【アジアの平和が脅かされる】(上) 人民解放軍が目論む“戦わずして勝つ”大戦略

20151129 01
好調な経済と近代化の進む軍事力に支えられた中国の強圧的な対外活動は、2010年代に入って一層独善的になっている。その中国が、アメリカの影響力を排除すべく構築した戦略が、『近接阻止・領域拒否』(Anti-Access/Area Denial:A2AD)と称されるもので、まだ暫くの間は総合力でアメリカ軍に及ばない人民解放軍(中国軍)が、アメリカ軍のアキレス腱に狙いを定めた戦力構築を進め、「戦わずして勝つ」という戦理の大原則を具現しようとするものである。一例を挙げれば、「アメリカ軍でさえ対抗手段を持たない対艦弾道弾を開発し、国威の象徴であるアメリカ空母を太平洋で撃破し得る能力を誇示して、アメリカ国民の“アジア問題への介入意図”を挫き、戦うことなく国家目標を達成しよう」とするものである。中国軍は、陸海空から宇宙・サイバー空間までのあらゆる戦域でA2ADの為の戦力を開発すると共に、その骨格となるドクトリンや戦術を構築して、これに沿った演習や訓練を繰り返している。中国本土から遠く離れた海空域でアメリカの戦力の近接を阻止するA2ADは、その内側にあり、本土に接する東・南シナ海の独占的且つ安定的支配を前提条件とすることから、中国はこれら海域への強引とも言える侵出と完全支配を目指しているのである。

A2AD戦略の主対象はアメリカ軍だが、軍を支援する自衛隊及びその基盤となる我が国のインフラをも対象としていることは、疑いない。そうすると、A2ADが狙うのは、

①西太平洋に所在し、或いはアメリカ本土から来援する同国戦力の遠距離での撃破
②我が国内のアメリカ軍基地・自衛隊基地及びアメリカ軍を支援する我が国のインフラの無力化
③中国軍の外洋展開を扼する南西諸島及び南シナ海に存在する戦略海峡(チョークポイント)の確保
④現在のアメリカ軍優位を支える中枢機能である圧倒的な指揮管制情報(Command, Control, Communication, Computer, Intelligence, Surveillance and Reconnaissance:C4ISR)能力の無力化

の4つであると推察される。具体的には、①は伊豆・小笠原諸島付近海域でのアメリカ空母機動部隊や、これを支援する自衛隊部隊への対艦弾道弾や極超音速兵器(Hypersonic Weapons:HSW)等、或いは潜水艦に依る攻撃である。②は、中・近距離弾道弾及び巡航ミサイル、並びに特殊部隊に依る我が国政経中枢・主要インフラへの攻撃が主体となる。③は②に加え、チョークポイント確保の前提である制海・制空権確立、及び島嶼への本格的着上陸が主作戦となる。④は、C4ISRの要である人工衛星の破壊、サイバー攻撃及び核爆発に伴う電磁パルス(Electro Magnetic Pulse:EMP)効果に依る通信ネットワークの遮断、更にはインターネット媒体である海底光ケーブル網の切断等が考えられる。我が国の防衛戦略は、戦略打撃をアメリカ軍が担当し、その支援及び我が国の防衛を自衛隊が担うという“矛と盾”の任務分担を基本としている。戦略打撃と、その能力に裏打ちされた戦略抑止を任務とする本土アメリカ軍の来援は、我が国の安全にとって不可欠であり、来援基盤の維持は必須である。これを最も嫌う中国軍は、①に依る来援阻止を戦略の柱に据えており、これを許さない日米の能力構築が極めて重要となる。具体的には、洋上における対艦弾道弾・HSW対処能力、及び対潜能力の向上が中心となる。この内、前二者からの防衛、及びC4ISRシステムの防御は日米とも未着手の分野だが、その遅れは致命的である。最新科学技術を用いた対抗策の開発が焦眉の急であり、日米両国で産官学を挙げた取り組みが求められる。




我が国は、アジアからインド洋に亘る地域に自由に展開し得るアメリカ軍が駐留し、同時に来援するアメリカ軍の支援拠点でもある。これに対して、中国は②に依って我が国のアメリカ軍支援体制の無力化を図るものと考えられることから、弾道弾防衛及び巡航ミサイル防衛体制の強化に依る本土防衛は必須である。また、アメリカ軍への支援能力減殺と我が国内社会の混乱を狙った、本格的着上陸侵攻とは異なる、潜搬入した中国軍特殊部隊に依る我が国政経中枢等へのゲリラコマンドゥー撹乱攻撃を行う公算が高く、陸上自衛隊を中心に対処能力の構築が急がれる。A2AD戦略の鍵となる中国軍戦力の太平洋進出を掘するチョークポイントが、南西諸島西部の各海峡である。自らの作戦の自由度を確保する為、中国軍は本格的着上陸に依り、各海峡に臨む島嶼の占領を企図する公算が高い。この対策として、既述の各種ミサイル防衛体制と並び、同諸島への侵攻阻止体制の早期構築が求められる。同時に、南西諸自局約155万人の住民の安全確保が必要なことは言うまでもない。中国のA2AD戦略を見ていくと、日米に「なす術がない」という思いに囚われがちだが、それこそ「戦わずして勝つ」ことを目指す北京の思うツボである。日米に必要なのは、怯むことなく対抗策を構築して備えることである。現実には“矛”としてのアメリカ軍の打撃力が、A2AD戦略に基づく実戦の発動を抑止し、“盾”としての自衛隊の防衛力が同戦略の攻勢機能を封殺する意義は大きい。A2ADの完成度が如何に高くとも、日米に断固たる意志があれば、中国軍が甚大な損害を免れないことは北京が最もよく承知しており、ここに有効な抑止が成立する。今後、日米には安全保障戦略やガイドラインに基づくA2ADを意識した、具体的な任務分担や能力構築が求められる。従来の相互運用性の向上に加え、A2ADに有効に対処できる最新技術――特に、日米の取り組みが遅れている④に関する技術開発は、日米共同の新たな柱として対中戦略の切り札となる。


香田洋二(こうだ・ようじ) 元海上自衛隊自衛艦隊司令官・『ジャパンマリンユナイテッド』顧問・国家安全保障局顧問。1949年、徳島県生まれ。防衛大学校卒業後、海上自衛隊に入隊。アメリカ海軍大学指揮課程修了。統合幕僚会議事務局長・佐世保地方総監・自衛艦隊司令官等を歴任し、退官。2009~2011年までハーバード大学アジアセンター上席研究員。


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