郎氏本人がふらっと訪問してきたのです。その時、松岡さんは不在で、私が応対しました。通常、自民党の総裁選挙で候補者が各国会議員の事務所を回る時は、支持者の国会議員を数名引き連れ、「宜しく!」と言って名刺を置いて去っていくのが相場。ところが、純一郎氏はたった1人でやって来て、「松岡さんはいないの? 連絡取れる?」と聞いてきた。松岡さんはその時、小渕恵三氏を支持していました。秘書としては、「申し訳ございませんが、今は連絡の取れないところにおります」と答えるのが正解。勿論、私もそうお答えした。そうすると、どんな厚かましい候補者でも「では宜しく!」と去っていくものです。ところが純一郎氏は、「どうしても直接、話したいんだ。何とか連絡を取ってくれないか?」と真っ直ぐに私の目を見てもう一度言うのです。私は、「この人が松岡さんに何を言うのか見てみたい」という好奇心に勝てなくなりました。




そこで、純一郎氏に待ってもらい、別室からこっそり松岡さんに電話をした。当然、電話越しの松岡さんは「何で電話を繋ぐんだ! 俺が小渕さん支持なのは知っているだろ!」と激怒した。しかし、私は純一郎氏に受話器を渡しました。彼が松岡さんに語った言葉は、「貴方の立場は理解している。それでも、私はどうしてもやりたいことがある。何とか応援してくれないか?」という非常に簡潔なものでした。前置きも飾りも無く、短い言葉を、大声ではないが、しっかりとした口調で話す純一郎氏。「勝ち目が無い」と言われているのに、その真っ直ぐで真摯な姿勢に私は新鮮な驚きを感じ、正直、胸が熱くなりました。それまで、私を含めた多くの人が持っていた総裁選の常識や、純一郎氏に対する“変人”という評価は、少し間違っているのではないかとも感じた。この時の総裁選は小渕氏が勝ちましたが、私は「小泉さんの“本気度”を直接国民にぶつけるチャンスがあれば、時代は変わるかもしれない」と予感しました。それから3年後、純一郎氏は「自民党をぶっ壊す!」の一言で一大旋風を巻き起こします。今週はここまで。次週は、純一郎氏の“裏の素顔”についてお話ししたいと思います。


池田和隆(いけだ・かずたか) 元農林水産大臣秘書官。1967年、熊本県生まれ。“農水族議員のドン”と呼ばれた松岡利勝農林水産大臣(故人)の秘書を16年間務め、国家権力や利権・国の意思決定の実態を内側から目撃してきた重要人物。


キャプチャ  2015年11月23日号掲載


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テーマ : 自民党
ジャンル : 政治・経済

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