公共の電波に依る宗教布教CM、本誌の質問に対するTBSの回答は――『創価学会』機関紙の事実を隠して『聖教新聞』のCMをテレビが流す大問題

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「言葉と生きていく 聖教新聞」――TBSテレビ系列(一部地域除く)のバラエティー番組『サンデー・ジャポン』(毎週日曜日午前10時00分-11時22分)のCMや、同局がつい最近まで独占放送していた『世界陸上2015 北京』(8月22日~30日)のスポンサーの1社としても、『聖教新聞』の名前が登場していた。近年、TBSに限らず、他のテレビ番組にも聖教新聞や『創価学会』という宗教団体のスポンサー名が、随分と目立つようになった。言うまでもなく、“思想”や“宗教”の自由は憲法で認められている。だが、その一方で憲法は、宗教を信じない・信じたくない自由もまた保障しているのだ。『オウム真理教』に関わる一連の凶悪事件を例に取るまでもない。固有の宗教や思想・信条は、良くも悪くも人の生き方に、場合に依っては取り返しのつかない甚大な影響を与えてしまう。国民に共通したそうした認識の中で、公共の電波に乗せ、豊富な資金を投じて途切れなくCMを流し続けている聖教新聞・創価学会と、テレビの複合関係について考察してみたい。その聖教新聞とは何か? 公称発行部数550万部と言われ、全国紙の『毎日新聞』や『日本経済新聞』の発行部数を上回る宗教法人『創価学会』の日刊機関紙そのものである。もっと正確に記すと、聖教新聞及び聖教新聞社も創価学会の“出版業”に当たる収益事業部門の1つ。つまり、独立した企業体ではなく、文字通り“創価学会の内部機関”に過ぎない。とはいえ、購読代金(月額、消費税込み1934円)に広告収入を加算すると、年間ざっと1000億円前後の巨額を生み出す新聞である。しかも、宗教法人の収益事業は一般企業と相違して法人税率等が8%ほど低く抑えられ、優遇税制の恩恵を受けているのだ。

それにしても、一宗教団体の内部組織が発行する布教の為の宗教新聞の広告を、テレビが流していいのだろうか? TBSの『放送基準』第5に依ると、「広告主の意図を理解し、広告の媒体としての効果をあげることに努める」と明記されている。つまり、聖教新聞がテレビで流すCMの意図は、「販売部数の増加を目的にし、合わせて創価学会の会員を増やす」という布教活動そのものである。周知の通り、創価学会は半世紀に及び『公明党』という政党を丸抱えしている。しかも現在、その公明党が政権の一翼を担っており、そうした政党と表裏一体の関係にある宗教団体をスポンサーの1つにして、TBSはニュース番組で公正な報道ができるのかどうか。マスメディアの責務は、権力側を常に監視することが不退転の信条であることも忘れてはいけないのではないか? 財団法人『日本民間放送連盟』が定める『放送基準解説』(2014年)の第7章には、「信教の自由および各宗派の立場を尊重し、他宗・他派を中傷、ひぼうする言動は取り扱わない」とし、続いて「信教の自由には、宗教を信じる自由と同時に、信じない自由も含まれる。公共的性格を有する放送でも、信教の自由の趣旨は尊重すべきであり、信仰を強要したり、他宗、他派を中傷、ひぼうすることは避けなければならない」と付記している。TBSテレビの営業部責任者が聖教新聞をスポンサーとして受理するに先立ち、同紙をどれだけ読んでいたのか? どのような審査をしたのだろうか? そこで、筆者は9月初めに、同局に対して意見や回答を求める質問書を送付した。「テレビ局も多忙であろう」と配慮し、回答日まで約20日間という充分な期日を残したのである。筆者の質問に回答日の期日は守られたが、TBSテレビ総務局広報部の文書に依る回答は次の通りであった。「幣社ではかねて個々の内規についてお答えはしておりませんが、宗教団体にかかわるCMについては民放連放送基準に照らし合わせ適切に審査をしています」。この回答に対して、本誌編集部は同広報部に「では、その民放連放送基準を見せてほしい」と申し込むと、「それは見せられない」と強く突っ撥ねたのである。何故なのか、全く理解できない回答だった。序でながら、TBSテレビのこの回答文には、本誌の発行所名が『興山“社”』と社名まで間違っていた。『TBS』を『TBA』と言っているようなもので、「適当に回答しておけ」という安易な姿勢が垣間見えた。ただ、同局も聖教新聞を“宗教団体にかかわるCM”と認識していることはわかった。また、「民放連放送基準に照らし合わせ適切に審査をした」と回答してきたが、そうとは思えない。その傍証を上げる前に、同じマスメディアでも、活字媒体である一般紙における創価学会の広告についても、少しだけ触れておこう。




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2001年5月22日に開催された創価学会本部幹部会の席上、当時の秋谷栄之助会長(左写真)はこう発言している。「…創価学会・SGIの平和・文化・人権・教育の運動について、国内のマスコミは中々報道されませんでした。それが、21世紀の開幕と共に、大阪新聞・富山新聞・千葉日報』を始めとする全国40を超える地方紙が、(池田大作)先生の名誉称号の受賞やアメリカ創価大学の開学等について、全面カラーで特集記事を掲載する等、大きな変化が起こっています…新聞だけでなく、テレビでも、先生の写真展やアニメに依る童話を放映する番組の数が、各地で増えてきています…」。既に、いつの間にか、創価学会や聖教新聞メディアのCMは、ラジオでかなり流されている。池田大作名誉会長の著書『人間革命』の朗読等も、全国20局ほどが行っている。次は地方の新聞であった。千葉県下のローカル紙『千葉日報』では、池田大作名誉会長に依る寄稿文が掲載されると、同県の創価学会組織が“千葉日報買い取り申し込み用紙”を作成し、組織単位で同紙を大量に購入したのである。新聞社には予想外の利益が生まれる。こうして、創価学会は地方紙への浸透を図ったが、気骨のある新聞社も存在した。青森県の県紙『東奥日報』が、2002年5月10日から5回に亘って池田名誉会長の特別寄稿『日中国交正常化30周年に寄せて』を掲載した。この時、同紙労働組合は、「新聞にとって最大の危機とは、言論機関として読者の信頼を失うことである。仮に、経営の危機の前にあっても、権力や特定の企業・団体におもねる紙面作りはしないと私たちは頑なに信じている…」という声明文を出したのである。同様に、栃木県の県紙『下野新聞』で、やはり池田大作名誉会長の『国際交流こそ“平和の道”』というタイトルの寄稿文を掲載した時、経営者側と現場の記者の間で話し合いがもたれた。現場の記者たちは、「特定の宗教団体の布教活動に利用されるのではないか?」と懸念を表明。しかし、経営者側は掲載に踏み切ったというエピソードが残されている。

扨て、話をTBSテレビに戻す。再度、日本民間放送連盟の放送基準を明記すると、第2章には「政治に関しては公正な立場を守り、党一派に偏らないように注意する」とある。また、前述の第7章には「他宗・他派を中傷、ひほうせず」とあり、第13章には「広告の責任」として、「広告は、真実を伝え、視聴者に利益をもたらすものでなければならない」とある。それでは、聖教新聞のCMは放送基準に適ったものなのかどうか。先ず、テレビ広告が否定している他宗・他派批判についてである。ほんの一例を紹介するが、聖教新聞には嘗て、以下のような記事が残されている。決して戦前の記事ではない。例えば、『立正佼成会』について。

「(創始者・庭野日敬氏は)いっそ、街の易者にでもなって、駄ボラ吹いているのがお似合い」(1982年11月16日付)
「(庭野氏は)法盗人、宗教界のピエロ」(同年5月13日付)
「しょせん日敬は、最も大切にすべき国民の純粋な宗教心を裏切り、そのうえ、信者を平気で政治権力に売り渡す宗教“屋”だ」(同年5月27日付)

『天理教』について。

「信者は生かさず、殺さず、絞るだけ絞りとられ、精も根も突き果て“陽気な暮らし”これが搾取の宗教の正体だ」(同年4月24日付)

『霊友会』について。

「(元・会長、久保継成氏に)「醜悪な現実主義者」(同年6月12日付)
「霊界と権力にからめとられた“カラオケ教団”など民衆の最大の敵」(同年11月16日付)

『パーフェクトリバティー(PL)教団』について。

「(教団創始者・御木徳近氏に)宗教を悪用した事業も凋落の一途をたどっている。“宗教成金”御木一族の末路や哀れ」(同年3月6日付)

他宗への痛烈な誹謗ぶりである。でも、この程度の言葉遣いはまだ初歩で、次は創価学会を脱会した元最高幹部たちへの“言葉”を紹介しよう。これも、ほんの一例である。

公明党元委員長の竹人義勝氏について。

杉山男子部長「竹入は、軽井沢の尋常小学校の出身だ。もともと軽井沢駅でアンパンか何かを売っていた男だ」(2003年9月9日付)

都議会公明党元幹事長の龍年光氏について。

佐藤総合青年部長「(龍は)脳溢血か何かで倒れ、病院に担ぎこまれたという話が出ていたな」
杉山「もう2ヵ月近く入院している。半身不随じゃないかという声もあるそうだ」(同年5月20日付)

“人権と平和”“生命の尊厳”を標榜している宗教団体の機関紙上で、同会の最高幹部たちが他人の病気を嘲笑っているのだ。もう少し続けよう。

日内地参議「(日蓮正宗元法主・阿部日顕の子息である信彰氏について)異常人格、狂ったような凶暴性! 無能! 誰だってウンザリするよ」(同年8月2日付)
佐藤「日顕がパリに行くという噂が流れた途端、パリは記録的な異常気象になった…」
秋谷「あの男が行くところ、気候・天候まで狂い出す、空恐ろしいばかりの魔物だよ」(同年8月20日付)

1991年、日蓮正宗が創価学会を破門に処して以来、同宗の僧侶に対する罵詈雑言の数々がまた凄まじい。「へビかマムシのごとく嫌われていた小物のクズ野郎」「ヘビ坊主」「札付きの極悪夫婦」「淫蕩坊主」「腐った坊主」「強欲淫蕩ども」…。『日本民間放送連盟』放送基準の前文には、「公共の福祉・文化の向上・産業と経済の繁栄に役立ち、平和な社会の実現に寄与することを使命とする…」とある。だが、聖教新聞は先の通り、人権侵害や差別にも繋がる用語を頻繁に使用してきた。勿論、自らの宗教新聞が他宗をどう批判しようと自由である。しかし、その新聞をテレビCMで流すこととは次元が全く異なる。TBSは、これを審査したのか?

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更に、平日の同紙面はテレビ番組表の他、池田大作名誉会長が他国から贈られた各種受賞のニュース。また、創価学会組織の人事発表や、国内外会員の行事活動ぶりの記事が中心である。言うまでもなく、聖教新聞のテレビCMは、不特定多数の宗教を持つ一般の視聴者向きとはとても思えない。創価学会関係の著書が多いジャーナリストの野田峯雄氏は、こう語っている。「創価学会の“擦り込み活動”でしょう。公共の電波が特定宗教の布教活動に手を貸していることに他なりません。大手マスメディアとしての自覚と姿勢が問われてもいい」。我が国のテレビ放送を独占的に利用する公共テレビ局が一宗教団体、しかも国政を左右する政党を擁する大教団の内部組織に過ぎない機関紙をCMで流すことは、一宗教の布教と一政党の宣伝であると言っても過言ではないだろう。しかも、聖教新聞のテレビCMには「創価学会が発行している」とも、「その機関紙である」とも明記しない。つまり、一般の視聴者には、聖教新聞が創価学会の機関紙であることを隠したままでCMを放送しているのだ。視聴者を蔑ろにすること自体、創価学会にも、それを隠したCMを流すTBSテレビを始め、同種のことを行うテレビ局・ラジオ局全体にも問題があると言わねばならない。


段勲(だん・いさお) フリージャーナリスト。1947年、宮城県生まれ。東洋大学文学部卒。『週刊ポスト』記者を経てフリーに。宗教・社会問題・人物・健康等について幅広く執筆。著書に『千昌夫の教訓』(小学館文庫)・『創価学会インタナショナルの実像 池田会長が顕彰を求める理由』『反人間革命 創価学会へ入信した男の一生』(共にリム出版新社)・『定ときみ江 “差別の病”を生きる』(九天社)等。


キャプチャ  2015年11月号掲載


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テーマ : 創価学会・公明党
ジャンル : 政治・経済

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