高齢者の資産を狙い撃ち、金融ビジネスのワナ――住所は“香川”なのに消印は“江戸川区”、狙い撃ちされるオリーブの島

瀬戸内海の島々で、金融関連のトラブルに巻き込まれる高齢者が後を絶たない。背景には、意外な資産家の多さや島の閉鎖性に目を付けた“裏”と“表”の金融業者の存在がある。事態を放置すれば、数少ない成長分野であるシルバー消費全体にも悪影響を及ぼしかねない。 (中尚子・宗像誠之)

20151201 01
瀬戸内海国立公園の特別地域に指定されている景勝地『寒霞渓』から見た小豆島町の市街地。

映画『二十四の瞳』の舞台となった香川県小豆島。東部にある小豆島町に50年近く暮らすA氏(74歳)の元に、怪しい電話がかかってきたのは2014年末のことだった。電話口からは若い男の声。「X銀行本店のYと申します。重要なレターパックを送付しますので、お手数ですが、ご確認をお願いします」。X銀行は、A氏のメーンバンクだった。程無くして、電話で言われた通り、レターパックが自宅に届いた。中には、「セキュリティー対策のためキャッシュカードを更新します」等と説明する書類と、個人情報取り扱いについての説明書、そしてA氏の名前が印字された新しいカードが入っていた。別の書面には、「現在使っている暗証番号と、変更する番号を記入の上、手元にある古いキャッシュカードを同封して送ってください」。封筒にはX銀行のロゴも入っている。

20151201 02
実在する銀行を装い、偽のキャッシュカードを送りつけ、本物のカードと暗証番号を返信するように誘うレターパック。

若い頃、金融機関に勤めていたA氏は不信感を抱いた。「キャッシュカードと暗証番号を封筒で送付など、真面な銀行がやることではない」。レターパックをよく見ると、疑わしい部分が次々と出てきた。地元の地銀からの書類にも拘らず、消印が“東京都江戸川区”。記載された発送元の住所は香川県だったが、郵便番号は愛媛県のものだった。A氏は直ぐ、X銀行や警察に連絡。キャッシュカードと暗証番号を騙し取ろうとする新しい手口の詐欺未遂事件として、香川県警は急遽、県全体に注意を呼びかけることになった。こうした金融関係の詐欺事件がここ数年、この風光明媚な島で頻発している。被害に遭わずに済んだA氏は幸運なほうで、多額の財産を騙し取られた事例も少なくない。




同じ小豆島町在住のB氏(78歳)は、架空の投資話で約1400万円を失った。やはり、始まりは1本の電話。「Z社の株は確実に上がりますよ。うちの会社を通せば特別に、新聞に出ているレートよりも安く買えます」。『バークレートレード』という投資会社を名乗る中年男性からだった。最初は断っていたが、何度も電話がかかってくる為、「一度買ってみよう」と思い始めたという。誘われるがまま、株を売買する為の現金を指定の口座に振り込んだ。すると偶然、Z社の株が上昇。すっかり信じ込んでしまったB氏は、次々と銘柄を進められるがまま買い付けを頼み、現金を振り込む日々が続いた。その間、投資会社は『ライズキャピタル』『旭ホールディングスマネージメント』と次々に社名を変更。B氏の投資先は20銘柄まで増え、総額1400万円に積み上がった投資額は、アベノミクス効果等で約2500万円になっている計算だった。が、利益を確定しようとしても、投資会社は株を売らせてくれない。痺れを切らし、取引解除の手紙を投資会社に送ったところ、宛先不明で戻ってきた。1400万円は今も消えたままだ。

20151201 03
架空の株取引の実績を報告するために送られてきた取引内容の明細書。

20151201 04
架空の水源の権利やインドネシアの鉱山開発への投資等を案内する金融商品詐欺のパンフレット。

「小豆島における高齢者を狙う金融詐欺は、残念ながら、今に始まったことではない」。『香川県小豆県民センター』相談員の平林有里子氏は、こう話す。警察白書に依ると、全国で起きている金融商品関連の特殊詐欺事件の被害額は2014年、約125億円を記録した。単純計算で、国民1人当たりの被害額は100円程度。小豆島の人口は約3万人なので、島民の昨年の金融詐欺被害総額は推定300万円となるが、「絶対にそんな規模では収まらない」と多くの島民は口を揃える。県民センターが把握している件数だけを見ると、小豆島を含む香川県の金融詐欺の相談件数は2~3年前をピークに沈静化しつつある。だが平林氏は、「騙されても『自己責任だ』と抱え込んでしまったり、泣き寝入りしたりする人も多い筈」と指摘する。最近でも、株や金地金のみならず、水源権利・医療機関債・海外資源開発等、怪しい投資勧誘の電話が報告されている。インドネシアのロンボク島の金鉱山開発への投資詐欺もその1つ。パンフレットを開くと、過去に防衛大臣を務めた経験を持つ某政治家の顔が無断掲載され、驚くほど精巧に作り込まれている。「金融詐欺で失敗した損を取り戻せますよ」といった勧誘の電話も後を絶たず、最近では老人ホーム入居権の販売詐欺等も流行し始めた。何故、小豆島は詐欺グループに狙われるのか? 現地取材からは、幾つかの理由が浮かび上がる。

20151201 05
1つは、単純に“知られざる資産家集積エリア”であることだ。高松市の北東約20km沖に浮かぶ小豆島では、温暖な瀬戸内式気候を生かし、随所でオリーブ等が栽培されている。醤油・素麺・佃煮・胡麻油等、全国区で競争力のある地場産品も多い。この為、島の一部は江戸時代には幕府の“天領”として、重要な財源になっていたほどだ。石材の採掘も盛んで、小豆島の石は大阪城の石垣に使われた歴史もあり、今も湾岸工事用等で需要がある。こうしたことから、地場企業の経営層や地権者等の富裕層が多く、実際、島を歩けば“オリーブ御殿”“醤油御殿”を幾つも見かけることができる。東京都内で発生する侵入窃盗が世田谷区と新宿区に集中するように(警視庁の自治体別侵入窃盗発生件数・平成26年より)、所得が高く資産が多い世帯が集積する地域は当然、犯罪の標的になり易い。小豆島も例外ではなく、近畿・中国・四国地方の主要都市から近いこともあり、昭和の時代から、本土から来た押し売りに、高齢の島民が20万円以上の高額布団・電気ポット・似非健康食品等を売り付けられる被害が報告されていた。そんな状況に輪をかけて、2000年代前半以降は“小豆島=投資好きの富裕層が暮らす島”というイメージが全国的に広まってしまった。きっかけは、当時、絶大な人気を誇った投資信託『グローバルソブリンオープン』(通称グロソブ)が現地で爆発的に売れ、一部メディアで“グロソブの島”等と紹介されたことだ。主要先進国のソブリン債券を主な投資対象とするグロソブは、毎月分配型投資信託の先駆けとして、2000年頃から全国的に流行。2000年代初頭には、7000円前後の基準価額で毎月1万口当たり60円の分配金が出ていた。仮に2000万円投資していれば毎月17万円、2億円なら170万円の分配金が出ていたことになる。「年金だけでは心許無い」と考えていた高齢者が、低リスクで毎月の収入を確保する手段として買い求めたのも無理はない。

その傾向が顕著に表れたのが小豆島だった。2007年頃には、人口が3万人程度の小豆島で約100億円分のグロソブが保有されていたという。「元々資産がある上、島内に娯楽が少なく、カネの使い道がない為、投資に回せる資金が多い。地域の人々の多くは顔見知りのため、『投資信託で儲けたカネで車を買い替えた』といった噂は直ぐ伝わる。『遅れてなるものか』と、資産を持つ島民の多くが投資に走ってしまった」と、ある島民は説明する。「『グロソブ、買った?』が島の高齢者の間の合言葉。持っていなければ仲間に入れなかった」と当時の現地の様子を振り返るのは、金融商品に詳しい『有限会社ファイナンシャルリサーチ』の深野康彦代表だ。こうして、小豆島は詐欺グループの間で「一定の資産を保有し、投資に興味がある高齢者が数多く暮らす島」と位置付けられてしまった。前述の平林氏は、「今後も悪質な金融詐欺に遭う島民が増えないか、とても懸念している。島に両親を残し、都会で暮らしている元島民はできるだけ連絡し、コミュニケーションを密にしてほしい」と訴える。だが、仮に当局の啓蒙等に依って詐欺商法を防いだとしても、金融関連のトラブルに悩むこの島の高齢者は今後、減らない可能性もある。彼らに悩みの種を持ち込んでいるのは、“裏”の金融詐欺業者だけではないからだ。

10月下旬、某証券会社が島内のホテルで開いた株式セミナーに、60代以上と見られる高齢者を中心に40人程の投資家が集まった。中国経済の動向やヨーロッパの金融緩和等、世界の経済情勢についての説明に続き、個別銘柄の解説が始まると会場の雰囲気が一変する。「これは宝くじ銘柄になるかもしれませんよ」――お勧めの銘柄紹介が始まると、セミナー参加者は一斉にメモを取り始めた。この証券が島内の投資家向けに月に1度のペースで開催している同様の株式セミナーは毎回盛況で、島民の相変わらず強い投資意欲が窺える。島民の動機は様々で、リスク資産への投資に前向きな島民の全員が、政府や金融機関の“貯蓄から投資へ”の掛け声に賛同している訳ではない。大量に購入したグロソブで抱えた含み損を少しでも解消しようという動機も大きい。高齢者を中心に人気を博したグロソブだったが、2008年のリーマンショックで状況は一変する。世界的な金融緩和で超低金利時代に突入したことで、先進国の債権で運用するグロソブは分配金が大幅に減少。リーマンショック直前には6兆円弱まで達していた資産残高は、今や1兆円を割り込むまで目減りした。リスクが少ない投資商品としてグロソブを選んでいた投資家たちの多くは、少しでも損を取り返そうと株式や、よりリスクが大きい投資信託への投資にシフトしてきた。が、今のところ、却って火に油を注ぐ結果になりつつある。多くの投資家がグロソブの次に向かったのが、海外の株式や債券等を新興国通貨建てで運用する通貨選択型投資信託だったからだ。通貨選択型投資信託は2009年から登場し、新興国の高金利や為替差益を元手に支払われる高分配金に魅力を感じた投資家の資金が集まった。中でも人気が高かったのが、ブラジルレアル建てで運用するタイプ。サッカーのワールドカップブラジル大会やリオデジャネイロオリンピック、資源高・インフレ等を材料に、2012~2013年まで大ブームを引き起こした。グロソブがきっかけで全国的に有名になっていた小豆島にも様々な証券会社が押し寄せ、「数年前まではレアル建ての投資信託を売りまくっていた」(大手証券会社の営業担当)という。

20151201 06

高分配が続いていたレアル建ての投資信託の雲行きが急速に怪しくなったのは、2013年に入ってからだ。アメリカの利上げ観測が強まったことを機に、新興国の通貨が軒並み安に陥る。そこにブラジル景気の悪化も重なり、運用成績が悪化。高い分配金を維持する為に運用資産を取り崩す、所謂“蛸足”になるファンドが続出した。投資信託協会の調査に依ると、「分配金が支払われた額だけ基準価額が下がる」という分配型投資信託の基本的な仕組みを理解できている投資家は、3割に過ぎない。運用成績の悪化を受けて、代表的な銘柄である『野村アセットマネジメント』の『野村米国ハイ・イールド債券投信(通貨選択型)ブラジルレアルコース(毎月分配型)』は、2011年のピークから今年10月末までの間に残高が2割以下まで減少。全国的に見れば、パニックに陥った投資家は手仕舞いを急いでいる。そんな中でも「レアル建ての投資信託を塩漬けにしている小豆島の投資家が実は多い」と、証券会社の営業担当者は明かす。「運用報告書を見ると、基準価額が下がっているのは何となくわかるが、担当者に言ってものらりくらり躱されるだけで売るに売れないし、相談にも乗ってもらっていない」と小豆島の投資家。「いい時はしょっちゅうフェリーで高松から訪問していたのに、レアル建てのファンドの運用成績が悪化してから、お客さんに怒られるのが嫌で、足が遠のいている営業担当が多い」(地場証券)のが現状だ。

20151201 07
似たような状況が起きているのは、小豆島だけではない。“グロソブの島”とまで呼ばれなくても、同じように資産家が多く大都市圏からアクセスの良い島は、瀬戸内海には点在する。愛媛県今治市の大島を2年ぶりに訪れた湯浅真人氏は驚いた。湯浅氏は2014年に大手証券会社を退職し、今年、独立系金融アドバイザー(IFA)になったばかり。大島で新しく顧客となった70代のC氏を訪れ、現在の金融資産を確認すると、目を覆いたくなるような状態だった。C氏の投資先は、証券マンの湯浅氏ですら事業内容を知らない新興市場の銘柄ばかり。バイオ関連の銘柄等を市場で話題になったタイミングで購入しており、保有株の価値は2年間で3割減少していた。何故、こんな銘柄に投資するようになったのか? 事情を聞いてみると、こうした株を薦めたのは、C氏が経営する企業のメインバンクが数年前に設立した証券会社だった。C氏は、IFAとして資産形成のアドバイスを湯浅氏に依頼したことをきっかけに、保有株の価値がそれほどまでに下がっていることに初めて気付いた。湯浅氏は、地銀系の証券会社にある銘柄を、自社が契約している楽天証券に移管。債務超過になった銘柄を売却し、ポートフォリオを組み直している。大島は面積は約40㎢、人口は5000人に満たない小さな島だ。だが、この島にも小豆島同様、資産家は多い。地元で採れる『大島石』は日本各地に墓石として出荷され、全国的に知られている上、造船業等も盛んで船主も多いからだ。大手証券会社に加え、地銀系の証券会社等がこうした資産家を顧客にしようと、島に押し掛けている。湯浅氏は、「証券業務に詳しい社員が殆どいない地銀系までが株式や投資信託の営業に乗り出したことで、大手証券会社だったらとても薦めないような銘柄を買っている人が増えている」と話す。投資は飽く迄も自己責任。だが、販売する際に金融機関が十分な商品説明とリスク説明を怠っていたとすれば、話は別だ。「グロソブの島として新聞に取り上げられ、話題となった後、大手証券の高松支店にいる営業マンがフェリーに乗って小豆島に殺到した。当時の過熱ぶりを考えると、強引な営業をしていた業者がいたとしても不思議ではない」。島の投信ブーム以前から唯一、島に支店を出し、地に足をつけ商売をしてきた『いちよし証券』小豆島支店の西村圭示支店長は、こう懸念する。

今後、新興国の通貨が一段と下落すれば、レアル建てファンド等を抱える瀬戸内の高齢投資家の損失は膨らむ。そうなれば、その損を取り返そうとよりハイリスクな投資商品を購入したり、金融詐欺に騙されたりする人が益々増える悪循環になりかねない。そして自殺者等が出て事態が深刻化すれば、全国の高齢者は投資を危険なものと思い、政府や金融機関が目指す“貯蓄から投資へ”は画餅に帰す。そうすれば、貯蓄を取り崩しながら余生を送ることを決めた高齢者は財布の紐を締め、数少ない成長分野として多くの産業が期待しているシルバー消費全体にも大きな悪影響を及ぼすのは間違いない。静かに進行する“瀬戸内の金融危機”――。その暴発を防ぐには、地域と当局が一体となって“裏”と“表”の金融業者の動きを監視することが欠かせない。


キャプチャ  2015年11月30日号


スポンサーサイト

テーマ : 地域のニュース
ジャンル : ニュース

Categories
Profile

KNDIC

Author:KNDIC
Welcome to my blog.

Latest articles
Archives
Counter
I'm participating in the ranking.

FC2Blog Ranking

information
Search
RSS Links
Link
QR Code
QR