遅れてきた公共事業『マイナンバー』の怪――役人にとっては長年の悲願に違いないが、果たして今の時代に本当に必要な代物なのか?

20151214 04
『マイナンバー』。この言葉が示そうとしている番号なりシステムなりの持つ意味やら機能やらの大きさに対して、字面も響きも軽過ぎるし、間抜けすぎるとして、この軽さ・間抜けさは巧まれたものだ。PRキャラが“マイナちゃん”、専用サイトが“マイナポータル”っていう全面的ユルさだもの。「警戒させたくない。真剣に考えてほしくない。取り敢えず馬鹿にしていいから、後は忘れやがれ」――そういう狙いや願いが命名側に無かったとしたら驚く。実際、役人や議員の話を聞いてみると、彼らが自称するところの“クニ”は本気だし、強気。特に役人はかなりのもので、この制度を推してきている霞が関の枠組みからして濃いんです。2002年に始まって、今や国民の持つカードの普及率が5%という住基ネットこと『住民基本台帳ネットワークシステム』。この住基ネットの旗振り役は総務省、それも旧自治省系で、財務省・経済産業省辺りにすりゃ「頭が高い!」。霞が関的にはやる気の出難い体制だった。それが、今度のマイナンバーでは様相がガラリ。財務や経産からして先頭に立っているから、他の省庁も言うことを聞き易い一方で、窓口は内閣府に設けてあったりもする。謂わば“オール霞が関体制”である訳で、その強気っぷりは、マイナンバー制度で中央官庁と先ず向かい合う地方自治体の動きにも表れている。住基ネットの場合、運用がスタートして暫くは、国立だ横浜だ、意識高い系&住民税収高い系を中心に接続を渋る自治体が少なくなかったし、長野県や名古屋市のように、一度接続した後でも離脱の動きを見せる自治体もあった。それが軈て次々と転んでいって、唯一孤高を保っていた福島県矢祭町もこの3月末、遂に未設続の旗を下ろした。その理由は、「住基ネットに接続しておかないと、後に続くマイナンバーに対応できないから」。2年前に成立した『マイナンバー法』では、自治体は、国が発行する個人番号(社会保障・税番号)の利用が義務付けられた。住基ネットのような甘っちょろい任意制ではないんです。

住基ネットとマイナンバーの大きな差は、個人を識別する数字で引き出せる情報の量にもあって、住基ネットの住民票コードに紐付けされているのは氏名・生年月日・性別・住所の基本4情報と、その更新履歴くらい。一方のマイナンバーには、やれ年金番号だ免許証番号だ保険証番号だとかに加えて、この先、銀行の口座情報や診療・投薬・医療記録までもが紐付けされていく流れだとか。こういう情報の大量紐付け、技術的には住基ネットでもやろうと思えばやれたけれど、信用のないシステムに追い金を注ぎ込んで、そこに「個人情報を詰め込みます」と言い出したところで反対されるのがオチ。必要なのは新しい革袋で、それがマイナンバーだった。実際、個人情報に繋がる個人番号の紐付けなんてのは、既に当人の知らないところで進んでいる模様で、知り合いの編集者から聞いて気持ち悪くなったのは、その編集者クンが仕事の空き時間に、近所の年金事務所に自分の情報を確認しに行った時の話。窓口で年金番号を訊ねられ、「年金手帳を持って来なかったのでわからない」と答えたら、求められたのは氏名でも住所でも勤務先でもなく、運転免許証の番号。編集者クンが免許証を取り出して読み上げて、窓口の担当者が端末にその番号だけ打ち込むと、年金情報が出てきたそうな。そう、免許証番号と年金番号は既に紐付け済み。編集者クン、大学に入って直ぐ免許を取って以来、更新の時に年金番号を確認されたことはないし、成人して就職して年金保険料を取られ始めて以来、勤め先や年金事務所に免許の番号を伝えたこともない。紐付けは、どこかの役所同士が勝手にやっていたらしい。マイナンバーの導入より前にね。と、ここまで読んでくる途中で、矢祭町の行で首を捻っていた貴方は鋭い。「マイナンバーって住基ネットに代わるものじゃないの? 自治体が住基ネットに接続しないとマイナンバーに対応できないって変でしょ?」。はい、その通り。全国の区市町村が住民全員に割り振り済みの11桁の住民基本台帳番号(住民票コード)というのがマイナンバー以前からあって、この番号は全て、住基ネットを通じて既にクニに送られ、利用されています。今回、貴方や私のマイナンバーとなる12桁の数字は、その住民票コードの1つひとつに、態々クニが新たな番号を振り直すというもの。




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今後、マイナンバーをクニと自治体がやり取りする通信ネットワークだって、住基ネットで使っていたものが基本的に流用される。マイナンバー制でクニと地方のシステムを結びつけるのは、『地方公共団体情報システム機構』なる特殊法人だけれど、その前身は住基ネットの全国拠点を運営していた『地方自治情報センター』で、「去年、名前と理事長は変えてみた」という程度。マイナンバーは住基ネットの延長、或いは延命版なんです。マイナンバー導入の理由は色々挙げられていて、「年金の支払いを多少は真面にしたい」とか、「災害が起きた時に、個人の特定や健康情報の把握を迅速にやりたい」とか、要するにきっかけとされるのは“消えた年金”や3.11。マイナンバー法案は民主党政権時代に準備されて、政権交代後の法案採決でも自民・公明だけじゃなく、民主も賛成に回った。最近はそういう近過去ばかり強調されて、その前からあった住基ネットさえ箪笥の奥に押し込まれているんだけれど、マイナンバーの不人気を民主党に押しつけ、且つ住基ネットの失敗を忘れさせようとしているのは自・公のみならず役所でもあって、霞が関の箪笥のもっと下の段には、住基ネットより更に古いあれこれが詰まっている。それは橋本政権の基礎年金番号であり、竹下政権の『住民基本台帳カード』であり、大平政権の『グリーンカード(少額貯蓄等利用者カード)』であり、佐藤政権の全国民への個人コード付与であり。このうち実現したのは基礎年金番号だけだし、その番号の導入も適当だったおかげで“消えた年金”の原因になったしで、要するに死屍累々の黒歴史だったんです、国民総背番号制の来し方は。にも拘らず、浮かんでは消え、消えては浮かびを繰り返してきたのは、1つには国民総背番号制の言い出しっペである佐藤の政治的末裔たちの思い入れもあったんでしょう。大平も竹下も橋龍も、住基ネット法案を成立させた小泉も、大元を辿れば佐藤チルドレンだし、安倍に至っては血族でさえある。でも、それより強いのは、そういう政治家たちを神輿に担いできた役人たちの、世代を超えた本能だという気がする。「もっと税金を取りたい」「医療・福祉方面の支出を抑えたい」「治安を強化したい」「クニに楯突く連中をビビらせて黙らせたい」…。現在ただ今の霞が関の本音はその辺りだと言われがちだけれど、それさえ上品に思えるような古くて深い役人の遺伝的習性が、マイナンバーでもそこここに透けて見える。「権限は増やしておけ」「やれる時にやっておけ」…。

マイナンバーは対象が殆ど全ての個人で、影響の裾野が殆ど全ての法人、殆ど全ての分野に及ぶ。その権限と恩恵は殆ど全ての官庁に拡がっていて、役人としちゃ夢が膨みっ放しの一大公共事業です。その公共事業のあちこちで何が起きるかを教えてくれるような実例は既にあって、それは去年実施されたマイナンバーの中枢となるクニのシステムの入札。応札したのは『NTTコミュニケーションズ』『NTTデータ』『富士通』『NEC』『日立製作所』の大手5社…ではなく、この5社が組んだコンソーシアム1組だけで、そこが落札しました。オリンピックのスタジアムやエンブレムが頭を過る素敵な展開でしょ? 「マイナンバーに類する制度は、世界のあちこちで既に導入されている」と喧伝されるけれど、ニッポンが手本としたがるような国は、殆どが前世紀の内に採用していて、寧ろ問題の対応に苦慮している国のほうが目立つくらい。「先進国では、行政の課題は地域や個人の権限の強化にあって、情報面での中央集権を生み出す総背番号制めいた発想は古いし、実際に導入してみると役所の仕事と支出が増えたりして、行政の合理化にもなりません」と素気無い研究者もいる。実際、ドイツ(制度案に違憲判決が出た)やオーストラリアでは、発行されているのは紐付け無しの納税者番号だけで、フランスにはそれさえ無し。「IT、特にセキュリティー面では後発だからこそ先進です。一般のインターネット回線を使っていた年金機構とは違って、専用回線です」と胸を張るマイナンバーながら、アメリカ連邦政府のネットワークから“スノーデン事件”であれだけの国家機密が漏れ出したことを忘れられない人には、中々安心はできません。最近流行りの“モノのインターネット(IoT)”に擬えるなら、ネットワーク時代の総背番号制はヒトのインターネット。クニが目指しているように、企業までもがマイナンバーを活用できるようになった時、1億人分以上の個人情報なんていうビッグデータを事故なく扱えるくらいなら、グーグルはニッポンで生まれていたでしょう。

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そういうマイナンバーを何故、今。そりゃ勿論、「今ならやれるから」。思い返してみれば、住基ネットが始まったのは小泉時代だし、マイナンバー法案が生まれたのは野田時代。それが修正されて成立したのは2度目の安倍政権時代で、与党が国会で多数を握っている時代ばかり。人口減少時代に田舎まで新幹線を引っ張ったり、フォッサマグナの中にリニアを通したり、そういう愚行と同じで、時代遅れの夢、或いは過去の未来の実現に歯止めがかけられない。この国では、戦艦大和が今尚量産されています。勿論、マイナンバーだって肝心の与党筋から反対が出難いよう、骨や牙は一先ずあれこれ抜かれていて、政治資金やら診療報酬やら御布施やらには適用する気が当面なし。個人番号制度だけに個人の抜け穴は減るけれど、法人の抜け穴となると話はまた別です。だから「安心だ。役人は未だ本気じゃない」と高を括り難いのは、霞が関ムラに「小さく生んで大きく育てる」という掟もある故。住基ネットはマイナンバーへと化け、この先、預金封鎖の便利なツールにもなりかねない。「日の丸・君が代は強制ではない」と、法案を通した首相が断言してた国だもの。そういう霞が関の「やれる時にやっておけ」政策だと捉え直してみると、マイナンバー・増税や安保の解釈改憲・原発再稼働・派遣労働の強化…その他色々の安倍政権の看板政策とよく似ている。そういう改革についちゃどれも、「ミギの褒めるほど素晴らしくなくていいから、ヒダリの突くほど酷くはありませんように」と酒呑んで祈るばかりの今日この頃ですが、マイナンバーにもいつかは「ああ、個人番号貰っといて良かったなあ」と思わせてほしいもんだ。その後でなら大いに歓迎しますよ、ウチへの税務調査も。


林操(はやし・みさお) コラムニスト。2009年までテレビ評『見ずにすませるワイドショー』、2013年まで書評『ベストセラー通りすがり』を連載。メジャーへの疑義を唱え続ける。


キャプチャ  2015年11月号掲載


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テーマ : マイナンバー
ジャンル : 政治・経済

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