【語る・自民党60年】(04) 『ウシオ電機』会長・牛尾治朗氏

自民党が60年間の一時期を除き、政権党で在り続けることができた最大の理由は、“軽武装”“経済重視”“日米同盟基軸”を(政策の)3本柱にしてきた為だ。日米安全保障条約に基づく軍事的な保護の下、戦後の高度経済成長は達成された。池田勇人氏とは首相在任時に対談したこともあるが、彼が掲げた『国民所得倍増計画』は経済重視の代表例だ。優秀な官僚制度にも支えられてきた。大平正芳の『政策研究会』(田園都市構想・環太平洋連帯等)は、学者や経営者と共に、大蔵省や通商産業省等の官僚たちが省益を超えて「国益とは何か?」を一生懸命に考え、練り上げた。私も議論に参加していたが、首相だった大平氏は議論の場によく顔を出していた。小泉(純一郎)内閣では、経済財政諮問会議議員を約5年半務め、政策作りに深く関与するようになった。小泉氏とは、毎月1回は食事を共にした。諮問会議が作る『骨太の方針』は、予算編成にも強い影響力を持った。一方で、諮問会議が郵政民営化を打ち出したことで、自民党の反発を受けたこともあった。

2009年の政権交代に依る野党転落も、非常に勉強になった。“権力が無い”現実を痛感し、色々な人に支持されなければいけないということを身に沁みて感じたのだろう。どんな組織も、通常なら30年が限界だ。結党した時の思いを常に忘れてはいけない。政治は、高い目標に向かわなければ退化する。新しい政党は高い目標を掲げるが、既成政党はどうしても低い目標を掲げがちで、その分、活気も出てこない。安倍内閣は、“新3本の矢”で名目国内総生産(GDP)600兆円を目指している。達成には困難も予想されるが、首相は「困難を恐れずに立ち向かっていくことが、政治に必要な姿勢だ」と言いたいのだろう。自民党の1強が続く中、首相は党に緊張感を持たせようと、高い目標を打ち出したのではないか。それを実現する為に、今後は具体的な改革案をもっと明示する必要がある。グローバル化の波は更に進んでいるが、企業はそれについて行けなければ経営は成り立たない。政治もその流れに対応できなければ、企業は益々海外に主戦場を移していくだろう。常に改革を恐れず、時代に即応できる政党を目指してほしい。間違っても、政治家たちが“予算の分捕り合戦”に勤しむような政党の在り方を復活させてはいけない。 (聞き手/白石洋一) =おわり


牛尾治朗(うしお・じろう) 1931年、兵庫県生まれ。1964年に『ウシオ電機』を設立し、社長に就任。1979年から会長。1995年、『経済同友会』幹事に就任。2001年1月、内閣府経済財政諮問会議議員に就き、2006年9月まで務めた。安倍晋三首相とは親戚。


≡読売新聞 2015年12月2日付掲載≡


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テーマ : 自民党
ジャンル : 政治・経済

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