銃声の鳴らないピリピリ神経戦が続く――6代目山口組vs神戸山口組、若い衆たちの眠れぬ夜

今年8月下旬、ヤクザ業界に激震が走った。日本最大のヤクザ組織で、司忍(本名:篠田建市)組長が率いる『6代目山口組』(兵庫県神戸市)が分裂し、脱退した一家らが井上邦雄組長の下で『神戸山口組』(兵庫県淡路市)を結成したのである。大メディアの報道では窺えない、両組織の若い衆らの本音に迫った。 (取材・文/本郷海)

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先ずは、6代目山口組側の若い衆たちから話を聞いた。「分裂の噂が流れてからというもの、『兎に角、情報に振り回されたな』というのが正直な感想だね。寝る暇も無いくらいあちこちに電話して、『あの親分は出て行くのか?』『あの組織も声を掛けられているって噂は本当か?』なんて周りに尋ねまくった。逆に、知り合いから訊かれることもあるんで、その度、また色んな関係者に聞いてみたりして、8月はずっと電話してた記憶しかないよ」(関西に本拠を持つ3次団体組員)。1回の電話の間にキャッチホンが5回くらい入るのはザラで、スマホのプランをカケホーダイにしていなかった彼の兄貴分は、「10万円くらいの請求が来た」と嘆いていたという。勿論、そんなカネは誰も払ってくれないのが、この世界の厳しいところだ。狂騒の中で振り回され、扱き使われた挙げ句に、親分のゲンコツを受けた若い衆の愚痴も聞こえてきた。「『(親分の)兄弟分の組織が、本部の塀に鉄条網を張り巡らせて、守りを固めたらしい』って噂を親分が聞き付けたんで、夜中にこっそり見に行かされたこともある。実際に行ってみたら、確かに真新しい鉄条網がガッチリと巻かれていた。だから、急いで親分に報告したんだよ。そこからエライ騒ぎになったけど、よくよく聞いたら、野良猫が入らないように取り付けたものだったらしい。この時期にそんな紛らわしいことするほうがどうかと思うけど、親分は俺をガッチリとシメてくるんだから、やってられないよ」(中国地方に本拠を持つ3次団体組員)。情報に踊らされることも辛いが、長年に亘って紡いできた仲間との絆に関して頭を痛める若い者もいる。「ウチら若い衆は、親分の運転手として寄合いについて行くことも多い。そういう時は親分が帰ってくるまで暇だから、運転手同士でダベったり愚痴を言い合うんだよ。その内に、気が合う奴とは仲良くなることがよくある。そんな感じで盃は交わしていなくても、これまで何年も兄弟分のような付き合いをしていた仲間が向こうに行ってしまったのはショックだったね」(3代目弘道会の傘下団体組員)。代紋が違う組織同士に所属しながら、兄弟分の関係を結ぶのはよくある話だが、分裂した組織同士に籍を置きながら付き合うには、細かい気遣いが必要となる。「大っぴらに付き合うのは、やっぱり拙いでしょう。お互いにこっそりと連絡し合って、『暫くして落ち着いたら、また会おう』と約束しています。今回の騒動の最中に、互いの身体について心配はしても、組織内の動きを教え合うことはしていません。自分の組織から『スパイだ』と間違われたら終わりだし、兄弟分を利用して相手の組織の情報を取ることはできないから」(3代目弘道会の傘下団体幹部)

心配してくれるのはヤクザの仲間だけではない。カタギの世界で生きる実の家族たちも、ヤクザたちの身を案じている。「メディアは直ぐに『抗争勃発か?』って騒ぐから、家族が驚いている。何年も音信不通だったのに、お袋から急に電話が掛かってきて、『あんた、撃たれないでね』ってもう泣きそうな勢いだったのには参った。ムショに入った時でさえ面会に来なかったのに、『やっぱり、マスコミの力は凄いもんだ』と痛感した」(山陽道に本拠を構える3次団体組員)。特殊な状況に直面して、経済的にも様々な問題が発生しているようだ。「分裂以来、警戒強化の為に事務所当番の人数を増やしている組織は多くて、俺はずっと体を拘束されていて、何もシノギができない。どちらの山口組の若い衆たちも、そこには一番苦労しているようだね。人を使ってシノギしている連中はあんまり問題ないのかもしれないが、自分が動かないとカネにならないシノギだと、先ず無理だろう」(東北地方に本拠を置く3次団体組員)。下が苦しければ、それは回り回って上を直撃する。「兎に角、親分も口にはしないがカネには困っているようだ。分裂騒動で直参から本部への上納が減ったのは事実だが、実入りも減ってしまったから、あんまり楽にはなっていないのが現状だ。それに、上納が減った筈なのに、直参の傘下団体が納める額を下げない意地の悪い上層部もいるんだよ。差額をどうしているかは知らないが、そういうのが今回の分裂の原因だったんじゃないかって思わないんだろうか。本当に情けないよ」(東海地区で活動する3次団体組員)。分裂の原因としては「カネの問題が大きい」と言われており、特に6代目山口組本部が直参らに対し、水や洗剤等の雑貨を大量に毎月購入させることへの不満とされている。山口組の2次団体トップと言えば、分裂前で70名程と、山口組全体で1%にも満たないヤクザのエリート中のエリートたちである。そうした彼らが、せっせと段ボール箱入りの水や石鹸を購入しては、その置き場所に頭を悩ませている姿は、あまりにも悲しい。ヤクザはカネが全ての時代とはいえ、それに嫌気が差すのも無理はないのかもしれない。




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一方、6代目山口組を脱退し、新たに結成された神戸山口組に所属することになった若い衆たちにも、率直なところを聞いてみた。「まだ正直、実感はないな。俺みたいな下っ端は、神戸の6代目山口組総本部に行ったこともなければ、近付いたこともない。それに、神戸山口組になったからといって、淡路島にある本部に行くこともないから、これまでと殆ど変わらないだろう」(関西地区で活動する傘下組織組員)。長閑なコメントに筆者は拍子抜けしたが、「別の面でプレッシャーがある」と言う。彼らから情報を取る為、あらゆる伝手を頼って警察や6代目山口組の関係者から連絡が来るのである。「全く面識の無い奴から、妙に親しげに神戸山口組の内部のことを聞かれるのはムカつくよ。誰がケータイの番号を教えたのか知らないが、疑心暗鬼になる。それでも、ヤクザはこちらの状況をわかってくれているから、それほど突っ込んだことを聞いてこない。ところが、ウザいのは警察だよ。あいつらはこっちの都合も考えずに、朝っぱらだろうが真夜中だろうが電話してくる。仕舞いには、『お前たちは間違っている』って説教を始める馬鹿もいるよ。ホント、警察には参るね」(前同)。とはいえ、こうした探り合いは活発なものの、既に分裂してから1ヵ月以上が経過しても、今のところ銃声は鳴ってはいない。1発でもヤクザが発砲すれば、組織犯罪処罰法や銃刀法の違反の他に発射罪まで加わり、懲役刑は免れない。加えて、抗争に依ってカタギに被害が及べば、ヤクザ組織のトップにまで損害賠償責任が問われる判例が確立している。現代ヤクザは、喧嘩をしないのが当たり前なのだ。「『ヤクザは喧嘩が強くてナンボ』と言われたのは昔の話。武闘派と言われている組織は幾つもあるが、実際に組織を挙げての喧嘩は随分してないだろう? 今は、『戦わずして勝つ』ことに力を入れているんだよ。『あそこと喧嘩したらヤバい』って思わせれば、それだけでヤクザ社会で大きい顔ができる。山健組も弘道会も、そうした力学をよくわかっているから、大軍団を維持できる」(関東に本拠を構える傘下組織幹部)。そんな当世の事情を知らない訳でもない筈なのに、古参の組員たちは調子のいいことを言い、それが若手には耳障りなのだとか。「いざ喧嘩になったら、正直困るよ。俺は抗争なんて経験したことないし、痛いのは嫌だから。山一抗争(※)は30年前のことで、若い奴の多くは生まれてすらいないんだから、抗争の雰囲気なんてわかる訳がない。当時を知るベテラン連中は荒っぽいことを言って騒いでいるが、今は時代があまりにも違い過ぎる。『俺らの若い頃は、上から言われなくてもカチコミに行ったもんだ』とは言うけど、若し今それをやれば、捕まるのは自分らだってわからないんだろうか。下の人間としては、不安になる時がある」(北関東で活動する傘下組織幹部)

「山一抗争のような嘗ての大抗争が、今回の分裂でも起きるのでは?」とマスコミを中心に当初は囁かれていたが、「それはあり得ない」というのが、この度、インタビューした双方に属するヤクザたち大多数の意見だった。彼らの懸念は別のところにある。「血で血を洗う大きい喧嘩は、恐らく無いだろうな。ただ、自分が怖れているのは、ヤクザ社会で組織が分裂した場合、出て行った側が殆ど消滅しているか、若しくは吸収されるかで終わっていることだ。あの一和会だって、当初の勢力は山口組を上回ってイケイケだったんだから」(2代目宅見組の傘下団体組員)。一和会は、山口組4代目の竹中正久組長らを射殺したにも拘らず、山口組に依る巻き返しに遭い、最終的に解散に追い込まれている。この前例が、どうしても脳裏に浮かぶという。「今、神戸山口組は盛んに定例会を開いたり、最高幹部の役職を決めて体制作りに一生懸命だが、本当に長く持続できるのかは全くの未知数。恐らく、上層部の人間も表には出さないが、どこかに弱気があるだろうし、『若しかしたら、一和会みたいになるんじゃないか?』という気持ちもあると思う。でも、もう後戻りはできないから必死だよ。付き合わされる自分らだって、若し組織が消えてしまえば、戻るのは恐らく馴染みのある山口組だ。その時、“出戻り”と思われるのは嫌だから、頑張っている部分もある」(4代目山健組の傘下団体組員)。山一抗争の晩年、一和会から次々と組員が脱退したが、それら抜けた組員の大半が山口組に復帰を果たしている。現在の6代目山口組の最高幹部にも、嘗ては一和会に所属していた親分もいるのだ。

今回の分裂騒動の直後、司6代目は「『山口組に戻りたい』という若い者は、どうか迎えてあげてほしい」と、直系組長らに対して声明を出したとされる。仮令、組織がどんな運命を辿ろうとも、若い衆らはヤクザとして生きていける道は残されているようだ。「ウチの組織にも分裂の時、こっちに来ないで6代目山口組の別の組織に移った仲間がいたよ。説得している兄貴分もいたけど、そいつなりに色々と考えて決めたことだろうから、俺はそれでいいと思う。俺は今回のことで、進路について全く何も考えていない。オヤジが『行く』って言うから、そのまま来ただけ。俺と6代目山口組に残った奴と、どっちがヤクザとして普通なのかはわからない。今、兎に角願うのは、『1日も早く落ち着いてもらいたい』ということだ。ただの定例会や寄り合いなのに、警察やマスコミが大勢押し寄せるのは異常だ。組織が変わろうと変わるまいと、俺がヤクザであることには変わりないから」(関西地方に本拠を構える傘下団体幹部)。とある神戸山口組の若い衆が、「もう、司6代目は親分じゃないんだなあ」とポツリと呟いた。また、6代目山口組に残った若い衆は、「向こうに行けば、若しかしたら出世が早かったかもしれない」と目を輝かせて語った。双方の山口組に属する若い衆たちの気持ちは、この度の分裂騒動の中で揺れ動いている。

(※)山一抗争 1984年6月、山口組の定例会で、竹中正久若頭が4代目組長に就任する挨拶をしたが、その定例会を反対派の親分は欠席。マスコミを集めて記者会見して、事実上の分裂騒動に陥り、脱退した一派は『一和会』という新組織を立ち上げた。間もなく、全国各地において死傷者を出す抗争事件が頻発。これが『山一抗争』の始まりであった。1986年1月には、竹中4代目・中山勝正若頭という山口組のトップとナンバー2が、一和会のヒットマンに射殺されるという事件が発生。1989年3月、一和会の山本広会長が山口組総本部にある仏壇に焼香し、自身の引退と一和会の解散を届け出て、この山一抗争は終結した。300件以上の大小の抗争が起き、双方と一般市民を合わせて100人程の死傷者を数えた、ヤクザ史上最大の抗争だった。


キャプチャ  2015年12月号掲載


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