【小保方事件で失ったもの】(前編) トップ研究機関・理研は立ち直れるか

2014年、STAP細胞の話題が世間を独占した。30歳の“リケジョ”が画期的な研究結果を出したとして、日本中がその業績を讃えたが、その論文に不正が見つかると、世論は牙を剝いた。報道は過熱し、ついに自死者まで出ることになった。問題がここまで大きくなった原因には、理化学研究所(理研)の対応のまずさがある。STAP細胞の“事件”は、日本のトップ研究機関である理研、ひいては日本の研究体制に大きな欠陥があることを示している。 (榎木英介)

理研は日本資本主義の父と呼ばれる実業家・渋沢栄一らの尽力により、1917年に財団法人として設立された。戦前から『主任研究員制度』を設け、研究者の自由裁量にまかせた研究が行われるなど、“科学者の楽園”とさえ言われた研究機関だった。戦後は体制が何度か変わり、2003年に独立行政法人になり現在に至る。ノーベル賞受賞者の野依良治博士が独立行政法人の初代理事長になり、以来11年にわたり理研を率いている。理研は文句なしに日本のトップ研究機関である。トムソン・ロイター社が発表した『インパクトの高い論文数による日本の研究機関ランキング』によれば、理研は大学を含めた日本の研究機関の5位に位置し、旧帝国大学の半数以上を凌駕する。政府が理研を『特定国立研究開発法人』に指定しようとしているのも、自他共に納得行くものだった。

ところが、そんな理研で研究不正事件が発生した。研究不正自体はどの研究機関でも発生している。STAP細胞の件で撤回された論文は2報(3月に発表されたSTAP細胞の作製方法の論文をあわせれば3報)であり、50報を超える論文に疑義がある東京大学の不正事件に比べれば、数としては少ない。問題は理研の対応である。




ネイチャー誌にSTAP細胞の論文が発表されたのが2014年1月末だが、2月初旬には早くもインターネット上で疑義の声があがっていた。理研が不正の本格調査を開始するのは2月後半になってからだ。その調査でもインターネット上で上がっていた疑義をすべて取り上げることはなかった。調査の間にも論文の著者が研究を続けるなど、不正の証拠を検証することもなかった。4月になって関係者がバラバラに記者会見したのも問題を更に混迷に導いた。野依理事長は筆頭著者の小保方氏を強く批判したが、自らの責任については言及が少なく、言い逃れの印象が拭えなかった。こうしたちぐはぐな対応の果てに、STAP細胞論文責任者の1人、笹井芳樹博士が自死した。死の前、笹井博士の様子は外から見ても異常であったとの報道もあり、その時適切な対応をしていればこのようなことにならなかったのではないかと悔やまれる。多くの科学者から意味がないと批判される再現実験を行い続け、関係者の処分は先延ばしされた。

6月に研究不正再発防止のための改革委員会が公表した『研究不正再発防止のための提言書』は、理研の管理体制(ガバナンス)に問題があることを厳しく指摘した。小保方氏が「資質と研究内容について客観的資料を基に精査する通常の手順を省略して」採用された背景には、「iPS細胞研究を凌駕する画期的な成果を獲得したいとの理研CDB(発生・再生科学総合研究センター)の強い動機があったと推測される」とした。また、CDBのセンター長である竹市雅俊博士が「データの記録・管理について確認・指導を行う責務を実施していないばかりか、そのような責務を負っていることを認識さえしていない」というお粗末な状態であったことを明らかにしている。また、CDBが2000年の設立以来、ほとんど上層部が変わらない状態であることを問題視し、「研究不正行為を誘発する、あるいは研究不正行為を抑止できない、CDBの構造的な欠陥の背景には、このようなCDBトップ層の馴れ合い関係によるガバナンスの問題があると指摘せねばならない」と糾弾している。

実は理研のガバナンスが問題視されたのは今回が初めてではない。民主党政権時代に行われた事業仕分け第2弾で、理研が俎上に載せられ、「ガバナンスに大きな問題 国を含めた研究実施体制のあり方について抜本的見直し」との判定を受けていたのだ。仕分け人からは「研究テーマや研究の方向性をどのように選択するかで、戦略的か否かが決まるが、その選択のプロセスが不明」「研究員の配偶者を秘書として雇用する場合は、国民の誤解を招きやすいので、たとえ能力が高くてもまず外部の人材を採用すべきである。公募においても親族の採用は好ましくない」といった指摘を受けていた。このとき、この指摘を真摯に受け止めていれば、STAP細胞をめぐる理研の迷走はなかったのかもしれない。上記提言を受けて、理研は『研究不正再発防止をはじめとする高い規範の再生のためのアクションプラン』を公表した。“経営戦略会議”・理事長直轄の“研究コンプライアンス本部”・研究倫理教育責任者の設置を掲げるなど、ガバナンスの強化策を打ち出している。このアクションプランが文字通り実行されれば、理研は変わっていくと思うが、野依理事長をはじめとする理事の交代は発表されておらず、実行性に疑問の声があがっている。理研の今後の対応を注意深くみていく必要がある。

しかし、忘れてはならないのは、ガバナンスに問題があるのは理研だけではないということだ。研究不正が多発する東大をはじめ、日本の大学は未だ十分な調査を行っておらず、関係者の責任も曖昧にしたままだ。理研は調査を逐一公表するなど、まだましなほうなのだ。科学界や大学は、理研をスケープゴートにせず、自分たちの問題として改革に取り組んでいかなければ、近い将来再びSTAP細胞に匹敵する“事件”は発生するだろう。


えのき・えいすけ 病理専門医・細胞診専門医。1971年生まれ。東京大学理学部卒。同大学院博士課程中退後、神戸大学医学部に学士編入。医学博士。2009年、神戸大学医学部附属病院特定助教。現在、近畿大学で病理医として勤務する傍ら、科学技術政策をウォッチし続ける。『博士漂流時代』で科学ジャーナリズム賞2011を受賞。ほか『医者ムラの真実』(ともにディスカヴァー・トゥエンティワン)・『嘘と絶望の生命科学』(文春新書)など。


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