【日曜に想う】 結党60年、一強自民に潜む弱点

♪今日より明日へ 道を拓こう
1人の幸福(しあわせ) 皆の幸福

先月29日、『自由民主党』が東京都内のホテルで開いた結党60年を祝う式典には、安倍晋三首相(総裁)を始め、国会議員や地方議員らが集まり、党歌を斉唱した。「よく聞くと、生活協同組合の歌みたいだ」と出席者が話していた。抑々、競争を重んじる“自由”と分配に重点を置く“民主”という2つの考え方を併せ持つ。その党名自体が、融通無碍の体質の原点にある。持ち前のしぶとさで、深刻な危機を何度も乗り切ってきた。1960年、日米安保条約の改定を強行して逆風にさらされた岸信介首相の後には、ハト派の池田勇人氏を選んだ。“寛容と忍耐”を掲げ、ペースチェンジをやってのけた。1974年、金権批判で退陣した田中角栄首相の後任は、“クリーン”を売りにしていた三木武夫氏に委ねた。時には奇手も繰り出す。野党から政権に戻る為には、『社会党』の村山富市委員長を首相に担ぐことも厭わなかった。“変人”と言われていた小泉純一郎氏を首相に据えたこともある。

この党は、これからも日本の政治を担っていくのだろうか? 自民党史の半分に当たる30年間、政治の現場を見てきた記者として、幾つか気になる点がある。先ず、多様な意見が聞かれなくなったことである。衆議院の三原朝彦議員を訪ねた。1986年の衆院選で自民党から初当選。政治改革を訴えて1993年に離党。武村正義氏らと『新党さきがけ』を結成した。1997年に復党。当選と落選を重ねて“7勝3敗”だ。閣僚経験はない。一貫して取り組んでいるのはアフリカ支援だ。「地熱発電をアフリカで普及できないか?」――日本の企業に声をかけて、現地調査を進めた。ウガンダでTシャツを生産し、2020年東京オリンピックの時に売る計画も練っている。多くの自民党議員が激励してくれる。「復党もあっさり受け入れてくれた。懐の深さを感じます」と三原氏は語る。しかし最近、気になることがあった。中国や韓国との関係改善を巡って、党の会合で「戦争の被害者と加害者とでは、ものの受け止め方が違う。そこを考えないといけない」と発言したら、出席者から反応が無かった。一方で、強硬な発言には拍手が続いたという。「党内の空気を読む議員が増えたのかもしれない。隣国とどう付き合うのか、じっくり議論していくことが自民党の強みになる筈だが…」と三原氏は言う。




先の総裁選では、安倍首相の政策に注文をつけてきた野田聖子氏が推薦人を集めきれず、出馬断念に追い込まれた。「言論の自由があるのが自由民主党、自由が無いのが民主党」(小泉進次郎氏)とライバルを批判していたのに、今や“単色”だ。改革への熱意も怪しい。『民主党』の長妻昭代表代行は、15年前の衆院選で初当選。40歳で74歳の自民党のベテランを打ち負かした。選挙区は東京都の渋谷・中野両区。「自民党は改革を進められず、都市部の有権者にそっぽを向かれた」と当時、胸を張っていたのを覚えている。ところが、この選挙の翌年、首相に就いた小泉氏が「自民党をぶっ壊す!」と叫び“改革”を打ち出した。自民党の勢いは回復し、郵政民営化を問う衆院選で圧勝する。「小泉氏の改革は本物とは言えないが、アピールが巧みだった。『自民党でも改革ができる』という印象を与えた。今の自民党は既得権益と戦う気概は無く、改革の意識は弱くなっている」と長妻氏は分析する。尤も、長妻氏の民主党にも、以前のような政権を奪い取るという熱気が感じられない。「解党だ」「党名変更だ」といった後ろ向きの声が消えない。60年間、解党論も殆ど無く党名も変えずにきた自民党に対抗するには、性根を据えて立ち向かわなければならない筈だ。がっぷり四つで組み合える好敵手が育たない。長い目で見ると、それも自民党の弱点かもしれない。 (特別編集委員 星浩)


≡朝日新聞 2015年12月6日付掲載≡


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テーマ : 自民党
ジャンル : 政治・経済

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