【語る・自民党60年】(02) 元憲法改正推進本部長・保利耕輔氏、元茨城県連会長・山口武平氏

自民党には立党以来、濃くなったり薄くなったりしても憲法改正を目指す1つの流れがあるが、残念ながら、結党時と比べて憲法改正が現実的になったとは感じられない。国会発議に衆参各院の3分の2以上の賛成が必要という第96条の壁が高過ぎる為だ。国民の中には戦後長い間、「経済がしっかりしていればいい。憲法改正は大きなテーマではない」という考えが染み付いていたが、日本の国際的な地位が向上する中で、国家というものの意識が強くなり、憲法改正を求める声が多数になった。自民党を始め、各党は国民の声に応える必要がある。改正発議を実現するには、野党と協調しなければならないのが現実だ。どのような項目の改正案なら野党が乗ってこられるのか、衆議院憲法審査会等で真剣に議論してほしい。安倍首相は、優先して議論すべき改正項目として“緊急事態条項”に言及したが、同条項には「政府の権限が強まり、国民の権利を縛る可能性がある」との慎重論があり、3分の2以上の賛同を得られるのか、議論が分かれるところだ。災害だけでなく、国際紛争も含めるのかどうか等の論点もある。国旗・国歌を憲法に明記する改正であれば、反対する人はあまりいないと思う。国旗・国歌で、最初の憲法改正をしてみてはどうだろうか。 (聞き手/岡部雄二郎)


保利耕輔(ほり・こうすけ) 1934年、東京都生まれ。1979年に衆議院初当選。文部大臣や自治大臣等を歴任。野党時代の2012年に自民党憲法改正推進本部長として憲法改正草案を纏めた。衆議院憲法審査会長も務め、2014年に政界引退。

               ◇

1955年4月に茨城県議会議員選挙で初当選した後、自由党に入り、11月に保守合同があった。国土が荒廃していて、自民党の立党宣言にあった「祖国再建の大業に邁進」したいと思った。地方政治と言えば、公共事業の充実だ。財源をどう確保するかに知恵を絞ってきた。公共事業には用地買収に欲得が絡むから、関係者を説得して回ったものだ。梶さん(故・梶山静六元官房長官)とは県議選の当選同期。「梶さんは国政を頑張れ」「山ちゃん、茨城は頼むぞ」との思いがお互いあった。1993年に自民党が下野した際、2人で「茨城が(自民党復活の)モデルになろう」と励まし合った。その茨城が“保守王国”と呼ばれることは、私の誇りだ。自民党を含めて、今の議員には根性が無い。「実現したい政策は絶対にやる」という気概が感じられない。“改革”“地方創生”と言うが、中途半端になっている。自分の地域を守るだけではなく、もっと大局観を持って政治に取り組んだほうがいいのではないか。議員がサラリーマン化しているのも気になる。給料の為・生活の為で、政治が二の次になっている。議員になって「これがやりたい」という思いが見えてこない。議員の魅力が無くなっているから、投票率が下がるし、地方議員のなり手不足が深刻になる。 (聞き手/小池勇喜)


山口武平(やまぐち・ぶへい) 1921年、茨城県生まれ。茨城県議会議員を14期・55年間務め、2011年に引退。22年間に亘って自民党茨城県連会長を務め、党員数全国2位の“保守王国”建設に尽力。“茨城県政界のドン”の異名で知られる。


≡読売新聞 2015年11月29日付掲載≡


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