“不安解消”に込めた意味、さりげなく入った“既存政策の見直し”――TPP対策にひそむ既得権益との激突の予兆

一見、綺麗に纏まったように見える政策文書も、よく読むと、関係者に依る複雑な駆け引きの跡が浮かび上がる時がある。自民党が今月17日に決めた『環太平洋経済連携協定(TPP)』の農業対策も、その1つだ。そこには、今後の農政と農業の行方を左右する言葉が幾つも潜んでいる。 (編集委員 吉田忠則)

例えば、小泉進次郎農林部会長が記者団に語った次の言葉を、どう考えるか。「『農家の皆さんの不安解消に繋がる』という言葉を戴けたのはよかった」。農業対策を決めた17日の会合で、農協幹部が対策を評価したのを受けた発言と見られる。恐らく、これは“ばら撒き批判”を警戒してきた小泉氏が、一番に力説したかったことではない。“不安解消”は農家の保護を何より優先し、補助金の積み増しを求める農林族が頻繁に使ってきた言葉だからだ。それでも、“攻めの農政”へと議論を進めるには先ず、農家の動揺を鎮める必要があると考えたのではないか。

筆者が注目した記事
●11月18日 日本経済新聞朝刊4面『自民合同会議がTPP対策 攻めの農業、1年で具体化
●10月28日 日本経済新聞朝刊4面『来月17日までにTPP農業対策 自民

こういった言葉や文章には、表面をなぞるだけではわからない裏の意味が往々にしてある。そこで対策を読み直すと、様々な思惑が透けて見えてくる。日本の主食であり、しかも最大の課題を抱えるコメに関する行に、それが表れている。『農地中間管理機構(農地バンク)』に関連して、さらりと「(農地の)大区画化・汎用化を推進」と書いてある。汎用化は、表面的には「農地を田と畑のどちらにも使えるようにする」の意味だ。これだけでは何のことだかわからないが、要は「田圃として残すことを前提に、水を抜いて他の作物を作ることもできるようにする」ことを指す。…と言い換えてもテクニカルに聞こえるだろうから、もっと端的に言うと、「コメを中心にした既存の農業を維持したい」という考えが根っこにある。小規模だが数は多いコメ農家は、日本の農政に強く影響してきた。TPP交渉への参加が決まった時も、コメは当然のようにして“聖域”の1つになった。

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ところが、下に読み進めると、“水田の畑地化”というこれまた技術的な言葉が現れる。コメばかりを国民負担で守り続けることには、農政の内外で批判がある。それを意識し、「TPP対策で土木事業を増やすのなら、いっそ田圃を畑にしてしまおう」との声もあるのだろう。巧くやれば、コメ中心の補助金農政から脱却する糸口になる。ここまでなら、「農林水産省内部の色んな声を反映した」と見ることもできる。だが、最後まで読むと、「農家が安心して飼料用米に取り組めるよう(にする)」という言葉が飛び出す。コメを家畜に食べさせる飼料用米こそ、水田を核とする構造を温存する為の切り札とされているのだ。主食米は値段が下がって、儲からなくなっている。そこで、コメを餌に回すのだが、飼料は国際競争の下にあるから、飼料米には巨額の補助金が要る。ここで、“安心”は“不安解消”と同義。「『補助金がいつまで続くのか?』という農家の不安を解消する」という意味だ。農林族の意向を反映した文言と見ていい。こうして、自民党のTPP農業対策はコメに限らず、様々な思惑を反映したパッチワークのようなものになった。敢えて前向きに解釈すれば、「方向を絞り込む過程で、予算の奪い合いになるのを避けた」と見ることもできる。実際、自民党は1年かけて対策の中身を深掘りすることを決めた。そこで、対策にさり気無く入った一言に注目して終わりにしたい。「既存の政策の見直し・改善を含む」。経営保護策と競争強化策の両方にかかる注釈だ。農業団体の声を背景に、政策を接ぎ木してきた農林族から出た言葉とは思えない。若し本気でやれば、既得権益と火花を散らす激突になるだろう。ここに踏み込めるかどうかが、農業の未来を左右する。


≡日本経済新聞 2015年11月23日付掲載≡


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テーマ : TPP問題
ジャンル : 政治・経済

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