【裏切り・化血研不正】(02) 薬害、教訓どこに…元原告、怒りと無力感

20151213 02
「また裏切られた…」。九州在住の血友病患者の男性(50)は、怒りと無力感に襲われた。今月2日、一般財団法人『化学及血清療法研究所』の不正製造問題が大きく報じられ、血液製剤で40年も不正が続いていたことを知った。薬害エイズ訴訟の原告として1996年3月14日、熊本市内の化血研の本所を訪れた。被告5社に全面解決を求めた全国一斉の交渉。原告約10人がテーブルを挟んで幹部らと向き合い、涙ながらに苦しみを訴えた。「製剤を使った人のことを考えたことがありますか?」。男性の声も思わず大きくなった。化血研の非加熱製剤『コンファクト8』は、男性にとって夢の薬だった。血友病は出血時に血液が固まり難い難病だが、使っている限りは普通に生活できた。「化血研の研究者になりたい」とさえ思い、大学は薬学部に進んだ。だが、薬を通じてエイズウイルス(HIV)が体に入ってきた。日本の製薬会社は、安全な加熱製剤への切り替えが遅れていた。男性は、神妙な面持ちの幹部らを「裏切られた」との思いで見つめた。半月後、製薬各社が再発防止を誓い、訴訟は和解した。それから約20年。男性はエイズを発症せずに済み、化血研から別の外資系企業の製剤に切り替えて生活している。血友病特有の関節の痛み等は今でも続く。「交渉で、化血研には血友病患者の苦しみと薬の大切さを伝えたつもりだった。でも、報われなかったのだと今回わかった」

化血研は和解当時、全面的に責任を認める姿勢を見せていた。「『私の子供や孫が同じように感染していたら』と考えると、胸が詰まる」。1996年3月29日、理事長だった酒匂光郎氏(84)は、大阪地裁の法廷で和解成立後に頭を下げた。厚生省の菅直人大臣(当時)や他の各社も同じ場で謝罪。弁護団の山西美明弁護士は、この時、「反省しているのだろう」と受け止めたという。しかし、化血研の第三者委員会の調査報告は、「不正製造が1989年から本格化し、1995年頃からは、国の検査をすり抜ける為に虚偽の製造記録も作成されていた」と認定した。当時、エイズ対策で各社が加熱製剤を一斉に開発し、承認手続きに時間をかけられない状況にあった。調査関係者に依ると、化血研内部には「薬害エイズでは、我々も汚染された血液の被害者だった」という意見が今もあるという。調査報告は、「和解での誓約は上辺だけ」と非難。山西弁護士は、「当時も、『被害が出なければ不正には蓋をしておけ』という程度の考えだったのだろう」と憤る。酒匂氏は今月8日、取材に対し、「(和解後の言葉は)本当の気持ち。患者の子供さんたちが原告席にいるのが見えたから」と話した。だが、不正については、こう答えただけだった。「申し訳ない。何故、こういうことになったのかわからない」




薬害エイズの後も、肝炎等で薬害問題は繰り返された。薬害肝炎訴訟の和解合意に基づいて2008年、厚生労働省に検討委員会が発足し、最終提言には医薬品行政をチェックする第三者機関の設置が盛り込まれた。“癒着”が指摘されてきた国と製薬会社から独立した機関を設け、薬害に繋がる不正等をチェックし易くするのが狙いだった。しかし、実現しないまま、今回の問題が発覚した。エイズ・肝炎等の薬害問題に取り組んできた鈴木利広弁護士は指摘する。「第三者機関があれば内部告発もし易くなり、発覚まで40年もかからなかったかもしれない。十分な対策を講じないまま、再び問題を防げなかった国も責任は免れない」

■薬害エイズ、600人以上死亡
薬害エイズでは、血友病治療に使われた非加熱の血液製剤がHIVに汚染され、約1400人が感染、600人以上が死亡した。エイズ患者は1980年代初頭にアメリカで初めて確認され、同国内で感染が広がった。海外から輸入した血液を原料に血液製剤を作っていた日本でも、1980年代半ばから、血液製剤を介した血友病患者らへの感染が確認されるようになった。患者や遺族は1989年、国や製薬会社に損害賠償を求めて提訴し、1996年に和解。業務上過失致死罪で刑事責任も追及され、製薬会社の旧『ミドリ十字』の歴代社長2人や、旧厚生省の当時の課長の有罪が確定した。


≡読売新聞 2015年12月9日付掲載≡


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