【日曜に想う】 ジビエ、千年の肉食タブー 

先日、飯田橋で急ぎの昼食にハンバーガー店へ駆け込んだ。注文したのは『鹿肉バーガー』720円。高い。でも、味は鮮烈だ。希少で高価な筈の鹿肉、いつの間に大量流通していたのか。「バーガーは2年前から、カレーやパスタの具材としては4年前から商品化しています」。この外食店ベッカーズを展開する『ジェイアール東日本フードビジネス』経営企画部の佐野正人部長(55)は言う。同社でジビエ(野生鳥獣肉)商品を開発した当人だ。「『硬い』とか『臭い』とか、ジビエには偏見があります。特に、バーガーは野性味が前面に出る。材料の調達や衛生管理等、難関も多くハラハラした。でも、予想以上の売れ行きで安心しました」。初年度、8000食分を用意したバーガーは1ヵ月もしない内に完売。昨年度は1万7000食まで伸びた。鹿を軌道に乗せた佐野さんが今、情熱を燃やすのは猪だ。千葉県君津市の山林に入り、猟友会と提携した。昨年から『猪肉(いのしし)そば』として系列店で売り出したが、猪も一筋縄では行かない。ハンターの気配を察して、一斉に姿を消したりする。

ハンターの全国組織『大日本猟友会』に依ると、年間に捕獲される鹿と猪は各40万頭ほど。ジビエ等に利用されるのは2割に満たない。「ジビエにするのは大変な労力。仕留めたら20~30分以内に内臓を除き、血抜きをし、解体して加工場へ運ぶ。各人の捕獲頭数は増えたが、現状では獣に比べてハンターが少な過ぎます」と佐々木洋平会長(73)。鹿や猪が3倍・4倍と増える間に、37万人いた会員は10万人に減った。年来の働きかけが実って、厳しかった銃刀法が緩和され、鳥獣保護法も改正された。各地の猟友会は、女性ハンターの拡大に力を注ぐ。その1人、福岡市の料理研究家・井口和泉さん(41)に会った。専門はフランス料理。「ジビエを究めるなら、材料も自力で調達できてこそ」――そう考えて、2年前に狩猟免許を取った。先輩ハンターについて野山を歩くようになって、直ぐ壁にぶつかった。「罠にかかった猪を仕留められないんです。男性が止めを刺すのを見ましたが、やっぱり辛い。猪の目には怯えや不安がはっきり見て取れる。無理だと思いました」。怯えた目と言えば、私にも忘れ難い経験がある。東ヨーロッパの小国・モルドバでのこと。取材の直ぐ後、相手の女性実業家から「遠来の貴方に新鮮な食材を用意しました」と昼食に誘われた。導かれた先は、邸宅裏の兎飼育舎。誇らしげに数百羽を指さして、「どうぞ、お好きな1羽を選んで下さい」。長い取材をさせてもらった手前、断るに断れない。隅の1羽を指差した。間もなく、変わり果てた姿で食卓に。円らな瞳が目に浮かんで困った。兎を食べるフランス、七面鳥を食べるアメリカ、犬を食べる中国…。これまで海外で多彩な肉食習慣を見聞きしてきたが、獣肉の利用という面で、日本は際立って淡泊な気がする。群れを一網打尽にして、骨の髄までガッツリ食べ尽くすということをしない。歴史を振り返れば、天武天皇は牛等の5種の食用を制限した。聖武天皇は肉食の一切を禁じた。その後も食されはしたが、神事・医療・供応等は例外扱い。明治以降、禁は消えたものの、1000年の肉食タブーは、現代人の胸に尚残っているような気がする。




扨て今回、取材でお会いした方々はどなたも野山に分け入り、獣道を辿った経験が豊かだ。対する私は、食肉と言えばスーパーの店頭に並ぶパック包装しか浮かばない。どこの国でもいつの世も、誰かが捕まえ(育て)、止めを刺し、解体しない限り、食肉は食卓に届かない。バーガー店やスーパー等、自分が食肉流通の最下流しか知らないことに今更ながら気付いた。 (特別編集委員 山中季広)


≡朝日新聞 2015年11月22日付掲載≡


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テーマ : ハンバーガー
ジャンル : グルメ

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