【中外時評】 かみ合わない官民対話――投資の輪つなぐ土壌作れ

「大企業は儲けるばかりで、国や国民に何の恩恵も齎していない」――世界的な金融危機以降、そんな苛立ちが米欧の社会や政治に広がっている。その日本版と言うべきか。大企業に対して、「利益を貯め込まずに、もっと設備投資や賃金を増やして国に貢献せよ」と求める圧力が日増しに高まっている。「積み上がった内部留保に課税せよ」という声すら聞こえてくるようになった。大企業は防戦に追われ、26日の『未来投資に向けた官民対話』では経団連の榊原定征会長が、「設備投資は2018年度に今年度比で10兆円増える」との“見通し”表明まで迫られる状況になった。マクロ経済的に見れば、企業への投資要請はわからないでもない。金融危機後は、世界的に企業がおカネを貯める流れが強まったが、統計上、日本企業はその度合いが大きい。7~9月期まで2期連続のマイナス成長になった背景には、設備投資の減少がある。

だが、企業から見れば、「縮む国内市場で無闇に設備投資を増やして、どれだけ利益が上がるか?」という話になる。最近は、世界の活力を取り込む為に海外企業のM&A(合併・買収)に積極的に資金を活用しており、「無駄におカネを遊ばせている」という認識も薄い。統計的には、こうした海外投資は“貯蓄”の一部にカウントされる。こうしたすれ違いを放置したまま、政治が民間企業に圧力をかけて設備投資を迫っても、“対話”は噛み合わなくなるばかりだ。重要なのは、今後の日本で増やすべき投資とは何かについて、政府と企業が認識を共有することだ。「即効性や将来の競争力確保の観点から、今は設備投資より先端分野における研究開発投資に注力すべきだ」(『トヨタ自動車』豊田章男社長)、「我々にとっての未来投資は、研究投資と人工知能(AI)分野等のM&A」(『DeNA』南場智子会長)。官民対話では、企業経営者から設備投資拡大に目が向きがちな政治にやんわりと釘を刺す声が相次いで出た。




業種の垣根を越えた競争が世界的に激しくなる中で、企業の関心は新たな技術を取り込み、新市場を開拓することに向く。そこでは設備投資や研究開発の他、専門分野の人材の獲得やマーケティング等を含めた広い意味での投資が重要になる。そうした現実を踏まえた上で、将来に繋がる投資を増やすにはどうすればいいかを探るべきだ。「新技術を使った様々な新しい試みが、社会実験的に素早くできる仕組みを作っていくことが大事」と強調するのは、官民対話のメンバーでもある『経営共創基盤』の冨山和彦CEO(最高経営責任者)だ。AI・ロボット等の分野では、新技術を実際に使って得た知見からイノベーションが生まれ、それをまた現場で試して進化させるという相乗作用が働く。その中で新たな投資機会も生まれるという。だが、これまでは様々な規制や法制度がそうした実験を阻み、イノベーションを遅らせてきた。筑波大発のベンチャー『サイバーダイン』が開発した装着型ロボット『HAL』。25日に医療機器として承認されたが、ドイツでは2年前に承認済み。同国では、公的労災保険に続き医療保険の適用対象になるメドもつきつつある。同社の山海嘉之社長は、「市場投入まで何年もかかると、革新技術の意味が失われる。技術が足止めを食らわない環境を作ることが、新産業創出への道になる」と語る。

投資を促すもう1つのポイントは、企業の壁を越えた“協業”を後押しすることだ。自前の投資だけで急激な市場や技術の変化に対応し、競争力を高めるのは難しくなっている。大企業に“圧力”をかけるなら、海外企業とだけではなく、国内の大学やベンチャー企業と一緒になったオープンイノベーションにもっと踏み込むよう促すべきだ。潜在的な力を秘めながら資金不足に苦しむベンチャーは多い。技術系の公的研究機関には、企業・大学との協業を橋渡しする役割を積極的に果たすことが求められる。経団連加盟企業に「古くなった設備を新しいものに変えたらどうか」とせっついても、意味のある投資は増えまい。それよりも、自前主義を超えた協業を促し、政府は新しい技術を使った製品やサービスが逸早く実現できる環境を整える。産官学の連携で投資の輪が繋がるような土壌を生み出すほうが、日本の将来にとってはより重要である。 (論説副委員長 実哲也)


≡日本経済新聞 2015年11月29日付掲載≡


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