元“東真一郎”への手紙――ホームページ開設で新たな発信を始めた“元少年A”、取材を続けてきたノンフィクション作家からの切実なる警鐘と警告

20151209 01
君の本名は東真一郎というのだが、姓も名前もすっかり変えてしまった今では、自分でも忘れかけているのではないだろうか。生年月日は1982年7月7日。33歳。両親の戸籍から外れ、出生地も別の場所に変更して(こうした特例措置を法務省が実施したことに驚かされるが)、社会に出てから幾つか提出したであろう履歴書には虚構の経歴を綴った筈だ。こうして本名を記したところで、今の君には何ら影響しないことはわかっている。でも、「やはり、せめて本名でも書いておかなければ…」と思うのは、18年前のあの惨劇以上の惨劇を君が引き起こそうとしていると考えられるからだ。それに、君は『絶歌』という手記を出版した。肝腎の精神鑑定や医療少年院での生活模様が全く描かれていない不完全な手記の筆者名は“元少年A”。暫く鳴りを潜めるのかと思っていたら、出版社や新聞社に分厚い“手紙”を送りつけ、その内容が大きく報じられた。新聞社は無視したが、これは1つの見識である。掲載した3誌は、意外に売り上げを伸ばすことができなかった。これは、読者の見識である。君は落胆したことだろう。多くの人たちが君を無視したのだ。せめて、ペンネームくらい考えておきなさい。40歳になっても50歳になっても“元少年A”では、みっともなくはないか? それとも、君は(これは今後の君の構想とも関連してくるのだが)その歳まで生きていないつもりなのか? “手紙”で一番伝えたかったのは、ホームページ開設の告知だろう。「“手記”出版の真実のプロセスを暴露する」として、『幻冬舎』の見城徹氏との手紙のやり取りを公開することで君はメディアを釣り、『存在の耐えられない透明さ』と題するホームページを立ち上げたことを広く報じさせようとした。ここに至って、君は最早幻の存在ではなくなった。独自のメディアを有する公人となったのだ。それを覗いて見る限り、「アンチヒーローとして、“酒鬼薔薇教”の信者を増やしていこう」との野心がありありと感じられる。非常に危険な存在なのである。

見城氏への手紙に君は、このように書いている。「私には40歳までに何としても実現したい具体的なヴィジョンがあります。そのために、この暑苦しい“普通の羊”の着ぐるみを脱ぎ捨て、9年ものあいだ封じ込めていた“異端の本性”を呼び覚まし、精神をトップギアに入れ、命を加速させ、脇目もふらず死に物狂いで“一番肝心な”30代を疾走してやろうと決めたのです」。殺害し、傷つけた子供たちへの懺悔も、遺族への謝罪もかなぐり捨て、君は14歳の頃以上に怪物化したのだ。手記出版を契機に、秘密の暴露と悪趣味なホームページの開設に依って、君は被害者側の心情を逆撫でし、「賠償金なんて受けとりたくない」という気持ちを堅固なものにさせた。裏を返せば、総額2億円と言われる賠償金の支払いに一生をかけるような惨めな生活を君は送りたくなかった。一連の行為に依って、“この僕の悔しさ・惨めさ”から自分を解き放ったのだ。社会に出て9年、君は世俗に塗れて堕落してしまった。14歳当時は、まだ同情の余地もあったのだが、社会に出て貧しい派遣労働をする中で金銭に抜け目のなくなった君は、あの“懲役13年”を書いた時のような高踏的思考からも見放されて、本来持っていた卑しさを丸出しにして、1つの目的を完遂したのだ。私が想像する“40歳までに何としても実現したい具体的なヴィジョン”とは、こうだ。ホームページを通じて熱狂的信者を集めた君は、彼や彼女たちに同時多発的に人を殺害させる。君もまた、あの時以上の物語性を持った、人類史上類例を見ない惨劇を敢行する。そうして、永遠に語り継がれる闇の王となるのだ。しかし、君が入念に思考するのは、「自分がどのような終わり方をするか?」だろう。40歳の死を設定する君は、惨劇の最後に自分も誰かに殺されようと考えている。その“誰か”が最重要の課題なのであり、最も凄惨でドラマチックな殺人を構想し、実行してくれる人物を、これから君は育成しようとしているのではないか? “闇の王”として永遠に語り継がれる為には、長生きをして病気になって死んだりするのでは都合が悪い。その方法は、“暗殺”でなければならない。もう1つ、「このようなことも考えているのではないか?」と私は想像してみた。それは、君が逮捕されるということだ。法廷で惨劇の一部始終を詳細に述べ、例の独我論的哲学を語ることに依って世の中に広く信者を作り、死刑判決後、独房から何らかのメディアを通じて、更に思想を発信する。でも、「この選択は、君にはあり得ないだろう」と思っている。何故なら判決後、君はそう時間を置かず処刑されるだろうから。池田小学校事件の殺人者のように、やはり“暗殺”が最高の選択であろう。




20151209 02
12歳にして性倒錯者となった君は、佐川一政のカニバリズムに共感していることをホームページで正直に述べている。これは、被害者家族の心情を思うとあまり書いておきたくないことなのだけれど、タンク山で少年の首を切り裂いた時、君は射精し、血を飲んだ。その時、カニバリズムも実行したのではないか? 直観像素質者である君は、目に焼きつけたその映像を“惨め”な9年間の生活の中でいつも再生させていた。全身を貫いたあの忘我の絶頂感を、今度は自分が殺害されることに依って得ようとしている。ホームページの異常な全裸写真も、蛞蝓を集めた写真も、そして、14歳の時に創造したバモイドオキ神を更に強大にしたようなイラストも、君が重大な性倒錯的犯罪を起こそうとしていることの予告に他ならない。恐らく、君の計画は頓挫するだろう。そうして、再び“惨め”な生活に陥るだろう。いくら体を鍛えてみたところで、君の心は脆く脆弱なのだ。それは、君に他者の痛みや悲しみを思う想像力が決定的に次けているからだ。想像力とは、言い換えれば“優しさ”である。ドストエフスキーも村上春樹も、君は自分の都合のいいように解釈し、精神鑑定で指摘された「自分以外の人間や事物は全て幻影であり、自分が創り出した創造物に過ぎない」とする“独我論的哲学”は益々補強されている様子だが、君が手記出版の過程で絶縁した精神科の女医さんの悲しみを、偶には想像してみてほしい。どれほど彼女が君に尽くしたか? それらの年月は、幸福なものではなかったのか? しかし、最早、君は人間の良心を捨てた。医療少年院での“育て直し”は、現在の君を見ていると、「完全に失敗だった」のだと言わざるを得ない。君は密かに、“育て直し”の時間の中で社会に戻ることのみを目的として、如何にも人間の心を取り戻したように振る舞っていたのだ。手記を出版した『太田出版』は、君に大きなジャンプ台を無批判に与えたことに依って断罪されなければならない。でも、「世の中の大人たちは、ああいった人間ばかりではない」ということを知っておいてほしい。これから、君は社会から徹底的に無視されるだろう。私もこれを最後に、君については一切書いたり喋ったりするのを止めようと思う。ただ、君はこうして大勢の人たちから無視されながらも、四六時中警察の監視下にあることを忘れないでもらいたい。最後に――。「可哀そうな子ね。生まれてきてはいけなかった子が、こうして本当にいるのね」。親しい女性からそう呟かれた時、私は君の存在の悲しみに少しだけ触れられたような気がした。即刻、ホームページを閉じなさい。そして、女医さんのところへ謝りに行きなさい。人を巻き添えにする犯罪を二度と起こすな。どうしても死にたければ、1人で静かに死になさい。


髙山文彦(たかやま・ふみひこ) 本名は工藤雅康。ノンフィクション作家。1958年、宮崎県生まれ。法政大学文学部哲学科中退。1999年、『火花 北条民雄の生涯』(七つ森書館)で第31回大宅壮一ノンフィクション賞・第22回講談社ノンフィクション賞を受賞。『麻原彰晃の誕生』(文春新書)・『宿命の子 笹川一族の神話』(小学館)等著書多数。


キャプチャ  2015年11月号掲載


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