【特別対談】 誤報会見から1年、朝日新聞は先祖返りした――田原総一朗×江川紹子

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江川「朝日新聞の木村伊量社長(当時)が異例の謝罪会見を行ったのは、昨年9月11日のことでした。昨年8月5日・6日付の紙面で掲載した慰安婦報道の検証記事に謝罪が無かった問題や、その謝罪を促す池上彰氏のコラムの掲載を拒否した問題、東京電力の吉田昌郎所長に対する政府事故調に依る聴取結果書(所謂“吉田調書”)をスクープしたものの、『命令違反で撤退』等と実態とかけ離れた見出しをつけ、誤って報じた問題等について、トップ自ら頭を下げてお詫びをした。あれから1年が経とうとしています」
田原「私はその後の10月に、『従軍慰安婦報道問題に関する第三者委員会の委員になってほしい』と朝日新聞から要請を受け、引き受けました。元名古屋高裁長官で弁護士の中込秀樹さんを委員長に、外交評論家の岡本行夫さんや国際大学学長の北岡伸一さん、国立公文書館アジア歴史資料センター長の波多野澄雄さん、東京大学大学院教授の林香里さん、ノンフィクション作家の保阪正康さんと私の計7名の社外有識者で構成する委員会です。従軍慰安婦報道の検証が、初報から30年余り経った後と大幅に遅れた上に、不徹底で謝罪も無いものに終わり、その上、謝罪を求める池上コラムを掲載しないように判断してしまった社内事情等、朝日が表沙汰にしたくない事柄を徹底的に検証する役回りです。正直、朝日のプライド高きエリートたちを相手にそうした仕事を引き受けるのは、荷が重いなと感じました。ところが朝日新聞は、延べ50人に及んだ我々のヒアリングに対して、こちらが驚くほど率直に応じてくれましたよ」
江川「私のほうは、田原さんたちの委員会とは別に立ち上げられた、朝日役員と社外有識者に依る“信頼回復と再生のための委員会”(以下、再生委員会)の委員を要請され、引き受けました。日産自動車副会長の志賀俊之さん、弁護士の国広正さん、社会学者の古市憲寿さんと共に、4人の社外有識者の1人となり、昨年10月から12月まで計7回の会合を重ねたのに加え、新聞販売所や読者の方々、取引先の方々の声を聞く会を10回以上開きました。社員を集めての会合も20回以上開いて話し合いましたが、確かに皆さん率直で、様々な意見を聞くことができた」

田原「振り返ってみると、去年の8月以降、朝日への他メディアからのバッシングは凄まじいものがありました。『朝日は国益を損ねた』というようなことがあちこちで書かれましたね。僕は、『これは危ない兆候だな』と思った。戦争中で言えば、“非国民”というレッテル張りと通じるムードです。僕は、『ジャーナリズムにとって、国益を損ねるか損ねないかははっきり言ってどうでもいい』と思っています。事実を追求するのがジャーナリズムですよ」
江川「そして、事実ではないことが判明したら、速やかに訂正し、読者に謝らないといけない」
田原「ところが、訂正したと思ったら謝罪が一切無く、開き直ってしまった。最初にきちんと謝罪をしていれば池上コラム問題も起こらなかったのに、1面から“慰安婦問題の本質 直視を”と上から目線で説教するような作りでした。これは、朝日の記者たちのエリート意識の弊害ですね。その上、池上コラムを上層部が編集現場の意図に反して掲載できなくしたことで、“言論の自由”問題にまで発展してしまった」
江川「当初、杉浦信之編集担当取締役(当時)が、『木村伊量氏の指示を受けたのではなく、自分の判断で編集現場に“このままでは掲載できない”と伝えた』と説明していました。我々のヒアリングにも、杉浦氏はそう言いました。田原さんのほうでは、木村氏に聞き取りをされていますよね。その結果、報告書では『掲載拒否は実質的には木村の判断によるものと認められる』と認定されています」
田原「ええ、そうです。これは木村氏本人にも周囲にも聞き取りをしたので、間違いありません。結局、当初の朝日の説明は嘘だった訳で、こういうところがまさに良くないところです。『編集と経営はきちんと分離されていて、経営トップの木村社長が指示を出すことはない』という建前に、上手く辻褄を合わせた説明をしようとしたのでしょう。ただ、木村氏なのか杉浦氏なのかよりも本質的な問題は、“上からの圧力”があった際に、池上さんと共に記事を作っている編集現場の人間が、社長や役員が何を言っても身体を張って真面な議論を繰り返し、圧力を食い止めるということができなかったことでしょう。この“徹底した議論をしない”体質が、どうも今の紙面にも垣間見えるような気がします」
江川「どういうところですか?」
田原「先日、川内原発が再稼働されましたね。各紙、其々のスタンスを滲ませながら様々な記事を掲載していました。朝日は元々“再稼働反対”ですが、この問題に関する報道を見ると、“最初に結論ありき”が目立つ印象でした。朝日が再稼働反対という立場なのは別にいいのですが、朝日の記事には『じゃあ、現実的にどうすればいいの?』という部分について、徹底した議論が無いんです。同じ“再稼働反対”でも、毎日新聞のほうが『じゃあ、どうすればいいのか?』を『ああでもない、こうでもない』と議論しています」
江川「私も毎日新聞が好きなのですが、毎日は1面で言っていることと中面で言っていることが、全然違ったりもしますよね」
田原「そうなんです。朝日は謝罪会見からの1年ですっかり先祖返りして、記事が面白くなくなった。ジャーナリズムは事実の追求と、そして読者を引き込む芸がないといけないと思うのですが、そこが残念ながら今の朝日には欠けている」




江川「今の朝日が面白くないとすれば、兎に角失点を恐れているからだと思います。去年の8月以降、あれだけの猛批判に曝されたので、どこにも批判の種を蒔かないように、いつも身構えている印象がある。例えば、原発事故後に始まり、新聞協会賞も受賞した名物連載の“プロメテウスの罠”。今年7月に連載された“チョウを追う”というシリーズがまさに、今の朝日の雰囲気を象徴していました」
田原「どんな記事だったのですか?」
江川「ヤマトシジミというチョウについて調べた研究で、『福島の放射線量の高い地域のヤマトシジミほど羽が小さい、触角が短い等の奇形が出ている』というものがあるんです。以前から他メディアで取り上げられており、話題になる一方で、『奇形と放射線量に因果関係はないのではないか』『実験の仕方に不備があり、他の要因も排除できない』等、科学的妥当性に疑問がつけられていた話題なのですが、これを改めて朝日が取り上げたんです。去年の8月以前の朝日だったら、放射線と奇形との関連を殊更に強調して、不安を煽って終わりというパターンだったと思うんです」
田原「それが、どういう結論になったんですか?」
江川「できるだけ一方的にならないように注意して書いている内に、結局、何が伝えたいのかわからないまま終わってしまった(苦笑)。『だったら、そんな企画は止めて違う取材をすればいいのに』と思いました」
田原「先程も言いましたが、ジャーナリズムの基本は事実の追求ですから、取材で新しいファクトを掘り起こして、それを読ませてほしいですね」

江川「ただ、一方で面白い記事が無い訳でもないんです。私が先日面白かったなと思ったのは、“南方からの視線 戦後70年”という連載です。シンガポール、ミャンマー、タイ、ベトナム、インドネシア等の国々で、例えば『日本について教科書でどう教えられているか』『反日感情がどう変化しているか』等を詳しく報じていました。以前の朝日だったら、“反日感情”の部分をグッとクローズアップしていたと思うのですが、そうではありませんでした。もっと複雑な、多元的な実相を、細かく現地の声から拾っていて、とても読み応えがありました」
田原「そういう新しいファクトを掘り起こす記事は評価すべきですね」
江川「もう1つ、これも外信記事ですが、今年の2月に朝日のイスタンブール支局長が、シリアの現地ルポを署名記事として掲載しました。ISIS(別名:イスラム国)の勢力圏と近接し、外務省の退避勧告が出ている地域に、勧告に従わずに突入した取材で、賛否両論を巻き起こした。当時、読売や産経は関連記事の中で外務省幹部のお叱りの言葉を掲載する等、暗に朝日記者の行動を批判していました。でも、ファクトを伝える為にはああいう取材はあって然るべきだと思うし、他メディアが政府の尻馬に乗って朝日を批判していることには呆れ果てました」
田原「確かに、外信のほうに印象に残る記事が目立つかもしれませんね。ただ、紙面全体を見るとやはり、昨夏以降はファクトの掘り起しよりも論説が多くなっているように思う。しかも、その論が一本調子というか、社説に沿うような論説が多く載っているんですね。これまでの朝日は、平気で社説と違うことも中面で書いていました。それは新事実を持ってきて、論より証拠で『でも、こんな事実もありますよ』と書いていたのだけど、そういうファクトを競うような記事が少なくなり、しかも社説に従っている」
江川「背景には、『ファクトとオピニオンをしっかり分離しなきゃいけない』という教訓もあるのでしょう。それを実行する為に、例えば1面でも、事実関係を伝える記事とそれに関する論説というのを明確に分けています。だから結果として、論説が目に触れる機会が増えている面もあると思います」

田原「その朝日が打ち出すオピニオンが、どれだけ読者に響くものになっているかという問題もある。例えば、先日出された安倍談話について、朝日は社説で『戦後70年の安倍談話 何のために出したのか』と題し、非常に厳しく批判しました。『歴史総括として、極めて不十分な内容』と断定し、『日本が侵略し、植民地支配をしたという主語はぼかされた。反省やおわびは歴代内閣が表明したとして間接的に触れられた』と指摘して、結論部分では『この談話は出す必要がなかった。いや、出すべきではなかった。改めて強くそう思う』とまで書きました。完全否定ですね。ところが、世論調査の結果はどうか。産経新聞とFNNの合同調査では、安倍談話を『評価する』という回答は57.3%に上り、『評価しない』の31.1%を大きく上回りました。産経とは逆に、安倍政権に批判的な共同通信の調査でも、安倍談話を『評価する』は44.2%で、『評価しない』の37%を上回っていた。しかも、内閣支持率も43.2%で、第2次安倍政権発足以降最低だった7月の37.7%から5.5ポイント回復している。当の朝日の調査でも『評価する』は40%で、『評価しない』は31%でした。あれだけコテンパンに書いた朝日の社説がどこまで民意に響くものだったか、疑問が残ります。時の政権に対して厳しく追及しようとする姿勢は買うのですが…」
江川「例えば、安保関連法案反対のデモを行う学生集団を『自分中心、極端な利己的考え』と批判していた自民党の武藤貴也衆院議員(その後離党)について、『そんなことを言うのはけしからん』という“論”だけでは弱いですよね。そこで、『この議員は、未公開株で詐欺的な集金をしていた人物じゃないか』という新たな“ファクト”を以て追及したのが週刊文春でした。本来なら、朝日が『この武藤議員は一体どんな人物なのか?』を調査し、ああした報道を見せてほしかった」
田原「もう1つ、期待することがあります。朝日はファクトを掘り起こすと同時に、対案も考えてほしい。例えば、安保法制論議における今国会の一番の問題は、最大野党の民主党が全く対案を出していないことです。過去には、読売が憲法改正試案を発表し、話題を呼びました。マスコミが対案を出すべきかどうかについては色んな意見があるでしょうが、僕は大いに出すべきだと思っています。権力者と対峙したという意味で、僕には個人的な体験があります。海部俊樹さん、宮澤喜一さん、橋本龍太郎さんという3人の現職総理が、テレビでの私との対話における発言が契機となって、失脚しました。その時、痛切に自己反省したんです。『ただ単に、矛盾を追及して失脚させても意味がない。何をどうすべきか、こちらも対案を出さなきゃいけないんだ』と強く感じました。元々、他社に比べても朝日には自由闊達な雰囲気があったのだから、安保法制に強く反対するなら、『ならば、どうすべきか?』という対案を出してほしい」

江川「社長が木村さんから渡辺雅隆さんに代わり、新体制では、本気で様々な部分を変えようとしているのは事実だと感じます。渡辺さんは、社長になることが決まってから毎回、再生委員会にも出席して熱心に話を聞いていらっしゃいました」
田原「具体的に、どこに反応していましたか?」
江川「先ずは、何をどう変えていこうか、その材料を熱心に探していた印象ですね。私は、“慰安婦報道”“池上コラム不掲載”“吉田調書の捻じ曲げ”の3つの案件の中で、吉田調書の問題が最も深刻だと思っていたんです。何故かというと、過去ではなく、今の問題だということ。しかも、あの手の“朝日的正義”に沿うように事実に角度を付けていく手法が、程度の差はありますが、様々な報道で垣間見えていましたので。実際、この問題を検証した朝日新聞の第三者機関“報道と人権委員会(PRC)”は、昨年11月に纏めた見解で、『“所長命令に違反”したと評価できるような事実は存在しない。裏付け取材もなされていない』と結論付けています。あの記事には、社内でも批判的な声が圧倒的でしたが、擁護する人もいました。社長が出席した社内集会では『記者を処分するな!』等と声が上がる、まるで組合の団体交渉のような場面もあって、唖然としました。外部にも、未だにあの記事を擁護する人が結構いますが、そういう贔屓の引き倒しみたいなことは、朝日再生の妨害にしかならないと思います」
田原「新聞労連は今年1月、あの報道にジャーナリズム大賞特別賞を授与していますね」
江川「そうなんです。でも渡辺社長は、『ああいう報道は駄目だ』とはっきり考えているようでした。『あれで問題がないと思っているなら、自分も考えるところがある』というような強い言葉を使ったこともあった。ただ、同じく再生委員を務めた志賀俊之さんが仰っていたんですが、『やはり、長年染み付いた意識というのは形状記憶合金のようなものである』と。今後暫くは、あれだけ批判されたので朝日気質が変わったように見えるだろうけれども、時が経つとまたスーッと戻ってしまう可能性がある」

田原「朝日はよく『自虐史観だ』等と言われますが、昔から日本の問題点――特に、『時の政権の問題点を厳しく追及することで、日本を良くする』と思っているんですね。一方で読売や産経は、『日本のいいところを強調することで、日本が良くなるんだ』と思っている。アプローチが全く反対なんです」
江川「そういうアプローチは日本だけでなく、自社に対しても同じなんですよ。だから、朝日の人たちは池上さんのコラムの問題でも、騒動に際した人事の問題でも、『これは可笑しい』と思ったら、自社の問題点をどんどん表に出して追及しようとする。ツイッター上で、実名で発信する朝日記者が沢山いました」
田原「あれは面白い現象でしたね。他の新聞社では先ず、ああいったことは起こらないでしょう。それと同時に、あれだけ情報が週刊誌に漏れるのも異例ですね。他社なら、あそこまで情報は漏れない」
江川「漏らしている人は、ある種の正義感からではないかと思います。ただ今回のように、朝日新聞の屋台骨を揺るがす大問題の渦中で、今日、社内で検討されたことが翌日には週刊誌に筒抜けになっている事態は、企業の危機管理としてどうなのかという話題は、社内からも、特にビジネス部門から出ていました」
田原「なるほど。全くガバナンスが機能していないということですね。再生委員会では、他にも様々な視点から議論して、具体的な提案を出しましたよね」
江川「はい。例えば、編集部門から独立した立場で報道内容を点検するパブリックエディター制度の導入や、訂正記事を集めるコーナーの新設等も提案しました」
田原「最近の朝日は、しょっちゅう訂正を載せていますね」
江川「再生委員会で、私が最もしつこく繰り返し主張したのは、『紙面に訂正欄と反論欄を作るべきだ』ということでした」
田原「なるほど。それが採用された訳だ。でも、反論欄はまだ見かけないですね」
江川「1つずつ、ですね。目立つところに訂正をきちんと掲載するようになっただけでも、先ずは大きな前進だと思います。本当は、役員室の個室の撤廃も盛り込もうとしたのですが、残念ながらそこまでは提言には入れられませんでした」
田原「ホンダもJALも、今では役員用の個室はないそうですからね。そうした他業種のいいところはどんどん取り入れたらいいと思いますが、私が紙面に求めるのは、もっと自由にモノが言える、社説とは異なった記事が書ける朝日新聞です」
江川「朝日はこの1年間、余りにも叩かれてきたので、どうしても周囲の声を気にし過ぎる部分がある。勿論、真っ当な批判には耳を傾けるべきですが、単なる朝日嫌いのような意地悪な非難も沢山あります。現場の記者は、そうした声を“スルーする力”を身に付けて、ファクトに徹したスクープ記事を書いてほしいですね」


キャプチャ  2015年10月号掲載


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