創価学会に起きた新たな火種、巨大組織の次期キーパーソンは誰か――又も急浮上した“ポスト名誉会長”の思惑と学会員を惑わす新たな難題

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ポスト池田――公称会員数827万世帯という巨大教団を指導下に置き、半世紀余りに亘って君臨してきた池田大作名誉会長(87)の次期後継者問題が、俄かに浮上してきた。周知の通り、池田名誉会長が組織行事の表舞台から姿を消したのは、5年前の2010年5月である。本部幹部会の出席が最後だった。一部マスコミの報道や内部から漏れてくる情報に依ると、理由は“脳梗塞”等が原因に依る体調不良と言われる。しかし、本部は今日に至るまで公式な見解を発表していない。会員に対する肉声が消えたものの、それでもこの5年間、本部は「池田先生は元気」とばかりに、年に何回か『聖教新聞』に近影の写真を紹介してきた。更に同紙には、安否を払拭するかのように、相変わらず池田名誉会長執筆に依る『新・人間革命』の連載も続いている。重要な組織行事にも祝賀メッセージが頻繁に届けられているが、ただ、時々掲載されるリアルタイムの写真を拝見すると、とても日刊紙に執筆連載できるうな健常者とは思えない。元気な時代の面影は無く、顔はまるで別人のように精気を失い、明らかに何らかの重い病気が進行しているような印象が深い。池田名誉会長のこうした健康不良に並行して、“ポスト池田”問題が急速に浮上したのだ。しかし、結論が先になってしまうが、“ポスト池田”という表現は正確ではない。目下、創価学会の組織には、池田名誉会長のカリスマ性を継承するような弟子が存在しないからである。どういうことか? 今や創価学会は、同会を創立(前身の『創価教育学会』)した初代会長・牧口常三郎(1871~1944)、それに少数信者から今日の組織を築き上げた2代会長・戸田城聖(1900~1958)、そして組織を拡大し、公明党・創価大学を創立した3代会長の池田名誉会長(1928~)と続いた三代会長を“永遠の師”と定めており、“神格化”に極めて近い別格の存在になっている。こんな例を出すとわかり易いだろうか。古くは“ポスト弘法大師”、また新宗教では“ポスト中山みき”(『天理教』創始者)、“ポスト庭野日敬”(『立正佼成会』創始者)、“ポスト御木徳近”(『PL教団』創始者)等、何れも信者たちは“開祖”として崇め、今日に至る宗教活動を継続している教団である。だが、どの教団も組織を維持してきたが、弟子たちから教祖を超越するような後継者は出なかった。“ポスト池田”もまた例外ではない。

とりわけ創価学会の場合、池田大作名誉会長と、後継者としてバトンを受ける最高幹部間の落差があまりにも大きかったのだ。古参の元学会幹部は、こう解説してくれる。少しばかり長い話になるが、説得力のある分析である。「私たち創価学会員は当然、日蓮大聖人が図顕した“大御本尊”を崇拝する信者組織の集合体です。その信者の代表が池田大作会長――現在の名誉会長ですが、池田氏が3代会長に就任(1960年)して5年が経過した1965年、池田会長の号令で、“正本堂”(日蓮正宗との蜜月時代、創価学会は大御本尊を祀る大伽藍の建設)を寄進する為に、会員から355億円という巨額を集めました。50年前の355億円ですから、現在の金額に換算するとどれほどの価値かわかるでしょう。その1960年代後半から、側近者幹部たちが池田会長を異常に持ち上げるようになります。極論すれば、信仰の対象にしてきた大御本尊を乗り越えるような尊大な存在にしたのです。周囲にいる幹部はイエスマンだけですから、本人もその気になってしまった。ここに私は、教団として創価学会組織の誤りが発祥したまま、現在に続いていると見ています」。そして、話をこう続ける。「池田会長の偉大さをアピールするあまり、滑稽な話が幾つも作られました。私が見聞したほんの2~3例を紹介しますと、『雨が降って出来たただの水溜りに、池田会長が釣り糸を垂れると魚が釣れた』とか、また、こんな話も組織に伝えられました。池田会長はよく東京都八王子市にある創価大学を訪問しますが、『池田氏が訪ねると、桜の蕾がいきなり満開になった』と。実は、これは前夜に側近幹部たちがドライヤーを持って、桜の蕾に熱風を当てて、無理に咲かせていたのです。このような神がかりのような話が、組織に実しやかに伝えられました。また、『池田会長は人に一度会ったら絶対に忘れない』とかもそうですね」。池田会長のこうした偉大ぶりを高める戦略は、機関紙の『聖教新聞』でも大いに活用された。断続的に、ブッダ、ソクラテス、シェークスピア、アーサー王、リンカーン、マーチン・ルーサー・キング・ジュニア、マハトマ・ガンジー、アインシュタイン、魯迅、ナポレオン、ヴィクトル・ユーゴー、レオナルド・ダ・ビンチ…という古今東西の偉人たちの顔写真と氏名を並べて、何と「池田SGI会長の功績は世紀の大思想家と並ぶ!」と報じていたのである。要するに、紙上では“世界を平和に導く無類の大指導者”になっていたのだ。目下、国会で日本戦後史の安全保障を塗りかえるような“戦争法案”の成立が進行している。同法案の成立に国民や海外諸国までが騒いでいるのに、“大思想家”は何故か沈黙。ただの一言も発言していない。どういう訳だろうか?




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大思想家はさて置き、池田名誉会長のこのような尊大ぶりが半世紀の間に形成された。その結果、気が付けば、雲の上に立つ池田名誉会長を継承する“ポスト池田”の存在が、今の学会組織には見当たらなくなってしまったのだ。但し、20年ほど前の1980年代、池田名誉会長の継承者として長男の博正氏(1953年生まれ・写真左)の名前が盛んに浮き沈みしていた一時期がある。だが、池田名誉会長自らが過去に「創価学会には世襲は無い」と何度も言明していたこともあって、この話は空洞化した。因みに、博正氏の現在の肩書きは“創価学会副理事長”である。それでも屡々、博正氏は海外の大学等から受賞される池田名誉会長の名代として現地の受賞会場を訪ねて、謝辞等を述べる役割を果たしている。創価学会の厳格な教義に照らせば、世襲に近い活動と言えようか。では、“ポスト池田”に該当する後継者が不在でも、今後、池田名誉会長に代わってこの巨大組織を牽引していく人物は誰なのか? キーパーソンとして数人の名前が上げられている。

まず、秋谷栄之助氏(85)。池田名誉会長よりも2歳若い秋谷氏は、男子部長や青年部長を歴任し、1981年に5代会長に就任。同職を2006年まで25年間務めた。歴代会長の中で会長在任期間が一番長く、3代の池田大作会長より6年も長い。それだけ人事組織には精通しており、義兄は公明党の元委員長だった石田幸四郎氏(2006年没)である。会長職を退職後、秋谷氏は信濃町の本部に顔を出すことがあっても、組織の表面に出ることは無くなった。だが、まだ集団指導体制に強い影響力を持つ。次は、原田稔氏(1941年生まれ)である。学生部長・青年部長等の要職に就いた後、先の秋谷会長から会長職のバトンを受けたのが、6代会長の原田氏である。創価学会の会長職は、会則で1期5年とされており、原田氏は2期目の途上にいるが、7代会長として浮上している人物が2人いる。正木正明理事長(1954年生まれ)と、正木氏より2歳年下の谷川佳樹事務総長(副会長)だ。正木氏は創価学園から創価大学に学び、男子部長・青年部長・壮年部長を務めた根っからの創価学会育ちである。一方の谷川氏は東京大学卒で、現在の原田会長も東京大学卒である。一部のメディアでは「学会の次期会長の座を巡って、創価大卒と東大卒という学閥の争いが絡んでいる」と指摘しているが、もう1人、微妙な動きをしている幹部が、青年部長・総合青年部長を務めた佐藤浩副会長である。前述の谷川事務総長と仲が良いと言われるが、全国紙の政治部担当記者間で屡々話題に出る人物だ。学会組織の中で政治を担当しており、自民党幹部と会っている姿が目撃されている。原田氏が会長3期目を続投するのか、それとも正木理事長、或いは谷川副会長が7代会長を継承するにしても今、同会組織に新たな火種が生まれてきている。最高指導者として、これをどう消すかが今後の大きな課題になるようだ。

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これまで、創価学会に組織を揺るがすような問題が何度か起こった。記憶に残されているだけでも、1977年に起こった『創価学会・宗門(日蓮正宗)第1紛争』がそうである。事の詳細は省くが、俗に“池田大作万代路線”と言われ、「創価学会の会館は、現代の寺院」と言った池田会長(当時)の発言に、親元の日蓮正宗僧侶が反発。池田会長が幹部たち2000人ほどを連れて宗門に謝罪し、紛争は収まった。だが、同紛争が原因で1979年4月、池田会長が辞任。名誉会長に後退した。この紛争で宗門側は200人(『正信会』として独立)ほどの僧侶を失ったが、創価学会も万単位で会員が離れ、正信会に付いた。続いて、それから14年が経過した1991年、教義等の解釈を巡って再び宗門と創価学会が激突。『第2次宗門・学会競争』が再燃した。この競争で、池田名誉会長は宗門から総講頭(信者の代表者)の地位を剥奪され、同宗から創価学会が破門に処された。同じ日蓮聖人の教義を根本にする教団には変わりないが、これで絶縁の状態になる。戦後史上最大の宗教スキャンダルと言われ、あれから24年を経た現在でも対立の後遺症を残し、まだ燻り続けている。この紛争でも、創価学会は大量の脱会者を出した。しかし、先の第1次や第2次にしても身内の教義上の争いで、謂わば内紛だ。ところが、今回起きている新しい火種とは、少しばかり様相を異にする。創価学会の組織内から火が噴き出してきたのだ。原因は、自公政権が成立を目指そうとしている『安全保障法案』である。

創価学会員のバイブルとも言われている池田大作名誉会長執筆の大長編『新・人間革命』は、「戦争ほど残酷なものはない」「戦争ほど悲惨なものはない」の書き出しで始まっている。「戦争はもう二度と御免」という“大思想家”の池田名誉会長が創立した公明党も、同名誉会長の薫陶を受けて“平和の党”を自認してきた。「公明党が日本を良くする」と信じて疑わない創価学会員たちは、選挙毎に「1人でも多くの当選者を!」と壮絶な選挙活動を展開してきた。“F活動”(フレンドの頭文字=浮動票集め)はその典型的な選挙運動で、活動熱心な学会員に依っては1人でF票を100票も200票も集めていたのである。ところが、安全保障法案が衆議院を通過し、参議院で質疑が行われている中で、問題点が日増しに噴出している。「これは“戦争法案”ではないか」と国民が騒ぎ出し、成立の反対運動が拡散した。こうした反対運動が、創価学会員の一部にも飛び火したのである。創価学会の旗として、赤(=勝利)・黄(=栄光)・青(=平和)をあしらった3色旗がある。この3色旗の上に“バイバイ公明党”と書いたプラカードを持ち、法案反対のデモ行進を行う学会員グループが大阪・東京でも増えてきたのだ。また、インターネットでは『創価大学・創価女子短大関係者有志の会』が立ち上がり、「私たち関係有志者は創立者・池田大作先生の理念を我が人生の根幹に据え、安全保障関連法案への“反対”を表明します」と謳い、賛同署名を集め始めた。反対の署名運動はインターネットに限らない。学会員も独自で個々に行っているし、また、法案に反対している革新系に属する地方組織の中心者宅を深夜にグループで訪ねて、「学会員に見られたくありません。私たちは学会の婦人部ですが、反対の署名をしたい」という動きも続いている。“ポスト池田”とされるような誕生は無理にしても、これから先、創価学会の頂点に立つ会長は、“公明党批判”という予想外のこうした面倒な“造反”会員に対し、どのように対応していくのか。難題を突き付けられたことになる。


段勲(だん・いさお) フリージャーナリスト。1947年、宮城県生まれ。東洋大学文学部卒。『週刊ポスト』記者を経てフリーに。宗教・社会問題・人物・健康等について幅広く執筆。著書に『千昌夫の教訓』(小学館文庫)・『創価学会インタナショナルの実像 池田会長が顕彰を求める理由』『反人間革命 創価学会へ入信した男の一生』(共にリム出版新社)・『定ときみ江 “差別の病”を生きる』(九天社)等。


キャプチャ  2015年10月号掲載


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テーマ : 創価学会・公明党
ジャンル : 政治・経済

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